第109話 「紅葉狩り一日目 朝の部2」
バス移動の何がキツイかって、乗り物酔いもそうだけど、僕にとっては全然違う。
僕は乗り物で酔ったことはない(そもそも乗ったことがない)ので、酔いはあまり問題にはならない。ただ、僕の隣に誰が座るのかという問題で少し騒ぎになったのはもはや仕方ないのかもしれない。
バスに乗り込む直前、誰が言い出したことだったか「ネクラさんの隣って誰が座るの?」という言葉が、女性陣の妙なところに火をつけたらしい。
春香が前に言っていた、僕が顔バレしたらまた人気が出るというあれ。その言葉は本当だったらしく、男性陣はいつもの事だとでも言わんばかりに静観していたけれど、その裏で実にくだらない戦い(じゃんけん)が行われていた。
そしてその結果、僕の隣に座ることになったのは「ミミミ」さんと「おまる」さんだ。
ミミミさんは眼鏡をかけた仕事の出来るって感じの女の人で、僕を見る目が他の人と少し違うちょっと変な人だ。
どっちかというと、他の女性陣は可愛いとか好きとか、そういう言葉にするのも恥ずかしいような好意的な感情を前面に出してくるのに、ミミミさんだけはなんか……時々肉食獣みたいな目を向けてくるのだ。
正直に言おう。タイプドストライクの人だけど、底知れない不安に襲われる。
反対におまるさんは、どこかボーっとしているような雰囲気のある大人しそうな人だ。
僕相手にも他の人のようにベタベタとくっついてくる事はなく、どちらかといえば子供のように扱ってくる人だ。
「だってネクラさんって、こっちだとただの子供にしか見えないんですもん。守ってあげたくなるというか、見守ってないと何かやらかしそう……みたいな」
「あ〜分かりますそれ! でも、ネクラさんがこんなに素敵な方だったとはね〜」
「は、はぁ……。でもミミミさん、キリスさんと同じ職場だったんですね。そっちの方が驚きだったんですけど」
集合場所で待っていた時、ミミミさんを見た時のキリスさんの泣きそうな顔は、今でも僕の脳裏にしっかりと焼き付いている。
キリスさんはわかめみたいな頭をしたイケメンの人だったんだけど、その顔が涙で歪んでいく姿は破壊力がありすぎた。
多分あれは、会社でかなり絞られているんだろう。
「あ〜まぁ確かにあれは驚きましたね。でも、ネクラさんとライちゃんが兄妹っていう方が驚きですよ……。どっちも、ゲーム内じゃ知らない人いないじゃないですか」
「分かります! ていうか、ライさんもネクラさんも、どっちも素敵な人で若いってどうなってんですか!? どっちも高校生なんて衝撃なんですけど!」
「えぇ……。でも、ミミミさんもおまるさんも、どちらもお若いじゃないですか……」
ミミミさんとおまるさん、どちらも20代後半だったはずだ。
そんな人に若いとか言われても「こっちは高校生なんだからそりゃそうだよ」としか言えない。
というより、このチームにいる女性陣も全員美人の人なのに、なんで人の事を素敵と言えるのか。あなた達の方がよっぽど――
「ダメですよネクラさん!」
「……え?」
「女の子にそう簡単に優しくしたら、もう大変なことになるんです!」
「いや……あの――」
「はぁ〜。もう、ほんと困るこの子! いい子過ぎて辛いんだけど!」
誰か、僕にこの場合の正しい返答を教えてほしい。
適当に話を合わせたり、思ったことを口にしただけでありえないくらい褒められるんだけど。悪い気はしないけど、春香に散々釘を刺されてるから、どうすれば良いのか分からない。
頭をくしゃくしゃと撫でられ、左右の手を握られるこの光景は、見る人が見ればまずい光景に映るのではないだろうか。
仮にここで隠し撮りをされて僕の正体がバレたとしたら、数時間後にはネットニュースになっている事だろう。
まぁ、僕の顔が出回った時点でニュースにはなりそうだけど……。
「あ、あの……僕、こういう時どう言えば良いのか……その、分からなくて」
「……女の子に慣れてないんですもんね〜。可愛い……」
「ほんと、ゲーム内のネクラさんそのまんまですね〜。新しいアバターの可愛い部分までしっかり受け継いでらっしゃるようで」
「……」
もうどうしたら良いのか分からないので、二人のお姉さんに挟まれて言われるまま、考えるのを止めることにした。
いや、褒められて嬉しいし、どっちも綺麗な人だから人並みにドキッともする。だけど、人と関わるのが苦手な僕からすれば、長時間続くと死にそうになる類のものであるのに違いはない。
だから、考えるのを止めた。
運営が用意したホテルに到着する頃には、僕は耳まで真っ赤になって、完全に2人の子供のような状態になっていた。
綺麗な人2人に二時間弱褒め殺しにされて、ずっと手を握られていてばこの気持ちが分かるだろう。もう、いますぐ帰って枕に顔をうずめて叫びだしたいね。
「ほら、お兄ちゃんしっかりして! ここからは絶対写真とか撮られるから、出来るだけシャキッと!」
「……う、うん」
バスから降り、各々の荷物をもってホテル内に入ろうかというところで、ミミミさんとおまるさんに断りを入れて春香がやってきた。
ものすごく猫を被っているので非の打ちどころのない、しっかり者の妹にしか見えないというのが流石と言うしかない。
「あんまりデレデレしてたら、ほんと許さないから」
「……」
耳元でそう囁かれた時の僕の恐怖は、多分想像できないだろう。
数日後に棺桶の中に寝ている自分の姿が瞬時に脳裏に浮かんだね。
「ハイネス宥めるの大変だったんだからね? 旅行中でも帰ってからでも良いから、ちゃんと埋め合わせしときなさい」
「……分かりました」
付き合ってもないのに埋め合わせとはなんなのか。
純粋に疑問だけど、下手なことを言うとどんな災害になって返ってくるか分からないので黙っておく。
「じゃ、お兄ちゃん! またね!」
「……うん。また……」
ニコニコ顔で去っていく春香の、なんて恐ろしいことか。
マイさんとハイネスさん、3人で行動してるみたいだけど、全員の視線が僕に向いてると思うとすごく怖いというか……。
誰とも付き合ってないし、春香に関しては妹なのに浮気しないか監視されてる見たいで――
「ネクラさ〜ん。一緒に行きましょ〜?」
「うぇ!? あ、ちょ!」
帰った後の春香が怖いと不安になっていた僕の左手を引いて、ミミミさんと共にホテルの中へと足を踏み入れた。
そこは、高級ホテルと言われるにふさわしいロビー……に加えて、沢山の人が空港でハリウッドスターを出待ちしてる時みたいな感じで群がっていた。
(……なんだこの光景)
一つ言っていい?
僕、もう帰りたいです。
明日も投稿します
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やる気が、出ます( *´ `*)




