第10話 試合開始
練習会第1試合のステージは遊園地になったようだ。
広さはネズミの遊園地の1.5倍ほどと言われ、ジェットコースターを始めとした様々なアトラクションも完備されている。
見通しは比較的良好で、一般的には鬼有利とされているステージだ。
園内には家族連れやお年寄りなど、様々な年代の人が楽しんでいる姿が映し出されている。
もちろんこれらはプログラムだが、話しかけたりすることも可能だ。
分かりやすく言うなら、休日のネズミの遊園地で鬼ごっこをしていると考えてもらって構わない。
メリーゴーランドの前で試合が始まった晴也は、とりあえず近くの仲間を探しに、少しだけ散歩を始める。
基本隠れるのがメインのこのゲームでも、ゲーム開始5分は鬼に見つかることはほとんどない。
それは、鬼と子供の始まる距離がある程度離れているからだ。
つまり、少しの間であれば味方の子供を探すことが可能なのだ。
ゴミ1つない塗装された道を北方面に歩く晴也は、2分もしないうちに仲間である子供に合うことに成功する。
お互い手を振りながら合流できたことを喜びあい、近くの物影に移動を開始する。
道を歩く2人の内、一方は頭にライトのような物を付けており、作業着のような物を着ている。その風貌から、鉱山で仕事をしている人間にしか見えない。
遊園地に似つかわしく無い格好だが、そういうキャラなので仕方がない。
そしてもう一方は、薄暗いパーカーを着ており、そのフードを深く被っている。
フードは被らない事も出来るのだが、彼はプログラムであろうと大勢の人が苦手なのだ。
出来るだけ視界に入れたく無いのか、人が居るステージでは基本フードを被っている程の徹底ぶりだ。
この遊園地はいくつかの区画に分けられており、今晴也達が居るのは先ほどのメリーゴーランドのような、小さい子供向けのアトラクションが多い場所だ。
他にはゲームセンターやアニメキャラの展示を行っている施設、観覧車等がある。
晴也にとって最高だったのは、土産物が売られているエリアでの開始だったのだが、今いる位置から試練も出ていないのに移動するのはリスクが高すぎる。
ただでさえ、晴也はもっとも狙われる位置だ。下手に動かない方が賢明だろう。
「いや~、このワクワク感は何度やっても飽きませんね~」
トイレの裏にある、植物に囲まれたスペースに移動を完了した2人は、一息吐くためその場に腰を下ろした。
子供のように無邪気に笑って晴也にそう言った作業着の男の名はマチルダ。
現ランキング25位の実力者だ。
「ですね。鬼に追われる感覚さえ、病みつきになるんですよね~」
「分かります! 命がけの鬼ごっこみたいで面白いですよね!」
「はい。最初に拝む鬼はなんでしょうね~」
晴也は呑気にそんな会話をしながら、子供全員への一斉チャットにて、マチルダと合流したと送信する。
すると次々に合流したとのチャットが送信され、ほとんどの子供が誰かしらと行動を共にしていると確認が取れる。
仲間と一緒に行動するのは、主に試練が楽になるからだ。
1人では厳しい内容でも、2人か3人で行動していれば、難易度8以上がでなければなんとかなる。
今孤立してしまっているメンバーも、近いうちに誰かと合流するだろう。
さらに言えば、大会モードでは情報の共有がランクマッチよりはるかに速い。
そのため、相手の鬼がなんであるのか。それを自ら確認する手間が省けるのだ。
鬼が何であるかによってその対応は変わるので、子供にとって鬼の情報はかなり大事になってくる。
分かりやすい例で言うと、相手が索敵の能力を持っている場合だ。
その場合、隠れても能力で見つかるので、その場合は次々に場所を移動していったほうが良い。
しかし、索敵の能力を持っていないのであれば、隠れていれば大抵はなんとかなる。
もちろん隠れ続ける事は出来ないだろうが、無闇に動き回って見つかる危険性は少なくなるだろう。
このように、鬼の情報が分かれば、そこから今後の展開を組み立てることが出来るのだ。
「もう開始から7分ですか。そろそろ目撃情報があってもおかしく無いですね」
「そうですね。一応、私達も立ちますか」
「ですね!」
1番に鬼を目撃する子供が自分たちでは無いと保証はできない。
それをしっかりと理解している2人は、休憩を止め警戒態勢に入った。
2人が隠れている場所は植物によって身長が低めに設定されている子供側のキャラから、一方的に歩いている人間を見ることが出来る。
今のところ見えるのは、せいぜい目の前のトイレで誰かを待っている20代くらいの女性と、子供連れの家族が2.3組と言ったところだ。
いつどこから現れるか分からない鬼相手に、姿が見えないからと油断するのは愚か者のすることなので、2人は仲間からの報告があるまでその警戒を緩めない。
そんな緊迫した状態が5分ほど続き、2人が中々鬼の目撃情報が出ない事に違和感を持ち始めた頃、その報告は突然届いた。
「土産エリアにて、女王・探偵のペアを確認。隠密中」
「噴水広場にて、狙撃手を確認。離れます」
女王はマイさんが使っているのと同じキャラだ。
一方の探偵とは、足が少し遅い代わりに攻撃速度が速い鬼だ。
女王が攻撃を無闇に出来ないキャラであるのと対照的に、探偵はその手数で子供を追い込むタイプの鬼だ。
その2人が一緒に行動していること、そして、発見が少し遅めだったことから、電話でお互いの情報を交換してから合流したと考えた方が良いだろう。
そして、その場所が子供有利とされている土産エリアであることから、晴也がそこにいる1点狙いで移動したということだろう。
仮にその場にいなくとも、ネクラならばそこに移動する可能性があると踏んだのかもしれない。
2人の特殊能力は同じく瞬間移動なので、合流して即そのエリアに瞬間移動したと考えるべきだ。
一方の狙撃手とは、足が子供より遅く、普通に追いかけ合うなら子供が負ける要素は無い。
しかし、狙撃手はその名の通り、狙撃によって子供を捕まえる鬼だ。
200メートルほど離れていたとしても、子供を打ち抜くことが出来る。
狙撃しなければならないため、鬼側にはそれなりのプレイヤースキルが求められるが、使いこなすことが出来れば、これ以上厄介なキャラはいないだろう。
なにせ、見つかってしまえば逃げるのがほとんど無意味になってしまうのだから。
「癖の強い鬼達ですね……」
「ですね。それに、狙撃手はかなり面倒です。残り1人はなんでしょうか?」
「そうですね……。狙撃手がいるということは、索敵持ちはいないと考えてよさそうですかね?」
狙撃手は扱う者の技量によるけれど、索敵の能力を使うよりよっぽど子供を見つけることが出来る。
狙撃手は見つけた相手はほぼ確実に仕留めるので、大会モードでは他に索敵持ちを入れる意味があまりないのだ。
なにせ、狙撃手の射程外だったとしても、電話やチャットでその位置を伝えれば良いのだから。
2人が残りの鬼について考えていると、先ほど狙撃手の存在を報告した子供が捕まったと通知が鳴った。
どうやら、射程外に逃げるよりも早く相手に見つかってしまったらしい。
幸い孤立していた1人だったので、さらにその犠牲になった人はいないようだ。
「早いですね……」
「狙撃手なら仕方ないと言うしかないですね。それよりも、残りの1人ですよ」
「とりあえず我々はここに待機、ですかね?」
「噴水広場に狙撃手なら、動かない方が良いでしょうね……」
噴水広場と今2人が居る場所は、それこそ500メートルほどしか離れていない。
流石に目視されることはない距離だが、下手に動けば捕まる危険がある。
最初の試練すら拝めず、能力を使う訳にはいかないのだ。
そして、最初の1人が狙撃手に捕まってから数分後、今度は女王と探偵の存在を知らせてくれた仲間の確保情報が流れて来た。
3人組で行動していた彼らは、その全員が捕まってしまったようだ。
集団行動をするデメリットはこの点だ。
全員が1度に捕まってしまう可能性があるのだ。
1度や2度なら問題無いが、これが何度も続くと負ける可能性が段々と高くなる。
そのため、自然と試合終了30分前には全員個別で動くことになるのだ。
話を本筋に戻す。
開始20分で既に4人が捕まった現状に、晴也は難色を示していた。
鬼の1人は未だ正体不明で、残りの子供は16人だ。
各々の試練の出方によっては、全滅もあり得るペースだ。
「不味いですね……。土産エリアで能力使用済みだとすれば、ここにはまだ来ないでしょうけど……」
「時間の問題ですね。それに、ここから動けば狙撃手に狙われる。八方塞がりとはこの事ですね……」
晴也が思わず乾いた笑いを零したその時、子供全員へと試練が発せられ、2人の携帯が同時に光る。
その内容を確認し、1人は良かったと胸をなでおろし、もう1人は絶望に満ちた顔へと変わった。
「子供1人と接触! ラッキ~」
「……良かった、ですね」
どうやら、自分の隣にいる男の試練は難易度1で既にクリアとなっているらしい。
能天気に喜んでいるその顔が、なぜだか妙に忌々しく思えてくる。
「ネクラさんはなんだったんですか?」
「私は……強制試練ですよ」
「それは、またなんとも……」
強制試練とは、大会モード限定で発令される試練であり、必ずクリアしなければならない試練となっている。
その内容は様々だが、ほとんどが厄介な物なのだ。
今回も例に漏れず、ネクラに発令された試練の内容はこんなものだった。
『今いるエリアから1キロ以上離れた地点に移動せよ。尚、その間いかなる能力の発動も禁止する』
内容が本当に合っているのか、再度確認した晴也は、大きなため息をついて肩を落とした。
まだ試合は開始して30分しか経っていないのに、早くも晴也は絶望していたのだ……。
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やる気が、出ます( *´ `*)




