幕間 軍師の憂鬱
ネクラさんが朝方に解説動画を上げると発表してから数時間、まだネット上にネクラさんが浮上したとか、解説動画がアップされたという情報はない。
私は、ネクラさんとライが同じ学校に通っているという事を知った日から真面目に学校に通い始めた。まぁ、クラスメイトからは期末テストの件で奇異の目を向けられてるけど。
いや、問題はそんなどうでも良い事じゃない。
学校に通ってみて、改めてその勉強の非効率さと周りのレベルの低さに辟易するけど、そんなこともどうでも良い。
私にとって一番の問題は、未だに更新されないネクラさんのSNSだ。
「ねぇラ……春ちゃん。まだかな?」
「そんな無理してプレイヤーネーム隠さなくていいよ? お兄ちゃんのせいですぐ学校特定されるだろうから、私の正体も数か月後には出回ってるだろうし」
「そ、そう……?」
昼休み、私の教室に来てくれたライと一緒に昼食を食べながら、私は自分のスマホとにらめっこを続けていた。
私が3年間期末テストで満点を取り続けているせいか、それとも不登校の学年トップがやっと登校してきたという安堵からなのか、私だけは授業中にスマホをいじっていても何も言われない。というか、そもそもレベルの低い授業なんて聞く気はない(聞かなくても勉強できるし)
そんな私の状況を知っているからか、ライは苦笑しながら購買で買ってきたというサンドイッチを口に放り込む。
「でも、そうね。お兄ちゃん最近ろくに寝てなかったから、下手すると私が帰って起こさないといけないかも」
「……寝てなかったって、どのくらい?」
「流石に正確には分かんないけど……4日は寝てないんじゃない?」
「は!?」
思わず変な声を出して少しだけ顔を赤くする。
というか、4日も寝ないっていうのは異常の度を越しているだろう。私でも、出来て2徹だ。しかも、栄養ドリンクとかコーヒーとか諸々限界まで投与してそれだし……。
「いや、それが普通だから。お兄ちゃんがおかしいだけだから」
「ま、待って? 交流戦やってた後から寝てないって事?」
「多分そうなんじゃない? 2週間までなら寝なくて大丈夫とか言ってる人だよ?」
「……」
肩を竦めるライに絶句する。それは異次元どころの騒ぎじゃないし、本人が数日寝なくても大丈夫とか言ってる理由がようやく分かった気がする。
そりゃ、2週間寝なくて平気な人は数日起きてても問題ないだろうけど……。
「なにかの記事で、人の寝る時間は生涯で決まってて、幼少時代によく寝た人は老後元気に活動できるけど、徹夜ばっかしてた人は寝たきりの生活になるって見たんだけど……」
「あぁ、それは私も知ってる。でも、お兄ちゃんは老後とか考えた事ないんじゃない? むしろ40とかで人生終わらせようとか思ってそう」
「いや分かるけどさ! そう思う気持ちは凄く分かるけど!」
長生きするのは良いことだみたいな綺麗事を言わないのはあの人らしいけど、それでも、そんなに不安定な生活を送っているとなるとファンとしては心配だ。
ライに注意するように伝えても、それでネクラさんの日々の暮らしが窮屈な物になると考えると安易に言えないのもまたもどかしい……。
――数時間後
ライが昼休みの間に心配していた通り、ネクラさんはライに起こされるまでずっと夢の中だったらしい。
いや、ファンクラブ内では『眠すぎるので起きてから投稿する』という部分が可愛すぎると話題になってたし、私もそこは同意だけど!
ようやくその解説動画がサイトにアップされ、私は早速それを視聴する。
いつもは音楽以外の動画は2倍速で見る私だけど、ネクラさんの解説動画なのにそんな失礼?なことはできない。しっかりと2台目のパソコンを用意して、メモの準備も万全だ。
「えっと……どうもネクラです。あの、今回は以前から要望を頂いていた解説動画の応用編という事で……」
オドオドしながら動画に登場したネクラさんは、最近変わった可愛らしい少年のアバター姿だ。
背景はよく見知った内のギルドでもあまり使われることがない会議室ミニ(勝手にそう呼んでるだけ)だ。
ていうか……
(なにこの可愛い生き物……)
小さい男の子がオドオドしながら導入部分を説明しているところはもうなんというか、そう、うん……可愛い。
国語が得意な私でも語彙力を失ってしまうくらい可愛い。
「えっと、前説明はこのくらいにして早速解説を始めますね。こちらは鬼の皆さんに向けてなので、子供陣営の皆さんは別動画の方をご視聴ください」
ぺこりと頭を下げたネクラさんは、そのまま踏み台を使って学校の先生のようにホワイトボードにカリカリと何かしらの情報を書き始める。
先生役の人が可愛すぎて全然集中できそうにないけれど、とりあえず気を引き締める。
「えっと、まず最初に覚えてほしいのはこれですね。『仲間と協力する意識を持つこと』なんですけど……何を当たり前の事をって思ってる人はちょっと待ってくださいね? えっと、ランクマッチだと基本的にポイントの奪い合いで不毛な争いをしてる人が多いと思うんです。お前捕まえすぎだとか、遠慮しすぎて戦犯扱いされたりだとかですね」
なんでこの人は子供でしかプレイしたことないって言ってたのにそんなことを知っているのか。いや、実際にその通りなんだけどさ……。
ネクラさんの解説動画のおかげで最近は減少傾向にあるけれど、やっぱりお金がかかっているという部分で子供の取り合いがあるのは事実だ。
「ポイントのせいでそういったことが起こるのは仕方ないですけど、そんな不毛な争いするくらいなら、鬼同士で協力してさっさと試合を終わらせた方が効率良いと思いませんか? 単独で捕まえに行くよりも積極的に協力した方が子供を捕まえる効率は上です。大会モードだと、捕まえるの楽ですよね? まぁ連絡が取りあえる訳じゃないのであそこまで円滑に協力体制は築けないでしょうが、争うよりは協力した方が勝率は上がりますし、ポイントも格段に稼ぎやすくなると思いますよ」
実際、攻略サイトにも『仲間と協力して子供を捕まえろ』みたいに書かれているけれど、実際そこにお金がかかっているとなると協力できなくなるのが人間だ。だが、当たり前だけど協力した方が勝率は上がる。
ネクラさんは、その基本とも呼べることを最初に持ってきていた。
「こいつ、鬼でプレイした事無いだろって思ってる人は……あの、実際その通りなのであれなんですけど……。でも、試しで1回協力してみたら良いですよ! 格段に勝ちやすくなるので!」
自信なさげに微笑むその姿も可愛らしい。ていうか、この人はアバターのせいでとる行動すべてが可愛らしく見えるのがずるい。これを狙ってやっていないのだから末恐ろしい。
いやむしろ、何が可愛いの?と困惑して聞いてくるだろう。そんなところも可愛いんだけどさ。
「で、ここから応用編の本題なんですけど、まず能力の面白い使い方について解説しますね。これは子供の方でも話してるので有効的に使えるかと言われると微妙ですけど……とりあえず、ですね」
そこから出来るだけ分かりやすいようにあれこれホワイトボードに情報を書き込んでいったネクラさんは、どこからか物差し棒のような物を取り出して丁寧に説明していく。
その全てが未だ聞いたことがなかった使い方ばかりで呆れたのはもちろん、なんでそんな設定まで知っているのかと突っ込みたくなるものまで様々だった。
しかも、解説が妙に分かりやすいせいでメモが必要最低限で済むっていうのもなんだかはぁと溜息をつきたくなる。
この人が学校の先生になって教壇に立ったなら、そのクラスはたとえ落ちこぼれの集まりだとしても、1年で学年上位を総なめにするだろうことは容易に想像できる。
現に、最初の解説動画の再生回数は2本含めて1億回を突破しているし、見た人はほぼ全員何かしらの結果を残している。
それに、授業がつまらない先生は軒並み教科書の内容をベラベラ話すだけだけど、ネクラさんの場合は所々に分かりやすい例え話や皆が知ってるようなアニメの話なんかを織り交ぜて説明している。
大人はどうか知らないけど、この方法は、私のような学生にはウケるだろう。話を聞いてるだけで面白いし。
それに、所々でこちらに問いかけてもくれるので、話を聞いてるというよりネクラさんと意見の交換をしているって感じがするのも高ポイントだ。
例えば「ここはこうしない方が良いんですけど、なんでだと思います?」とこちらに問いかけてくれて、テロップで数秒考えてみてくださいと表示されると、なんでだろうと考えてしまう。
こういう、生徒(視聴者)を退屈させないようにする工夫が節々で感じられる。
それに「多分皆さんは~みたいな考え方をすると思うんですよね? ただ、僕が思うに~はこうなので、こうした方が良い」みたいに、ちゃんと理由も含めて解説してくれるのでこちらの間違いや考え方の補正もしっかりしてくれる。
多分、そんじょそこらの先生より授業上手いし、私達の学校の先生よりは確実に上手い。
「能力に関しての説明はこれくらいですね。次に子供を追う時に意識することや、子供側が意識していることについて説明します。動画時間が心配ですけど……前回も1本2時間くらいになっちゃったので、それくらいになると思っていただけると」
頭を掻きながらアハハと笑う少年に思わず頬が緩んでしまうのはもはや仕方ない。
時計をチラッと見ると、17時半を少し回ったところだった。明日のランクマッチは荒れるだろうなぁと思いつつ、画面の中で背伸びをしながらホワイトボードに書き込んでいる少年を慈しみの目で見つめた。
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やる気が、出ます( *´ `*)




