第21話 想定外
晴也の日課からエゴサーチが消失して数日、チーム内での調整も大体終わり、後は大会の開催を待つだけとなっていた。
トーナメント表は今日の12時ちょうどに公開という事になっているので、現在はチーム全員でギルド内からその様子を見守っていた。
ちなみにライのチームメンバーたちは全員ギルドから脱退している。
大会が近付いて来たので、そろそろ自分たちのギルドで作戦会議をするのだそうだ。
「それにしても、マイさんがあそこまで強いなんて、嬉しい誤算ですね~」
公開まで残り5分を切ったところで、この場に流れていた緊張の空気を察したのか、鬼陣営のミナモンがそう発言した。
まだ6歳くらいの少年が、赤のジャケットと帽子をかぶり、綺麗なブーツを履いているアバターだ。
その発言内容から分かるように、この人は少し頭が弱い。良い風に言えば能天気なので、チームのムードメイカー的なポジションについている。
当然実力もそこそこあり、指揮官の言う事は無視する癖に子供はちゃんと捕まえる。
いわゆる才能マンというやつか。本能のままプレイしている感じだ。
「……ほんと。ネクラさんまで捕まえたんだから、敵無し」
「ソマリさん!? 捕まえられたと言っても1回だけですよ!?」
「1回だけでも、大会モードですら捕まった事がなかったネクラさんを捕まえた功績は大きい。ネクラさんより強い子供陣営の人はいない」
「あはは……。そう言ってくれるのは嬉しいですけどね……」
そう。実はチーム内での調整の際、1度だけではあるけれど、マイさんに捕まってしまったことがある。
それは、このゲームをプレイしてきた中で初めての確保だった。
その出来事は、ネクラの中に合った絶対的な自信を打ち砕くには十分だった。
数日は凹み、練習にさえ集中力を欠いた。ネクラのネームブランドに傷が入った……。そう思ったのだ。
しかし実際は、ネクラの敗北などを気にしている人などおらず、皆マイを褒め称えていただけだった。
(正直、なんで拡散されていないのか不思議でしょうがない……)
晴也は、負けた当日は絶対にチーム内の誰かがSNSで拡散すると思い、1晩眠れなかったのだ。
正直チームメイトになんで拡散しないのか聞いてみたかったけれど、そんな勇気は晴也には無かった。ただそれだけのことだ。
「どっちにしても、調整ですら全勝してるんですから、初戦でライが来ても何も問題は無いですよ!」
「あ〜あ! ミナモンがフラグ立てた~! これで初戦はライのチームだ~!」
そう茶化すのはライとの練習会、1試合目で最初に出会ったマチルダだ。
ドラゴンの被り物とネコのしっぽを付けている、ネタに走りすぎたアバターだが、この空間ではさほど珍しくも無い。野菜をモチーフにしている服を着ている人が居るくらいだからな……。
チームメンバーが全員集まる時は、この場所はコスプレ会場みたいになっている。
「本当に初戦がライのチームだったら、逆立ちしながら謝罪しますよ~!」
「そんなことより、全員に飯奢れよ~! フラグ立てたのお前だろ~?」
「じ、自分あんまりお金持ってないので、それは勘弁してほしいっす! せめて、優勝した時の祝勝会、自分が全部払うくらいにしてほしいっす!」
「……聞いたか皆! 絶対勝つぞ~!」
『お~!』
ミナモンは気付いていないんだろう。
ここにいる全員に飯を奢ったとして、かかる金額はせいぜい4万ポイント程度だ。
それに比べて優勝時の祝勝会というのは、賞金が入るので少し豪華になることが多く、平気で10万ポイントは使う。皆で分割する場合がほとんどな為こちらの方が安いと錯覚しがちだが、こちらの方が圧倒的に使う値段は上なのだ。
ただ、面白いから。そんな理由で真相を教えない人間が多かったのは、ミナモンの不幸な点だろう。
まぁ「初戦の相手がライでも大丈夫!」なんて分かりやすいフラグを立てた自分が悪いのだ。仮にそうなったとしても我慢してもらおう。
「あの、ネクラさん……。祝勝会って言うのは何をするんですか?」
「ああ、マイさんは今回が初参加でしたね。優勝したチームのほとんどは、その日リーダーのギルドに集まってパーティを開くんです。この世界では食事の必要はありませんけど、大会を戦い抜いたメンバーとご飯を共にして騒ぐ。中々良いものですよ」
「そう……なんですか。楽しみです!」
「ええ。期待していますよ」
無邪気に笑うマイに、晴也もぎこちない笑みでそう答えると、ギルドに表示していた大会ホームページに動きがあった。
どうやら、トーナメント表が開示されたらしい。
今回の大会『グランドスラム』に参加するチーム数は全部で1638チーム。
試合は数日間かけて行われ、準決勝と決勝戦は動画サイト等で中継される。
中継の際解説等は無く、ただランダムなプレイヤー視点で試合を見ることが出来るだけだが、それでもリアルな臨場感などを楽しむには十分すぎる。
「毎度思いますけど、この大会トーナメント表、複雑すぎませんか?」
「まぁ、1000チーム越えの大会なんて滅多にありませんから……。私達のチームを探すのにも一苦労かと」
晴也がどこからか聞こえてきたそんな愚痴に苦笑しながら答えると、なぜか引きつった笑いを浮かべているミナモンが目に入ってくる。
そして、すぐにその視線に気が付くと、ミナモンは分かりやすく外の方へと視線を移した。
「ミナモンさん? どうかされました?」
「……」
「あの、どうか――」
「ネクラさん! これ見てくださいよ!」
晴也が明らかに様子のおかしいミナモンに近づこうとしたその瞬間、マチルダが興奮した様子で方を叩いて来た。
彼が指さす方向には、トーナメントの一番端に表示されている『今回は本気』のチーム名。
これは、悪ふざけで晴也が提案したチーム名だ。しかし、チームメイトの反応が予想以上に良く、結局これになってしまったのだ。
優勝インタビューの時「今回は本気のリーダー。ネクラです」とか言わないといけないこっちの気持ちも考えて欲しいが、言い出したのは自分なので取り下げる事も出来ない。
「そしてほら! 初戦の相手チームの名前、見てみてくださいよ!」
マチルダのあまりの興奮具合に少しだけ引きながらも、周りのチームメイトと一緒に相手のチーム名を見てみる。
そこには『プリン警察』と表示されていた。聞いたこと無いんだけどこんなチーム……。
「ライのチームですよ! 今回だけは特別な事情があってチーム名を変えるって言ってたじゃないですか!」
「……それ、ほんと?」
「本当ですよ! 勘違いかと思ってライのチームにいる知り合いに聞いてみたら、間違いじゃないって帰ってきましたもん!」
そう言いながらその知り合いとのチャット画面を見せてもらうと、やはり向こうも混乱しているのか、ちょうどライが発狂して、周りが宥めている映像が送られてきていた。どうやら本当らしい。
「ミナモンがフラグ立てた……。華麗に回収した。それだけ」
ソマリさんのそんな辛辣?な一言で、外を眺めていたミナモンさんが涙目でこちらを振り返る。
言葉を発していなくても分かる。マジでヤバい、どうしよう……って顔だ。
この場で一番叫び出したいのは、きっとミナモンさんだろう。その他の人は、これから彼がどうするのか期待の目で彼を眺めている。
「何か言い残した事は?」
「Aliceさん……。助けてくれま――」
「祝勝会楽しみにしてるね!」
「……マジですか?」
『マジ』
その場にいたほぼ全員が力強く頷くと、ミナモンは分かりやすく頭を抱えて叫び出した。
ただ1人状況が分からず頷けなかった少女は、ただポカーンとネクラの笑う姿を見ていた。
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