第125話 尋問と改名
僕がアメリカのチームの情報を纏めていると、ドンドンという効果音が相応しいような音を立てながら部屋の扉がノックされる。
いや、これはノックというよりも、警察が暴力団の事務所に押しかけた時のような、さっさと開けろとでも言いたげなノックだ。
「な、なに……」
恐る恐る扉を開けた僕の目の前に立っていたのは、阿修羅……ではなく、滅茶苦茶怒っている春香だった。
なんでこんなに激怒されてるのか全く分からないけど、なんとなく背筋を伸ばす。
「殴られたくなかったらさっさと正座して」
「……」
僕さ、ここ数か月で何度も春香に殺されるって思ったけど、今ほど怖かった記憶はない。
もうすぐ日本予選が始まるんだし病院送りにはしないと思うけども……。
「何個か聞きたいことあるんだけど、正直に答えてくんない? まず、旅行中の事。私、あんまりデレデレするなって言ったよね? なんで常に女の人と一緒にいたの?」
別にデレデレしてた訳じゃないし、僕の隣に常に女の人がいたのは、向こうから近づいてきたからだ。
僕から女の人に近付いたことは、覚えている限りだとサービスタイムの時くらいだ。
「そうじゃないの。なんで断るなり、距離を取るなりしなかったかって言ってんの」
「……コミュ障で人見知りの人にそこまで求めるのは間違ってると思うんだけど、そこのところはどうお考えなんですかね?」
「甘えるな」
「……すみませんでした」
口論で勝てそうにないなら感情論で攻めろとはよく言ったものだが、春香には感情論でも勝てないらしい。
いや、人見知りだから人を拒絶するとか無理なんですけど……っていうのが感情論に分類されるかは議論の余地があるけども……。
「でもさ、埋め合わせになってるか分かんないけど、ハイネスさんにサインあげたよ? 旅行中何枚も写真撮ったし、最後の観光でプレゼントも渡したし……」
「プレゼント?」
「聞いてないの? ハイネスさんが欲しそうだったマグカップ買ったんだよ。なんでか、僕も同じの買ってほしいって言われたから買ったんだけど……」
ちょうど食器棚に置いてある、猫のイラストが描かれた可愛らしいマグカップだ。
後々調べて気付いたけど、あれはペアカップ?みたいなやつで、2つで一組になるものらしい。カップルがよく持ってるとか。
「……今度あの子に聞いといてあげる。でも、サインに関しては頼まれたからでしょ。別に埋め合わせにはなってない」
「そうなの? でも、プレゼントはあげたしトントン――」
「な訳ないでしょ!? あの子が旅行中どんだけ我慢してたと思ってんの!?」
「……でも僕達――」
「付き合ってない? ああ〜そうよね! お兄ちゃん、ハイネス振ったもんね! めっちゃくちゃ自分勝手なくっだらない理由で!」
誰かと付き合うとか僕には無理だって散々言ったような気がするけど、春香には分かってもらえてなかったらしい。
ていうか、なんでそんなにブチ切れているのか。
今春香がやっているのは、付き合ってもない男友達が他の女性とベタベタしてた(本人は否定)事を悲しんでた友達を想って、その男友達を叱ってるのと同義だ。
はたから見れば、僕は何ら怒られるようなことをしていない気がするのだけど、気のせいだろうか?
告白はされたけど、その返事はきちんとしたつもりだし、責められるべきポイントは無いように思える。
「はぁ。もういい! 次!」
「……」
「ボイス出すとかの話がチラッと出た時、私に欲しいか聞いてきたのはなんだったの? 滅茶苦茶イラっと来たんだけど?」
「……あの時は深い意味なく、ただ気になったから聞いただけなんですけども……」
分からないことがあったら人に聞くっていうのは、僕の中に備わっている癖みたいなものだ。それを責められてもどうしようもない。
「お兄ちゃんさ、もう少し相手の気持ち考えるよう努力したら? 賢いとか色々言われて調子乗ってんじゃないの?」
「……その節はすみませんでした」
なんで怒られているのか分からないけれど、殴られたくはないのでこの件は大人しく頭を下げる。
ハイネスさんの件と違ってこれは春香個人の感情的な問題なので、とりあえず謝っておけば大変な事態にはならないはずだ。
「……次! さっきの会話の中で、ハイネスが家に来たことがあるってバラしたことの意味、ちゃんと分かってんの?」
「……意味とは?」
「はぁ〜! どこが賢いのこんなやつ! そこら辺の小学生よりバカなんですけど!」
春香さん、そんなこと本人の前で言うもんじゃないと思うんですよ。
ていうか、未だに何が悪かったのか分からないんですけども……。
「ハイネスが、お兄ちゃんにそこまで迫ってるって情報渡してどうすんの!? お兄ちゃん、仮にもガチ恋って言われてる人結構いるのにさ!? 焦った人達が我先に仕掛けてくるとか思わない訳?」
「……あ、そういうこと? 確かに、言われてみればそれは困る……」
誰とも付き合いたくないし、女の人は苦手だしで凄く困る。
「しかも、これ言ってきたのハイネスだからね!? これからアプローチが激しくなったら、お兄ちゃんの精神大丈夫かな?って心配してきたんだからね!? ほんと、なにしてんの!?」
「……ほんとすいません。今後気を付けます……」
今までの話と違って、今回のは100%僕が悪いので何も言えない。
というより、そんなに心配をかけさせて申し訳ない……。
「はぁ……。ついでに、ハイネスから提案。新しいギルド名『Blue Rose』ってのはどうかって」
「青いバラ……? あ〜、花言葉ね。春香が良いと思うなら良いんじゃないの? 僕はネーミングセンス壊滅してるし」
「ん。なら、今度ログインした時変えといて。ていうか、その花言葉ってのなんなの?」
「青いバラの? 不可能なこととか、夢は叶うとか、奇跡ってのがあったはずだよ。なんでもバラの研究者達の間じゃ――」
「そこまで聞いてないし。ふ〜ん。あの子にしては変な名前だなと思ったけど、そういうことね……」
頭に?マークを浮かべた僕を無視し、春香は自分の部屋へと戻っていった。
それを見届け、僕は実に1週間ぶりとなる猫部屋へと足を踏み入れ、そこにいる家のアイドルと幸せな時間を過ごした。
明日も更新します
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