第193話 小説の世界
今日何度目かの面倒な謎解きが決定したと絶望した僕は、うーんと唸りながら僕の持っているカギと携帯を睨みつけているサカキさんに気が付くのが少しだけ遅れた。
時間にして数十秒程度だったと思うけど、サカキさんは「あの~」と少しだけ申し訳なさそうに口にした。
「どうかしました……?」
「いえ、貴族とかそっち系の事についてはあまり詳しくないので自信が無いんですが……主人も誰もいない屋敷を、メイドがウロウロしているでしょうか?」
「メイド……?」
そう言われてみれば、食堂にいた頃は数人ではあるけれどメイド服を着た人がそこら辺をうろついていた気がする。
廊下とか他の部屋、この部屋にもメイドさんはいなかったので失念していたけれど、そう言われたらそうだ。確かに、屋敷の主人がいないのにメイドが屋敷に残って仕事をしているというのは不自然だ。
「……おまるさん」
「ん~、自分はファンタジーとか専門外なんでなんとも……。でも、使用人が主人を失った後も働いてるってのは考えにくいですね。ていう事は、少なくともその貴族の息子か、当主代理のような人がいるんじゃないですか?」
「ですよね。僕もそう思います。……でも、結構ゲーム開始から時間が経ってて色んな部屋を回ってるのに、メイドさん以外の人を誰も目にしてないんですよね。それ以外の情報も特段上がってきませんし……」
それに、完全に偏見ではあるけれど、こういう貴族の屋敷に住んでいるような人は非常に自己顕示欲が高いと僕は思う。
だから廊下や階段の踊り場に自分や家族の肖像画を置くと勝手に思ってるんだけど、この家にはそういったものが一切ない。廊下で目印なんかにされないために配置されていない物かと思っていたけれど、屋敷それ自体にそういう設定があるなら話は違ってくるだろう。
「……これ、謎解きっていうか問題文から答えを推測しなきゃいけないタイプのやつですかね? 問題文そのものにほとんど答えが乗ってるから、それをうまい事見つけてねっていう」
「……あり得ますね。問題文に答えじゃなく、ヒントが紛れているって可能性の方が高そうですけどね。何かしらの文面が隠れているようには見えません」
「そうですか……。唯一ヒントになりそうなものと言えば、この屋敷の主人が小説の世界に憧れているって点でしょうか……」
小説の世界に憧れるところはまぁ分かる。
小説の中には一部の作品を除いてこんなにも辛くて厳しい現実を一時でも忘れさせてくれるものが存在する。
例えば分かりやすい例で行くならファンタジー系の作品だ。
僕はあまり読まないし興味もないけれど、ああいう作品を読んでいる間は小説の世界に入り込むので現実の事なんて考えずに済むだろう。
将来の不安や勉強の事、家族や友達、恋人の事などなど、そんなもの考えなくて済む数少ない機会になり得るはずだ。
いっそのこと小説の中の世界に行ってこの主人公みたいに暮らしたい。そう思う事だって、別段珍しくない事なのではないだろうか。
まぁ、いくら何でもそのためだけに家に秘密の通路をこしらえたって言うのは度を超えている気もするけど。
「ん~、ファンタジーの作品読んでそうな人に意見聞くのが一番早い気がしますね。私達で考えても埒があきません。私とネクラさんの専門はミステリーであってファンタジーじゃないので……」
「ですね〜。あ、そういえばショウさんってダークファンタジー系の漫画描いてるって言ってませんでしたっけ?」
『あ~』
ここで紅葉狩りの時に男性陣と絡んでいて初めて良かったと思えた。
ショウさんが漫画家という事はあの時は推測で当てただけで、書いている作品とかそのジャンルまでは分からなかったし。
という事で、早速電話をかける。
こういう時、相手の鬼が脱出口付近で動かずに誰1人として捕まえていないというのはかなりラッキーだ。まぁ裏口的な存在が無ければそれが最善なんだろうけど。
「なんか気になるとこ……。まぁ強いて言えば、王城とかで秘密の通路作る時って、大体王の寝室付近に作られることが多いって事くらいっすかね? 寝室じゃなくとも、執務室とか謁見の間とか色々ありますけど、まぁ要は日頃王がよくいる場所の近くに設けられることが多いですね。サッサと逃げ出せるように」
「なるほど……。でも、この屋敷に当主の寝室らしきものってありました? というか……」
「写真見てる感じ、寝室とか執務室すらないっすよね。子供部屋がなんか無数にあるだけで、他はなんも……」
「そうなんですよね……。一応1階に書斎らしき部屋はあるみたいですけど、それくらいですよね……。寝室すらないってどうなってるんでしょう」
制作陣が配置し忘れたとメタ的な読みをすることも出来るけれど、これだけ作りこまれたマップでそう考えるのは少々不自然だ。
となれば、意図的に作っていないと考える方が自然だろう。それを言うなら、メイドさんたちの寝泊まりする場所すらないように思えるが……
「逆に、屋敷内にトレーニングルームなんて普通は作らないですよ。貴族になると体を動かしたとしても大抵乗馬とかダンスになってきます。時代設定によっちゃ剣や魔法で戦ったりするんで、トレーニング機器なんて絶対いらないです」
「......あの、良いですか?」
ショウさんの助言に僕を含めその場のほぼ全員が頭を悩ませていたところ、ミミミさんが手を挙げた。
「この、最後の文なんですけど……。あの世にいるって事は、言い換えるともうここにはいないって事ですよね? でも、メイドさんは変わらず働いている……。つまり、いるはずのない主人の為にせっせと働いているって事になりますよね?」
「……? そう、ですね?」
何が言いたいのか分からず全員が頭に?マークを浮かべて首を傾げる。
多分だけど、電話の向こうでショウさんも僕らと同じように首を傾げているだろう。
「いるはずがない主人の為に働くメイドと、必要ないはずのトレーニングルーム。似てませんか……? どちらも必要ないはずなのに、なぜかこの屋敷に存在してる」
「えっと……つまり?」
「つまり、主人がもういないって文言それ自体は合ってるんですよ。ただ、それに違和感を抱かせるために、ある一定の場所にだけ使用人を配置する。そうすることによって、主人がいないのになぜ働いているのかと疑問を持つように仕向ける。その過程でトレーニングルームの存在に違和感を持たせたかったのではないでしょうか?」
ミミミさんは少しだけ不安そうに僕の顔を伺ってくる。
まぁ要は、どちらもいるはず(あるはず)が無いのに、なぜかこの屋敷に存在しているという点が同じという事を言いたいのだろう。
トンチというか、こじつけというか、言葉尻を捕まえるというか……。なんか違うような気もするし、そうであるような気もする答えだ。
「……一応、トレーニングルームにいる人に確認してもらいましょう。なにかその場にあると不自然な物がないかどうか」
「っ! はい!」
嬉しそうに微笑んだミミミさんは、僕がすぐに全体チャットで指示を出してすぐにトレーニングルームを調べ始めた仲間からの報告をウキウキしながら待つ。
ゲームの終了時間が迫っているので、一応僕達もその場所へと向かう。
ここまで来ると、鉄壁の守備を固められている脱出口を目指すよりもミミミさんの推理に賭けた方が賢明だ。
すると、僕らが食堂に辿り着いてもう少しでトレーニングルームに辿り着くというタイミングで通知が届いた。
それは、トレーニングルームでそこにあって不自然なものがないか探していたミラさんからだった。
「見つけました! 部屋の隅に本が1冊入るかな?ってくらいの本棚があります!」
なんだそれはと思わずツッコミそうになったけれど、ならほぼ確定で良いだろう。
後は不測の事態が起きないように念には念を入れるだけで済む。
「現時点で2階にいる人は全員ライと合流して脱出口付近にいる鬼に圧力をかけてください。こっちから目を背ける目的なので、捕まっても問題ないです」
最悪、ゲーム終了直前になってカギを入手してるのに何もしてこないと感付かれればこちらの動きを察知されて邪魔をされる可能性だってある。
なので、形だけでも突撃するようなそぶりを見せておく事で、こちらから意識を100%ズラすのだ。
そして、トレーニングルームに到着するとあーちゃんさんにミラさんの元まで案内される。
見た事も無いピカピカの機械を少しだけ試してみたいと思いつつもミラさんの元へたどり着くと、そこはちょうど部屋の隅……というか、ランニングマシンの陰になって見えない場所だった。
むしろ、よくこんなところにある本一冊分なんていう特殊すぎる本棚を見つけたなと称賛したくなるくらいだ。
トレーニング機器が大きすぎるせいで本棚それ自体が余計に小さく見える。多分だけど、箱ティッシュを縦にはめ込めばそれだけでピッタリ隙間が無くなるだろう大きさだ。
「……なんか、そういう感じ?みたいな感想しか出てきませんね」
「私も、リアル脱出ゲームみたいなやつを想像してました。絡め手というか常識外というか……そうじゃないだろ感満載ですね、これ」
その場にいる全員も僕とおまるさんの意見に同意するかのようにため息交じりに頷くと、僕はその小さすぎる本棚に手元の本をそっと入れる。
もちろんサイズはピッタリで、はめ込んだ瞬間近くにあったランニングマシンがゴゴゴと唸り声をあげながらひとりでに動いていく。
その下から顔を出したのは、やはりというかなんというか、地下への階段だった。
何かの間違いであることを期待して、実験台になると申し出たサカキさんが恐る恐るといった感じで階段を下りていく。
その数秒後、携帯に通知が届いた。
『子供陣営が屋敷からの脱出を果たしました。これにて、子供陣営の勝利が確定しました』
その場の全員が、僕の顔を見てなぜか苦笑を漏らした。
「な、なんですか……」
「いえ、お疲れさまでした……と」
「あはは……。ほんと、そうですよ……」
ミミミさんに子供のようにヨシヨシと頭を撫でられるけど、恥ずかしさとかそういう物よりも前に、もう謎解きはお腹いっぱいだと言いたくなった僕を、誰が責められるだろうか。
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