第19話 ライバルの誕生
しばらく2人の間に妙な空気が流れたが、それは晴也のわざとらしい咳払いで終わりを迎えた。
初めて女子から優しいなんて言われ浮かれていたけれど、やっとまともな思考を取り戻したのだ。
「えっと、それで、私に聞きたいことって言うのは……?」
「あっ、そうでした! 主に練習会の1試合目のことなんですが、なんで私の考えていることが分かったのかなって……。私、自分で言うのもなんですけど、大きなミスはしていない気がするんです……」
「ああ、あれですか。簡単ですよ。私なら、あなたと同じような指示を出すかなと。仲間を一定数犠牲にしたのは、こちらが指示を出していると悟られないためです。実際、確認はしていませんけど、指示が出ているとは思わなかったのでは?」
自信満々にそう言うと、ハイネスは感心したように頷く。
やはりこちらの予想通り、ネクラであれば仲間を無駄に犠牲にする事は無いと混乱していたらしい。
終盤になるとどこにも子供の姿が無いので、逆に海賊エリアへと誘い込まれていると考え、瞬間移動は使えなかったらしい。
「なんだ……。そこに全員が居る可能性は考えていたんですか……」
「どこにもいないと報告を受けたら流石に……。ただ、そうなるとネクラさんの蘇生場所があそこという結論に至るので、探す時間も考えると、どっち道時間が足りないかなと」
「流石ですね……。しっかりと割り切った考えも出来て、なおかつこちらの状況を正確に見抜いている。これは……私の負けですかね?」
苦笑しながらそう言った晴也は、内心でこれ以上ないほど焦っていた。
唯一完璧に勝てたと思っていた試合でも、一歩間違えれば負けていたのだ。
大会で本当に勝利することが出来るかと言われると、怪しいと答えるしかないだろう。
そしてこの時点で、晴也はこの子が居る限り、滅多なチームでは鬼陣営を突破できないと確信していた。
「いや~完敗ですね。3戦目ぐらいから私の考え方を全部読んでいましたよね? ハッキリ言って、自分が普段していることをそのままやり返された気がしてましたよ」
「そ、そんなことないです! それに、毎回キャラを変えて、変な事をしてきたので、完敗だなんて!」
「変な事……。そう言われるとちょっとショックですよ……」
「あ、ごめんなさい! でも、鬼側の人達は全員驚いていましたよ……? 毎回変な事してくるから、あの人とは戦いたくないって……」
それ、驚いているんじゃなくて呆れているの方が正しいのでは……。その言葉はなんとか飲み込んだ。
ハイネスがマスコットとして扱われている理由が良く分かる気がする。
この子は、頭は良いのにどこか抜けているんだ。そこが、なんだか小動物みたいで可愛い。
恐らくだけど、普段は天然で可愛らしい皆のアイドルだけど、ゲームが始まると頼れる指揮官に変わる。そこのギャップもあって、この子がチーム内で人気なんだろう。
なんとなく、分かる気がする……。
「あの……どうか、しましたか?」
妹がまだ小さかった頃は今のようにヒステリーではなく、そこら辺にいる可愛らしい子供だった……。
そんな事を思い出しながらハイネスさんを見ていると、当然ながら怪訝そうな顔をされた。
いや、別に変な事は考えていないんですけども……。
「変な事……ですか?」
「気にしないでください……。それで、聞きたい事があったんですけど、構いませんか?」
「私にですか……? はい。答えられる事なら何でも……」
「なんでも良いので、ここの考え方を直した方が良いとかがあれば教えてください。気になった部分でも構いませんので……」
そう言って頭を下げる。
自分より実力のある人に教えを請う事は別に恥じる事では無い。むしろ、自分の実力を上げるプロセスなのだ。変にプライドが高いと、それ以上の実力を手に入れる事はできない。
晴也の場合、立場上、ランクマッチでは、1度の敗北も許されない。
日々研究が進んでいると噂の、対ネクラ戦法を想定して、ネクラ自身も現状にあぐらをかいて待っている訳にはいかないのだ。
なにせ、ランクマッチで敗北する=ネクラというネームブランドの失墜を意味するのだから。
「気になったところですか……。強いて言うなら、相手を過信しすぎなところ……ですかね?」
「というと?」
「この場合の相手と言うのは当然私達なんですけど、多分、相手の事を必要以上に手強いと思っているのでは? ネクラさんは自分を基準に考えているとおっしゃっていました。ですけど、私はまだそこまでは到達出来ていません。なので、えっと……そういうことです……」
本当に目の前の少女があのハイネスさんなのかどうか、疑いたくなるほどの語彙力の無さだ。
だけど、言いたい事はなんとなく分かる。
つまり、相手を数段上に見ているせいでから回ってしまっている。そう言いたいのだろう。
「そうです! 例えばですけど、ネクラさんならエリアを移動する盤面だとするじゃないですか。なら、私もそう考えるとネクラさんは考えて、あえて留まれと指示を出す。だけど私は、相手がネクラさんで無いのであれば、普通の考え方をします。これは……ネクラさんが一般的な考え方をあまりしないので起こっている問題だと思います」
「つまり、ハイネスさんは相手が私だと仮定する場合のみ、私の思考になって考える。だけど、その他の人が相手ならば、一般的な思考を元に作戦を立てる。そういう事ですか?」
「……そうです。だから、そこのすれ違いで2回引き分けになったんだと思います……」
自信なさそうにこちらを伺っていた少女は、晴也がなるほどと零すと、安心したように笑顔になった。
晴也視点で考えるならば当たり前のことでも、一般的にはおかしいと思われる行動は、それこそ山のようにある。
そこの認識が甘かったせいで今回の敗北があったのだ。
指揮官役は、その人の頭の良さがそのまま反映されるようなシステムだ。
恐らく、目の前で笑っている少女は自分よりもこのゲームの理解度が高く、地頭も良いのだろう。天然だけど……。
「あ、あの……なら今度は私からも聞いていいですか?」
「もちろんです。なんでしょうか」
「……フレンドの枠って、まだ開いてますか……?」
「……はい? え、あの……」
一瞬言葉の意味が分からず思考が停止した晴也は、目の前の少女がなぜか涙目になっている事に気が付く。
フレンドって何……? 昔の曲にそんな曲あったよな。それのことか……?
「あの、もし良かったら……フレンド登録――」
「あ、ああ~! いや、こちらからもお願いしたかったんですよ! 是非お願いします!」
「……良かった、です。ずっと尊敬していて……あの、ファンクラブにも……入らせてもらってます!」
「あ〜。まぁ、私はそれ、一切関与してませんけどね……。ありがとうございます」
ネクラのファンクラブは、それこそいくつかあるのだが、そのどれも本人の承諾は得ていない非公式のファンクラブだ。
元々、そういうものの運営が面倒だと投げ出し、作っても良いかと尋ねてきたフォロワーに適当に返信した結果、そういったサイトがいくつも出来てしまったのだ。
そこでどんな事が行われているのか、晴也は一切知らない。
「なんだか複雑ですね……。自分より強い人に尊敬していると言われるのは……」
「そ、そんなとんでもないです! 私なんかが……そんな」
「いえいえ、そんなことあるんですよ。それよりも、ファンクラブって、何をしているんですか……?」
フレンド登録をあっさりと終わらせ、ネクラは前々からひそかに気にしていた事を口にする。
運営に興味は無いと言っても、影で自分がなんと言われているのかは気になる。
ファンクラブって言うくらいだから悪い事は言われてないと思うけれど、それでも少しだけ怖い。
エゴサーチでも、動きがキモいだの色々言われているからか、ファンクラブ内でもそんな事を言われている気がする……。
それが怖くて、数多あるネクラのファンクラブは1度も入会したことがないのだ。
「それは……内緒です! 多分ですけど、ネクラさんが想像なさっているような事はしていませんよ?」
「私がどんな想像をしているのか、分かるんですか?」
「なんとなくですけどね……。あ、一応言っておきますけど、私が入っているファンクラブは女性限定ですよ♪」
「ますます怖くなりましたけど……」
不安そうなネクラの一方で、ハイネスはそんなネクラの姿が自分のファンクラブで噂されていた通りで余計可笑しかった。
女性限定と言われて浮かれないのは、多分そこまで考えが回らないか、免疫が無いかのどちらかだ。
どちらにしてもゲーム内のカッコいい姿からは想像もできないギャップだ。
なぜだか分からないけれど、ネクラのファンクラブには、そういったギャップ萌えの人が多い。
ハイネスももちろん例外ではないけれど……。
「安心してください! 良い事しか話していませんよ! ライも……いや、内緒にしてって言われてるんでした。忘れてください!」
「それで忘れられる人は、小説の中の鈍感主人公だけですよ……」
「あはは。まぁ、そうかもですね!」
随分楽しそうに笑うハイネスと、どんなことを言われているのか不安で仕方ない晴也。そんな対照的な2人は、その後他愛も無い会話を少しだけした後お開きとなった。
ハイネスはそのまま自分が入っているファンクラブへ報告に行く。
一方の晴也は、世間で自分がどう思われているのか真面目に調べてみようと眠気を吹き飛ばす栄養ドリンクを飲み干し、ノートパソコンとにらめっこを開始した。
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やる気が、出ます( *´ `*)




