第105話 紅葉狩り 決勝前日
紅葉狩りで順調に決勝戦まで駒を進めた僕達「本気でギルド名変えたい」は、準決勝を終えて解散したばかりだった。
準決勝はESCAPEの公式チャンネルでネット上に公開されていたのだが、そのコメント欄は大変にカオスな状態になっていたらしい。
なんでも、僕の可愛すぎるアバター(自分では何が可愛いのかわからん)が、鬼を3人翻弄するさまを見て呆れと驚き、賞賛の声が無数に上がったり、逆にアバターが可愛すぎると流れたり……。
挙句の果てには指揮官なしというシステムがかなり衝撃的だったのか、その道の可能性について考察するコメントだらけだったそうで……。
無論、中には優勝した場合の商品(旅行)をどうするのかみたいなコメントもあったらしいけど、それは全力で知らないフリをする。
だってさ、考えたくもないし……。
そんなネット記事を部屋で見ていた僕は、扉をノックされた事でベッドから立ち上がる。
相手はもちろん春香だ。
「……なに?」
「いや、明日どうするのかなってハイネスが心配してたから」
「ハイネスさんが?」
「お兄ちゃん、最近あの子と連絡とってないでしょ。だから、気を遣って私に言ってきたの。インタビューで旅行の件は絶対聞かれるけど、どう答えるつもりなの?って」
「あー……」
確かに、ネクラが今まで現実の方で人前に出たことはない。
なので、紅葉狩りの商品である紅葉狩りツアーについては絶対に突っ込まれるところだろう。
現実逃避で考えないようにしていたけど、こう聞かれるなら答えない訳にはいかないだろう。
「笑ってごまかすとかは無理だろうし、放棄するとか言えばバッシングされるのは目に見えてるもん。正直に言うしかないでしょ?」
「どうすんの? 紅葉狩りの商品で招待されるホテルは毎年同じだし、公式のSNS見れば、誰でもその場所分かるけど」
「……仮にファンの人達が押し寄せてきたとしても、運営の人が対応してくれるよ。知らないけど」
「そんなわけないでしょ……」
あからさまに肩を落とす春香に、ですよねーと僕も肩を落とす。
僕なら、ネクラが準決勝の配信に映った時点で毎年優勝したチームが泊まるというホテルを調べ、そこを予約し、正規の手続きを踏んでホテルに潜り込もうとする。
いくら運営でも、ホテルに泊まっている人まではどうしようもないだろう。精々、ホテル前とかで出待ちする人達を牽制してくれる程度で……。
「チームの皆に、僕をネクラと呼ばないでって言えば、なんとかなるかな?」
「……私達のチーム、半分以上女の子よ? しかも、男性陣も学生っぽいのミナモンさんと黒猫さんだけでしょ。最悪、三人の顔写真が出回って考察大会が始まる」
「それは……ダメだね。関係ない人に迷惑かけられないし……」
実を言うと、メンバー全員の年齢や仕事はある程度把握している。
なので、男で学生なのはその3人だけという事は知っていた。これもまぁ現実逃避の一環だ。
「僕が一番心配してるのは、春香とかこのマンションの人達の事なんだよね。ネクラの妹って露見すると、プライベートなくなるかもよ?」
「私は別に注目されるの好きだから構わないけど? このマンションの人達は、住所がばれたら謝って引っ越せばいいじゃん。そこまで気にしなくていいと思うけど」
「……春香がそう言うなら、良いんだけどさ」
一応、優勝が決まった時に注意喚起はすることにしよう。
この際、顔バレ云々はしょうがないと割り切って、なるべく世間のネクラ像を壊さないように全力を注ぐ事にする。
「ん。当日着ていく服とかは、私がそれっぽいの見繕うから。信じられないくらいダッサイ服着てるとこ撮られたりしたら、私が恥ずかしい」
「……お願いします」
なんでこう、春香は高圧的なのか。まぁ、気にしてもしょうがないので話が終わったことを確認してさっさと部屋に戻る。
明日の決勝も、どこかのプロチームとの対戦だったはずなので、負けることを全力で祈る。
――春香視点
お兄ちゃんが部屋に戻ったのを見届けて、私はハイネスへと電話を入れた。
ハイネスがお兄ちゃんのインタビューの件で心配していたのは本当だけど、それは、お兄ちゃんとの旅行がなくなる可能性についての心配であって、その他の事はあまり心配していなかった。
だって、お兄ちゃんなら正直に言うだろうって当たりつけてたし……。
「もしもし? 今大丈夫?」
「うん、もちろん。どうだった?」
「旅行、なくなる可能性はないから安心して。ちゃんと、行く気にはなってるみたい」
「ほんと!? やった!」
電話越しでもガッツポーズしてるのが分かるくらいはしゃいでいるハイネスを微笑ましく思いつつ、この旅行を計画して良かったと心より思う。
今回の賭けは、私が勝手に言い始めた事なのでハイネスの知恵は一切借りていなかった。
もちろん前段階のお兄ちゃん引っ越し事件については多少知恵を借りたけど、それ以降のことについては私の独断だ。
全ては、ハイネスに報われてほしい一心で……。
「でも、例の件があったから、お兄ちゃん、積極的に女性陣と絡みにはいかないと思うよ? もちろん男女で部屋別れるし」
例の件とは、もちろんネクラ杯優勝の商品の件だ。
あれに関してはお兄ちゃんの自業自得なので私からしたら知らんと言いたいんだけど、ハイネスにとっては死活問題だろう。
「そこはあんまり心配してないよ。お兄さん、人見知りではあるけどコミュ力はあるから、周りに合わせると思う」
「……どういう意味?」
「えっとね、多分だけど、皆の前では普段通り振舞うんじゃないかなって。周りに合わせるのが上手い人だから、無理してでも溶け込むと思う」
「な、なるほど……」
確かに、お兄ちゃんはコミュ障、陰キャ、ボキャ貧のくせに、なぜかギルド内では上手く振舞っている。
いわゆる、外面が良いという奴だろう。
「そうそう、そんな感じ。だから、そこら辺は心配しなくていいと思う。で、ガラッと話は変わるんだけどさ……」
「お兄ちゃんのサインでしょ? はぁ……好きね、あなた」
「だってぇ……。正規品買えるかどうか分かんないし、サイン当たるかも分かんないじゃんかぁ」
「サインが入ってる確率1パーセントはかなり良心的だと思うけどね。ていうか、お兄ちゃん応じてくれるかな?」
お兄ちゃんの事だから、誰かに特別にサインをしたらファンの人達に何か言われそうとか、そんな事を思いそうだ。
まぁ実際、何人かからは絶対言われるだろうけど……。
「うーん……。じゃあせめて、ツーショット写真とかじゃダメかな?」
「それなら良いんじゃない? 旅行中なら何も言われないでしょ」
「だよね! うん、チャンスがあったら頼んでみる!」
はしゃぐハイネスを可愛いなぁと思いつつ、明日の試合の件で少し相談してから電話を切った。
これで負けたらほんとに笑い話なんだけど、それはさすがにないと信じたい。
明日も投稿します
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やる気が、出ます( *´ `*)




