第175話 軍師の恋物語 意外な才能
色々と質問したい事はあったけれど、ネクラさんは自分がカヲルであるとは気付かれていないと思っている節があるし、誰に聞かれるかもわからないこんな場所で必勝法と成り得る方法を聞くわけにはいかない。
なので、私はそこでカヲルの話を切り上げて他の会話デッキに頼ることにした。別に無理をして会話を繋げようとしなくてもいいかもしれないけれど、せっかく一緒にいるのだからいっぱい話したい事があるのだ。
「ネクラさんは、やっぱり学校には来ないんですか?」
「ん~、今のところ考えては無いですね。春香にも言われましたけど、学校に行かなくとも勉強はできるので……」
「まぁその気持ちは分かりますけど、私も妹さんと話すためだけに学校に行ってるみたいなとこありますし……」
「友達と話すためだけに学校に行くってやつですか?」
「そうですそうです。まさにそんな感じです」
私だって学校に行きたくて行っている訳では無い。
紅葉狩りの一件から孤立することは少なくなったけれど、下心丸見えで近付いてくる男も、ネクラさん目当てで近付いてくる女も不快で仕方がない。
まぁネクラさんを目当てにするのは分かるんだけど、ファンクラブの人達とは別というか、根本的に違う何かを感じるのだ。
この前クラスの女達が教室の隅で「ネクラさんと付き合えたら私ら働かなくていいじゃん!」とか言ってた時は怒りを抑えるのに一苦労した。結局金目当てかと。
こんなに素晴らしい人を、そんな浅ましい理由で近付いていく女に取られたくはない。
「どうです……?」
「まぁ……学校に行くこと自体に忌避する理由は特にないんですけど……。顔が割れちゃってるので面倒な事にならないかなと……」
「あぁ~。まぁそれは否定できませんけど……」
むしろ絶対に騒がれるだろう。
今まで不登校だった人がようやく登校してきたというだけで話題性は十分だし、それが割とイケメンで、しかもありえないくらい天才で、オマケに日本で一番の有名人と来たら騒がれない方がおかしい。
そう考えると、人見知りのネクラさんにはキツイかもしれない。
ただ、自分が学校で話したいという理由だけで頼むのは自分勝手が過ぎるだろうか……。
いやでも、私はネクラさんにちゃんと好意は伝えているし、付き合っているとは言わないまでもその前段階までは……来ていると思っているのだ。
使い方は違うかもしれないけど、友達以上恋人未満みたいな関係性なのではないだろうか。多分……。
「一度でいいから来てみませんか……?」
「ん~……そこまで言われるなら冬休みの補講期間は出てみます。平常時より人少ないでしょうし……」
「やった! その時は一緒に行くので連絡してください!」
こと、ネクラさんに関しては私の頭が良くてよかったと思わされることはあんまりないけれど、この時ばかりは数ページに及ぶ会話デッキの中身を全て暗記して、その中からこれをチョイス出来た自分の頭脳に全力でご褒美を上げたい気持ちに駆られた。
その後、料理が来た後は自分の気持ちの悪い案を何とか蹴り飛ばしてゆっくり完食した。
いや、結構ネクラさんのやつもほしかったというか、美味しそうだったので気持ちの悪い下心じゃなく普通に食べたかったけれど、ネクラさんと話せるのとどちらが良いかと聞かれると答えは明白だった。
ネクラさんが変に意識して口を閉ざしてしまうのは、私としても不本意だし……。
「あ、あの……サイン貰って良いですか? できればその、お店のSNSに載せたいのでお写真も……」
だけど帰り際、例の店員さんがそう言ってきた時は流石に耳を疑った。
確かに有名なプレイヤーや芸能人がお店に来た時にサインをもらってお店に飾ったり、SNSに〇〇さんが来てくださいました~みたいに宣伝するお店はある。あるのだが……こんなに断ってほしいと思った申し出は無い。
ただ、ネクラさんはこういう頼みごとに弱いというのは知ってるし、ネクラさんもこの人が自分のファンだという事には気付いているだろう。
サービス精神というか、ファンの人を大事にしているネクラさんがそんな人を邪険に扱うはずもなく……。
「もちろん大丈夫です……というか、僕で良いんですか……?」
「はい! ぜひとも!」
「……ハイネスさんは、どうですか?」
「お店に飾る用のサインだけで良いんじゃないでしょうか。完全にプライベートですし……」
あくまで個人用ではなく、お店に飾る用の物と釘を刺しつつ、ちゃっかり自分用にももらおうとすることを抑制しておく。
それに、せっかくのデートを他人に邪魔されたくはない。
仮に付き合う……事になったとして、行く先々でこんなことをしていたらずっと家でデートする羽目になってしまう。いや、まぁ私はそれでも良いけどさ。
「ですね。じゃあすみません、写真は……」
「そうですか~。いえ、大丈夫ですよ! ありがたいです!」
そう言いつつ真っ白な色紙とサインペンを取り出した店員さんは、レジの下に自分用だと思われる色紙をそっとしまった。
バレてないとでも思っているのだろうか。そこら辺は対策をしておいた私の勝ちだ。
「……」
「またのお越しをお待ちしております!」
『ごちそうさまでした』
お店を出る瞬間、店員の女の子が私の事をジトっと不審者を見る目で見ていたので嫌味の意味を込めてにこっと笑みを返しておく。
女の世界とは、外から見れば華やかだけど実際は醜い嫉妬渦巻く死闘の世界だ。
正確には付き合ってすらない私達でも、こうして自分の立場を様々な意味で周囲にアピールすることで、この人には手を出すなと暗にアピールできるのだ。
まぁ、ほんとにネクラさんとは残念なくらい何もないけどさ……。
そこから次のカラオケまで、歩いて5分もかからない。
その間は自然とパスタの感想だったり、何を歌うのかなんて他愛のない会話が出来たのはコミュ障なりに頑張ったと思う。
ネクラさんもカラオケ自体は初めてらしく、昨日急いで歌えそうな曲を暗記してきたらしい。
(なんで一日で曲の歌詞を覚えられるのかほんとに謎なんだけど……。これ、私がおかしいのかな……)
私も歌える曲はそんなに多くないので、2.3曲歌った後はネクラさんと楽しくおしゃべりでもしようかなと思っていたのだが、むしろ私がネクラさんの歌を長々と聞くご褒美タイムになりそうだった。
いや、これで漫画あるあるみたく絶望的に歌が下手でしたとか言われたらちょっと笑えるけど……。
「歌がうまい下手とかは分かんないですよ~。あんまり期待しないでくださいね?」
苦笑しながらそういうネクラさんは、部屋に案内されるとまるで初めてではないかのように機械をちょいちょいっと操作して採点を入れる。
案内されたのは2人用の小さな部屋で、大きなソファが1つあるだけで壁際に映写機のようなもので名前も知らないアーティストの人のCMが流れていた。
部屋の隅には小さなカラオケ機器が置かれていて、ネクラさんは少しだけ背伸びしながらその上に刺してあったマイクを2本取り出すと、1本を私へと手渡してくれる。
カラオケって、真面目に歌う人と終始ふざけ倒して皆で盛り上がる人の2種類が存在してると勝手に思ってるんだけど……どうなんだろう。
まぁ、ネクラさんが自主的に盛り上げようとするタイプじゃないのは確定してるんだけど……。
「カラオケって、中はこうなってるんですね。なんか、小さな映画館みたいじゃないですか?」
「ですね~。調べた時は部屋にミラーボールがあるとか書いてあったんですけど……」
「私もそれ知ってます! パーティーかなんかの動画見た時にキラキラ光ってた記憶あります!」
「僕も、てっきりあんな感じのをイメージしてました……。どっちが先に入れます?」
曲を入れる時に使うタブレットを持って苦笑しながら聞いてくるネクラさんの歌声を最初に聞いて見たくて、1番を譲る。
ここで青いロボットが出てくるアニメのガキ大将見たく酷い歌だったら、才能に満ち溢れているネクラさんでもそんなところがあるんだとちょっと可愛く思えるけど……。
そもそもネクラさんはちょっと低めの声でダンディーとはちょっと違うけど、落ち着いた優しい感じの声だ。
私が歌ってほしいなぁとか、仮に歌ってみたなんかの動画を出すのでどんな曲を歌えばいいか。そんな提案をされたら、絶対に失恋ソングとか悲しめの曲をリクエストするだろう。
だって、そっち系の歌が絶対に似合う人だから。失礼かもしれないけど、明るい曲は似合わない声だ。
そんなネクラさんがカラオケデビュー1曲目にチョイスしたのは、まさかの数年前に話題になったドラマの主題歌だった。
確か、歌ってるアーティストの人がそこそこ有名で、一時期主題歌それ自体も話題になって紅白にも出たんじゃなかっただろうか。
そういえば、このドラマは恋愛ドラマで、歌も結構恋愛色の強い物だった気がする……。
いやその前に、このアーティストさんはカラオケに来たことのない私でも知ってる。歌うのが滅茶苦茶難しいのだ。
「ドラマ自体は知らないんですけど、最近のマイブームというか……。多分、アニメ系の歌以外で一番うまく歌えるのこれな気がして……」
えへへと頭を掻くように笑ったネクラさんは、よいしょと立ち上がるとマイクを片手にすぅーっと息を吐いた。
いやなんか……ネクラさんだからかもしれないけど、すっごくカッコいい。
「下手でも……笑わないでくださいね?」
「いえいえ、気にせず歌ってください! 楽しければいいんですよ!」
その後、イントロが流れ始めてすぐに歌い出しになる。
「凍りついた心には太陽を――」
この曲は絶対に1曲目にチョイスするべきではない高難易度のものでありながら、カラオケが初めてだという前提で言うけど……。
この人、いますぐ歌手デビューしても通用するよ……。この人、何が苦手なの……?
苦手な事とかほんとにあるの?ってレベルで完璧なんだけど……。
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