第138話 女王の計画
ネクラ杯の反省会が終わって部屋に戻ってきた私は、ふーっと息を吐いてベッドに腰かける。周りには以前のネクラさんのアバターが描かれたタペストリーがいくつも並べられ、学習机の上には最近作った可愛いネクラさんのアクリルスタンドがいくつも並んでいる。
そんな光景を眺めてさっきまで目の前で話していたネクラさんを思い出す。
「やっぱり、春ちゃんに色々頼むべきなのかなぁ……」
ハイネスさんがネクラさんに告白している現場に偶然遭遇してから何か月経ったか。
私は最近グッズの制作やら何やらで凄く忙しかったので、ネクラさんともゲーム内でまともに話せていないし、アタックしようにもそのチャンスがなかった。
唯一この間の紅葉狩りの旅行は距離を詰めるチャンスだったけど、メンバーの人が皆ネクラさんの好みドストライクの人だったし、綺麗な人ばっかだったしで尻込みしてしまった。
ハイネスさんとは同部屋になって色々話せたし、あの人の頭の良さとネクラさんに対する気持ちも聞けたので敵情視察的な意味では成功と言っていいかもしれない。
だけど、今のところ私はハイネスさんの何歩も後ろにいる状態だ。このままでは、あの2人が付き合い始めるのも時間の問題だろう。
ただでさえネクラさんの好みの女性が年上という事で私にはチャンスが薄いのに、ハイネスさん程頭もよくないとあればもう万事休すと言ってよかった。
運営しているファンクラブ経由でネクラさんに関する情報を集めようと思えば集められるけれど、それは同時にハイネスさんにも情報を渡すことになってしまう。それが問題だ。
(私のアドバンテージは、春ちゃんの家にいつでも遊びにいけるってところだけだよね……)
ハイネスさんはあくまでネット上での付き合いなので、家に行くときは必ず前もって言っておかないといけないだろう。
でも、私の場合はかなり前から付き合いがあるので当日いきなりお邪魔しても問題は無い。ハイネスさんに勝っている点はそこだけだ。
「……電話? あ、コロさんか」
そんなことを考えていると、ベッドで充電していた携帯が鳴り響く。
コロさんは私が運営しているファンクラブの会員さんの1人で、グッズを制作をする時はいつも声をかけている人だ。
ちなみに、ネクラさんのファンアートを無数に投稿していて、ファンの人の間ではかなり有名な人だったりする。
「もしもし?」
「すみませんマイさん、こんな夜中に。今、時間大丈夫ですか?」
そう言われて時計を見ると午前1時を少し回ったところだった。
確かにこんな時間に電話をかけてくる人はそんなにいないだろう。それが、一般常識を持っている大人であればなおさらだ。
「大丈夫ですよ。どうかされました?」
「例のネクラさん公式グッズの件でちょっと問題が……」
「何かあったんですか? あ、お金足りません?」
実際のところ、今回は全て私の自腹……というよりも、今までネクラさんのグッズをファンクラブで売った収益を当てているので、実質的な損失は0だ。
あれらグッズの売り上げは、何らかの形でネクラさんに還元すると言っているので自分の収益だと考えた事は無い。
「いえ、そっちは問題ないです。ただ、マナさんやこーちゃんさんが、ネクラさんに会いたいと聞かなくてですね……。ほら、あの人顔バレしちゃったじゃないですか。それで余計に会いたくなっちゃったらしくて」
「あぁ……」
確かに、私もネクラさんの正体が春ちゃんのお兄さんだと知らなければ、滅茶苦茶はしゃいでいただろう。
だってあの人、引きこもってるのが信じられないくらい健康的でイケメンだし。
偏見だけど、引きこもりの人って太ってるかガリガリかの二択のイメージしかない。
ただお兄さんはそのどちらでもないし、むしろちょっと鍛えてるのではないかと思うくらいには体がしっかりしていた。そこも女性ファンが発狂しているポイントだと思う。
顔バレ騒動からそっち系のイラストとか小説、漫画が増えたのがその証拠だ。
「私もそれには同意なんです。なので、チームメンバーのマイさんから頼んでもらえれば、打ち上げにサプライズで呼んでいただけないかなと」
「あ~、なるほどですね?」
ネクラさんのグッズを制作した時、私達は決まって都内のどこかに集まって打ち上げを開く。まぁ要は、作ったネクラさんのグッズについてあれやこれや駄弁りたいだけだ。
そのために地方からわざわざやってくる人もいるくらいだし、ほとんどオフ会と言ってもいい。
「今回の打ち上げってどこでしたっけ?」
「六本木のお寿司屋さんを貸切ってやる予定ですよ。新しいグッズの件もあるので、佐々並さんやらアスカさんも来る予定です」
「え、あの人達も来るんですか!? お忙しいんじゃ……」
佐々並さんとアスカさんは、日本中で知らない人はいないんじゃないかというくらいの有名人だ。言ってしまえば、有名女優さんと有名アイドルの人だ。
どちらもネクラさんのファンであることは当然隠しているけれど、初めて顔を合わせた時はそっくりさんかと思うほど仰天した記憶がある。
「休みを取るって意気込んでました。なんでも、ネクラさんのアバターが好みすぎて早くグッズの制作方針を決めたいそうです」
「あはは……相変わらずですねぇ。打ち上げはいつですか?」
「発送したその日にという事なので、まだ決まってません。マイさんもネクラ杯の方でお忙しいでしょうし……」
自分達が負けた事はまだ知らないのか。まぁ、この人はこの人で本業の方が忙しいだろうから仕方ないのかもしれない。
なので、負けたことと、やろうと思えば作業も手伝えると伝える。
「ほんとですか!? なら、ファンクラブで呼びかけてもらっても良いですか? 梱包作業があと半分ほどなので、早ければ明後日には配送できますよ!」
「分かりました~」
その瞬間、私の脳裏に閃光がよぎった。
という事は、早ければ2日後には打ち上げが可能になるという事だ。女の人しか来ないのでネクラさんの負担が心配だけど、ちょっと顔を出してもらうだけでも良いし、ビデオメッセージなんかでも喜んでもらえるだろう。
いや、ビデオメッセージくらいなら優しいあの人の事だ。断る事はしないだろう。
本当は参加してもらいたいけれど、打ち上げには毎回30人以上来るし、全員が女性なのであの人にはきついはずだ。
まぁ、参加する人の詳細を黙っていれば参加してもらえるかもだけど……。
(いや、春ちゃん同伴で来てもらって、挨拶だけしてもらうっていうのなら許可貰えるかな……。聞いてみる価値はありそう?)
『最初から諦める事はゲームをするうえで最もしてはいけないことの一つ』とはあの人の言葉だ。
たとえ成功する確率が低かろうとも、結果はやってみなければ分からない。する価値はあるだろう。
「ネクラさんの件は一応努力してみます。ただ、皆にはまだ言わないでくださいね。変な期待をさせちゃうと悪いので」
「ほんとですか!? 分かりました、楽しみにしてますね!」
「はぁ~い」
電話を切った直後、ファンクラブでグッズの梱包作業を手伝ってくれる人を募集し、夜遅いのに100人以上の人が立候補してくれたことに驚きつつ、その事をコロさんに伝える。
明日はやることが多そうだなぁと少しワクワクしながらベッドに入った私は、今後どうやってネクラさんに自分をアピールするのか少し考えて眠りについた。
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やる気が、出ます( *´ `*)




