第15話 相談
晴也が現実世界へと帰還したのは、ちょうど13時を回ったところだった。
ゲーム内時間で10時間以上練習会をしていた事になるが、これくらいなら普段からやっている事なので別段支障は無い。
彼が問題視しているのは、現実世界においての8時間であり、ゲーム内時間に換算すれば約34時間となる。
まぁ、誰でもそれだけ連続で頭を使えば少しおかしくなるのだが……。
普段なら何てことない時間だけれど、あのハイネスというプレイヤーとの知恵比べが思った以上に面白く、脳が糖分を必要としているのが分かる。
たった5試合でここまで疲れたのは、本当に初めての経験だ。
(とりあえず、プリンだな……)
いつものプリンは部屋にあるのだが、スプーンは流石に部屋には無い。なので、いちいちリビングへ取りに行かなければならない。
相変わらず扉の無い自室を抜け、リビングへと降りる。
しかしそこには、珍しく先客が居た。
「休日なのに外にいかないなんて珍しいね……」
「……別に良いでしょ。私だって色々あるの」
「ふ~ん……」
先客とは、なぜか少し落ち込んでいる春香だった。
しょんぼりしながらもプリンを食べているところを見るに、多分ゲームをしていたんだろう。
ESCAPEをした後にプリンを食べたくなるのは、やっぱり兄妹だからだろうか……。
いや、本当にESCAPEをしていたのかは分からないけど……。
「ねぇ、聞いても良い?」
晴也が目的の物を持って部屋に帰ろうとしたその時、顔を上げた春香がそんな事を言ってきた。
普段のヒステリックな態度からは想像もできないような、そんな真剣な顔だった。
「お兄ちゃんは、ESCAPEのゲーム性について、どう思う?」
「……なに急に」
「いや、友達の話だけどね? 仲間の事を助ける意識が強すぎて、仲間の足を逆に引っ張っているんじゃないかって悩んでるみたいでさ……」
春香から相談事をされたのは、生まれて初めてのことだった。
当然今まで色々悩みはあっただろうけど、そのほとんどは僕にはいない友達や、両親へ相談することで解決へと導いていたはずだ。
何故今回に限って、僕にもちかけてきたのか……。
「お兄ちゃんが稼いでいるのって、ESCAPEでしょ? 友達にも私みたいに本気でやっている人は少ないから……」
「春香が月どのくらいあのゲームで稼いでいるかは知らないけど、戦い方は人それぞれだよ。それこそ、人に言われて変えられるものじゃないんじゃない?」
「そんなこと言っているんじゃないの! ただ単純に意見が欲しいって言っているの!」
ていうか、完全に友達の話って前置きしたの忘れてるだろ……。完全に自分のことじゃん。
まぁでも、難しい問題ではある。
仲間を助けること自体は大切な事だ。それは否定はしない。
だけど、そのせいで仲間の足を引っ張っているかもと言われると、その通りだとも思ってしまう。
仲間を助けることが出来るという事は、その人は助ける仲間以上のポテンシャルを秘めている事になる。
なら、自分なんか見捨てて逃げてもらった方が、また、1人で子供を追った方が効率的。そう考える人も一定数いるはずだ。
「仲間を助けるのがどの程度かにもよるよね。その友達が過度に仲間を意識しているなら、それは止めさせるべきだと思う。トッププレイヤーでそんな戦い方をしているのは、僕は1人しか知らない」
「それは、誰……?」
「仮にもトッププレイヤーだって言ってるんだし、春香なら言わなくても心当たりくらいはあるんじゃない?」
「ある、けど……」
ライの名前やその戦い方は、大会情報をチェックしているプレイヤーなら誰でも知っているはずだ。
まして、ブランド品を買い漁れるほど稼いでいる春香が、その名前を聞いたこと無いはずがなかった。
ランクマッチだけで稼いでいるなら、学校に行くような時間は取れないはずだ。
学校に行っていない晴也でさえ、ランクマッチで稼ぐなら月100万いくかどうかだ。
そこに大会の賞金やその他のポイントが換算されて、なんだかんだ200〜300万にいくという感じなのだ。
「じゃあお兄ちゃんは、そのトッププレイヤーの事はどう思っているの?」
「僕は尊敬しているよ。あんな、歪とも言える戦い方であそこまで結果を残しているんだからね」
「······じゃあ、仮にその人が助けを求めて来たとしたら、お兄ちゃんならどうアドバイスする?」
「……僕はそこまで有名なプレイヤーじゃないよ? それに、あの人が悩むとは思えないけど……」
この言葉は半分本当で、半分嘘だ。
家族にさえ自分の正体がネクラであるとは知られたくない。それに、ライが伸び悩むなんて、あるはずないのだ。
さっき練習会をしてきたけれど、見た感じあの人は、物事を割り切って考えているような人だ。
根拠は、全試合勝てなかったはずなのに、別段気にしている様子がなかったのだ。
なら、勝ち負けなどあまり気にしていないのかもしれない。
それが、晴也が抱いたライの印象だった。
「例えばの話よ。自分の分の生活費を払えるなら、お兄ちゃんも上位プレイヤーなんでしょ? 有名だとか、そんなのはどうでも良いの」
「……そうだね。僕がもしあの人に相談されたとしたら、少なくとも今のプレイスタイルに口出しするかな。それであれだけ結果を残しているんだから壊す必要は無いかもしれないけど、その事で悩んでいるなら、僕は僕なりの考えを伝えるかな」
「口出しって、例えば?」
やけに食い付きが良いな。
そんなにライの事に興味があるのか、それとも、それほど思い詰めるほど勝てないのか。
まぁどっちにしても、ライに相談されたと仮定して受け答えるのがこの場合の正解だろう。
「あの人は、仲間に固執しすぎだ。ESCAPEというゲームの性質上、2人生き残っていれば子供は勝ちになるんだ。だから、自分が生き残ることと、もう1人を全力で守った方が良い。そう、アドバイスするかな?」
「でも、仲間を見殺しにすることが出来ないって言われたら……?」
「あの人がそこまでバカな考え方をしているとは思えないけど、もしそんな事を言って来たら、少しだけガッカリだね。仲間を全員助けることなんてできない。むしろ、仲間を犠牲にしてでも、自分を含め2人を守った方が勝利に繋がる事の方が多いんだ。それを理解していないというのは、少しだけ残念だよ」
「そう、だよね……」
晴也のマシンガン演説を聞いた春香は、下を向いて分かりやすく肩を落とした。
しかし当の晴也はそんなことなど全く気にしていなかった。
むしろ、他のことの方が気になっていた。
思い切ってベラベラ喋ってしまったけれど、いざ本人を前にしてこんな事を言えるのかと言われると、自信がない。
あの人のアバターは綺麗だったし、ライは女性だ。
春香とは違って、安易に泣かせて良いわけがない。
というか、自分にとっての憧れの存在でもある彼女を悲しませる事は、極力したくない。
「もう、良い?」
「……うん。ありがと」
「え!? 春香が、お礼……?」
「ぶっ飛ばすよ? 早く行けば!?」
「はいはい……」
調子に乗ったら殴られるところだった……。危ない危ない。
だけど、割と真面目に凹んでいるらしい。
何があったのかは知らないけど、春香からお礼を言われた経験は無い。アドバイスが少しでも役に立ったのなら良かった。
そもそも、鬼が4人いて、子供が自分以外に19人もいるのだ。
その全てを助けたいなんておこがましいにもほどがある。
そんなことは晴也でも不可能だ。
そんな思想を持っている人には言ってやりたい。お前は何様のつもりだと。
どれだけ自分に自信を持っているのか、はたまたなんの縛りプレイだと。
まぁ、そんな考えを持っている人が上位プレイヤーにいる訳がないけど……。
晴也が自室に着く事には、春香から相談された内容はすっかり頭から消え去り、目の前のプリンに夢中になっていた。
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