第191話 屋敷の図書館
僕の推理が合ってるかどうかはともかくとして、とりあえず僕らは2階の図書室へと向かう事にした。幸いにもまだ鬼の姿は確認されていないので、周りの警戒を最低限に抑えられるのも大きい。
窓の景色に惑わされないように手元の地図を逐一確認しつつ、途中で何人もの子供の面々とすれ違いながら階段をゆっくり上っていく。
屋敷の階段はよくある段差が大きくて歩きにくいタイプの物だけど、逆に言えば逃げる時に数段飛びで降りたり駆け上がったりしやすい物でもある。
他のステージではショッピングモール位でしか階段を上る機会がないので、余裕があるうちに、いざって時に逃げられるように練習しておいた方が良いかもしれない。
ゲームなんだから何段飛ばして飛び降りようとも痛みは無いけれど、つい現実と混合して着地の時に膝を曲げて衝撃を逃がそうとしてしまうのは悪い癖だ。
解説動画でも、上位プレイヤーのほとんどは無意識にできている事だけど、そうじゃないプレイヤーは出来ていない事でもあるから注意するようにと助言している。
ここでの練習も……必要かどうかはともかく、やっておいて損はないだろう。
「……1階上って図書室まで来るのに、地図をがん見しつつ鬼の索敵をしながら来たって点を考慮しても、10分ってのは流石にかかりすぎですね」
「同意見です。これ、ほんとに脱出できるんですか……?」
僕らが最初にいた食堂から図書館の前まで、曲がり角なんかはそこまでなくほぼ1本道と言ってよかった。
それなのに、途中少しでも地図から目を離そうものなら途端にどちらが前で、今までどちら側に進んでいたのかが分からなくなってしまう。
屋敷の中が代り映えのない景色であるというのも悪いのだが、部屋が等間隔に設置されてその間に目印となるような肖像画や特徴的な調度品が何もないというのがそれを余計に加速させている。
「ほんと、このマップ作った人良い性格してますね……」
「同感ですよ……。地図配布せずにこのマップから抜け出すってだけでも別のゲーム作れるんじゃないですかね……」
「ネクラさんがそう言うならそうなんでしょうね……。ていうか、なんでわざわざ図書室まで来たんですか? 元々図書室にいた人に捜索を任せれば良いのに」
「……」
それは、僕の個人的な思いが関係している。
最近、電子書籍で本を買う人が圧倒的に多い中、僕は断固として紙の媒体で読むことを決めている。
本棚を圧迫するからとか、外でも読めるじゃないかとか色々言われているけど、そうじゃないのだ。
本は、やはり紙で集めて本棚を圧迫し、揃えるからこそ意味があるのだ。
(家が狭いせいでこんなことできないけど……ここは僕の理想の部屋だよ……)
図書室に1歩足を踏み入れると、僕の背丈(約2メートル)よりも高い漆黒の木の本棚が部屋いっぱいにびっしりと詰まって、その中に本がこれでもかというくらい並んでいる。
部屋の中は微かに木独特の温かい匂いが充満し、静かなクラシックが流れているのも素敵だ。
「ようこそネクラさん! 私の図書室へ! って……私の図書室じゃないんですけど」
苦笑しながら両手を広げてそう言ったのは、ゲーム開始直後からこの部屋にいた香夜さんだ。
この人は確かギャンブルか何かで生計を立てているような結構癖の強い人だけど、本もそれなりに嗜むらしい。そのきっかけを聞けば、僕が何かのインタビューで読書が好きだと漏らしていたから......らしい。
「あはは。ここにはある本を探しに来たんですけど、ありそうですか?」
「ざっと見た感じなんでまだ確かな事は言えないですけど、結構なんでもありますよ? 漫画から小説、画集やイラスト本、同人誌……あと、ちょっぴりあれな本まで。ほんとになんでも!」
「そ、それはそれは……。僕らが探してるのは、アガサ・クリスティーのポアロシリーズなんですけど……」
「あ~、あれですか! ……ん? いや、なんでですか……?」
香夜さんは、てっきりカギのヒントにあった小倉百人一首の本か、連歌師について書かれた文献でも探しに来たと思っていたらしく、わざわざこの大部屋をあのヒントが出てから探し回っていたらしい。
その成果だけど、結局小倉百人一首の本しか見つからなくて、11番目の歌が恋の歌じゃないじゃん!ってキレてたらしい。
「わざわざ探してもらったのにすみません……」
「いえいえ、私が勝手にやってたことですので! ていうか、なんであのヒントでアガサ・クリスティーに繋がるのか分からないんですけど……」
「それは――」
それから僕の推理を話すと、案の定サカキさん同様呆れられた。
この人、一応このチームで一番の僕のファンって公言してるはずなんだけど……そんな人でも、流石に百人一首を全て暗記して、なおかつその意味とアガサ・クリスティーが出版した本の順番とか諸々を覚えているのには呆れたらしい。
「いえ、呆れたというか、そこまでいってるのかというか……超人だなぁと」
「なんでですか……」
「だって、私でもポアロシリーズくらいは知ってますけど、オリエント急行とナイル川のやつしか知りませんもん。もちろんABC殺人事件の名前くらいは知ってますけど……」
「いやそもそも、百人一首をその意味含めて暗記してるってのがおかしいんですよ。競技カルタって存在そのものは知ってますけど、なんであれしてない人がいちいち覚えてるんですか?」
「……やってみたいなぁって思ってた時があったんですよ」
一時期アニメにハマっていた時、ほとんどを倍速か3倍速で見ていた関係で、この世に存在していて名作だと言われているアニメは……恋愛もの以外はほとんど見ているはずだ。
あの作品も恋愛色が結構あった気がするけど、主な物は競技カルタだったのでノーカンで良いだろう。
「ちなみに、聞いていいですか? ポアロシリーズって、何から読むのが正解とかあるんですか?」
「……基本出版年数通りに読めば間違いないですよ? スタイルズ荘から始まって、2作目のゴルフ場、アクロイド、ビッグ4、青列車、邪悪の家、エッジウェア、オリエント急行、三幕の殺人、雪をつかむ死ときて、件のABC殺人が来ます」
「まさかと思いますけど、全部覚えてるんですか……?」
「読んだことは無いですけど、知識だけなら……。流石に本は3倍速で読めないので……」
もちろん実写化されているドラマや映画では見たことあるけれど、ああいうのと原作はまた違うような気がするので、それらを見ただけで「読んだ」とは言えないだろう。
それに、僕が一番好きなミステリーはおまるさんが書いてる物っていうのは、そうだし……。
「いえ、大丈夫です……。なんか、自分の勉強不足を改めて再確認させていただきました」
「まったくです……。あ、それよりも2つ目のヒントの時間みたいですよ。これ見てから決めましょう」
サカキさんはそう言うと、携帯を取り出して僕ら2人に見えやすいように前に出す。
するとそのタイミングでちょうど2つ目のヒントが送られてきた。
『私が好きなのはミステリー小説である。さらに言えば、ホームズよりそのライバルを、キングより女王を好む。
さて、肝心な事を言い忘れていた。その小説だが……Aの段の出身地に並べられている。探したまえ』
今回は1つ目のヒントよりもだいぶ簡易的というか、短くなっていた。
それに、今回は2つ目のヒントという事もあって1つ目のヒントをより簡略化したものになっている。というか、僕の推理はやはり正しかったらしい。
「この、ホームズよりそのライバルっていうのは……諸説ありますけど、コナン・ドイルのライバルと言われたアガサ・クリスティーを指しているのではないかというのが僕の見解です。いや、コナン・ドイルのライバルって言うのは完全に僕の個人的な意見ですけど、2人は出身地が同じで、オマケにアガサ・クリスティーの方は女性でミステリーの女王と呼ばれていますから......」
「この、キングより女王っていうのはその事を指してるって事ですか?」
「エラリー・クインっていう、アメリカの推理作家もいるんですけど、それなら女王ってよりはクイーンって書くと思うんです」
「な、なるほど……」
それに、本棚に本を入れる場合は基本作者か原作者の名前をあいうえお順にして並べる。少なくとも本屋ではそうやって並べているところが多いし、僕も本棚を置くならそうやって並べる。
なので、この『Aの段』というのはアガサ・クリスティーのAなのではないだろうか。
「とりあえず、探してみましょうか」
「ですね! とりあえず探してみて、そこからあってるかどうかまた見極めれば良いんですよ!」
香夜さんがそう言ったのと、しばらく音沙汰がなかったライから連絡が入ったのは同時だった。
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やる気が、出ます( *´ `*)




