第122話 紅葉狩り二日目 夜の部(外伝)
19時には更新できそうになかったので、少し早いですけど更新させていただきました。
この章はこのお話で終わりなので、次回の更新は月曜日になります。
夕食後、部屋でマイさんと一緒にネクラさんのサインを見つめながらニヤニヤしていた私の幸せを奪ったのは、扉をノックする音だった。
私達2人はその瞬間に相手を悟り、ネクラさんのサインを各々のカバンに丁寧にしまい込む。
ライは今お風呂に行っているので、マイさんが代わりに扉を開けてその人達を部屋へと招き入れる。
昼間にあれだけ飲んだくれていたので今日の会議には参加できないだろうと思っていたのに、最近の科学の進歩は凄まじいらしく、一粒飲むだけで酔いを醒ましてくれる薬なるものがあるらしい。
お酒を飲む年齢ではないのでそんなものは知らなかったけれど、男性陣はそれを服用してなかったところを見るに、嗜みとして飲む女性が愛用している物なのだろう。
ちなみに、私達がネクラさんのサインを隠したのは、お酒を飲んでいた人達が軒並みサインをもらってないので、面倒なことにならないための配慮だ。
ネクラさんから特に言われているわけではないけれど、それでも、一応配慮はしている。
異常にお酒に強かったミミミさんもサインをもらっているけれど、そこら辺は意見が一致している。
「どもども〜。来ましたよっと〜」
全員が全員、髪が少し湿り気を帯びて首にタオルを巻いているところを見るに、お風呂上りなのだろう。
ネクラさんは昨日も皆より早くお風呂に入っていたらしいので、今頃は抜け駆けしている誰かと……もしくは1人で部屋にいるだろう。
抜け駆けするとしたらおまるさんか、この場にいないミルクさんくらいだけど、おまるさんは今日編集さんとの打ち合わせがあるとの事だったので除外していいし、お昼の内にミラルさんにそれとなく釘を刺しておいたので、ミルクさんの方も大丈夫だろう。
ライとそれ以外の女性陣は皆この部屋に集合しているので部屋がかなり狭く感じるけれど、抜け駆けの心配がないという確信と引き換えなら安い物だろう。
それに、今日するのはどうやったらネクラさんにサイン会を開いてもらえるかというものだ。
正直、お目当てのサインは手に入れる事が出来たのでサイン会なんてしてもしなくてもどっちでも良いのだが、急に会議を止めるとか言えば勘ぐられる可能性がある。
なので、一応は本気で策を考えるつもりだ。
もし実現してしまったら……まぁ、その時はその時で考える。
「はい、皆さん集まりましたね。では早速ですが……今日の一件で、さらにサイン会を開いてもらうのが容易になりました。そのことについては、理解してますか?」
「あれですよね、サービスタイム! ネクラさんのサイン貰えた人、ほんと羨ましいです!」
あーちゃんさんのその言葉に自然とニヤケそうになるのを必死でこらえる。
今日のサービスタイムでサインをもらった人の正確な数は分からないけど、少なく見積もっても20人くらいは貰っていると思う。
正直、本当に女性が苦手なのか。本当にコミュ障なのか疑わしいレベルだけど、あの人の日頃の行動を見ていれば、それが本当なのは紛れもない事実だ。
(苦手でもあそこまで取り繕えるのはもはや才能だよね……)
その場にいた天才がネクラさんのその場での会話や行動をずっと録画していたらしく、しかもネット上にアップしてくれていたから、今SNSは大騒ぎだ。
その紳士すぎる対応や、無理難題にも笑いながらなんとか答えようとしてくれるサービス精神旺盛なところなんて、女性陣からしたら騒ぎ出したくもなる。
しかも、こっちから何か頼んだわけでもないのに「ここまで来てくれたんだから対応しないとダメでしょ」という、チーム内でしか言ってなかったはずの言葉まで拡散されているので、ネクラさんの評価がさらに上がる結果となっている。
しかも、それが誰に言われた訳でもないのだから、本当に凄い。
「ネクラさん、親御さんと仲が悪いってライちゃんが言ってたよね? それなのに、なんであんなに良い子に育ったの? 不思議でしょうがないんだけど」
「あんまり人の家庭にどうこう言うもんじゃないと思いますけど……親を反面教師にしたんじゃないですか? それか、ネットの記事や海外の論文なんかをよく調べる人なので、そこから道徳を学んだとか」
「か、海外の論文……?」
「あれ、知りませんか? 前にネクラさんが言ってたんですよ。時々海外の論文を調べるって。あれです、キャラの過去とか探ってる時に、色々見るんじゃないですか?」
正直、なんでたかがゲームのキャラの背景の為にそこまでするのかは理解できないけど、そこから道徳を学んだと言われたら「はぇ〜」とならざるを得ない。
普通は本や親から学ぶものを、海外の論文から学んだ? いや、どこの天才児だよと……。
「ネクラさんって、外国語も読めるんですか? どんだけハイスペックなの……?」
「さぁ、流石にそこまでは……。でも、前に言ってましたよね? 海外の人のブログを読んで、索敵班の導入を知ったって。だから、読めるのは確定だと思います。ブログとかになるとその国特有の言い回しなんかがあるので、翻訳使っただけだとろくに読めないですから」
例えば「マジやべぇ」みたいな言葉がブログ内にあったとして、それを翻訳しようと思っても意味の分からない文章になって返ってくる。
いわゆる造語とか、仲間内でしか通じない言葉だ。
論文は翻訳でもなんとか解読出来るかもしれないけど、ブログになるとそれは難しくなる。これは、経験したことがあるからよく分かる。
「あれ、ハイネスちゃんも読めるの?」
「……いえ、私は英語がちょっと読めるくらいです。っと、関係ない話はこの辺にしましょう。サイン会を開いてもらうためにはどうすれば良いかですが……主に2つです」
「2つ?」
「はい。1つ目は、理詰めでやってくださいと詰め寄る方法ですね。理論上、ネクラさんが気にしているサイン会をしたくない理由は排除出来ているのでこれでも行けますけど、あまり取りたくはない手法です」
「なんで?」
考えてみてほしい。
いくらファンとはいえ、自分が嫌だと言っていることを論理立てて、こうこうこういう理由があるし、こういう実績があるんだからやれるでしょ?と言われたらどう思うか。
私は「なにこいつ鬱陶しい。関わるのやめよ」とか、それに近いことを思うはずだ。
策に嵌めてどうこうするなら、相手もゲーマーなので負けを認めるという形でやってくれるかもしれないけど、理詰めで説明するのはよろしくない。
出来ない訳ではないけど、それは絶対にやっちゃいけないことだと思う。
「なるほどね……。確かに、そんな人とは関わりたくないわね。ウザいし」
「はい。私も同感です。人にされて嫌なことはしないじゃないですけど、この方法を使ってお願いしても、その後が不味い事になります」
「じゃあ、2つ目は?」
「2つ目は、単純に罠にかける方法です。こちらは、難易度がかなり高いと思われます」
公式グッズの時はネクラさんが油断していたので何とかなったけれど、案の定数分で計画がバレてしまったので、次からは警戒してくるだろう。
警戒している相手を罠にかけるなんて、私でもそう簡単に出来る事じゃない。
それに、相手はあのネクラさんだ。
そこら辺の普通のプレイヤーなら、警戒されていようとも簡単に罠に嵌める自信があるけど、ネクラさんの場合はその警戒レベルが普通のプレイヤーと段違いなのだ。
数手先を平気で読んでくるような人なので、そもそもがかなり難しい。
「多分ですけど、私はかなり警戒されます。ライやマイさんも、割と近しい人……というか、以前から関りがあったので、警戒心が高いはずです。そして、今回の旅行で私と接点を持った皆さんも、当然警戒対象に入っていると思います」
「そう? ハイネスちゃん達は分かるけど、私達まで警戒されるかな?」
「私がネクラさんを罠にかけるとすれば、私自身が警戒されているので誰か他の人をうまく動かす必要があります。なので、まず最初に思い浮かぶのがチームの皆さんです。それも、ネクラさんファンのここにいる人達は、まず間違いなく警戒されます」
いや、チーム内でも唯一警戒されない人がいるんだけど、その人に頼るのは少し心配だ。なので、今回の作戦では見送る。
彼は最終兵器的な役割を担えるので、使うのは最後の最後だ。
「なら、どうするんですか?」
「外部の人達に協力を仰ぎます。具体的には、匿名性の高い掲示板でこの話題を持ち出して、私達で上手い事話題を誘導し、持っていきたい結論に導きます。そうして賛同する人達が多ければ、後は勝手に盛り上がってくれます」
「でもそれ〖ネクラさんの好み事件〗の手法と似てませんか? あの人が誰なのか結局分かってませんけど、警戒はされるんじゃ?」
「……いえ、確かに手法は同じですけど、あの時は周りの声に流されてネクラさん自身が動いたので、警戒はしていないはずです。証拠も一切……じゃなくて、ネクラさん自身が行動した結果なので、警戒云々もなにもないです」
ネクラさんは凄く優しい人なので、周りからしきりにやってほしい!とかお願いされたら断れないはずだ。
その優しい部分を利用するのは少しだけ気が引けるけど、一番現実的なのはこの方法だろう。
ただ問題は――
「ネクラさん本人の意思が重要なんじゃない? その作戦」
「そうですミミミさん。この案は、最終的に判断するのがネクラさんなので、ネクラさんが本当にサイン会をやりたくないと思っていたら成功しません。いや、そう思っていた場合はどんな手法をとっても多分成功しませんけど。言ってしまえばこの方法は、ネクラさんを追い詰めてしまう可能性を秘めています」
「というと……?」
「顔も知らない何千人、何万人という人達にサイン会をしてほしいと言われる気持ちを想像してください。怖くないですか? ただでさえネクラさんは人見知りの気がありますから、余計に怖いと思います」
なので、この作戦も出来れば取りたくない。
自分達の欲の為に好きな人を追い詰めるなんて、やって良いことではないだろう。
「なので、本当にやるとすれば別の作戦を取るべきです。ただ、これはかなり長い時間をかけなければダメなので、早くても日本予選が終わるまでかかります。最悪、世界大会が始まっても実行できない可能性すらあります」
「一応、どんな作戦なのか聞いても……?」
「はい。まず大前提に、人は――」
その数分後、ライが帰ってきて話し合いに参加してもらった。
その会議は夜中の2時まで続き、終わった頃には皆将来のサイン会を想像してホクホク顔になっていた事は言うまでもない。
「それにしてもさ……相変わらず尊敬するわ、あなたのその頭脳」
「え〜? どうしたの急に」
「普通の人はあんな作戦思いつかないし、思いついたとしても実行には移そうとしないから」
「あ〜まぁ、確かにそうかもね。でもほら、どうせならやってほしいじゃん?」
にへらと笑った私は、そのままライと同じベッドで眠りについた。
ちなみに翌日の観光は、ずっとウトウトしてたせいであんまり楽しめなかった。
流石に、寝ずに会議した翌日も夜中まで会議するのは疲れた……。
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やる気が、出ます( *´ `*)




