幕間 軍師の企みと女王の愉悦
次回から日本予選が再開されますm(_ _)m
ネクラさんの配信を私の家で見ていたマイさんは、終了後私の顔を見て流石ですと言いたげな瞳を向けてくる。
私の部屋はまだライにすら見せていない神域……というか、ヤバいオタク部屋だけど、そのほとんどはマイさんのファンクラブで集めたグッズなので、彼女には隠す必要もない。
というより、私とネクラさんの関係を知ってるんだから、ここに呼んでも問題ないと判断したのだ。
そして今回、マイさんがここにいる事はライすらも知らない極秘の要件があるからだった。
私がネクラさんにイベントの報告をSNSじゃなく配信で行って貰ったのには、私にとって2つのメリットがあった。
まず、旅行はあくまで優勝出来たらという条件付きの物だ。
そして今回のイベントは旅行のついでなので、もしも優勝できなかった場合はそれが白紙になる可能性がある。
その可能性に気付いていた私は、もちろん優勝する気で日本予選は挑むけれど、無理だった場合にもイベントは行えるように手を打った。それが、配信での告知だ。
SNSの告知であれば時間をかけて……というより周りの反応で、ネクラさんがそれに気づいてしまう可能性がある。
優勝できなかったらこれ、イベントどうするんだろう……と。
だから、それに気付かせないように配信というリアルタイムで行わなければいけない舞台を用意したのだ。
それに、SNSで告知した場合は後に編集が簡単に行えるけれど、配信であればそれは切り抜きという形で永遠に残る。
もちろんSNSでもスクショ等で出回るだろうけど、ネクラさんが間違えましたとでも言えばそれらの情報に価値はなくなる。
その点、配信では間違えました。なんて言えば炎上してしまうので、これで優勝しようがしまいがイベントは行われる。これが2つ目のメリットだった。
「手毬ちゃんが不機嫌になるのも、ハイネスさんの予想通りですか?」
「まぁ、不機嫌になるだろうことは予想してました。ただ、流石に投げ銭機能の開放までは予期してなかったですね。これで、余計にネクラさんがイベントをしなければならなくなったという重圧がかかる事になるので、ケアをしないと……ってなってます」
そう、あんなにネクラさんの事を大好きな子猫が、配信というネクラさんの事を大好きな人が集まる媒体の前で長時間大人しくしていられるとは思えない。
遅かれ早かれネクラさんに私を構えと要求するだろうし、もしそれが敵わなければ不機嫌になる事くらいは簡単に予想できる。
これは、最近カッコいいネクラさんばっかり見ていたので、たまにはネクラさんの可愛い所が見たかっただけだけど……余計な副産物まで持ってきたのはあの子猫のせいだ。
いや、せいっていうか、そう仕向けたのは私なんだけどさ……。
こうやって策を弄したのも、なにもネクラさんを追い詰めたいだとか、私が絶対にイベントをしてほしかったという訳じゃない。
マイさんから、観光には手を出さない代わりに、条件を提示されていたのだ。
それが、優勝できなくともイベントは絶対に行う事だった。
マイさんやネクラさんのファンの人達は、それほどまでにネクラさんにイベントを開いてほしいのだから分からないでもない。
ただ、そんなことを本人に言っても渋い顔をする気がしたので、こうやって半ば無理やり罠に嵌めたのだ。
「でも、これで私達を2人きりにしてくれるんですよね?」
「はい! 優勝しようがしまいが、これでイベントは確定されたので! お約束通り、ネクラさんとの事は見逃します!」
マイさんは、ネクラさんの前では諦めました。という雰囲気を出して都合の良い女を演じていたけれど、その実ライの言う通りだった……という事だ。
ライは、あの話し合いの前日「2人が別れるのを待つ可能性もある」と言っていた。
実際その通りだったし、マイさんが帰宅した数分後、私の携帯にメッセージが届いた時は流石に動揺した。
いくらなんでも物わかりが良すぎたので警戒していたけれど、こんなに早く仕掛けてくるとは思ってなかったから。
そして、私が策を弄してまでネクラさんのイベントをさせたのは、この悪魔……じゃなく、見かけ以上に賢いマイさんを見張るためだ。
この人にネクラさんを取られないようもっとも近くで監視しつつ、ネクラさんに負担にならない程度にこの子をコントロールする。
そうすることで、ネクラさんはマイさんに対する認識を「ただのネクラファン」で固定するので、改めて恋愛対象に入る事は無くなる。あの人は、そういう人だ。
(仮に別れちゃったとしても、復縁確率が一般的なカップルで2割程度と考えると、まだ可能性はある……。なら、私達が別れて一番得をする存在を恋愛対象として完全に排除する事が先決……)
その次に、そもそも私を女の子として認識させて別れないようにあの手この手でネクラさんを落とすのだ。
まず負けない事を考え、その上で勝つ方法を考える。これが、私がネクラさんに学んだことだ。
ライはマイさんの事をそんな人じゃないみたいに言ってたけど、それは全然違うらしい。……いや、それは正しくない。
マイさんも普段ならこんな事はしてこないだろう。ただ、相手がネクラさんとなると話は別……という事だ。
女の世界において、恋愛はキラキラした物ではなく、食うか食われるかの血みどろの戦いという訳だ。
(絶対負けないけどね)
気の遠くなるような試練を何度も超えて、ようやく掴み取ったネクラさんという最高の人をそう簡単に手放すはずがない。
だからこそ、2人きりの旅行で私の事を少しでも意識させると同時に、マイさんの認識を固定させる。それこそ、私が密かに頭の中で進めている計画だ。
最近は情けない姿ばかり見せている私だけど、一応は軍師だ。
策の方は自信があるんだから、ちょっと頭が良くて外面の良い索敵お化けには負けない。
「そう言えば、グッズ販売のスタッフさんやお客さんってほとんど女性だと思いますけど、そこら辺は良いんですか? ほら、彼女として……」
「……? まぁあんまりベタベタされるとイラっとしますけど、ネクラさんが誰かに取られるとかは絶対ないので大丈夫です。イラっとは、しますけどね」
「絶対ですか?」
「絶対です」
それだけは言える。あの人は、浮気が出来ないとかそういう以前に、恋という感情が何たるかを理解していない節がある。
それでも私を選んでくれたのは、恋愛対象というよりは親友以上恋人未満みたいな関係性であるからだと私は思っている。
だからこそ、初対面の自分のファンにどれだけ迫られて愛の告白をされようと、その心が揺れる事は絶対にないと断言できる。
ただ、私の時と同じようにその関係性が深い人……例えばマイさんや同じチームのメンバーなんかじゃ、それは分からない。
初対面じゃないというのもあるし、ある程度関係性があれば、少なからず離れ難くなる可能性があるからだ。
なので、そういう相手には注意が必要だ。今、私がやろうとしている事はまさにそれだ。
「そうですか! なら、当日はハイネスさんもイベントに参加されるんですか?」
「ん~、もちろんと言いたいところですけど、ネクラさんの手伝いをした方が自然でしょう。休憩時間が貰えればちょこっとグッズを買うかもしれませんけど」
「自然……あぁ、観光の時に見つかった場合ですか?」
「その通りです」
ただチームメイトがイベントに参加する為に同行した……。というだけでは、ネクラさんと一緒に観光するのに少々不自然さが残る。
だからこそ「イベントの手伝いで一緒に来たけど、ついでに観光しているだけ」という免罪符が欲しい。
イベントをやるうえで最も説得力があり、あまり追及されない言い訳はこれだ。変に付け入る隙を与えてネクラさんを追い詰めたくはない。
人はこちらから説明しない限り、自分に不可解な現象が目の前にあると面白おかしくその謎を解き明かそうとする。それが事実かどうかは二の次で、建てられた憶測は瞬く間に拡散される。
逆に言えば、その現象の謎をこちらから説明してあげて、そこにある程度の納得できる材料があればそれ以上追及したり憶測を呼ぶことは無い。
だからこそ、言い訳というのは重要なのだ。
無論例外はあるだろうけれど、そんなのは些細な量でしかないだろうし憶測の域を出ない。
それを上から押し潰せる納得のいく説明をあらかじめしておけば何の問題も起こらない。
まぁ大抵は、あれこれ憶測が立った後に事情を説明しても遅いので、大抵は失敗するんだけど……私とネクラさんという最高の頭脳が揃っていてそんなマヌケな事は起きない。
(後は、なんとかイベント後に観光する事が出来れば……ってところかな)
ネクラさんの事だ。観光はイベントの前日に行いたいと思っているだろう。
だが、それではだめだ。それでは、後日イベントを行う時に手伝うから一緒に観光しているという言い訳にも多少不自然さが出てきてしまう。
少なくとも、私がネクラさんに好意を持っている......くらいは察せられる可能性がある。
その点、イベント後だったら、イベントお疲れさまでしたという意味も込めて一緒に観光している……という言い訳が出来る。その方が客観的に見た時に不自然なところが無いし、私の好意云々も上手いこと誤魔化せるはずだ。
(13日にはしていないけど、15日にやってるようなイベントか何かを探す、もしくは15日以降じゃないとダメな理由を探さないとね……)
マイさんがニコニコしながら先程の配信のアーカイブを見始める傍で、私は別の理由で口の端を歪めた。
案外これは何とかなりそうだと、早い段階で気付けたからだ。
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やる気が、出ます( *´ `*)




