第198話 地獄の終わり
補講それ自体は全部で2時間……1つの授業が100分なので、たっぷり200分行われた。
しかも面倒な事に「不登校」&「成績トップ」という2つの称号を持つ僕は、何かと当てられることが多かった。
いつも不登校だけど、珍しく来てるんだからせっかくだし答えてもらおう。なんていう意味の分からない理屈で当てられるこっちの身にもなってほしい。
「では、今日の補講はここら辺にしておきましょうか。皆さん、通学路が先日の雪の影響で滑りやすくなっていますので、帰りはくれぐれも気を付けてくださいね。それと、テンションが上がるのは分かりますが、源さんに迷惑はかけないように」
それだけ言うと、化学の担当教師である30代過ぎくらいの若い先生は教室を出て行った。
化学は得意分野じゃないけれど、1限目の世界史と同じでそのほとんどが暗記中心の問題なので別に問題は無かった。
他の人が答えられなかった問題を尻拭い的に答えさせられることが多く、オマケに解説も頼まれると……流石に面倒という域を超える。
「ネクラさん、一緒に帰りませんか!?」
「私とお茶しませんか!? さっきの授業で分からないところが――」
「抜け駆け禁止って言ったでしょ!? こんな人より、私と一緒に!」
授業が終わった瞬間、そんな言葉を投げかけてくる人が僕の席に殺到する。
だけど、このくらいになるといい加減僕も対処法を確立している。まぁ、主にハイネスさんの経験に基くものだけど……。
「ごめんなさい、この後チームの人と予選の事で打ち合わせがあって……」
こう言えば、大抵の人は仕方ないと割り切ってくれるし、仮に強引にでも迫ってくる人がいれば本当のファンの人が諫めてくれるだろうとの事だ。
それに、そういう理由をでっちあげておけば3人で帰っても全員チームメンバーだから不自然にはならないし、こちらが少しばかり強引に教室を出ても何も不審には思われないと。
(ハイネスさんの言った通りで良かった……。もう二度と行かない……)
僕がそう言った瞬間、教室内の反応は綺麗に2分した。
ハイネスさんの予想通り、なら仕方がない。頑張って下さいと声をかけてくれる人と、そんなの知らない。自分の欲望の為に付き合え(こんな言い方はしてない)みたいな人に分かれたのだ。
もちろん前者の人は下心とかナシの僕のファンの人だったし、他クラスからなだれ込もうとしている他の生徒の人を抑えてくれていた男子生徒に多かった。うん、滅茶苦茶助かります……。
「まさか、元旦後だというのにあんなに多かったとは……。私の計算が甘かったです」
帰り道、駅で電車を待っているとハイネスさんがボソッとそう呟いた。
その顔はとても申し訳なさそうだけど、少しだけ嬉しそうに微笑んでいる。
「アハハ……。まぁ、あそこまで来ると逆に笑えて来ますよね。もう二度と行きませんけど……」
「ですよね……。ネクラさんが行くと毎度ああなりそうですし、私としても少し不快です」
「不快って……。ま、まぁ授業のレベルも高が知れてましたし、ずっとハイネスさんと話してましたから、僕としても行く意味はあまり感じませんね」
授業中ずっとハイネスさんと話していたせいで、スマホの充電はかなり心もとなくなってしまっている。が、その分色々話せたので滅茶苦茶楽しかったのは本当だ。
学校それ自体でする意味があったかと言えば多分無いんだけど、貴重な体験であることに変わりはない。
「ネクラさん、これからどうします? もう、帰りますか?」
「どうって言われても……帰るつもりでしたよ? 特に寄りたいところがある訳じゃないので」
授業で疲れたとかそんなことはまったくもってないけれど、手毬と早く遊びたいという欲はかなりある。というか、癒してほしいのだ。
ただでさえ人見知りなのに、あんなに騒がれたら疲れる……。
「ですね。じゃあ、今日は私も帰ります。そう言えば、ネクラさんの教室は今日なんの補修だったんです?」
「テストの平均点が全体的に低かったっていう、世界史と化学でした。先生が黒板に教科書に載ってる問題を書き写して、生徒を当てて答えさせる……みたいな、退屈なやつでした」
「ネクラさんの教室もですか。ライは数学と日本史だったんだよね?」
「……うん。私はお兄ちゃんのおかげで分からないところとかなかったけど……」
春香は元々数学が苦手だったらしく、テスト前に僕に執拗に色々聞いてきていた。
そのせいで苦手だった教科がその面影もなく、むしろどんな教科よりも得意になったらしい。
僕は全くそこら辺に興味はないけど、前におまるさんがいた時に、呆れながら話していたのを聞いたのだ。
解説動画の時にも言われたけど、説明が妙に分かりやすくてたとえも絶妙に分かりやすいからスッと頭に入ってくるらしい。
僕としては特に意識してないんだけど……というか、春香の理解力が良いだけな気もするけど……。
「へぇ~。どんなたとえだったの?」
「……多分、聞かない方が良い。お兄ちゃんの、結構癖強いし化学とかになると滅茶苦茶だから」
「……ん? 分かり、やすいんでしょ?」
「そうだけど……なんというか、ハイネスにはまだ早いというか……綺麗なままでいてほしい」
複雑そうな顔をしながらそう言う春香は、それ以上言うつもりはないと露骨に話題を変えた。
うん、なんか、僕が汚れてるというか、春香を穢してしまったみたいな言い方するのは止めてほしいな……。
確かに、化学の説明では芸能人の不倫とか不祥事の事を引き合いに出して、こうこうこうだから……みたいな事を言ったけど、それでハイネスさんが穢れるかと言われるとそんなことは無いだろうし、むしろそういう話題には興味ないのではないだろうか。
単純に、なるほどね……くらいで流してくれそうな気がするんだけど……。
「ちょっとお兄ちゃんは黙ってて……。ハイネス、今日の収穫はどうだったの?」
「ん~そうだなぁ……。割と……? 十分でもないけど、不作ってわけでも無いかな?」
と、ハイネスさんと春香にしか分からない事を話し始めたので、僕は深く考えるのは止めてSNSの巡回を始めた。
そこには、やはり僕の制服姿や学校での態度(休み時間のタジタジしてるところ)についての反応が山のように届いていて、見るだけでウンザリしそうになる。
それも、チームメンバーの人も好意的な反応をしているからなんて言えば良いのか困惑しかしない。
「マイさんとミミミさん……あなた達は何を言ってるんですか?」
チームメンバーなのに、可愛いだの萌えるだの、ミミミさんに至っては「ほんとに学生なんだ~。なんか背徳的じゃない!?」みたいに限界化してるのが……。
普段のあの人からは仕事のできるカッコいい女の人って感じしかしないのに、僕の見てないところではなんかただのアイドルか何かを推してる人みたいになるのは……こういうのを、いわゆるギャップというのだろうか。
知ってる人が自分の事を推してるって改めて再認識すると、なんか複雑な気持ちになる。
もちろん感謝の気持ちはあるし、嬉しいという気持ちもあるけど……妙に恥ずかしいというか、明日からどんな顔をして会えば良いのか分からなくなるというか……。
(手毬……僕は、もう一生家にいたいよ……)
早速ネット上で制服姿の僕がネットの玩具と化してきているのを見て、家で良い子で待っていてくれているはずの子猫を思い浮かべる。
世界大会が終わったらネット上から姿を消して隠居でもしようかな……。
瞬く間に拡散されていく制服姿の僕が恋愛漫画の告白シーンに雑にくっつけられている画像を見つつ、僕は大きなため息を吐いた。
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やる気が、出ます( *´ `*)




