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第120話 「紅葉狩り二日目 昼の部2」

 僕が係りの人に案内されてロビーに降りた時、そこはもうハリウッドスターの登場を待ちわびる人達で埋め尽くされていた。いや、僕は別にハリウッドスターじゃないけども。


 柵が設けられているのもお構いなしにこちらにカメラやスマホ、タブレットを向けて写真を撮ろうとしている人を係りの人が必死に抑えている光景は、まさにカオスそのものだ。


 僕の隣であははと乾いた笑いを漏らしている女性スタッフも、先程写真撮影を求めようか必死で迷っていたことを、僕は知っている。

 その証拠に、彼女の後ろポケットに入っているスマホは、なぜか録画している事を示している赤いランプが小さく点滅していた。


 流石に運営側のスタッフという事で写真撮影は遠慮したようだけど、だからと言って盗撮するというのはどうなんだろうか。

 別に頼まれれば写真くらい撮ってもいいんだけど……。どうせ、もう顔バレしてるし。


「ネクラさ〜ん! こっち見て!」

「ネクラさん! 昔から大ファンです! これからも頑張ってください!」

「ネクラさん! 結婚して〜!」


 ......なんで一般人の僕がこんな恥ずかしい思いをしなければならないのか。誰か説明してほしい。

 ていうか、昨日は男性陣もちょいちょいいたのに、今は女性陣が全体的に目立っているのはなんでだろうか。


 まぁ、僕自身は既に考えるのを止めているので、昨日サカキさんに言われた通り、柵の向こうで必死にこっちへカメラを向けている人にぎこちなく笑って手を振ってみる。

 多分僕の目から光は失われていると思うけど、それはもう知らない。


 ハリウッドスターでサービス精神旺盛の人なら、ここでサインや写真なんかも撮ってあげるんだろうけど、僕にそんな時間はないので、申し訳ないけどさっさとその場を後にする。


 そして、バスの中でSNSを現実逃避目的で見ていた僕は、その場にいたという人が撮った右手と右足が同時に出て歩いている様を、撮影者がクスクスと笑っている動画を見てがっくりと肩を落とした。

 カッコつけてファンの人に手を振ったのに、緊張してたのがあっという間にバレるなんてダサい。あまりにも、ダサすぎる……。


「まぁ、そういう事もあるっすよ。ドンマイっす!」

「……うちの女性陣の写真も結構出回ってますけど、なんであんな綺麗な人達が大勢いるのに、僕の写真が圧倒的に多いんですか? もう逃げたいんですけど……」

「それだけ世間の注目がネクラさんに集まってるって事っすよ。てか、そんな事女性陣の前で言わない方が良いっすよ?」

「え? なんでですか?」

「なんでって……今より絡まれますよ?」

「それは嫌です」


 今でも人見知りの僕からしたらだいぶ無理して合わせてるのに、これ以上絡まれるとなると合わせるのもちょっときつい。


 本当はこの場の誰とも会話なんてしたくないけど、リーダーだし、雰囲気を壊したくないしで、必死に取り繕ってるに過ぎない。

 それが限界を迎える前にこの旅行が終わってくれることを必死で祈る。


「ていうか、前から思ってたんですけど、紅葉なんて見てなにが楽しいんですか? そんなの、ネットで調べたらいくらでも出てくるじゃないですか。わざわざ山の上まで行って見る必要あります?」

「あ〜、それは俺も思ったっすね。大体、VRで良くないっすか? なんでわざわざ現実で顔合わせるんっすかね?」

「キリスさんもネクラさんも、そんなこと言ったら本末転倒ですよ? 皆で見るから良いんじゃないですか。今の時代、誰かと会って何かするってこと自体、結構珍しいんですから」

「サカキさんがそれ言います? 良いっすよね〜、あんな美人な奥さんと可愛い娘さんがいて!」

「あはは……。それ言われると何とも言えませんねぇ……」


 バスの後方でそんなくだらない愚痴合戦が繰り広げられて数十分が経つと、山の頂上に到着したらしく、係りの人が降りるように促す。


 降りた先にはすでに何人かのファンの人が待ち構えていて、写真撮影タイムだとばかりにバシャバシャ撮っていくけれど、もう既に慣れてきている自分がいるから怖い。


 多分、ここでは男性陣のほとんどが。女性陣も数名はお酒をひっかけるだろうから、僕はゆっくりすると同時に、ここにいるファンの人と少しだけ交流することも視野に入れようかとさえ思っている。

 わざわざ僕を追いかけてこんなところまで来てくれたんだし、少しくらいそういう事をしないと申し訳ないと言いますか……。


「という事で、少しだけならあそこで写真撮ってる人と話したりするのは可能ですか?」

「あ〜なるほど。主任に確認してくるので、少々お待ちください」


 上原さんにそのことを告げると、大慌てでどこかに電話をかけ始める。

 お手数をかけてすみませんと小さく謝りつつ、後ろから聞こえてくる「良い子過ぎて辛い……」なんて言葉を軽くスルーする。


 こんな当たり前の事でも良い子なんて言われたら、僕が何をしても褒められるような気がして色々危険な気がする。

 全部肯定してくれるのは嬉しい反面、なんでもして良いと思ってしまう危険性があるので、ほどほどにしてほしい。

 いや、本当に嬉しいんだけどね?


 それから数分後、電話を繋げたままの上原さんが、申し訳なさそうに尋ねてくる。


「主任がですね、どの程度の事をするつもりなのか聞いてくださいとの事です。写真撮影くらいなら問題ないと思いますけど、サインなんかをするとなると事態の収拾がつかなくなるかもと……」

「あ〜、なら、僕のSNSであらかじめそういう旨を伝えておきますよ? 後でそちらに伺う時間を設けるので、その時はスタッフの人の指示に従ってくださいみたいに」

「あ〜なるほどですね? ちょっと待ってください?」


 数分後、オッケーが出たと言われた僕は、そのままSNSにてその旨を投稿する。

 すると、瞬く間に現地の人を羨む声や、現地の人達に僕の事を頼むなんて言ってる訳の分からない人が続出する。


 ちなみに、今回の件で炎上するかもとハイネスさんに心配されたけれど、そこは大丈夫だと思っている。

 だって、ハリウッドスターがファンサービスで写真を撮ったりサインしても、別に炎上はしない。その理論で行くなら、別に炎上はしないだろう。

 現地まで着いて来た人が凄いっていうだけで、僕に飛び火することはないはずだ。


「という事で、それまでは僕達にあまり干渉しないようお願いもしたので、しばらくは自由に出来ると思います」

『おおー!』


 なぜか乾杯の音頭を僕がすることになったので、オレンジジュース片手にそう言うと、周りの面々からありがたいという視線を受ける。


 僕の後ろには一面赤い紅葉が広がっているけれど、僕は全く興味ないので、これが終わったら顔見知りの人の隣でずっとニコニコしているだけだろう。

 なので、緊張するのはこれが最後だ。多分……。


「では、皆さん、紅葉狩りお疲れさまでした! えっと……日本予選も頑張りましょ〜!」

『お〜!』


 もっとマシな挨拶がなかったのかと言いたげなそこの人。しょうがないでしょ、コミュ障なんだから……。


 その言葉を皮切りに、缶ビールや、どうやってもってきたのか不明なシャンパンやワインを開ける音がそこかしこから聞こえてくる。


 紅葉狩りなんてしたことがないのでよく分からないけれど、完全に花見か祝勝会の雰囲気だ。

 僕の人生で、おそらく最初で最後の紅葉狩りが始まった瞬間だった。

投稿主は皆様からの評価や感想、ブクマなどを貰えると非常に喜びます。ので、お情けでも良いのでしてやってください<(_ _*)>

やる気が、出ます( *´ `*)

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