第121話 紅葉狩り二日目 昼の部3
紅葉狩りという名の飲み会が始まって1時間が経過した頃、酔っぱらいのお姉さん達に絡まれていた僕は、そろそろファンの人達に対応してくると言い残してその場から何とか離脱した。
お酒なんて一滴も飲んでないはずなのに、体中からお酒の匂いがするのは気のせいだろうか。
いや、ありえないくらい酒に弱かったおまるさんが、ミミミさんに絡まれて飲まされた結果、ベロベロになってくっついてきたから絶対にそのせいだろう。
前に何かの記事で、気が強い女の人は異常に酒に強いと見たことがあるけれど、それは本当だったらしい。
お酒なんて飲んだことないけど、一時間近くシャンパンとワインをがぶがぶ飲んでるのに素面の時と全く変わらず振舞っているあの姿が異常という事くらいは分かる。
男性陣もすでに酔っ払い集団と化していて、2人か3人は早くも気持ちよさそうに眠っていたはずだ。
特にショウさんとキリスさんは、普段の疲れを吹き飛ばすかのようにぐーすか眠っていた。
「……大丈夫ですか? 帰り大変じゃないですか?」
「いやいや、毎年こんな感じですよ。というか、普段はプロの方が来るので、もっと大変なんですよ。スポンサーの企業さんとかが色々来てくださいますしね」
「な、なるほど……」
大人の世界って大変なんだなぁと思うと同時に、これから何をしようか短い時間で考える。
いや、僕が出来る事なんて軽く話したり、サイン書いたり、握手したり、後は……一緒に写真撮る事くらいだけどさ。
「時間はどの程度される予定なんですか?」
「そうですね……あんまり長時間留守にすると流石にあれだと思うので、30分くらいですかね?」
「まぁ、そんな程度でしょうね。一応マイクも用意してますけど、使われますか?」
「……いや、普通に皆さんと個別に話に行きますよ。トークイベントみたいなやつは苦手なので」
「あはは。そうですか」
少し歩くと、ロビーの時のように柵が用意されていて、その向こう側でファンの人達が僕の登場を今か今かと待っていた。
いや、なんで最前列にスタッフの服着た人がいるんでしょうね……。あなた、普通こっち側の人なのでは……。
「彼女、この時間の時給はいらないから向こうにいさせてくれってうるさくてですね……。ま、気にしないでください」
「は、はぁ……」
あの人の事は覚えている。僕の事を呼びに来て、盗撮してた人だろう。
いや、別に根に持ってるわけじゃないけど、あの人には早く仕事に復帰してほしいので一番初めに声をかけるとしよう。
そして、後々ファンの人の間でこの時の事は「サービスタイム」と呼ばれる事になる。
もっと他になかったのかと言いたいけど、サービスのつもりでやってるのだからあながち間違いではないのかもしれない。
「皆さん! えっと、お待たせしました。短いですけど、少しだけお時間をいただいたので、色んな方とお話し出来ればと思います」
ぺこりと頭を下げると、瞬く間に「お〜!」と歓声が上がる。
いや、この口上は必要なかったかもしれないけど、一応ね……?
そこかしこから名前を呼ばれ、滅茶苦茶にフラッシュをたかれるけどそれは無視して、最初に話しかけると決めていたスタッフの人の元へと歩いていく。
その人はハイネスさんみたいに可愛い感じの人で、見た目から20代前半だと分かる。この人は最初に済ませて、さっさとこっち側に戻ってきてもらおう。
「スタッフの方ですよね? 先程はどうも……」
「え……いや、あの……はい。 え、えっと……何しても良いんですか?」
なにしても言い訳ないじゃん。節度は守ってよ。とは言えないので、ニコっと笑う事で返事とする。
あんまりベタベタされるのは苦手だと理解しているからなのか、それとも単純にそういう人なのかは分からないけれど、終始ビクビクしながらツーショットを撮り、STAFFと書いてあるシャツにサインをしてくれと頼まれたくらいでその人の番は終わりだ。
あんまり一人に長い時間を使う訳にはいかないし……。
「あの、お仕事頑張ってくださいね」
「え……はい! もう、めっちゃ頑張ります!」
なんで泣いてるのか分からないけど、とりあえず次だ。
次は、その隣にいた小さな女の子と母親らしき人……っていうか
「何してるんですか早苗さん……」
なんでこんなところにサカキさんの娘さんと奥さんがいるのか。
サカキさんに知らせたら瞬く間に素面に戻りそうな状況だけど……。
「この子が、どうしてもパパに会いたいっていうので……」
「……早苗さんではなく?」
「ち、違いますよ! 私は別に……」
「……ねぇまなみちゃん。なんでここに来たの?」
「ママが『パパがいないと寂しいね〜』って言ってたから会いに来たの!」
ふーん。仲が良さそうで何よりですね。
ていうか、なんでそんなに顔を真っ赤にしてるのか。別に恥ずかしいことではないのでは……。
「ほんとお願いします! あの人には内緒にしてください!」
「い、いや……別に良いですけど……」
「ありがとうございます! あ、それとサインください!」
「あはは……やっぱ、そこは貰うんですね」
色紙とサインペンを取り出してそう言ってきた早苗さんに微笑みながら、何度も練習したサインを丁寧に書いて渡す。
別に、そんなに恐縮しないでも良い気がするけども、これはもう仕方ないんだろう。
僕はこのことをサカキさんに話すべきなのか少し迷ったけど、変なことに首を突っ込んでややこしい事態に巻き込まれたくはないので何も言わないことにした。
外野で見てる分には面白そうだけどね。
「ネクラさ〜ん! ちーやんです!」
「あ〜、昔から絡んでくれてる方ですよね。ほんと、応援ありがとうございます」
早苗さんの次に話しかけたのは、髪をピンク色に染めた30代くらいの女の人だ。
いや、特に決めてるわけじゃなくて、適当に右から左に流れてるだけで、意図的に女の人を選んでるわけじゃないよ?
ただ、前列にいるのがほとんど女の人だから、しばらくは女の人とずっと会話しないといけないんだけども……。
「ネクラさんの新しいアバター、可愛すぎてグッズ作っちゃいました! サインください!」
「あれ、可愛いんですか……? 僕はカッコいいって思って作ったんですけど……」
「え!? いやいや、可愛いですよ! 可愛すぎて死にそうってくらい可愛いです!」
そう言いながら差し出されたグッズを見てみると、僕の新しいアバターが野原にちょこんと座って空を見ているイラストが描かれたタペストリーだった。
毎度思うけど、なんでこう、僕のグッズは可愛らしいものが多いのか。
僕のアバターそれ自体が可愛いっていうのはよく分からないけど、この、小さな子がぼーっと空を見てるイラストが可愛いっていうのは分かる。
「えへへ。人気のイラストレーターさんが私の所属してるファンクラブにいるので、その方に頼んじゃいました!」
「そうなんですか。ちなみにその方のお名前って教えていただけたりしますか?」
「ごめんなさい! 本人が匿名希望だって言ってたので、それは無理なんです! ネクラさんにだけは絶対知られたくないと!」
「あはは。なんですかそれ」
その情報だけで随分と絞り込めそうだけど大丈夫だろうか。
というより、チームメイトに1人だけイラストを描いてる人がいたはずだ。その人が僕のファンかどうかは自信ないけど、一応聞いてみよう。
「ミラさんに、可愛いイラストありがとうございますとお伝えください」
「......え!? なんで分かったんですか!?」
ほら、やっぱりそうだよ。
僕だけには絶対知られたくないって、チームメイトだからでしょ。それくらいしか思いつかないもん。
僕のファンアートをよく描いてくれてる人は大体覚えてるけど、その全員、僕に名前を知られて困ると言ってた事は無いし。
「さぁなんででしょうねぇ。じゃあ、僕はこの辺で」
本当に不思議そうにしているその人の元を去り、次の人へと話しかける。
これ、やり始めてから気付いたけど、コミュ障で陰キャの僕には絶対向いてない。
どうやって話しかけたら良いのか毎度悩むし、失礼なこと言わないか信じられないくらい神経使うもん!
結局1時間使って前列の人全員に対応した頃には僕の精神はズタボロになっていて、皆の元に戻った時、間違えて香夜さんが飲んでいたお酒を飲みかけた。
いや、ベロベロだった香夜さん本人は飲んでほしそうにしてたけど、流石にそれはまずい。
ハイネスさんがお酒の飲めない年齢で良かったと、心の底からホッとする。
「というか、私多分、20になってもお酒飲みませんよ?」
「それは……なんでですか?」
「ネクラさんが飲まないからです」
「……僕が20になったら飲むんですか?」
「飲みます。ていうか、あの人達にサインしたなら、私にもサインください!」
そう言いながらバッグの中から色紙とサインペンを取り出したハイネスさんを見て、どんだけ用意が良いのかと呆れたのは言うまでもない。
まぁ、ハイネスさんが言う事も一理あるので、もちろんサインした。
この時、周りの女性陣がほとんどベロベロになっててサインを求めてこなかったのは幸運だった。
いや、2時間経ってもまだ元気なミミミさんだけは「私は色紙なんて持ってないから、携帯ケースにサイン書いて!」って言ってきたけども……。
後は、お酒を飲んでないマイさんと黒猫さんも、グッズとか携帯ケースにサインが欲しいと言ってきた。
いや、マイさんは分かるけど、なんで黒猫さんもなんだろう……。
「姉ちゃんがネクラさんのファンなので、これプレゼントしたらでかい借りが作れるかなと」
うん、聞かなきゃよかったよ。
凄く深い闇を見た気がするので、大人しくサカキさんの元へと移動する。
「奥さんと娘さんがいらっしゃってましたよ? 娘さんがパパに会いたいって言ってたみたいですけど……」
「ん〜。ほんとですかぁ……?」
いや、嘘だけどさ。それでも、せっかく会いに来たんだから、会わせてあげた方が良いだろう。
「パパに会えなくて寂しいって言ってましたよ」
そう告げると、薄い目をバッと開けたサカキさんは、スタッフさんにその真偽を確認して一目散に駆けていった。
うん、なんか……ああいうのって良いなぁと思うよ。僕には縁のないことだろうけどさ……。
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やる気が、出ます( *´ `*)




