第180話 それぞれの恋物語 閉演
また更新するの忘れて変な時間になってしまいました。
m(_ _)m
ハイネスさんを見送って帰宅してから少しして、僕の部屋の扉を優しくコンコンとノックする音が聞こえた。
春香にしては珍しい事もあるものだなと思いつつ扉を開けると、そこには妙に神妙な顔をした春香が嫌な顔をしている手毬を抱っこしながら立っていた。
「ど、どうしたの……?」
「良いから、ちょっと中入れて」
「……う、うん」
有無を言わせずといった感じでそう言われたら、僕としては従うほかにない。
一応、手毬が可哀想だったので春香の手から解放してあげて、僕はパソコンの前の椅子に、春香はベッドに腰掛ける。
手毬は出来るだけ春香から遠ざかりたかったのか、それとも昨日今日とほとんど構えてなかったからなのか、僕の腕の中にサッと入って来た。
「ん……。この部屋にチュールは無いんだよ……。おやつはもうちょっと待ってね?」
「にゃ~」
「……」
猫部屋とキッチン以外に手毬のご飯やおやつを置いておくと場所を圧迫するとの春香の提案で、この部屋には手毬が食べられるものは置いてない。
なので、春香が何のために部屋に来たのかは分からないけれど、サッサと終らせて存分に手毬をかまってあげようと心に決める。
そんな僕の心中を知ってか知らずか、腕の中の子猫はゴロゴロと喉を鳴らして甘えるように顔をすりすりとこすりつけてくる。
「……本題に入っていい?」
「あぁ、ごめん。良いよ? どうしたの?」
「ハイネスと、何話してたの?」
「あ~……」
その件ならてっきりハイネスさんに電話でもして聞くのかと思っていたので、僕から説明することは無いと思っていたんだけど……。
というより、この場合なんて答えるのが正解なのかいまいちよく分かっていないというのも事実だ。
一応、恋人……というか、付き合うみたいな話にはなったけれど、それはあくまでデートをするだとか一緒にどこかに行くという関係でもない。
そこら辺はまだお互い探り探りになっていくと思うけれど、友達の延長線上みたいな関係を続けるんだと、僕は思っている。
ハイネスさんに伝えたことも全部本心だし、付き合うってなるんだったらそれなりに筋は通したい。
好きかどうかは未だによく分かっていないまでも、恋人としてやってはいけない事と大丈夫な事の線引きはしっかりつけるつもりだ。
「そう……。付き合ったんだ、結局」
「うん。でも、一応言っとくけど、春香が怖かったから付き合ったとか、そういう理由じゃないからね? ちゃんと、ハイネスさんには僕の気持ちも伝えてあるし、お互い探り探りにはなるだろうけど、これからよろしくお願いしますって話もしてる」
「そう。まぁあの子の想いが叶って良かった。お兄ちゃんのどこが良いのか、私には未だによく分かんないけどね」
「あはは……。それは僕もだけどね……」
でも、そんなことを本人の目の前で言うのが失礼な事だっていうのは流石に分かる。
それに、好意を持たれること自体は嬉しいし、ハイネスさんの「ネクラさんの隣で笑うたった1人の女の子でいたい」という言葉は、正直かなり嬉しかった。
僕も、それと似たようなことをハイネスさんに感じていたからだ。
「そうなの……? お兄ちゃん、そういうのあんまり分かんないと思ってたんだけど」
「分からないけど……。でも、いい相棒で頼りになる人って事は抜きにしても、あの人とは離れたくないし、一緒にいて楽しいし楽だから。それが好きかどうかは別として、一緒にいたいって感じるのは確かだよ?」
「……そう。まぁ、あの子が幸せなら私は良いんだけど。ねぇ、それちゃんとハイネスに伝えた?」
「もちろん。一言一句同じだったかどうかはともかく、ちゃんと本心は伝えたよ」
そう言うと、春香はしばらく複雑そうな顔をして唸った後、短く「分かった」とだけ言い残し、手毬はここで寝かせないように釘を刺したのちに部屋を出て行った。
その目に少しだけ涙が浮かんでいた気がするけれど、あの春香が泣くところなんて想像できないから、多分気のせいだろう。
――春香視点
お兄ちゃんの部屋から出た後、私はすぐに自室へと戻って枕に顔をうずめた。
振りかけているフローラルな香りの香水がふんわりと香ってくるけれど、今はとにかく嬉しい気持ちと安堵の気持ち。それとちょっぴりの嫉妬が混じって感情がぐっちゃぐちゃになっていた。
ハイネスは私の一番の友達で妹みたいな存在でもあった。
だから、その初恋が実ったのは正直嬉しいし、相手が私のよく知らない変な男じゃなくてお兄ちゃんだっていうのも……まぁ納得はしてないけど、クズな人に惚れて泣かされるようなことは無いと分かっただけでも一安心だ。
だけどその分、お兄ちゃんにハイネスを取られてしまったと思ってしまう部分も大きかった。
「なんで、こんなこと思っちゃうんだろ……」
ハイネスと過ごした期間が長かったからなのか、私自身もハイネスの事を好きだったからこんなことを思ってしまうのか。
それは分からない。分からないから、今こんな状態になってるんだと思う。
私は、一度このゲームを本気で引退しようか迷っていたことがある。
お兄ちゃんにプレイの相談をした時じゃない。ハイネスと出会ってすぐの頃、まだライの名前がそこまで有名じゃなかった頃だ。
「なんであの時見捨てたんだよ! 俺よりお前の方が弱いんだから、俺の代わりに捕まれば今の試合勝てただろうが!」
今でも時々夢に出てくるその罵声は、私のいびつなプレイの原因になったものだ。
ある大会の準決勝で、私達のチームは些細なミスから敗北してしまった。
その時はリーダーが私じゃなくて他の人だったけれど、その人は当時数人しかいなかったランクマッチの勝率が9割を超えている人だったので、チーム内の人からかなり尊敬を集めていたし、私も尊敬していた。
だけど、この時ばかりは流石にちょっと怖かった。
私がミスをしたというよりも、私の傍にいた時にリーダーの人がうっかり鬼に見つかってしまうというケアレスミスを犯したのだ。
その時、私は3つ目の試練を行っている最中だったし、今より判断力もプレイスキルも無かったせいでサッサとその場から逃げてしまったのだ。
そして、準決勝の敗退が決まった後、全員が集まっていたギルド内でそう罵倒された。
何十分も、下手すれば何時間も怒られて、流石の私でも引退を考えたし、一瞬死のうかななんて思ったりもした。
そんな時、私の味方をしてくれたのが今の……というか、前まで一緒にチームを組んでいたメンバーのうち、最初期からいる数人だった。
その中でも、リーダーに率先して怒ってくれて、一番味方をしてくれたのがハイネスだったのだ。
まぁ、それからも私の心の傷は癒える事が無かったので、周りから見ても異常なほど仲間を助けるプレイをしてたわけだけど……。
お兄ちゃんのチームに入ってそれは段々薄れてきたし、今じゃあのリーダーの人が弱かっただけだと理解できるようにはなった。だけど、それとこれとは別だった。
(ハイネス……)
いや......友達として、あの子に助けられた姉として、守らなければならない境界線という物は存在している。
それに、あの子が前からネクラさん……お兄ちゃんの事がどれだけ好きだったかは誰よりも知っている。
そんな人と付き合えて幸せの絶頂にいるあの子を叩き落すような真似は……私にはできない。
今思えば、最初にお兄ちゃんがハイネスを振った時、必要以上に暴力を振るってしまったのは、私のこの気持ちが原因だったかもしれない。
「……はぁ。明日からはちゃんと、いつもの春香にならなきゃ……。いつもの、ライにならないと……。クヨクヨするなんて、私らしくないもん……」
そう、クヨクヨして失恋に泣くなんて私らしくないのだ。
だから、泣くのは今日だけにして、明日からはいつも通りの生活に戻るんだ。
だから今日だけは……今日くらいは、許してもらおう。
2年前のあの日から、密かに想っていた自分の気持ちに気付いてしまった、今日くらいは……
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