第108話 紅葉狩り一日目 朝の部
旅行当日、部屋の扉をノックする音で目が覚めた僕は、携帯を確認して8時半であることを確認するとふーっとため息をついた。
なんでこんなに早く起きないといけないのかと憂鬱になりつつも、渋々ベッドから立ち上がる。
「はい……」
「やっと起きた……。ハイネスから連絡があって、集合場所まで一緒に行きたいから、家に来るって。今すぐお風呂入ってきて!」
「分かりました……」
有無を言わさずお風呂に入れられ、10分くらいで上がったと思ったら、今度はなんだかよく分からないグレーのシャツと黒のジーンズを履かされ、その上からコートまで着させられる。
全身黒ずくめで、まるで眼鏡をかけた少年の敵対組織みたいな感じになってるけど大丈夫なんだろうか……。
「さぁね。最近の男子のトレンドはそんな感じだったから。私が詳しいのは女の子の服だけだし。文句ないでしょ?」
文句を言おうものなら殴りかかってくるのに何を言っているのか。
ていうか、いつも来客があった時に着るパーカーじゃダメだったのか。
「旅行行くって言ってんのにパーカー着ていく人なんて中学生だけでしょ。高校生でそんなの着ていったらバカにされるよ? 家族旅行ならまだしも、サークル旅行とか合宿とそんな変わんないんだからさ!」
「……そういうもんなの?」
「……そういえばお兄ちゃん、合宿とか修学旅行すら行ってないんだっけ。ごめん、言う相手間違えた」
「別にいいよ」
なぜか可哀そうな人を見る目で見つめられるけど、僕は修学旅行に行ってみたいなんて思ったことはないのでそこまで気にならない。
というよりも、僕は友達なんて必要ないと思っている人なので、皆で旅行に行くのの何が楽しいのかとさえ思っている。
「もう、そこはどうでも良いから! さっさと降りるよ!」
「……さっき家まで来るって」
「どうせすぐ出るんだから下で待ってた方が良いでしょ! バカなの!?」
「……」
それに関しては春香の言い方に問題があったような気がするけど、もちろん指摘はしない。
ちなみに春香は、ブラウンのカーディガンとロングスカートを履いていて、片手にはブランド物の高そうなバッグを持っていた。
どこからどう見ても中学生が無理をして大人っぽくしているようにしか見えないけれど、本人が気にしていないのなら僕は何も言わない。
スーツケース2つ分にもなる僕らの荷物を全部僕に押し付けるところは春香らしいといえばらしいけど、この姿をチームの人が見たらどう思うだろう。
ネクラは、妹の荷物持ちにされるほど弱い人間なのかと、そう思うのではないだろうか。
「大丈夫。お兄ちゃんのファンなら、それくらいのことは気付いてるから」
「……さいですか」
なんだかすごく複雑なので、僕はそれ以上何も言わなかった。
エレベーターに乗ってそのままロビーに辿り着くと、ちょうど玄関のインターフォンを鳴らそうとしていたハイネスさんと出くわし、思わずビクッと身構えてしまう。
というのも、普段はかけていない金縁のオシャレな丸眼鏡をかけていたからだ。
これは、いくら僕でも度が入っていないことは分かる。ていうか、滅茶苦茶似合っていて凄く知的に見える。
「あ、ありがとうございます……。私、学校ではいつもこんな感じなんですよ。っていうか、ネクラさんも素敵です!」
「あ、ありがとうございます。変じゃ、ないですか?」
「いえいえ! むしろカッコいいと思いますよ!」
「そうですか。良かったです」
ニコッと笑って歩き出そうとすると、途端に春香が前に出てハイネスさんの手を握る。
「お兄ちゃんはちょっと離れて歩いて。今から面倒なことになったら嫌だから」
「……はい」
なんかのけ者にされてるみたいで寂しいけど、これもチームの人と合流するまでの辛抱だ。
それから集合場所である東京駅まで向かい、集合時間15分前には到着する。
ここに来るたびにその見事な外観に声を漏らしそうになるけど、これは、僕が引きこもりだから仕方ないのだろう。
そして、春香に案内されるままに高速バスの乗り場まで歩いていくと、そこには30代くらいの男の人が「ネクラ様御一行」というプラカード?的な物を手に笑顔で立っていた。
その人に、あらかじめ配布されていた紅葉狩りツアーへの招待状を見せ、身分証明を済ませる。
チームメンバーは既に数人集まっているようだけど、僕はコミュ障なので自分から話にはいけ――
「何言ってんの? お兄ちゃんから行かないとダメに決まってんでしょ。一応リーダなんだから」
「……向こうに着いてからとかじゃダメなの?」
「向こうにつく前に距離縮めといた方が後々楽だと思うけど?」
「……分かりました」
僕はまず、女の子に話しかける――勇気はないので、少し離れたところで女性と、その足元でニコニコしている女の子と話している男性へ声をかける。
僕の予想が間違っていなければ、この人は紅葉狩り一回戦で少し話したサカキさんだ。
「あ、あの……お話し中のところすみません。サカキさん……で、合ってますか?」
「え? あ、はい。あの……」
「あ、えっと、僕がネクラです。初めまして……」
「あ、あ〜ネクラさん! こちらこそ初めまして! 今回はよろしくお願いします!」
やっぱり僕の見立てに間違いはなかったらしい。
というよりも、美人の奥さんと娘さんまでいて、本人はアバター同様イケメンで好青年っていうのは……なんだか嫉妬してしまう。
いや、別に結婚に憧れとかはないけども。
「あ、そうだ。紹介しますよ。妻の早苗です。で、こっちが――」
「まなみです! 6歳です!」
幼い少女にニコッと笑われ、どう反応していいのか分からず、とりあえず目線を合わせて「よろしく」と言っておく。
奥さんの方はなんでかぽかーんと口を開けているので、ちょっと反応しずらい。
「あっ、ご、ごめんなさい。私もその……ネクラさんのファンでして。まさか、こんなにお若い方だとは」
「え? あ、いえいえ。って、高校生の僕に敬語はやめてください。こっちが敬語を使うべき立場なのに……」
「そ、そうですか……? でも、うん、安心しました!」
「な、なにがですか……」
「ネクラさんが、女性の方じゃなくて!」
……この人は何を言ってるんだ? 僕が女性? どこからそんな話が出てきたというのか。
大体、ESCAPEで性別の詐称は出来ないはずなんだけども……。
「え、でもほら、ネクラさんって、失礼ですけどそういう話がまったくないじゃないですか。だから、ファンクラブとかじゃ『実は女性なんじゃないか』って説がたまに出るんですよ」
「そ、そうなんですか……」
「え〜! 会えて嬉しいです! 握手してください!」
困惑しつつ、一応サカキさんに視線を向けると笑顔で答えてくれたので、遠慮なく握手する。
というより、ハイネスさんとも握手なんてしたことがない気がするけど大丈夫だろうか。
「はぁ〜! もう、なんであなたばっかり良い思い出来るの!? ずるくない?」
「え、ここで僕に飛び火するの……?」
「も〜! 私もあのゲームやってるのに! 悔しい!」
「あ、アハハ……。ほら、僕は一応元プロだしさ……」
「それはそうだけどさぁぁぁ!」
なんだか僕が居たら変なことに巻き込まれそうだったので、軽く挨拶してサッサとその場を離れる。
不幸なことに、この場にいる男の人はサカキさんだけだったので、あとは全員女の人だ。
しかも最悪なことに、春香の見立てが当たったらしく、僕が顔を知っている人以外はほとんど成人しているらしく、全員がお姉さんって感じの人だから怖さが倍増する。
(ていうか、なんでこんな美人の人が多いの……? ハイネスさんみたいに、どっちかといえば可愛いって感じの人の方がまだ緊張しないんだけど)
美人の人と可愛い人。話す時どちらの方が緊張するかは人それぞれだろうけど、僕の場合は好みの問題もあって、圧倒的に前者の方が緊張する。
というよりも、僕のチームの女性陣は2名を除いて僕のファン(程度に違いはある)なので、僕に好意的な感情を持っているのだ。怖くないはずがない。
「あの……ちょっとだけお話よろしいですか……?」
恐る恐る、固まって談笑していた3人組の女性陣に話しかけると、その全員は僕の姿を見て大体正体を察したのか、全員が「え?」みたいな驚愕の表情を浮かべる。
「ど、どうかしました……?」
「いえ……。あの、一応お聞きしますけど、ネクラさんですよね?」
「は、はい……」
そう答えた瞬間の彼女たちの笑顔は、まさに破顔と言っていいほどだった。
何がそんなに嬉しいのかよく分からないけど、とりあえず挨拶は大事だろう。
「えっと、今日はよろしくお願いします……」
「はい! 任せてください! ていうか、本当に学生さんなんですね!」
「え、えぇ。まだ高校生です……。なのであの、何かあったら、お願いします」
「えぇ……? 可愛いんですけど……」
本気で困惑したような声を漏らした真ん中の女性は、そのまま写真を撮りたいと言ってきたので、とりあえずオッケーする。この時の僕は、半分思考を止めていたんだと思う。
だって、全員が綺麗なお姉さんで、全員良い匂いがするし、全員ニコニコして頭とか撫でてくるし……。
この中にチーム内でもきってのネクラファンである香夜さんがいないのだから、これが標準の反応になると思っておいた方が良いだろう。
彼女達のプレイヤーネームは、右から順に「シナミ」「ソーイ」「あーちゃん」だ。
全員、ランクマッチの勝率は8割以上で、度々ランキングにも名を連ねている。(ていうか、そんな人しかチームにいない)
でも、全員が全員綺麗なお姉さんだとは、流石に想像してなかった。
「え〜? 凄い褒めてくれるじゃん! なにこのいい子!」
「ちょっとしーちゃん! 抜け駆けしないって約束でしょ!?」
「だって、ネクラさんがこんなに可愛くていい子だって思ってなかったんだもん! そーちゃんもでしょ!?」
「いやそうだけどさぁ! てか、あーちゃんは?」
「向こうの方で限界化してる」
二人のお姉さんに囲まれて頭をくしゃくしゃされながらシナミさんが指さした方向を見てみると、スマホを見ながら「あー」とか「うー」とか言ってる危ない女の人が目に入る。
いや、さっきまでここにいた人なんだけど……。
そして悲報なのは、この挨拶がまだ始まったばかりという事だ。
この後に来た17人(マイさんは含めず)との挨拶を終えた僕は、何とも言えない感情に支配されつつ、観光バスの一番後ろの席でぐったりしていた。
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やる気が、出ます( *´ `*)




