第132話 レベルアップ
ハイネスさんとの約束15分前にログインした僕は、会議室のいつもの席にちょこんと座っていたハイネスさんを見つけるとぺこりと頭を下げた。
「すみません、お待たせしました」
「いえいえ、私が早く来すぎただけですよ」
思えば、この人に最初に呼び出された時も僕より前に待っていた気がする。
別に気にしないけど、何分前から待っていたのか興味はある。
僕は人を待たせるのが嫌なので指定された時間の10分前。遅くても5分前には指定の場所にいる事にしている。ハイネスさんも多分同じなんだろう。
ミミミさんも言っていたけれど、時間にルーズな人は社会に出て怒られることが増えるそうだ。いや、僕が社会に出る時があるのかと言われると多分ないんだけど……。
まぁどのみち、約束に遅れるよりマシだろう。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい」
会議室を出て隣の応接室に入り、毎度のことながら入り口側に僕が座ってハイネスさんが向かいの席に座る。
「それで、今日はどうしたんですか?」
「いえ、ちょっと確認したいことと言いますか……話し合いたいことがあると言いますか」
「?」
もじもじしながらそういうハイネスさんにそこはかとない不安を覚えつつ、とりあえず先を促す。
「いえ、そんな重大な話じゃないんです。ただ、海外の人と戦った感想をお聞きしたいなと。多分ですけど、試合の録画はご覧になりましたよね?」
「ま、まぁ一応は全試合……」
一応、試合の録画を全試合見ようとすると24時間じゃ足りないんだけど、それを当然のように見ている前提で話を進めようとするのは少しおかしい気もする。
いや、まぁ数日しか経ってないのに全試合チェックしてる僕とハイネスさんもどうかと思うけどさ。
「いえ、私は鬼側の反省点を洗い出してる段階で、まだ子供側の試合は見れてません。大変不本意ですけど……」
「そ、そうなんですか。でも、見てる限り大きなミスはなかった気がしますけど?」
僕が見ている限り、相手の子供が強すぎるせいでミナモンさんやシラユキさんが翻弄されていて、マイさんとハイネスさんが必死でそれをカバーしていたように思える。
ハイネスさんは、言っちゃ悪いがプレイヤースキルの面で言えば中堅プレイヤー並みだが、その圧倒的な頭脳で皆をサポートしつつ、海外の人にも引けを取らないプレイヤースキルを持つマイさんが相手を捕まえる。
このコンビネーションでゴリ押してる感はあったものの、そこまで大変な事態には見えなかった。
まぁ世界大会でこれを続けられるかと言われると多分無理だろうけど。
「そうなんです。なので、近いうちに鬼側全員のレベルアップを考えているんです。ネクラさんには、どんな特訓をすれば良いのかアドバイスがもらえると嬉しいなと」
「……なんで僕なんですか? 有力な鬼側のプレイヤーに話を聞くならともかく、僕は鬼なんてやったことないですよ?」
「両陣営の解説動画アップして環境を数年分進めた人が何言ってるんですか。自信持ってください!」
なんか褒められている気がしないのは気のせいだろうか。なぜだか、心の奥底で呆れられているような気がする。
というよりも、解説動画の続編に関してはもう編集された物が届いているので、後はSNSで告知して公開するだけなんだけど。
「そうなんですか!? ……いや、でも教えてください! 動画の内容は全部暗記しますけど、それでも、何か他にないんですか!?」
「……そう言われてもですね」
この人は、僕を超人か何かだと勘違いしているのではないだろうか。
僕は鬼側で本格的にプレイしたこともなければ、例の解説動画で語った事は戦術に関することと基本的な子供側のプレイヤーが考えるようなことだ。
今回の解説動画はもう少し踏み込んで、ギルド内にあるもう1つの小さな会議室にあるホワイトボードを使って分かりやすいようにそれを説明しているだけだ。
鬼側のプレイヤーが強くなる方法なんてそんなの知らないし、僕はやればやるだけ強くなるという(春香いわく脳筋理論)らしいので、聞く人を間違えているのではないだろうか。
「あ、でも強いて言えば……」
「なんですか!?」
「……強いて言えばですよ? 過去の試合を見て悪い部分を反省するのは良いですけど、良い部分を見逃すっていうのはよくないと思います。なんでそうなったのか、なんで上手くいったのか。それを突き詰めて考えないと意味がないので」
「……? どういう事ですか?」
「ほら、学校の勉強でもそうじゃないですか。答えが合っていようとも、なんでそうなったのか道筋がしっかり理解できてないと似たような問題で間違える可能性がある。だから、その道筋をしっかり理解しようと勉強しますよね?」
いや、これも春香が言うにはだけど、普通の人は基礎をさっさとやった後にすぐ応用の問題なんかを解き始めるらしい。
僕は応用なんかより基礎をしっかり固めろよと思うけど、それは春香に言わせると勉強の効率が悪いから学校じゃやらないとの事だった。
ただ、ハイネスさんなら分かってくれるのではないだろうか。
この人はこの間の旅行で話した感じ、僕と同じような価値観で勉学に臨んでいるはずだし。
「まぁ、それはそうですね。答えや単語を丸暗記するより、そこにいたる道筋……解き方や単語の意味を覚えた方が遥かに有用ですしね。でも、それとこれと何の関係が?」
「反省するのは良いことですけど、良かったところにも目を向けた方が良いって話です。なんでそこが上手くいったのかを理解していれば、今後同じような場面で失敗する確率は低くなりますし、失敗している部分に応用することで成功に導ける可能性も高くなりますよね。少なくとも、僕はそうしてます」
「あ~そういう……。なるほど」
まぁ過信しすぎるのは良くないかもしれないけど、僕がパッと思いつくのはこれだけだ。子供側のレベルアップもするつもりだけど、解説動画を見ればある程度のレベルまではすぐ上がれるのではないだろうか。
多分だけど、始めたばかりの人でも8段くらいまでなら解説動画を見るだけで上がれるだろう。
自慢する訳じゃないけど、人に教えるのは自信がある。時々説明が分かりにくいだの、下手だの言われるけども……。
「ネクラさんの考え方はちょっと変わってますからね。子供側の解説動画で言ってたじゃないですか。『鬼に追いかけられてる時こそ無心になって、追いかけられてない時は冷静に物事を判断しなさい』って。あれ、普通は逆ですからね?」
「......でも、追いかけられながら色々考えてても集中できないじゃないですか。そりゃ僕だって追いかけられてる時に考える時はありますけど、必要最低限にしようって決めてますし」
「いや、そうじゃなくて……。そもそも普通の人は、追いかけられたらどう逃げようとか、どこに逃げたらいいだろうっていうのを追いかけられてから考えるんですよ。それを逃げる前から考えろっていうの、慣れるまで結構難しいんですよ?」
いや、それはマップを完全に把握して自分の今いる位置からどう逃げたら逃げ切れるのか冷静に考えれば良いだけなのでは……。
それこそ、ルームマッチかなにかで友達に付き合ってもらって練習したら数日で出来るようになるはずだ。
「いや、上位プレイヤーでも全部のマップ覚えてる人ってあんまりいないんですよ? それこそ、全体の10%とかそのあたりですよ。ファンクラブの人も、鬼やってる人は子供が
ほんとに強くなったって時々嘆いてますもん」
「あはは……。それはまぁ、なんというか……」
「それに、鬼で子供を取り合うのは愚かだってビシッと言ってるのも凄いと思いますよ。ランクマッチだと、時々修羅場みたいになりますから」
「いや、だって……非効率じゃないですか。子供取り合ってる時間があったら、協力して捕まえて次の試合に行った方がポイントの稼ぎ効率としても良いですよね?」
「いや良いんですけど! ランクマッチの治安もかなり良くなりましたけど!」
なんか、僕が当たり前と思っていることを言えば言うほど怒られるような気がする。
例えば、鬼が子供を探すためにやたらと探し回るのは無駄な行為だと言ったら怒られるだろうか……。いや、次に出す解説動画でそのことについて説明してるけども。
なんか、公開してから数時間後にまた呼び出されそうな気がする……。
「まぁとにかく、ネクラさんのその解説動画第2弾を見て方針を決めます。多分、動画がアップされたらまたプレイヤー全体のレベルが恐ろしく上がると思うので」
「あはは……。そんなことはない、と思いますけどね……」
ジト目で睨まれた僕は、苦笑しつつ何事もなく話し合いが終わったことに心底深いため息をついた。
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やる気が、出ます( *´ `*)




