第187話 いちご&ミルク 新試練
日本予選最初の試練は、いきなり新試練だった。
まぁ簡単に言うと、全員で謎を解くタイプの試練だったという訳だ。
「……問題文の意味がよく分からないんですけど、ネクラさん分かりますか?」
「サッパリですね。多分、これを埋めろって意味だと思いますけど……」
新試練の扱いだけど、これは強制試練とも普通の試練ともまったく別の扱いとなる。
要は、普通の試練と同じだけど全員に全く同じ内容の試練が通達され、そのうちの誰かがクリアすればチーム全体にクリア時のポイントが加算されるシステムらしい。
もちろんクリアしなくとも強制試練のように即負けになるようなことは無いけれど、なにせ報酬のポイントが勝敗に影響する場合があるので絶対に落とせない試練なのだ。
例えば、この新試練の難易度が10だったとして、それをクリアした場合はその時点で生き残っているメンバー分の難易度10クリア時のポイントが加算されるというシステムだ。
通常個々で試練の難易度が違ってその時に獲得できるポイント数が違うので、無条件で全員均一にポイントがもらえるのはありがたかった。
問題は、その問いが全員参加で謎解きをする分非常に難しい物であり、非常に解読困難であり、オマケに意味の分からない文面で届いているという点だけど……。
『以下の謎を解いてその答えを時間内に入力せよ。
5 → 稲
10 → ?
50 → ?
100 → ?
ヒントはステージに転がっている。探すが良い』
ハッキリ言おう。前もって想定していた、全員で協力するタイプの試練の方が断然楽だし簡単だと思う。
しかも厄介なのは、この意味不明な試練の内容でも難易度は6と比較的優しめという事だ。
「どうします……?」
「ん〜、一旦考えたいので、皆さんには下手に動かないように指示を出します。指揮官不在の設定ですけど、今回みたいな場合は臨時です」
今僕らは、全員が逃げる編成を使っている関係で誰が鬼に追われたとしても数分は平気で逃げ回る事が出来る。なので、多少時間的な余裕があるのでその間にわずかでもこの試練をクリアするための糸口を見つける。
まず、この問題を解くために必要な物は恐らくひらめき力だ。
各数字が何を意味しているのか。そして、唯一開いている『?』の部分である稲が何を意味しているのかを考える必要がある。
「……いや、待て。そもそも、ヒントはステージに転がってるってなんだ……? 置いてあるとか貼ってあるとかじゃなく、転がってる……?」
「そこ、気になります? それより私は、5がなんで稲と等しいになるのかがカギだと思うんですけど……」
ミミミさんの着眼点は恐らく正しい。というより、そこから糸口を見つけ出すのが普通であって、僕の「問題文の矛盾から考える」手法の方がおかしいのだ。
ただ、言われてみれば確かに……。そう考える人もいるのではないだろうか。
このゲームの運営はそこまで頭は良くないかもしれないけど、こうした謎解きでヒントがステージ上にある場合には必ずどういった形態でそのヒントがあるのかを必ず明記してくれている。
例えば、ステージのどこかに貼ってある張り紙がヒントになってるだとか、捨てられている、置かれている、飾られているなんかが良い例だ。
「それで、わざわざ転がっているって表現したのなら、多分それは地面に“置く”ようなものではなく、むしろアクシデントか何かで“転がっている”もしくは意図しない形でそうなっている類のものだと思います。それでいて、このステージで転がっていても特段不自然ではない物です。そうじゃないとヒントとして分かりやすすぎる」
「ん~……なるほど? なるほどって言っても、私にはサッパリ分かりませんけど」
「とりあえず、数字にまつわるものでこのステージ上に転がってても違和感のない物を無理のない範囲で探してもらいましょう。まだちょっと何を探せば良いのか具体的に思い浮かばないのでザックリとした指示になっちゃいますけど……」
全体チャットにてそう指示を飛ばすと、次々に了解の意を示す返事が返ってくる。
その中で1つだけ、この数字の並びに覚えがある気がすると言っている人がいた。
それは誰あろう、推理作家でもあるおまるさんだ。
一応個別チャットを飛ばしてその正体を聞き出そうとするが、そのタイミングでちょうど鬼に見つかったらしく追われているとのチャットが送られてくる。
今回各々の能力は特に指定はしてないけど、おまるさんには瞬間移動を事前の資料で勧めているので、それに従ってくれているならあの人は瞬間移動を採用しているだろう。
能力の選別方法については、かなり頻繁に捕まる人には無敵の能力を、そこまで捕まらず、鬼と長時間追いかけっこ出来る人は加速や瞬間移動の能力を勧めている。
その理由だけど、頻繁に捕まるなら加速なんかの能力を使って無理に追いかけっこの時間を伸ばしたところで延命にしかならないので、それなら一度捕まる前提で無敵を設定しておいた方が確実な時間稼ぎに繋がるからだ。
反対に、あまり捕まらない人は時間を稼いだ後、距離が詰まってきたタイミングで加速を使って距離を再び開いて延命したり、瞬間移動で別の場所へ飛ぶ方が相手の鬼が鬱陶しいはずだと考慮しての結果だ。
それ以外の能力についてももちろん勧めている人はいるんだけど、それは本筋からズレるので今は良い。
「一応、おまるさんには今僕らがいる場所を伝えておいたのでしばらくしたらこっちに来ると思います。それまでちょっと考えましょうか」
「はい。と言っても、私が役に立てることないと思いますよ? 謎解きはどうも苦手なんです」
「いえ、一緒に考えてくれるだけで凄く助かります。数字に関係していて、競馬場に転がっていても不自然じゃない物。それでいて、そこまで大量に転がってると逆に不自然……みたいな、絶妙なバランスの物って何かないですか?」
「その、大量に転がってると不自然って言うのは?」
「あくまでヒントとして転がっていると思いますし、このゲームのステージは作りこみが凄い所も売りの1つなんです。なら、あまり過度な装飾を施して不自然になるようなことはしないと思います。それに、僕らみたいなプレイヤーはマップの節々まで覚えている可能性があるので、日本予選用にマップを変えているのだとしても明らかな変化は見せてこないと思います。なので、少量追加しても問題のないレベル。それも、不自然じゃないものと」
「なるほど……」
偉そうに語ってるけど、当の本人もそれが何なのかは分かってない。
数字に関係するもので競馬場にあっても不自然じゃない物ってなんだよと、心の底から思う。
「とりあえず“転がっている”っていう部分は無視して一緒に考えましょう。競馬場で数字に関係する物……。馬券とか、ですかね」
「まぁ数字は書かれてますよね。後……飲み物のパッケージとかに数字が書かれてるパターンもありますよね。例えば……」
そう言いながらちょうど手元に転がっていたビールの缶を拾い上げると、そのパッケージを指さして「これは0ですけど……」と苦笑する。
まぁ、ちょっと違うかもしれないけど要はそう言う事だ。こうして、一つずつ潰していくしかないのだ。
「後は……馬の人気順とかですかね?」
「まぁ賭け事の場ですからね。競馬の詳しいルールは知りませんけど……」
「僕も知らないですよ……。後はやっぱり、お金ですかね? むしろ賭け事の場だからこそ、一番関係が深いとも言えますけど……」
「ですね。じゃあ、それらの物に仮に答えがあるとして、5という数字から稲が連想されるものを考えてみますか」
そう言われるけれど、数字と稲がどうして結びつくのかが未だに分からない。
強いて言えば、馬と言えば稲を食べるような勝手なイメージがあるよねくらいで、それ以外は特に……。
「っ! いや待て……。稲って言えば――」
「あっぶな! あとちょっとで捕まるとこ……あっ、ネクラさんじゃないですか! ミミミさんも! お疲れ様です~」
「うわっ!」
突然目の前におまるさんが現れて腰を抜かしかけるけれど、当の本人に抱えられてなんとか危機を脱した僕は、とりあえず座るように促して周りの観客と同様席に座ってのんきに談笑を再開した。
「それで、なんでピッタリここに瞬間移動してこれたんですか?」
「愛の力ですね!」
「……偶然なんですね。まぁこの際それは良いとして……心当たりがあるって言ってたのはなんなんですか?」
「うっわ! サラッと流された! なんか扱い上手くなってません……? いや、それは良いや。そうそう、心当たりあるんですよ! この並び、どっかで見たことある気しません? 5と10と50と100!」
「……2つ足りない気もしますけどね」
おまるさんがそう言っているのなら、多分僕の考えは正しいのだろう。
ちなみに、おまるさんの扱いに慣れたのは、数日でも同じ屋根の下で暮らしたからだ。
この人は、最初のちょっとだらしないけど頼りになるお姉さんという印象からはかけ離れた人だという事もちゃんと理解できるだけの時間は一緒にいたし。
「まぁ競馬場にそこら辺の物が落ちてたら確かにちょっと不自然ですからね。滅多に使わないでしょうし」
「現金自体を使う機会がそもそもあまりないですけど、自販機で使う人は未だに一定数居るでしょうからね」
「ですです! きっと、転がってるって言うのも自販機の下あたりじゃないですかね?」
「あ、あの……さっきから一体何の話をされてるんですか?」
ミミミさんが怪訝そうな顔をしてきたので、僕とおまるさんは示し合わせたようにニコッと笑うと、同じタイミングで言った。
『謎が解けたんですよ』
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