第117話 紅葉狩り二日目 朝の部
運営の人が朝食だと起こしに来る8時前にかかってきた春香からの鬼電で目を覚ました僕は、さっさと指定されていた服に着替え、人前に出ても恥ずかしくない格好になる。
流石に室内でジャケットはどうかと思うので妙にモコモコした白いシャツとぶかぶかの黒いズボンを履いて、係りの人が呼びに来るのを待つ。
「ネクラさ〜ん。一緒に行きましょ〜」
そして問題の8時ちょっと前、僕を呼びに来たのは運営側のスタッフ……ではなく、おまるさんだった。
この人、昨日僕がおまるさんのファンだと発覚してから前より積極的に絡んでくるようになった。
いや、別に嫌という訳ではないけども……。
「で、なんで春香もいるの?」
「お兄ちゃんが起きてるかなと思って」
本当は監視の目的で来たんですね分かります。分かるので、その、殺意に塗れた視線で僕を貫くのやめてもらっていいですか?
春香からそれを向けられると、本当に殺されそうだから冗談抜きでやめてほしい。
「おまるさん、昨日はあの後大丈夫だったんですか? 解散したのだいぶ遅かったですけど……」
「ん? いや、まぁ問題ないですよ。徹夜は慣れっこですしね」
「そうですか。……春香は?」
「私は、あの後マイちゃんとハイネスと一緒に朝まで話してたから。むしろ全然眠くない」
「へ、へぇ……」
その3人と朝までどんな話をしていたんでしょうかね。想像するのも怖い。
というか、横でこうやって話していると、おまるさんが年収億を超えている大人気作家だなんて全然分からない。
むしろ「働いてませんよ? てへへ」みたいに言われた方がしっくりくる。
「まぁ、作家なんて働いてないようなもんですからね。取材でどっか行く時以外は基本家でパソコンといちゃついてますし」
「あはは……。じゃあ、ついでって言ったらあれですけど、今度のお話はどんな感じのにする予定なんですか?」
「え〜? それ聞いちゃいます? まぁでも、実はまだ決めてないんですよ。続刊って言っても全くの新作を書くのと、前の話の続きを書くのとで選択肢があって。編集部からは後者の方が良いって言われてるんですけど、元々続き出す予定じゃなかったんで、話の整合性とかが怪しくてですね〜」
「個人的には、あの切ない感じのミステリーは新鮮で面白かったので、新作でも全然良い物になると思うんですけど……」
ミステリーっていえば大抵は殺人犯が起こした事件を探偵が解決するものだけど、おまるさんのミステリーは一風変わっていた。
主人公の少女が殺人を犯して、それを知った父親が少女を庇って自首するところから始まる、いわゆる鬱になるような物語だ。
殺人犯として裁かれることのない少女は、殺人犯の娘だと社会的制裁を浴びるけれど、父親は全くの無実で自分を庇っているだけと知っているからこそ生まれる葛藤。そこが妙にリアルに描かれているから、結末までスラスラ読んでしまった記憶がある。
そして、最後は小説なのに本気で泣いたし……。
「新作は新作で、結構時間かかるんですよね〜。日本予選も近いのであんまりダラダラできませんし、アイデア出しから始めないといけないんですよ〜」
「難しいですね……」
「あ、でも! ネクラさんが『頑張って!』とか『愛してる』とか『結婚して』とか言ってくれたら頑張れる――」
「何言ってんですかおまるさん……。いくらネクラさんがファンって言っても、そんな抜け駆けはいけないと思いますよ」
おまるさんが目をキラキラさせながらそんなことを言っていると、前の廊下からシナミさんとあーちゃんさんが歩いてくる。
その顔は笑っているけれど、微妙に目の奥が笑っていないような気がして怖い。
「え〜? だって、それだけでどんなことでも乗り越えられるじゃんか〜。シナミさんとあーちゃんさんも、そのボイス欲しいでしょ?」
「……それとこれとは」
「話が別だと思います!」
欲しい事は否定しないんですか……。出来れば否定して欲しかったんですけどね。
……いや、そんな恥ずかしいやつはいくら頼まれても販売しないけどね!? 収録とかする時、悶絶して死ぬ自信あるし。
「……ねぇ春香。僕がネクラって知らなかったら、春香もそのボイス欲しいって思ったの?」
多分、この時の僕はかなり調子に乗っていたんだと思う。こんなことを春香に聞くなんて、殺してくださいと言ってるようなものだ。
ただ、僕がその事実に気が付くのはこの旅行が終わってからだ。
「私はハイネス程ネクラのファンじゃなかったし別に。あの子は欲しがるんじゃない?」
「……なにその顔。安心してよ、出さないから」
「ふーん……」
なに、その疑わしいって顔。
仮に僕がそんな恥ずかしいボイスを販売することになるとしたら、それは多分ハイネスさんあたりに嵌められてだと思う。
自分の意志で出そうとはしないと思うな。
「あ〜、どうしても出してほしかったらハイネスにお願いすればいいって事ね。……だそうですよ、皆さん」
「まっじ〜!? え、ちょっとご飯食べたらハイネスちゃんに相談しようよ!」
「賛成! ついでに色々聞いてみたいことあったんだよね!」
「……」
なんか、盛大にやらかした気がする。
見える、見えるぞ……。日本予選が終わったか、日本予選の途中に、赤面しながら恥ずかしいボイスを撮ってる僕の姿が……。
もし今後ハイネスさんから何かしらのアクションがあれば、頭をフル回転させてその未来を跳ね除けなければ……。
「ん? 私がどうかしましたか?」
ちょうどエレベーターホールに到着した時、そこではハイネスさんがさも当然のような顔をして待っていた。
なんでこんなところに一人で待っているのか……。
「だって、部屋まで行ってもどうせ皆さんがいるので直接お話は出来ないかなと。なら、ここで待っててネクラさんから話しかけてもらった方が確実じゃないですか」
「……そうですか。まぁ、本当にその通りになった訳ですけど……」
「そうですね! で、どうかしました?」
「……いえ、僕からは何も」
可愛く首を傾げたハイネスさんに苦笑を返しつつ、僕らは朝食を食べるために広間へと向かった。
ちなみに、朝食も意味が分からないほど豪華だったのは言うまでもない……。
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