第200話 予想外の事態
雪山での捜索を始めて10分後、初めて誰かの足跡を確認する事が出来た。
やはりというか、この無人島で猛吹雪が吹き荒れているのは足跡から子供の行方を追えという事であっているのだろう。
ただ、ここまで視界が悪いと目の前を確認することはおろか、まともに目を開ける事すら難しい。目を細めて足元を見たとしても、追いかけっこなんてまともにできるはずがない。
「こんな状態でどうやって捕まえろって言うの……? それに、子供の方だってまともに移動できないはず……」
元々捕まえる能力それ自体が高くない私は、この状況で誰かを捕まえられると思うほど事態を楽観視していない。
それに、ルール上子供は、一切発電所に近付かなくとも問題ない。最悪鬼から逃げ続けていれば良いので、発電所を探しに行くのだってそこまで拘らずとも……。
(いや、待って……? 新ルールで戸惑ってたけど、よく考えたら変じゃない? 前のマップでは子供と鬼、双方に配られたルールに誤り……というか抜け道があったよね? 今回は何もないって、そんなのおかしいよ)
それに、30分置きとはいえ子供側に発電所の場所を通知してしまうと、それと同時に瞬間移動でそこに向かわれる……もしくは、その近くまで移動出来てしまうではないか。
これでは、鬼の労力に比べて子供側の負担が軽すぎる。いや、軽すぎるなんてものじゃない。イージーゲームすぎるのだ。
ただでさえ猛吹雪の中で視界が悪いのに、そこまで子供に有利なルールを課せられているとなると、これはもう勝敗云々という話ではない。そう、ゲームとして成り立っていないのだ。
そりゃ、どちらかが少しだけ有利……みたいなパターンはPVPを主体とするゲームだし多少なりともあるだろう。だけど、今回見たく極端な例は流石に酷すぎると言わざるを得ない。
「つまり……今回も、穴がある」
穴と言って良いのか、ここに記されていない要素があるのだろう。
見返すのだ、新ルールを。そして、どこかに穴が無いか。不自然な点がないかを。
(と言っても、前回は私が見てすぐに気付けるレベルだった……。今回はそうじゃないって事は、一度見ただけじゃ分からない?)
目を皿のようにして何度も携帯を睨みつけるけれど、私の頭脳ではやはり解けそうもない問題だった。
こんな時、あの人が横にいれば何と言ってくれるだろう……。思い出すんだ。一緒に映画に行った時、あの人は謎の、普通は注目しない部分から答えを導き出した。
メタ的ともいえる、システムの穴を付くようなその着眼点は私にはとても真似できない。
だけど、あの人が私の傍にいて、一緒に考えてくれていると考えた時、あの人はどんな考え方をするだろう。
…………
……
…
「そもそも、なんで発電所なんですかね? 無人島なのに発電所が何か所もあるって不自然じゃないですか? それに、なんで発電所を直すだけで船が来るんですか? 発電所が直ったところで、助けを呼べないなら意味がないじゃないですか」
「……た、確かに?」
「例えば、子供側には助けを呼ぶためのトランシーバーや無線機のような物が配布……あるいはマップのどこかに隠されていると通知されているのではないでしょうか。だけど、発電所が機能停止しているので、助けを呼べない……。そう仮定すれば、無人島で発電所を直すという不自然さは一応解決します」
確かにそれはそうだが、そんなことを言われても、じゃあ鬼はどうすれば良いのか。そう考えざるを得ない。
吹雪の中で捜索しなければならないのは同じだし、一定時間以上子供を捕まえられなかったら発電所が直っていくし、30分に一度直っていない発電所の場所が向こうに通知されるのだ。厳しい事に、変わりはないだろう。
「いえ、そもそも港がどうのって言ってるのもおかしいと思うんです。だって、こうして吹雪いてるのに港が凍らない訳がない。実際雪がかなり積もってる訳ですしね? つまり、そもそもこの状態では船が入港すらできない可能性が高い」
「そ、そこはゲームなので関係ないのでは……?」
「いえ、マップの作り込みに異様にこだわっている運営なら、そこもしっかり対策しているはずです。例えば不凍港……つまり、凍らない港があるなど、対策をしていると思います。もしくは、この吹雪が一定時間を経過したら止む……とか」
そう言われてみてば確かに……問題というかルールの所々が不自然だし、ネクラさんの言う事も一理ある気がする。
なら、何とかして海岸に出て海が凍っていない場所を探せば良いのか。いや、そう単純な物では無いだろう。
「恐らくその通りです。ただ僕が思うに……吹雪が吹き荒れているのは一定の場所だけなんじゃないでしょうか。例えば標高の高い山では、頂上付近の天気と麓の天気が違うなんてことがあるそうです。エベレストやキリマンジャロなど、頂上付近や山の中腹地点では吹雪く事はあっても、その麓やその付近で同時刻に吹雪が起こる……なんてことはあまりないと、どこかの記事で読んだことがあります。その信ぴょう性はちょっと分かりかねますが、この無人島というマップそのものが――」
「無人島と言う名の、山……」
私がそう呟くと、ネクラさんはコクリと力強く頷いた。
「その証拠に、今現在の相手の子供の数を見てみてください。僕の予想が正しければ、ミナモンさんあたりが暴走して、数人減っているはずです。恐らくは……3人ほど」
「……っ! ほんとだ……」
携帯に表示されている残りの子供の人数は、ゲーム開始から20分ほど経っていて、さらにはこんな絶望的な状況であるにもかかわらず残り17人となっていた。
こんな状況下で1人捕まえるのがどれだけ至難の業か。それも、相手は強豪プレイヤーで、今回はネクラさんの事前データも無い。それなのに……
「彼はこういう場合、深く考えずに突き進むと思います。なら、早々に山を下りて吹雪地帯を抜けていると思います。幽霊病院や貴族の屋敷と同じで、鬼は頂上付近に、子供は麓を中心に生まれていると仮定すれば辻褄は合うでしょう」
「で、でも! 無人島なのに港と言うのは……」
「別に不自然ではありません。無人島……と言えるかどうかはともかく、広島県には、ある孤島を観光名所としている場所があります。そこには標高数百メートル程度ですが小さな山があったはずです。そこには、釣りが出来る桟橋はもちろん、船が入港できる港があったはずです」
自信満々にそう言うと、ネクラさんは続いて「とりあえず下に向かってみてください」と微笑む。
どちらが下なのか。そう不満そうに見つめる私にそれもそうだと苦笑しつつ、空を指さした。
「雪っていうのは、結構面白いんですよ。しっかりギュッと握ってボールのような形にすると中々壊れなくなるほど固くなるのに、ただ触れるだけでは綿のように柔らかいんです」
「は、はぁ……」
「つまりですね、雪でボールを作って適当な方面に投げたとします。すると、それは坂道を転がるようにコロコロと下へ降りていくはずです。歩いていても分からないほど傾斜が緩やかなのであれば、恐らく数センチ……数十センチ単位でしか転がらないでしょうけど」
そんなはずないだろと思いながら、ネクラさんの言う通りに足元から適当に雪を拾って丸め、適当な方向へ投げてみる。
すると、ネクラさんの言う通りにコロコロ転がって……行くことは無く、地面の雪にボフッと埋まってしまう。
「……」
「……あれ、理論上はこれで行けると思ったんですけどね……。じゃ、じゃあ……とりあえずその足跡を追ってみましょう! 多分、吹雪地帯は抜けられると思います!」
気まずそうに笑って誤魔化すように足元の足跡を指さしたネクラさんは、その後私の目の前から幽霊のようにスーッと消えて
…………
……
…
(って! なに危ない人みたいな妄想してんの!?)
吹雪の中、フルフルと頭を振って我を取り戻した私は、足元に出来ている手のひらサイズの凹みを見てはぁとため息を吐く。
ネクラさんがそんなバカな事提案するはずがないじゃないか……。こんなの、一度雪の中で遊んだことがあれば誰でも知ってるだろうし……。
「……遊んだこと、あるのかな」
いや、無いだろう。うん、あの人はそういう、ちょっと変なところで抜けてるし、引きこもりだったらしいので外で遊ぶこともめったになかったのではないだろうか。
一応、今日の試合が終わったらこの状況にぶち当たった時どんなことを考えるのか、聞いてみよう。
確かに、妄想の中ではあったけどネクラさんの言う事には一理あると思ったし……。
「はぁ……。さて、行きますか」
私はちょっとだけ心の中から勇気が湧いてくるような気がして、足跡が雪で消えないうちにサッサと追いかけた。
そしてその数分後、ネクラさんの言う通り吹雪地帯を抜けて目の前に広がっている獣道を見た時、はぁとため息をついてしまったのは仕方ないだろう。
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やる気が、出ます( *´ `*)




