第197話 正念場
朝のHRが終わった後、僕は嫌な予感を感じてすぐさま教室から逃げ出そうとしていた。
だって、SNSを見たら「学校にネクラさんいるんだけど!?」みたいな書き込みが滅茶苦茶あったから。
うんあの……バレるの早すぎない?
という事で、僕は先生が教卓の前で「じゃあ、HRはこの辺で……」と頭を下げたその瞬間に席を立った。その瞬間、顔も知らないクラスメイト達が獲物を見るような目で僕を睨みつけてきた。
それは、暗闇の荒野でオオカミが獲物を見つけた時のようにギラリと光っていてとても怖かったのを覚えている。
「ネクラさんですよね!?」
名前も知らない斜め前に座っていた女の子が滅茶苦茶迫真の勢いでそう聞いてきてからは、僕が逃げる暇などなかった。
というか、男子は教室の前後の扉前を固めて他クラスから人がなだれ込んでくるのを抑止しつつ、こちらにチラチラとした視線を送る一方で、女子は目をキラキラさせながら僕の席の周りに群がる。まるでまたたびでも持って猫カフェに入った時みたいだ。そんな経験はしたことないけども……。
「えっ、いや、あの……」
「ネクラさんうちの学校なんですか!? てか、初めて顔見たんですけど、ずっと学年主席取ってた人ですよね!?」
「あ~、やっぱり!? 私も始めて見るから転校生だとばっかり思ってた!」
「はぁ~、なんで今まで登校してこなかったんですか! ほんと、元日の翌日で憂鬱だったのに一気にそれ吹き飛んだ! 来てよかった~!」
この人たちは、僕が女の人が苦手な事を知らないのだろうか。
ネクラと言えばランクマッチで負けたことない異常者とか、怪物ってイメージが真っ先に来るのは仕方ないとして、女の人が苦手っていうのはその次くらいには有名だと思うんだけど……。
というよりも、ここにいる人達はそのほとんどが僕のファンって言うよりは下心見え見えで話しかけてきているのが丸分かりなので正直話していてあまり心地の良い物ではない。
ファンの人相手っていうのは変わらないだろって思うかもしれないけど、話したこともないクラスメイト、それも女の子が苦手って公言してる人相手にベタベタくっついてくるのは常識がないと思わざるを得ないでしょ。
その点、ハイネスさんはそういった事全然してこないし、むしろ下心ってよりは単純に話してて面白い事しか話そうとしないし……って
(いやいや、なんでここでハイネスさんを引き合いに出してるんだ……。ていうか、あの2人はどこに行ったんだ……)
ハイネスさんと春香はどこに行ったんだと、少しだけ背伸びをしながら教室の入り口付近を見ると、困惑しながら囲まれている2人を発見した。うん、なんか……そんな気がしてた。
あの2人が助けに来てくれないはずがないから、教室の入口か自分達の教室で囲まれてるんだろうなって……。
「サインください!」
「あ、ずる! 私もください!」
「今度勉強教えてください! ちょっと最近授業のペース早くてわかんないとこ多くて!」
これは、いつかの地獄を想起しそうになる。
第一回ネクラ杯で優勝チームのギルドへ講習会に行った時、これと同じかもっとひどい状況に陥ってしばらくチームの女の人とも距離を置いたあの地獄を……。
ハイネスさんに言われていたので一応サインペンくらいは持参してきてるけど……それでも、こんな状況でサインなんてしようものなら瞬く間に収集がつかなくなってしまうだろう。間違っても、全校生徒分のサインなんて書きたくはない。
「あ、あの……お気持ちは嬉しいんですけどその……あんまり女の人は得意じゃなくて……」
紅葉狩りの時にファンの人がホテル内で接触してくる時はあったけれど、あの時は周りにいつも誰かいてくれたし、声をかけてきてくれた人も純粋な僕のファンだったので気安く?接する事が出来た。
それがいかに生ぬるく、それでいて恵まれていたのかよく分かる。
モテたいとか思ってる浅はかな人は、こんな状況の僕を見ても同じことが言えるだろうか。絶対にやめてくれと思うはずだ。
ネット上で好きだのなんだの言われることに関しては見て見ぬふりをすることでスルーすることができるけど、対面でそう言われると相手が冗談だろうが軽い気持ちだろうが、僕としてはいちいち動揺してしまうから良くない。
こんなことになるなら、事前に許可を取って怪物のマスクとかをかぶってくればよかった。紅葉狩りの時、最初にかぶっていこうとしてたやつが部屋の隅に眠ってるし……。
「はい~、皆さん席についてください。補講始めますよ。外にいる他クラスの皆さんも、そろそろ授業が始まるので自分のクラスに戻ってくださ~い」
数分後、そう言いながら教室に入って来た眼鏡をかけた女性の先生のおかげで事態は一時落ち着いた。
落ち着きはしたけれど、授業が始まる直前に見たSNSはそれはそれは凄い事になっていた。
なにせ、僕の制服姿がどこからか盗撮され、それがネット上に無数に投稿されていたのだ。
(ミミミさん……あなた、制服姿萌えるとか訳のわからない事言ってないでなんとか収めようって気は無いんですか......?)
チームメイトの1人がSNS上で僕の制服姿に悶えている所なんて見たくなかったよ......。
さっきの大惨事も早速ネットに投稿され、それはそれはお祭り騒ぎになっていた。
うん、早退しようかな僕……。
「じゃあ、教科書のこの部分問題を……せっかく登校してきてくれているので、源さん、答えてくれますか?」
「……はい?」
教室の下でスマホをいじっていたので、まったく授業を聞いていませんでした。そんな事もちろん言えるはずもなく、黒板に書かれている教科書の問17とやらを超特急で探す。
新羅の第27代目の王は誰か……で良いのかな。
「先生。この、問17で良いんですかね?」
「はい。ちょっと難しいですか?」
「……善徳女王ですよね? 確か、新羅初の女王になった人です」
「流石源さん、正解です。じゃあついでに、その方は先代のなんていう王の娘ですか? ここは、まだ授業でやっていませんが……」
「真平王……だったかな。確か、男の兄弟がいなかったから王位を継いだんじゃなかったでしたっけ」
正直世界の歴史なんて全く興味がないので全然自信はないけれど、中国とか韓国とか、アジア圏に関しては最低限の知識くらいは持っている。
これは確か朝鮮半島かどこかの話で、韓国ドラマか何かになっていたはずだけど……。
「せ、正解です……。なんでそんなところまで知ってるんですか?」
「……調べ物してた時にネットで見たので」
正確には、好きなキャラの過去を調べていた時に偶然その新羅か何かの記事を見つけてザラッと呼んだのを覚えていただけだ。
韓国語か何かだったので解読するのがちょっと面倒だった記憶があるけど……。
「そ、そうですか……。じゃあ、この問18も答えてもらえますか?」
「問の18ですか……? えっと……古代ギリシャの哲学者で2000年以上経った今でも哲学の祖と言われている人物……。ソクラテスとかいう名前じゃなかったでしたっけ?」
刑事物……というか、事件物のアニメを見ていた時、その敵キャラに哲学をやけに引用して物を言うキャラがいたので、それが気になって哲学に関して調べていた時期があったのだ。
その時に偶然目にした事がある名前だ。
確か、「単に生きるのではなく、善く生きる」とかなんとかの信念を持ってた人じゃなかったかな。
哲学者の事はあんまり興味ないし、僕が調べてたのはシュレーディンガーの猫とかそっち系の物だったけど。
「流石ですね……。ありがとうございます」
「は、はい……」
若干引きつった笑みを浮かべながら話を再開した先生を横目で見つつ、僕は窓の外を眺めながらサッサとこの時間が終わる事を待ち望む。
今の数分のやり取りで分かったけれど、やっぱりこの学校……というか、学校それ自体の教育システムと勉強方法は非効率的すぎる。
このくらい、じっくり教えなくともネットで調べれば一発で答えが出てくるではないか。
しかも、世界史・日本史……ついでに化学とかあたりも暗記中心になるんだから、わざわざ授業時間を使って長々説明する意味が本気で分からない。
もちろん数学みたいに、なんでそうなるのかとか、それに至る道筋がしっかり分かるなら世界史とかも楽しくなるんだろうけど……僕はそこに、好きなキャラの過去という前提がないとそもそも興味が持てないし、覚える気にもならない。
こんな無駄な時間を過ごすなら、ハイネスさんと今後の事を話したいんだけどなぁ……。
そう思いつつ景色を眺めていると手元のスマホがブルっと震えた。
「授業暇なので、話しませんか?」
ハイネスさんからの救いともいえるようなメッセージに、僕は思わず口の端が歪むのを感じた。
授業が暇ってなんだよと思うかもしれないけど、暇なんだから仕方ない。うん、自分でも何言ってんのか分からないけど……。
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やる気が、出ます( *´ `*)




