第215話 不発
なぜゲーム開始15分時点で相手が持ってきた設定が分かったのか。それは、瞬間移動の能力を使う際は今回に限らず準決勝・決勝の場では、どこで使ってどこに移動したのかを逐一報告してもらっていたからだ。
指揮官はもちろん不採用にしているけれど、今回みたいな特別な場ではガッツリ指示は出さないまでも多少口は出す事にしている。チームメイトも全員同意してくれたしね。
瞬間移動の能力をどこどこからどこどこに移動したいから。なんて理由で消費する人は僕のチームにはいないので、瞬間移動の能力を使ったという報せが来れば、それはつまり『捕まりそうになったので移動しました』と同義だ。
その連絡が、試合開始15分で3件もくれば、これは先に述べた1番目の策や3番目の策ではありえない。
隠れている子供を見つけるのに特化した編成であれば加速を持っている人は1人だし、どちらにも対応できる編成でも、加速を持っているのは1人だからだ。
まぁ最後のやつは、人によっては加速を2人持ち込む可能性もあるけれど、そうだとしても3件来たのであればその可能性はどちらにせよ否定できる。
1人が東の海岸から対岸への瞬間移動。
1人が西の海岸付近の雑木林から中央の縄文杉。
1人が南の海岸から縄文杉へとそれぞれ別の場所で瞬間移動を発動していた。
ちなみに僕が今いるのは東の海岸で最初の1人が瞬間移動を使った場所のすぐ近くだ。
しかし、僕を鬼が追ってくる気配はこれっぽっちも無い。つまり、僕の予想は当たっているという事だ。
(まぁ追ってきませんよね、知ってた)
ただ、僕らの策を完璧に読んできたのには少しだけ驚いた。
ハイネスさんなら僕相手の時はこれくらいやってくるかもしれないけど、あの人以外でもこんなに綺麗に僕の作戦を看破してくる人がいるとは思ってなかった。
これは、相手の指揮官の評価をかなり上げないといけないかもしれない。
(……ちょっと待て? ハイネスさんが相手ならこの状況でどうする……? 追う編成って事は、流行の物だと加速2人に無敵と瞬間移動……もしくは加速3人で無敵と瞬間移動の選択……)
相手の指揮官のレベルが僕の想定よりもずっと上……もしかするとハイネスさんと同等だと仮定すれば、この後に相手が取るだろう策は別の意味でかなり予想しやすい。
僕とハイネスさんの考え方はかなり似通っている……というよりほとんど同じだし、あの人は相手の策を見て対策を考える受け側の策を好むのに対し、僕は仕掛ける側になる方が多い。
だからこそ、相手の取りうる策を何手も先読み出来るんだけど……。
(相手がハイネスさんだと仮定すれば、瞬間移動先として真っ先に名前が挙がる縄文杉は危険……)
この無人島というステージは、狭い代わりに目印になるようなスポットがいくつかある。その代表例が島の中心部に位置する縄文杉だ。
瞬間移動をしようとなった時、ほとんどのプレイヤーがまずあの場所を頭に思い浮かべるだろう。
「一応、縄文杉にいる方はその場から退避してください。ただし、誰か2人はその場に残って鬼が来た場合報告を」
すぐにそう指示を飛ばし、警戒を促す。
これで、相手が縄文杉に瞬間移動してこちらを一網打尽にしようとしても、それは失敗に終わるだろう。
縄文杉付近には、情報通りなら現在4人のプレイヤーがいるはずだ。
瞬間移動で移動してきた人が2人と、森を抜けて見晴らしの良いあの場所へ向かったと報告してきた人が2人だ。
(……いや、待て。あのハイネスさんがそんなに単純な作戦を考えるか? 相手が僕だという前提の元に作戦を考えるなら、僕が縄文杉付近を警戒しない訳がない……)
普通の指揮官が相手であればその限りでは無いし、大抵の場合は指揮官の情報をあらかじめ仕入れておくので、僕が指揮官をする場合は相手の指揮官の頭の中をトレースして策を考える。
だがしかし、相手がハイネスさんと分かっていれば話は別だ。
ハイネスさん相手に普通の指示をしているだけでは絶対に綻びが生まれるので、非常に思考が似通っている僕を基準に考える。僕ならどうするか、僕ならどう行動し、どう指示を出すか……。
実際、ハイネスさんは最初に戦った頃そんな風な事を言っていたような気がするしね。
(という事は……? ハイネスさんならこの状況で次に指示を出すとすれば……あ、ヤバ)
その思考に辿り着いたその瞬間、即座に携帯を操作してすぐさまその場を離れる。
瞬間移動した先は縄文杉からほど近い大きな岩がある場所だ。ここなら縄文杉と、今先程居た砂浜の両方が見渡せる。
そしてその数秒後、僕の予想は正しかったようで、さっきまで僕が居た例の砂浜に鬼がポッと1人現れる。
そのアバターはどう見ても女の子で、僕が瞬間移動した所を見ていたのか、ガックリと肩を落とした。
ついでと言っては何だけど、縄文杉にも鬼が瞬間移動してきたという情報が届く。
「あっぶな!」
人知れず、僕はそう呟いていた。
これで確定だろう。相手は、ハイネスさん並みに賢い指揮官で、考え方も僕と同じタイプの人だという事だ。
相手の鬼の編成が確定したのは良いけれど、それ以上に面倒な事になってしまった。
(ハイネスさんなら、絶対に追われないって油断しまくってる僕を見つけたら、一か八かで捕まえに来るよね!? 知ってた!)
僕をそもそも見つけられないならともかく、砂浜でどっかり腰を下ろして余裕綽々で携帯をいじっていれば、罠かと疑いつつも、一か八かで捕まえようとその傍まで瞬間移動してくるだろう。なにせ、捕まえられたらほぼ勝ちなんだから。
鬼の姿を見られて逃げられるなら捕まえるのは無理だけど、不意打ちの一撃なら予期していない限り絶対に避けられない。
しかも、相手は追われないと油断している。避けられるわけがない。
ついでに、もし悟られたとしても縄文杉の付近へ鬼を飛ばし、能力が無くなった僕か、もしくは瞬間移動したであろうプレイヤーを捕まえるという作戦を同時に行う事で、失敗したとしても最低限の損害で済む。
僕なら縄文杉の方はケアしている可能性もあるのでこの作戦が上手くいくかどうかは五分ってところだろうけど、ハイネスさんならやるだろう。なにせ、僕を捕まえられる可能性が十分にあるのだから。
(実際、気付くのがあと数秒遅かったら捕まってたし)
油断はいけない事だってよく分かる瞬間だよね。実際、あんな場面でもし捕まってたら笑い者じゃすまない。
そして、僕を捕まえ損ねたあの少女が次に取る行動は、自分達の指揮官に連絡……もしくは――
(着信か。なら、あの子が指揮官って事で間違いないな)
作戦が失敗したことを連絡せず、その前に携帯へ着信が来るという事は、十中八九縄文杉に行った方の鬼が彼女に作戦の可否を聞きに行ったのだろう。
実際、縄文杉にいる仲間から鬼が誰かに連絡していると情報が来てるから確定と見て良い。
流石に距離があるし索敵班でも何でもないのでその口の動きから話の内容を推定したり、話その物を盗み聞く事は出来ない。それでも、その顔の動きは大体察する事が出来る。
彼女は苦笑するでもなく、悔しそうにするでもなく、その口の端をニヤリとゆがめて笑った。
(怖いって……。ハイネスさんと戦うの、もう嫌なんだって……)
日本予選が始まる前……というか始まった後もだけど、何度もチーム内で調整の為に戦った事がある。
その結果は、マイさんの異常な索敵スキル……とは無関係に、そもそも負けになる事がほとんどだった。その原因は、ハイネスさんの異常な読みのせいだ。
あの人は、相手が僕になるとなんで?ってくらい綺麗にこっちの作戦を読んでくる。
それも、こっちがなにか対策する前に策を実行に移してくるので、気付いた時にはどうしようもなくなっているという状況がほとんどだ。
指揮官を採用していないにしても流石に負けが続けば僕だって指揮官の採用に踏み切ってあれこれ策を講じたけれど、それも綺麗に読まれるので頭が痛くなるのだ。
まぁそのおかげで、新しくどうすれば良いのかは分かったけど……。
(疲れそうだなぁ……)
そう思ったのと、最初の試練が発令されたのはほぼ同時だった。
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やる気が、出ます( *´ `*)




