幕間 嫉妬と欲望と願望と
ライと一緒にネクラさんの家を後にしてしばらく経った後、私の手を握って先を歩いていたライが立ち止まる。
その顔にはわずかばかり呆れの色が浮かんでいるような気がするけれど、心当たりがないわけじゃない……というか、あるので仕方ないことだと割り切る。
「猫相手にあんなにムキにならなくてもよかったんじゃない?」
「……だってさ~!」
さっき、私は最強のライバルである手毬ことネクラさんの愛猫に会ってきたのだ。
向こうも私のネクラさんに対する思いに気付いたからなのかライが隣でおもちゃを振っているのに一切近付いてこようとしなかった。
キャットタワーの一番上から私を見下ろすあの猫は、自分の圧倒的優位を感じているからなのか、心なしかその顔は誇らしげに見えた。
「考えすぎでしょ……。というかあの子、最近私にもあんな感じなのよ? お兄ちゃんばっかりに懐いちゃってさ」
「そりゃ、ネクラさん1日中家にいるからね……」
最近のネクラさんは世界大会に向けてなのかランクマッチに潜らずに情報を纏めていることが多い。それは、ランクマッチでのネクラさん目撃情報の少なさから見て明らかだ。
それで、前に聞いたリフレッシュ方法から考えるに、たまにあの猫部屋に行って手毬ちゃんと戯れているのだろう。
私は信じた事ないけど、ペットは飼い主に向けられる感情を節々まで観察していて、好意的な感情には好意的に、そうじゃない感情には相応の態度で対応するらしい。
まぁようは、相手に好かれたければ、まず自分がその子の事を愛しなさいって事だ。
だいぶ前に見たネクラさんと手毬ちゃんが戯れる動画は、あれだけで口角が上がりっぱなしになる程の微笑ましい物だった。(私はずっとモヤモヤしてたけど……)
手毬ちゃんも、そんなネクラさんだからこそ十分以上に懐いているのだろう。
ペットは飼い主に似るとも言うし、彼女の頭が良いのもそういう側面があるのかもしれない。
まぁ、私的にはペットが飼い主に似るんじゃなく、飼い主がペットに似るという説を推しているんだけど……って、これはどうでも良い。
「それより、あの子に勝てるように何かアドバイスちょうだいよ……」
「そんなこと言われてもねぇ……。流石にお兄ちゃんも、手毬を恋愛対象としては見ないと思うわよ?」
「分かんないじゃん……」
あの部屋のおもちゃや遊び道具、おやつの数々なんかを見れば誰でも分かるけど、あの人は本気で手毬ちゃんの事が好きなんだろう。
なんで1匹しかいないのに猫カフェみたいな設備が整っているのか正直理解に苦しむけど、そこまでしているってことは……ってやつだ。
「はぁ、話題変えない? どう、今度の期末は」
「……まぁまぁだよ。ネクラ杯が終わっちゃったから、勉強に集中できるっていうのは皮肉だけどね。ライの方は?」
「私はほら、お兄ちゃんがいるからさ……」
「羨ましい……」
ライも自分で勉強はしているらしいのだが、ネクラさんの勉強法はテストに出るところを的確に当ててそこをやれと言ってくれるので遥かに効率が良いらしい。
いや、なんでそんな当たり前みたいに言ってるのか理解できないけど、あの人を理解しようとするのがそもそもの間違いなのかもしれない。
「あなたも私の家に来て勉強会する? お兄ちゃんなら1学年上の内容だろうと範囲当てるんじゃない?」
「やめてよ、本当にありそうなんだけど……」
確かにその提案自体は魅力的だし、出来れば乗っかりたい類の物であるのは間違いない。
でも、それに乗れないのには理由がある。
まず、私のプライドが許さない。別に人に教えを乞う事を言ってるんじゃなく、後輩に勉強をサポートしてもらう行為そのものに抵抗があるのだ。
自分が後輩のサポートをする分には全然問題ないけど、その逆はちょっと嫌だ。
もちろんゲームなんかではネクラさんに色々教えてもらうけれど、それとこれとは話が違う。
次に、ネクラさんと私の勉強方法が大きく違うからだ。
私はネクラさんのようにテスト範囲をピタリと当てる事は出来ないので、全教科全てのところをまんべんなく復習している。
それでなんで間に合うのかと言えば、応用問題なんかよりも基礎の勉強を重点的にやっているからだ。応用問題は基礎さえしっかり頭に入れていれば解けるからね。
「なら、お兄ちゃんから誘われたらどうする気なの?」
「……お邪魔するよそりゃ」
「どっちなのよ……」
「だって、ネクラさんに誘われたら行くしかないじゃん!」
そんなことになった場合はプライドなんてそこら辺に捨て置いてでも参上するべきだろう。
なぜなら、誘いを断った場合次は無いという可能性が少なからずあるからだ。そんな状態になったら目も当てられないので、デメリットを考えて最善の行動を取るのが賢い選択だ。
「そういえばマイちゃんから、公式グッズの増産と公式グッズ第2弾をやりたいから知恵を貸してって言われてるんだけど」
「? 私に?」
「他に誰がいるのよ……」
可愛く首を傾げるハイネスに少しだけドキッとしつつ、春香は近くに見えた児童公園の中に足を踏み入れてブランコに腰かける。
ハイネスもその横に腰かけると、足をパタパタとさせてライから話の続きが紡がれるのを待つ。
「お兄ちゃんの新しいアバター、あの人気ちょっとおかしいじゃない? だから、ファンクラブ内で販売するものとは別に、また公式グッズ作りたいんだって」
「資金はまた、その売り上げから出るの?」
「でしょうね。正直、公式グッズの売り上げがヤバいから足りてない気もするけど」
「まぁ良くてトントンか、少しマイさんのお財布から出てるだろうね。ん~、でも第2弾か……」
さっき話に出ていたネクラさんのメッセージカード。あの中には告白してるの!?みたいな衝撃的な物もあったりしたので、是非とも欲しいところではある。
(ちなみにそれがオークションに出されたやつだったりもする)
公式グッズを販売するとなれば、あの人は十中八九またそれを入れるだろうから、またワンチャンス生まれる可能性がある。
本人が恥ずかしいことをしているという自覚を持たないうちにさっさと確約させるべきなんだけど……。
「でも、私が何かしても多分警戒されるよ?」
「あの人使えば良いんじゃない?」
「え~? でも、あの人最終兵器だよ? もう使っちゃうの?」
「使わないでその機会逃すより良いと思うけど?」
もっともすぎるライの意見に私はぐうの音も出なくなる。
カードゲームなんかで切り札を出すのを渋って、結局出さずに負けてしまうという局面を度々見かけるように、切り札は使ってこそだ。
使わないのであればそれは切り札じゃなく、ただ手札の内の1枚というだけだ。
ただ、その最終兵器を使ってどうやって公式グッズを販売してもらうかの策をすぐに思いつくかと言えばそうではない。なにせ、失敗したら公式グッズが二度と出ない可能性があるので慎重を期さねばならないからだ。
いや、本人に確認したら意外とあっさり了承してくれる可能性あるけどさ……。
「それについては帰ってからお兄ちゃんに聞いてみるとして……どう?」
「ん~、正直内容によるよ、グッズの内容。何を出すつもりなの?」
「確か……ぬいぐるみとタぺストリー2種類、後は抱き枕とか言ってた――」
「やる! も~! なんでそれをもっと早く言ってくれなかったの!」
「……はぁ」
ネクラさんの抱き枕を欲しくない女の子のファンなんてこの世にいるのだろうか。いや、絶対にいないだろう。
なにせ、出回っているネクラさんの抱き枕は、全てそっち系の要素皆無のはずなのに、なぜかそう見えるという不思議な魔力が宿った代物なのだ。
イラストの力というのは偉大だなぁと思う一方で、本人を知ってしまったというかなり大きな背徳感を同時に味わえ……
(なんか変態みたいじゃん。やめやめ!)
とにかく、ネクラさんの抱き枕はぜひ欲しい。むしろ、サイン入りのなんて当たった日には卒倒する自信がある。
そんな私を見てライはなぜか肩を落として呆れているけれど、私は知っている。ライも、ネクラさんの正体がお兄さんの事だと知れるまではかなりの大ファンだったことを。
少なくとも、抱き枕は絶対に欲しいと思うタイプのファンだったはずだ。
「マイさんとの話し合いは、いつ?」
「まだ決まってないわよ、あなたが協力してくれるかわかんなかったんだから……」
「じゃあ明日にでもやろう! 善は急げって言うでしょ!」
「……そうね」
なぜか微妙そうな返事を返してきたライは、その後少しだけ話した後私を駅まで送って別れた。
うん、なんか、ライと距離が出来た気がするけど多分気のせいだよね……?
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やる気が、出ます( *´ `*)




