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第102話 至高のチェイサー

 元のアバターの姿が小学生にしか見えない僕だけど、今の姿は成人男性と言われても信じてしまいそうな背丈がある。

 向こうが僕の事を正しくネクラだと認識してくれるか不安だったけれど、相手は上位プレイヤーほど手強くは無いと言ってもプロだ。

 後ろから猛スピードで追ってきているところから考えて、こちらがネクラだと正しく認識してくれたという事だろう。


 今僕がいるのは3階のちょうど真ん中辺り。

 右を見れば下の階が覗けるような通路が広がっていて、飛び降りる度胸さえあれば鬼から一気に距離を離す事が出来る場所でもある。

 ただ、相手の鬼の走る速度が異常に早いところから考えるに……。


(考えなしに加速を使ったな。多分、索敵班と加速班の内の加速班だったってことかな?)


 足の速さを最大にしている僕でも段々と距離が縮まってきている。

 僕が鬼の前の前に姿を現した時は20メートルほどあった距離感が、今は10メートルほどしか無い。


 後ろを見ながら走るなんて上位プレイヤーからすれば呼吸をするかのように自然と出来る。

 それでも、相手の走る速さは少しおかしいと思える。


 アバターの基本設定で子供と鬼では少しだけ走るスピードが違うというのは理解している。

 ただ、仮に向こうも走る速度を最高に設定した場合、こんなに早く距離が縮まらないというのは既に検証済みだった。


 両者が同じく最高速度に設定していた場合、20メートル離れた位置から走り始めると、大体500メートルくらい走らないと10メートルまで近付くことが出来ないのだ。


(加速の効果時間は約30秒。目を引いてからは約20秒。仮に見つけてすぐに使ったとなれば残り数秒……)


 ショッピングモールはかなり複雑な構造をしている関係で曲がり角が多い。

 通路から右に曲がって少し大きめの家具屋の中へと足を踏み入れ、あまり深く考えず店の曲がり角を次々に曲がっていく。


 お客さんのプログラムがいぶかしげな顔を向けて来るが無視し、でたらめに曲がり角を曲がり続ける。


「……そろそろかな?」


 ランクマッチでは数分もこれを続ければ見失ってくれる。

 もしくは、相手がこちらの正体を察して他の子供を探しに行く。


 だけど、今回は大会モードであり、しかも相手はこちらがネクラだと知っている。

 ネクラは指揮官である可能性が非常に高く、放置できるプレイヤーでは無い。


 5分程家具屋の中で逃げ回っていると、入口の方に見覚えのないアバターが突っ立っているのを発見する。

 最初から追いかけて来ている鬼も僕を見失うことなく追跡してきているけれど、どこかのタイミングで増援を呼んだのだろう。


「……まだいけるな」


 2人の鬼との家具屋でのいたちごっこが始まったが、2分程経過しても僕は危なげなく逃げられていた。

 相手が策を弄して挟み打ちをしようとしても、僕は何も考えずにただ適当に曲がり角を曲がっているだけなので、そんな小賢しい手には引っ掛からない。


 それに、相手が加速の能力を持っていれば少し厳しくとも、最初の一人が使った能力はとっくに効果時間を終了しているし、加速を持った鬼は多くて2人のはずなので、そんな貴重な人材を僕一人の為だけに使うとは思えない。


 相手がどこまでこちらの設定を知っているかは知らないけれど、従来通りなら僕は囮役(隠れている人達から鬼の目を逸らす役)と認識されているはずだ。

 そんな人に、2人分の加速の能力を使うとは思えない。


 恐らくだけど、最初の鬼が僕と遭遇した地点には索敵の能力を持った鬼が向かっていて、こっちに増援に来た鬼はもう一人の索敵を持った鬼だろう。

 残りの加速を持っている鬼に関しては、他のエリアで囮役のプレイヤーを捕まえる事に注視して貰っているはずだ。


「だぁぁぁ! 埒があかねぇ!」


 家具屋で2人の鬼とイチャつき初めて10分程が経過した頃、数メートルほど後方から男の野太い声が聞こえて来る。

 陳列されている棚やソファで姿は見えないけれど、きっと頭を抱えている事だろう。


 両者の運動性能はわずかに向こうの方が上なので、マイさんほどのプレイヤースキル(子供を追う能力)があればいずれ捕まえられるはずなのだが、相手にそれほどのプレイヤースキルは無いらしい。

 まぁ、マイさんほどのプレイヤーは僕も知らないんだけども……。


(あの人はちょっと異常だからなぁ……。索敵能力だけならまだしも、子供を追う能力まで抜群だからなぁ……)


 このままだと、3人目の鬼がこの場所に来るのも時間の問題だろう。

 このレベルの鬼なら2人くらい曲がり角を適当に曲がっているだけでいくらでも時間を稼げるけれど、さすがに3人ともなると話が変わってくる。

 いや、時間を稼ぐこと自体は可能だけど、この店の広さに対して鬼3人は少し多すぎる。


 この家具店はスーパー並みの広さはあるけれど、そこで自分1人と鬼3人が鬼ごっこすると考えてほしい。

 その鬼は自分よりも足が速くて、さらに連絡も取り合える。

 稼げても5分が限界だろう。


「そろそろ潮時かな~」


 このゲームのプロがプレイヤーの全体の上の下程度の実力だとすると、マイさん達は上の上だ。

 ハイネスさんは実力としては中の上くらいだけど、頭脳だけで言えば上の上。そのさらに上を行くだろう。


 そのハイネスさんであれば、ネクラは放置できない位置ではあるけれど、放置という選択を取るはずだ。

 そんなところ(家具店)で2人も3人も足止めを食らっていては、ネクラを捕まえたとしてもその後の展開が厳しくなり、こちらの勝率が危うくなると正しく認識しているからだ。


 ただ、彼らの指揮官は目先の事にしか興味が無いらしい。


「おい、あいつが逃げるぞ! しゃーねぇ、セシリアも呼べ!」

「あ? あいつ、いまどこにいんだよ!」

「B5の7だ! そこからこっちに向かわせろ!」


 僕が家具屋から出てすぐ、店の中からそんな会話が聞こえて来る。


 僕の設定は、視力を20程まで落として足の速さを極ぶり。聴力を最大とまではいかなくともかなり上げている。

 あとは身長を極限まで高くしているので、どれだけ小声で話していようとも数メートル内であればその会話は聞こえる。


 彼らの言うB5の7がどこかは知らないけれど、恐らくこのマップの店とその配置を全て暗記し、それぞれに番号を振っているのだろう。


 店の配置はやっていれば自然と覚えるし、そんなに複雑な暗号を覚える時間があれば数試合は出来る。

 彼らは、根本的に実力を上げる手段を間違えているらしい。


 このゲームはMMORPGのように、やればやるだけ強くなる。

 それは、マップの構造が自然と頭に入ってくるというのもそうだが、試合ごとの経験が積み重なって試合の流れというのが読みやすくなってくるのだ。


 ここでこうすると負けるとか、この後厳しくなりそうだから今の内に試練をクリアしておこう等の、試合の流れが読めるようになる。


 確かに、知識は大事だ。

 僕も、ハイネスさん達に暗号のようなものを使って相手の策を惑わせる事を提案したのでそこは否定しない。

 ただ、過剰に知識を蓄えるなら黙って経験を積めと、僕は言うだろう。

 実際、解説動画でもそこには触れている。


「攻略サイトを見るなら黙ってランクマッチに潜れってねぇ……。なんでそんなに偉そうなんだ僕は……」


 解説動画の中の自分を思い出し、思わずため息をつく。

 というか、普通に考えればB5の7がどこかなんてすぐに分かる。


 すぐに場所を思い出せるよう、この手の暗号は分かりやすく、そして覚えやすい物のはずだ。

 であれば、そこまで複雑に考える事は無い。


(3階か1階からA、B、Cと振り分けて、右端か左端の店から数えた店に番号を振っている? もしくは、店の大きさ?)


 あくまで推測の域をでないが、1階か3階からAの番号を振っているのであれば、開始地点がどちらであろうともBが示すのは2階ということになる。


 次に5の7がどこを指すのかだが、5で思い浮かぶ物といえば、2階には書店と雑貨屋がそれぞれ5つあるはずだ。

 なんでそんなにあるのかと言いたいのだが、それは製作陣に聞いてみなければ分からない。


 次に7で思い浮かぶ物についてだが、書店の名前の一つにトリプルセブンという、コンビニのような店があったはずだ。

 その場所は確か、2階中央のエスカレーター付近だったはずだ。それも、今出て来た家具屋のすぐ近くだ。


「……当たりか。ちょっと単純すぎない……?」


 中央のエスカレーターを上がってくる人影を見つけた瞬間、僕はそんな言葉を零してしまった。

 後ろから物凄い形相で2人の鬼が追いかけて来ているけれど、プロチームがこんな安直な暗号を使っていた事に絶句して立ち止まってしまう。


(数秒で解かれるような暗号なのに、覚える為に何日も犠牲にするんでしょ? 割に合わなくない?)


 暗号解読にかかった時間はわずか10秒程度だ。

 それなのに、彼らが暗号を覚える為に費やした時間は1日じゃ利かないだろう。

 それだけの時間があれば、20試合はこなせるはずだ。実にもったいない。


「じゃあ、さよなら〜」


 いつまでも立ち止まっている訳にはいかないのでスマホを取り出して1階にあるフードコートを指定する。

 僕が今回持ってきた能力は瞬間移動だ。

 スマホで場所を指定するのに2秒もかからず、即座に鬼に囲まれていた場所から転移する。


 呆気に取られている鬼の顔を見送りながらフードコートにやってきた僕は、しばらく肩を落として落胆していた。


 そんな僕に、偶然その場にいた春香が声をかけて来る。


「なにしてんの?」

「……人間の愚かさと、彼らの非効率的な考え方に絶望している所」

「は?」

「人間は愚かなんだよ。なんか僕、今なら悟り開けそう」

「……何言ってんの?」


 ヤバい人を見る目で見られても、今の僕は何のダメージも負わない。


 大量に木を切り倒して自ら砂漠化を推し進めていながら、地球の砂漠化を問題視している人達や、子育てするには向かない政策や環境を作り出しておきながら出生数が少なすぎるとか言っている人達。

 人間は愚かな生き物なんだ。そう、僕は悟りを開いていた。


「どうでも良いけどさ、サッサと隠れてくんない? お兄ちゃんと違って、私は逃げる専門じゃないんだからさ」

「……ごめん」


 今3人の鬼を一カ所に集めて来たばかりなのですぐに来るとは思えないけれど、警戒するに越したことは無いだろう。

 だけど、僕はやっぱり、人間そのものが嫌いなんだと、今この瞬間証明されてしまった。

出来ればですが、明日も投稿します。

(出来なければ金曜のこの時間に投稿します)


投稿主は皆様からの評価や感想、ブクマなどを貰えると非常に喜びます。ので、お情けでも良いのでしてやってください<(_ _*)>

やる気が、出ます( *´ `*)

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