第208話 紹介
「……はい?」
次の試合が準々決勝だという事を知った翌日、僕はハイネスさんとライに呼び出しを受けてうちのリビングに3人で集まっていた。状況がよく分からないと思うんだけど、大丈夫、僕も分かってないから。
朝起きたら急に春香が「話がある。ハイネスが来るからお風呂入って」と言ってきて、そのまま有無を言わせずお風呂に突っ込まれて、ジャージを着せられ、数分後には示し合わせたかのようにハイネスさんがやって来た。
そして彼女の口から語られたのは、マイさんに僕らの事を話そうという提案だった。
「ま、まずなんでそんなことになったのか説明してもらって良いですか……?」
「当然の疑問ですね! まず大前提として、マイさんは私達鬼側のメンバーとして大変活躍してくださっています。彼女無しでは、私達はここまでうまい事立ち回れていないでしょう。そういう意味で、私とマイさんはお互い協力関係で、年も近いので友達と言って差し支えない関係だと思うんです」
「……? は、はい」
「それでライも、マイさんとは長年のお友達……というか、幼馴染です。ね?」
「うん」
これから何が始まるんだ……? そう思ったのと、ハイネスさんが耳を疑う事を言ってきたのは同時だった。
「前に論文で見たんです。付き合ったら、各々の共通の友達に紹介する事でより関係が強固になり、別れにくくなると! なので、関係を話しましょう!」
「……はい?」
と、冒頭のシーンに繋がるのだった。
多分今の僕の顔を鏡に映したら、それはもう滑稽だろう。それくらいマヌケな顔をしている自覚はある。でも、こんなことを言われたら誰だってこんな顔になるだろう。
「いや、待ってくださいよ。確かに僕もそんな内容の論文は見た事ありますけど、それは僕とハイネスさんの共通の友人という意味であって、春香とハイネスさんの共通の友人という話ではないですよ? それにその、マイさんは僕の事をその……好きと、言ってくれてますし……」
「それ、お兄ちゃんの事じゃ無くてネクラさんの事だよ。アイドルが好きなだけであってその人自身が好きなわけじゃない。お兄ちゃんも、それが分かったから舞ちゃんは恋愛対象というか、付き合うって思えなかったんでしょ? そう言ってたじゃん」
「いや……それは、そうだけど……。そうじゃなくて!」
そうだとしても、マイさんは僕のガチ恋勢と呼ばれる人であることに変わりはないだろう。
僕が心配しているのは、あの人の精神面の問題だ。
ガチ恋している人に恋人がいると知った時、そのショックは普通に応援している人より何倍も大きい物だろう。だからこそ、心配なのだ。
プレイに支障が出ないかとか、グッズの件とか、彼女には色々頼りきりになっている。
卑怯かもしれないけど、今あの人にチームを抜けるなんて言われたら、僕は多分、数日病む。
「いえ、大丈夫です。ライが、マイさんはそんな人じゃないと言ってましたから!」
「うん、そこは大丈夫。舞ちゃんは、そんな責任を放り出す人じゃないから。それに、2人の前で言うのは気が引けるけど……別れるのを待つとか、そういう選択を取る子でもあるから」
「いや、なんとなく分かるのがまたなんとも……」
それでも、心配な物は心配だ。
それに、なんで急にそんなことを言い出したのかも気になる。別れる可能性が低くなるだの、それは建前に過ぎないだろう。
ハイネスさんに限って、マイさんに僕たちの関係を周知したいから。なんて、子供みたいなことは言わないだろうからもっと別の理由があるはずだ。
「はい! 実は、マイさんに協力してほしい事があるんです。ただそのためには、私達が付き合っていると言っておいた方が後々面倒な事にならない気がするのでそうしたいなと」
「協力してほしい事ですか? それは……」
「今度、日本予選で優勝したら旅行に行こうってお話をしてたじゃないですか。それなんですけど、地方でグッズの販売イベントをやるのに充ててみてはどうかと思ったんです。ただ、もちろん旅行も一緒にしたいので、それを不審がられない為にも、マイさんだけには事情を説明しておいた方が良いかなと。2人で色々見て回りたいですし」
「な、なるほど……」
確かに、あらかじめマイさんに僕らの関係を話しておくことでその件は解決できるだろう。
ただ単に地方で販売イベントをしたいから協力してほしいと言えば、自分も観光に参加させてほしいと言ってくるだろう。そうなると、ハイネスさんと2人きりで出掛けるというのは難しくなる。なら、関係性を告白しておくことで相手に遠慮してもらえるという事だ。
それに、都会で販売イベントをすれば地方の人が参加できなくなるという、僕の懸念も一緒に解決できるのだから一石二鳥だ。
「……いや、この場合、旅行のついでに僕の懸念を排除しようって事が大きい……ですよね? 販売イベントが前提じゃなく、旅行に行くからついでに販売イベントもやっちゃおうっていう」
「その通りです! それに、マイさん達と販売イベントを行う事で得られるメリットも、ネクラさんならお分かりになるかと!」
「……僕達が万が一向こうで身バレしても、デートだなんだと騒がれる可能性が減る……。少なくとも、販売イベントがあるからついでにチームメイトと観光してますという言い訳が成り立つ……ですか?」
「流石です!」
まぁ確かに顔バレしているので旅行に行くとなれば変装は必須だろう。
でも、それでバレてしまえばカラオケや映画館の時とは違って絶対に勘繰られる。だからこそ、販売イベントの為というデカすぎる言い訳が必要なのだ。
それがあるのとないのとでは天と地ほどの差がある。
「ちなみに、旅行はどこに行こうとお考えなんですか?」
「私が前から言ってみたかった福岡に行こうかと! ちょうど、マイさんのファンクラブに所属してる人の中に福岡でちょっと大きいくらいのイベント会場なら借りられるという人がいるので、その人に会場の手配をしてもらって、ついでにマイさんのファンクラブの方達に手伝ってもらい、販売イベントを行おうと考えてます。もちろん、ネクラさんが気乗りしないようなら断ってもらっても構いません。まだ話はしてないので」
恐らく、これで僕が断ったとしても僕に負い目を感じさせないように福岡に行くこと自体は変えないのだろう。
その場合は、ただ地方で行われるはずだった僕の公式グッズ第二弾販売イベントが無くなるというだけだ。
日本予選が予想よりだいぶ早く終わりそうなので、イベントを開くとしても告知から準備まで1ヵ月しかない事になる。
そこら辺は人件費なんかを僕が出して当日スタッフさんを雇えば、ギリギリだろうけど間に合うはずだ。
後は僕の気持ちの問題だろうけど……
「ファンの人達が、ぜひやってほしいって事なら……やりましょう。いや、逃げるのもズルいですよね……。誰かは来てくれると期待して、やりましょう。いずれ世間の方達には僕達の事を伝えなきゃいけないんですし、その最初の人がマイさんってだけです」
「はい! ネクラさんならそう言ってくださると思ってました! 必ず成功させましょう!」
「……ちなみに、日本予選を優勝する前提で話されてますけど、優勝できなかった場合はどうするつもりなんですか……?」
優勝できた時のご褒美……というか、お礼的な気持ちで旅行を計画しているので、もしも優勝できなかったときは旅行そのものが無くなる可能性だってあるのだが……。
「何言ってるんですか! 始まる前から負ける事を考えるなんて愚の骨頂! 本当に勝つと信じていれば、意外と何とかなる物です!」
「……ハイネス、それ誰の言葉? 昔の偉人?」
「ネクラさん!」
「……は?」
こいつマジかみたいな目で春香に睨まれる。
悪かったね中二病みたいで! 仕方ないでしょ、その通りだと本気で思ってるんだから!
「と、とにかく! 早急にマイさんに話して納得してもらいましょうか……! 告知とかはなるべく早い方が良いでしょうけど……それは色々確定してからで良いと思います」
「ですね! じゃあ、マイさんには明日来てもらいましょう!」
「……分かった、話しとく……」
未だに横目でヤバい奴だわみたい視線を向けられるけれど、僕は何も間違った事は言ってません……。いや、ほんとに……。
だってさ、戦う前から負けるって決めつけるなんて絶対――
「分かった分かった。ねぇ手毬~、お兄ちゃんの相手してあげてくれる~?」
「にゃ~……」
ハイネスさんをジッと敵を見るような目で見つつ、春香の哀れみの言葉にコクリと頷いた子猫は、僕の膝にすり寄ってくると抱っこしろとせがんでくる。
手毬……君も、僕を憐れむ家族の一員になってしまったのかい……? 僕はちょっとだけ悲しいよ……。
「にゃ~」
何言ってんだこいつとでも言いたげな子猫の視線が、僕のメンタルをさらにグサッと抉る事に、この子は気付いているのだろうか……。
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やる気が、出ます( *´ `*)




