第217話 作戦成功
大岩から相手の指揮官の様子を観察していたネクラは、作戦らしきものを電話越しに伝えている様を確認するとバッと顔を逸らした。
ヌクヌクしていられるのもあと数分だけだというのは誰の目にも明らかなので、早い事この場を離れなければならない。
恐らくだけど、相手が次に取ってくる行動は、僕がいるだろう大岩に向けてほぼ全員の鬼を向かわせてくる事だ。それも、縄文杉にいる鬼を一度その場から遠ざけて。
そうすることでこちらに「縄文杉は安全だ」という認識を持たせ、大岩に集まるだろう子供の逃げ場を用意するのだ。
なんでそこまで分かるのか。だって、僕がハイネスさんなら同じ行動を取るからだ。
相手がハイネスさんで鬼と子供の立場が違う場合、僕は今言った行動とまったく同じ行動をする。
強いて言えばわずかな可能性として相手の様子を伺ってそれから作戦を立てるというのもありえなくはない。でも、今現在作戦会議をしている時点でその可能性は否定して良い。
そうなると、相手が取りうる行動は全て予測が出来る。
僕がハイネスさんと長く戦って分かった事は、自分達が行う策を考えるのではなく、相手がどんな策を取ってくるかを考えた方が勝てる可能性が高くなるという事だ。
普通、どんな指揮官の人だって『まず自分がこの先すればいい事』を考え、そこから『相手がどう対抗策を練ってくるか』を考える。
普通はそれで良いけれど、ハイネスさんみたいな人を相手にする場合、最初の『自分がすればいい事』を考えるのがまず遅いのだ。
そんなことをしている間にこちらの取りうる策を見破られ、第二段階の対策を練ってくる。
なので、こちらが行動を起こした時には既に相手はその策を打開するために動いているという最悪な事になる。
そこで僕は考えた。どうすればその、1歩前を行くハイネスさんを超えられるのかと。
答えは単純だ。僕が、ハイネスさんの1歩先を行けば良いだけだ。
つまり、最初の『自分が何をするべきか』という思考ポイントを放棄し、その先の『相手がどう対抗策を練ってくるのか』を最初に考える。そうすれば、必然的にこちらが取るべき行動は『相手の対抗策を打ち破る策を考える』という事になる。
これこそが、本当の意味で何手も先を読むという事なのだろう。
そんな事を、これを思いついた時に改めて思った。
「こっちも指示を出しますか……」
これからは油断なんてしない。相手の指揮官がハイネスさん並みに賢いと分かった今、そんな気持ちは文字通り命取りとなる。
それに、ハイネスさん相手に指揮官無しで勝てるはずがないので、これからの戦いは全て僕が指揮を取る事になる。
端的に言うと、滅茶苦茶ハードだ。
『まず、これから僕が許可するまで縄文杉と大岩には近づかないでください。遠目での確認等は索敵班の経験があるミラルさんとミルクさんにお任せします。その情報を元に、僕が作戦を考えます。瞬間移動先については引き続き各自の判断に任せますが、先に述べた2点の場所には近づかないようにお願いします』
相手の作戦には、明確な穴がある。
そもそも相手の策では、僕がもう追われないと思い込んで周りに子供を複数人集める前提で、それを一網打尽にすべく2人……ないしは3人の鬼がこちらへ向かってくる。
わざと手薄にした縄文杉付近に瞬間移動を含めて逃げ込んだ人がいれば、確保に参加していない鬼がそれらの人達を確保に動くという算段だろう。
ただ、これは分かってしまえばその2か所に近付かないだけで容易に対策できてしまう。
何も複雑な作戦など必要ない。わざわざ鬼を集めてくれるのだから、その2か所に近付かないだけで大幅な時間稼ぎが期待できるし、僕は3人の鬼が相手だろうとも次の瞬間移動の使用可能時間までは逃げられる自信がある。
このマップに至っては、それは慢心でも何でもない。
もちろん僕やハイネスさんでも、同じ状況なら同じような作戦を立てるだろうし、まったく同じ思考に思い至るだろう。これは、対策されればどうしようもなくなると……。
それでも、現状でもっとも相手を追い込める作戦である事には間違いないのでやる事には変わりない。それでもし失敗すれば、強制試練中の子供を捕まえて勝利を収める以外での勝ちは諦める。
その程度の事は、平気でやるだろう。
「質問です。遠目で確認する際、相手に追われたらどうすればよろしいですか? 誰かにその役目を委託して逃げた方がよろしいですか?」
全体チャットで指示を飛ばした直後、ミラルさんからそう質問される。
それは考え物ではあるけれど、一応偵察するのは相手の今後の動きを少しでも早く知りたいという考えの元なので、無くなったら無くなったで問題はない。
情報を得る手段はなにも相手を目視する事だけじゃなく、確保情報や瞬間移動を使用したという情報も、重要なキーパーツとなりうる。
「いえ、結構です。その際は追われた旨を何かしらの形で僕へ報告してください。そうなった場合、他の方による偵察は不要です」
「了解しました。ちなみに、なぜ縄文杉と大岩双方に近付いてはダメなのか、ご説明いただいてもよろしいですか?」
その質問に答える前に、僕もその場から少しだけ離れた位置に身を隠す。
追われてもなんとかなる自信はあるけれど、それは余裕綽綽の態度で待っていて良いという意味ではない。そんな事をすれば、相手にこっちが策を見破っていると勘繰られる時間が早くなるだけだ。
なので、一応隠れているというふりをしつつ、上手い事ここにきた鬼の目に『ここには複数人の子供がいる』と思わせるのが僕の仕事だ。
捕まりそうになった時だけ本気で逃げる。
手ごろな小枝を数本手元に手繰り寄せて木の上に身を寄せた僕は、全体チャットにあれこれ飛び交っている作戦についての疑問に1つずつ丁寧に答えていく。
それくらいの時間的猶予はあるし、僕はスマホ中毒者でもあるのでフリック入力も常人の数倍速い。それは、春香に目の前でスマホをいじったらキモがられたレベルだ。
「相手の策そこまで綺麗に読めるの相変わらず化け物っすね」
「ハイネスが呆れてる気がする……」
と、チームメンバーからは散々な言われようだけど、とりあえず誉め言葉と受け取っておく。(絶対違うけど)
一応言っておくと、僕のこの思考は何十回もハイネスさんと知恵比べをした末に身についたものであって、僕がおかしいんじゃなく、それに食らいついてくるハイネスさんの方がおかしいのだ。
あの人は、成長速度というか吸収力というかが、僕が言うのもなんだけどおかしい。
流石一学年上の学年トップって感じだ。
(久しぶりに大会で滅茶苦茶頭使う気がする……)
試合の様子を映している配信のコメント欄が異次元すぎる指揮官同士のやり取りに若干引きつつある中で、僕は自分の考えが正しかったことを数分後に知ることになった。
配信のコメント欄の惨状を僕が知ったのはこの準決勝が終わった後になるんだけど、それはまた別の話だったりする。
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やる気が、出ます( *´ `*)




