第20話 エゴサーチ
晴也が最初に取り掛かったのは、匿名の掲示板でネクラの事について聞いてみる事だった。
ESCAPEのアカウントを持っていなければ発言することが出来ない掲示板とは違い、匿名で自由に書き込みが出来るような、そんな掲示板だ。
ネクラ自身がネクラの事を聞くなど、誰も想像しないだろう。
SNSなどで自分から聞いたのでは、絶対に好意的な反応しか返ってこない。
それは、自分が世間からどう思われているかの証明にはなりえないのだ。
それに、自意識過剰とか言われたら、数日落ち込む自信がある。
(なるべく自然に……そう、自然に聞けばいいんだ)
ESCAPE内のキャラについて話していたその掲示板内に、突如として「ネクラについてどう思っている?」との書き込みがされたのは、晴也が文面を考え始めてから5分後のことだった。
傍から見たら、空気の読めないアホだと思われているのだろうが、数名の心優しい人間のおかげで、キャラの話からネクラの話へとシフトする。
「ネクラについてどう思うって言われても……なぁ?」
「ファンクラブとかで聞いた方が早いんじゃねぇの? 腐るほどあるんだろ?」
「そのほとんどが女性限定だとよ。羨まし~こった!」
そのような書き込みが次々と発信され、晴也はやっぱりか……。そうげんなりした。
ネクラについての情報を手に入れたいのなら、ファンクラブに入って直接情報を得るしかないのか……。
そこが仮に馬事雑言の嵐だったら、引退するぞ……。
(かといって、ファンクラブにはSNSのアカウントがいるだろうし、ほとんどが女性限定か……)
あのヒステリックな妹に聞こうにも、今は部屋にこもっている。
仮にも上位プレイヤーと名乗っているのだから、ネクラの事に関しては知っているだろう。だけど、そこでもし悪口を言われようものなら……精神が崩壊する気がする。
(とりあえず、男でも入れるファンクラブを探してみよう……)
晴也がそう思い立ち調べ始めると、確かに先ほどの掲示板に書いてあった通り、ほとんどが女性限定だった。
さらに言えば、ネクラ本人が関与していないにも関わらず、なぜかお金まで取っているものまであった。こういうところは……何か言った方が良いのだろうか。分からん。
まぁ、明らかな詐欺行為なんかをしていないのなら関わる事は無い。
それよりも、今は男性でも入ることが出来るファンクラブを見つけるのが先決だ。
1時間ほどネットの海をさまよっていると、ちょうど良さそうな物を見つける。
ファンクラブというものをほとんど知らないから何とも言えないけれど、見た感じ先ほどの掲示板のようなところで永遠とネクラについて話しているようなサイト……らしい。
(お試しコース……発言はできないけど、書き込みは見ることが出来る……)
そしてなぜか、お試しコースなどという訳の分からないコースがあった。
詳しく見てみると、ファンクラブ内で時々行われるオフ会等には参加できないし、ファンクラブ内での発言はできない。その代わり、料金を取られずに書き込みを見ることが出来る。
正直ファンクラブ等にはノータッチだったので、これが普通なのだと言われたらそうなのかと答えるしかないのだが……思っていたのとはだいぶ違うらしい。
グッズを作って販売したりだとか、会員のランクがあって何かやっているのかと思っていた。
(とりあえず……一瞬だけ。そう、一瞬だけ入ってみよう……)
深く深呼吸をして、そのお試しコースのボタンをクリックする。
すると、入会するというボタンが消え、画面に表示されたのはいくつもの書き込みがされているチャット画面だった。
左右にネクラのアバターが表示され、真ん中に色んな人が自由に書き込みの出来るチャットが表示されている。そんな感じだ。
(チャットの流れ早すぎだろ……)
そのチャット欄が表示された瞬間、晴也がまず思ったのはそれだった。
チャットの流れ方が、人気の配信者が何かやらかした時に流れている時のような速度だったのだ。
2行以上の文を読もうとすれば即座に流されてその人が何を言っていたのか分からなくなる。
大雨が降った時の川の流れのように速いチャット欄。
その光景に慣れていない晴也は、数分間画面の前で呆然となった。
(これが……普通なのか? これで会話出来る人凄すぎだろ……)
そんな中、少しだけ目が慣れてきて晴也が1番最初に目にしたのは、あろうことか受け取り方によっては誤解をされる内容だった。
「前にランクマッチでネクラ見た時、動きキモすぎて腹抱えてた」
その一言を見た瞬間、晴也は思わずノートパソコンを閉じて、ベッドにダイブした。
やはり、自分は世間から見たらアホでキモくてバカに見えているらしい……。
晴也が二度とファンクラブなんか覗かないと決めた瞬間だった。
――ハイネス視点
ネクラさんとの話が終わった私は、そのまま現実世界に戻ると、部屋の自作パソコンからネクラさんのファンクラブへとアクセスした。
そこでは、いつも通りゆったりとした雑談が繰り広げられ、恐らく許可を取っていないグッズの数々が売られている。
それを軽くスルーしながら、私はネクラさんの事を話す時専用のチャット欄へと移動し、今合った事を全て報告する。
他のファンクラブではどうか知らないけれど、ここではネクラさんに遭遇した場合や戦った場合、後は個人的になにかあった場合でも報告するのが義務となっている。
義務というか、暗黙の了解と言った方が良いかもしれない。
隠したところで何かがあるという訳ではないけれど、ESCAPEのアカウントを使用して入会しているここではあまり下手な事をしない方が良い。
「ネクラさんと初めて会ってきました! 皆さんが言っていた通り優しい方で、恐らく女性にあんまり免疫が無いです!」
いつもは自信がなくて不安な私だけど、このファンクラブ内だけは自分の居場所だという感じがする。
それは、ライもこのファンクラブに入っており、私の立場を保証してくれているのが大きい。
相手の顔が見えないネット上では態度が大きくなるという人がいるように、私もそのタイプなのだ。
「ほら~やっぱり! SNS見てる感じも、多分学生さんでしょ!? 余計可愛くない!?」
「学生があんなに頭が良いなんて信じられないんですけど~! でも、成人してて女の子に免疫が無いって言うのも信じられないし……分かんない!」
「まぁ、どっちにしろ、ロビーで勧誘してる成人しているであろう大人達よりよっぽどマシ!」
私が発言をしたのをきっかけに、雑談をしていたチャット欄が途端に静かになり、ネクラさん専用のチャット欄が濁流のような流れになる。
私もそれに乗っかり、ネクラさんの情報をどんどん流していく。
私が知っている限り、いくつもファンクラブに入って来たけれど、ここより条件が良くて民度が良いところは無い。
会員料金も取られず、グッズを買ったお金はサイトの運営者さんがどんな形であれ確実にネクラさんへと届けてくれる。
その良い例が、この間あったプリン事件だ。
ここの運営者さんは例の事件をいち早く察知し、箱ごと例のプリンを買って届けたのだという。
それはネクラさん本人も言っていたので間違いない。
「それにしても、ネクラさんって何歳なんでしょうか~」
「自分の守備範囲だったら狙ってみようと思ってるでしょあなた!」
「だって~、あんなに可愛かったら狙いたくならない!?」
「いやなるけど! 狙いたいけど!」
このファンクラブ内には、いわゆるガチ恋と言われている人達が何人かいる。
このサイトの運営者さんも、確か自分でそう言っていた。
だけど、ネクラさんはそういった女性には見向きもしない事を、恐らく全員が知っている。
あの人は、そう言った噂を怖いほど聞かないのだ。
一人称が私で、言葉遣いが誰に対しても丁寧な事から、女性ではないかと噂が出た事もあったけれど、コアなファンであればその中身が間違いなく男性だという事は知っている。
その理由は、ネクラさん本人がSNS上で1度だけ自分の事を僕と言ったのだ。
もちろんすぐに削除されて私に戻ったけれど、それを見たことのある人は、彼のことを正しく男性だと認識している。
「ともあれ、また何かあったらよろしくねハイネスさん!」
「運営者さん!? はい! もちろんです!」
ここの運営者さんは、滅多にチャット欄には顔を出さない。
自身のプレイヤーネームを公開していないので誰だかは分からないけれど、この人もネクラさんと話した事があるらしい。
それも、1度や2度ではなく何度も……。
羨ましい限りだけれど、私だってネクラさんとフレンド登録をすることが出来たのだ。これからは、積極的に交流していこう。
このサイトの運営者さんの話だと、あんまりガツガツ来られるのは嫌らしいので、なるべく落ち着いて……と言っても、私は人見知りなので、絶対にオドオドしてしまうのだが……。
ただ、これからはもっとあの人と距離を縮められるように頑張らないと!
晴也が二度とエゴサーチをしないと決めた一方で、絶対にネクラと距離を縮めて、ライバルより一歩先を行こう。
そう思っている女性が、少なくともこのファンクラブ「ネクラさんを愛でる会」に、2人いた。
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やる気が、出ます( *´ `*)




