第176話 軍師の恋物語 克服
「雪が溶けても残ってる~。ふ~、疲れた……」
ネクラさんが何でもないようにやり切った顔を浮かべ、よいしょとソファに腰を下ろすと、初めてのカラオケでテンションが上がっているのか点数が出るのを今か今かと待っていた。
一方の私は、そんな微笑ましい姿のネクラさんを横目に呆れ半分、感動半分の複雑な心境でいた。
だってさ、この人の曲って絶対カラオケに来て最初に歌うような難易度の曲じゃないし、そもそも男の人は高すぎて歌うのは結構辛いはずだ。
しかも、ネクラさんはカラオケが初めてなのでキーを下げるなんてことはしていない。
いや、私もやり方は知らないけど……元のキーで歌い切ったのだ。
ちょっと、意味が分からないの次元を超えている。本当に初めてなのかと、思わず突っ込みそうになったもん。
「あ、97点! 結構高い……んですよね?」
不安そうにしながらもちゃっかり写真を撮っているところがまた可愛い……というか、速攻SNSに上げて「チームメイトさんと初めてのカラオケ来ました!」って報告するの可愛すぎてヤバいんですけど……。
いや、何が可愛いってそりゃ……うん、上手く言語化はできないけど、とにかく可愛い。
「感情込めるのがうまいって書いてある! やった~!」
珍しくはしゃぎながら点数の詳細をチェックするネクラさんの何と可愛い事か。
好きな男の人に求めることはカッコいい事とか、自分を引っ張ってくれることだって言う女の人が多いのは知ってるけど、こんなネクラさんを前にしても同じことが言えるだろうか。
こんなに可愛い人、ほっとけるはずがない。
「あ……ごめんなさい。次ハイネスさんですよね! どうぞどうぞ!」
プロ並みに上手い歌唱を披露した後で私にバトンタッチしてくるのはある意味残酷というか、とんでもなくハードルが高くなったというか……。
いや、ここで「やっぱり歌いません」とか言うのも空気を悪くしそうだし、ならなんで来たんだよって話になるので観念して私も一番得意な曲を入れる。
と言っても、私のはネクラさんのようにハードなものではない。結構優しめな、点数がとりやすいと言われる類の曲だ。
私もカラオケには来たことないけれど、事前にカラオケで点数がとりやすい曲を調べて私が歌える曲を何曲かリストアップしてきたのだ。
今回は、その中でも私が特に自信のある曲で勝負してみる。
「あ、この曲知ってます!」
「ほんとですか? ネクラさんもこういう曲聞くんですか?」
イントロが流れたタイミングで、満面の笑みを浮かべたネクラさんが少しだけ身を乗り出して聞いてくる。
それがなんだか嬉しくて、私も自然と気持ちの悪い笑み……ではなく、ライと話している時みたいな笑顔が出てくる。
「昔の曲って結構好きなんですよ! 作業用BGMにして時々聞いてます!」
「さ、作業用……? それ、絶対向かないやつですよ……」
少なくとも失恋の歌を作業用BGMにする人なんてそう多くはないだろうし、この曲は結構激しめというか……テンポが速めというか……とにかく、作業用のBGMにするには絶対に向いていないだろう曲だ。
私もネクラさんと同じくふぅと息を吐いて、立ち上がることはしないでチラッと横目でネクラさんを見れるように座ったままマイクを口元へ持ってくる。
ここで無様な結果なんて見せられない。せめて90点は乗ってくれと半分祈りながら歌いだした。
「私は私とはぐれる訳にはいかないから~」
数分後、やっと歌い終わった私は心の中でため息を吐いた。
いや、意外と自信あったけど予想以上に高音で音程を取るのに苦労したし……なんなら最後の方は体力が無さ過ぎてバテテきたし……。
「おお~!」
そう言いながら純粋な瞳を向けてきてパチパチと拍手してくれるネクラさんが小さな子供みたいで凄く癒される。
ただ、機械は無情にもその現実を叩きつけてきた。
「は、86点……? 頑張ったのに~……」
いや、全国平均よりはちょっと上なので誇って良いのかもしれないけど……ネクラさんが凄すぎて霞んでしまうというか……。
ほんと、なんでこの人は何をやらせてもほぼ完璧なのか。
ライが言うには、家事全般は絶望的という事だけど、そんなのは私が……というか、やれる人がやればいいと思う派なのでどうでも良いのだ。
なんで勉強だけでなく、文武両道じゃないけど……あらゆるところが完璧なのか。
オマケに優しいし、時々子供っぽくなって可愛いし、滅多に怒らない温厚な人だし……人見知りで女の子が苦手じゃ無かったら常に彼女が途切れない人!みたいになってたよ……。
(いや、ネクラさんに限ってそんなことは無いか……。こんな人、手放す人とかいないでしょ……)
仮に手放すようなちょっとおかしい人がいたとしても、ネクラさんは別れた事それ自体にかなりショックを受けて数か月……最悪何年も彼女を作らないような人だろう。
彼女をとっかえひっかえする人よりだいぶマシだけど、その分一度失恋したら私が割り込める隙はほぼゼロになってしまうというのも問題だった。
できればその初恋の人になりたいというところで今回のデートプランを考えてたんだけど、正直自信が無くなってきた。
いや、私自信もこれが初恋なのでデートプランが正しいとか、正しくないの是非は分からないし、今回ばかりはライに協力も頼んでない。
(昨日確認の電話は来たけど……)
それに、多分これが日本予選前に2人で出かける最後のデートになるはずだ。
ネクラさんの性格上、私の告白の返事は今日か日本予選が終わった後にしてくれるはずだ。
いや、正確には一度振られたんだけど……あんな中途半端というかどっちつかずな結末で満足するような人では無いはずなので、もう一度なにかしらアクションを起こしてくれるはずなのだ。
その答えは……分からないけど。
「ハイネスさんの歌声って、なんか綺麗ですよね。いつもは大人っぽいけど、歌うとなんか透き通ってるというか……」
「……へ?」
「歌声と地声って違うんだなぁ……って。すっごい心に染みたなぁというか……。うまく言葉にできないですけど」
苦笑しながらそう言ってくれるネクラさんは“歌がうまい”のと“カラオケがうまい”のは違うらしいというのを熱弁してくれた。
なんでもカラオケに行くと決まってから軽く調べて、なるほどってなったことを共有したかったらしい。
いや、その前にあなたは歌もカラオケもどっちもうまいではないかと……。
心が汚れてるせいでそんなことを思ってしまうが、当のネクラさんは謙遜するだけでずっと私の事を褒めてくれた。
これが本心からというか……何も意識せずの事だというから恐ろしい。
(こんなこと……他の人にはして欲しくないな……)
付き合ってないけれど、そう思ってしまうのは仕方がないだろう。
こんなに優しくされて、嬉しい言葉をかけられて、相手を好きにならない人を、私は知らない。
自分が好きな人から言われたら余計に好きになってしまうのも……仕方ないじゃないか。
「もうっ! 次、ネクラさんですよ!」
「え? あ、あぁ! はい!」
なんでこの人は反応がいちいち子供っぽくて可愛いのか……。
初めてのカラオケで分かりやすくテンション上がってるところなんてもう可愛いでしかないじゃないか。
初めてのカラオケに来た相手が私で良かったと、心から思う。
そして気付けば、私はネクラさんと会話するのに前もって決めたデッキを使わずともいい具合には打ち解けられていた。
いや、元々チームメイトなんだから打ち解けたって言うのは違うかもしれないけど、私は一つだけ克服したのだ。
(人と話す時、初めて事前に考えたこと以外で話してる気がする……)
前までは、こう言ったらこういう反応が返ってくるだろうから、その時はこう返そうと、半ば機械的なやり取りをしていたのだ。
予想外の答えが来た時は数秒返答を考えるのに要するけれど、大抵は想定通りの物が返ってくるので自然と会話が出来ていたのだが……。
(普通の会話って、こんなに頭使わなくて良い物なの……? 楽だ……)
私は、コミュ障で友達がかなり少ないせいで知らなかったけれど、ネクラさんの歌う失恋ソングを聞きながら2つの意味で涙を流しそうになるのを必死でこらえていた。
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やる気が、出ます( *´ `*)




