第92話 後悔
ネクラ杯優勝者のギルドに行って講習をするという話の前日、僕は事前の打ち合わせがしたいという事で呼び出されていた。
場所はロビーでも良かったのだが、相手方がこちらのギルドに来たいという事だったので、夜中の12時集合という事になった。
相手方からは一名打ち合わせに参加させたい人がいるという事だったので、副ギルド長みたいな人が来ると予想して承諾した。
待ち合わせ時間の20分程前にいつも会議が開かれる会議室へとログインした僕は、これから知らない人(しかもチーム名がヤバい人)に会うとめちゃくちゃ緊張していた。
あいてのSNSをチラッと見た限りだと相手は女性だ。もう一人が男性である事を祈るばかりだ。
(そう言えば、近々アバターの外見とかが変えられるアップデートが来るんだっけ……。流石に大会に向けて変えた方が良いかなぁ)
相手が来るまでのわずかな時間、先ほどチェックした公式のアップデート情報を思い出す。
そもそもこのアバターというのは、ログイン時に基本の容姿を設定し、後々お金を使って装飾品や服なんかを決める。
もちろんお金を使えば装飾品なんかは変えられるけれど、最初に決めたアバター本体の容姿を変える事は出来ない。
それが、今後のアップデートで変える事が出来るようになるという。
ゲームを始めたばかりの頃はめちゃくちゃ現実逃避に走っていたので、勝手に自分がカッコイイと思っていた容姿に設定したけれど、今思うとどんだけ中二病なんだって話だ。
こんな、赤黒いと言いたいほどどす黒い茶色の髪と、ギラついた赤い瞳。
装飾品に関してもそうだ。なんでこんなに体中禍々しい紋様を付けているのか。
これじゃ、どこかのオカルト宗教の教祖じゃないか。いくら現実逃避したかったと言っても、これは酷すぎるのではないだろうか。
もしもタイムマシンがあったらなんて話を前にテレビで見た記憶があるけれど、僕だったらあの頃の自分を全力で殴りに行きたい。
後々後悔する事になるから、それだけはマジで止めろと。
「ていうか、周りにこんなに女の子のプレイヤーがいるって知ってたら、こんな痛い格好なんてしないよ……」
今頻繁に関わっている女の子のプレイヤーはチームメンバーを含めて3人程度だ。
マイさん、ハイネスさん、そしてシラユキさんだ。ライは……うん、除外で。
もちろん他にもミルクさんやら香夜さんがいるけれど、あの人達とは3人ほど頻繁に話をしないのでとりあえず除外して良い。
あの人達は、僕のこの格好を見てどう思うのだろうか。
カッコいいとか言ってくれるならまだ良いけれど、心の奥底でダサいとか、痛いとか思われていたら結構ショックなんだけど……。
「うわぁ……。なんだかそんな気がしてきた……。もうダメだこれ……」
思わず頭を抱え、今なら打ち合わせをキャンセルできるのではないか。そんなバカげた考えも浮かんできてしまう。
確か公式の情報によれば、そのアップデートが施行されるのはちょうど明日の講習会が終わった後だ。
そしたらすぐにでもアバターの外見をいじろう。もう、周りからなんて言われようともいじろう。
今まで考えても来なかったのに、急にアバターの容姿を変えられるとか言われたら、嫌でも自分の容姿見直したくなるじゃん!
周りに誰もいなかった昔なら良かったよ!? 人と会う事なんてたまにロビーで話しかけられるか、大会に出る間だけだったから!
でもさ、今はなんか日常的に人と接しなきゃいけないじゃん!?
「あ~……気が重いなぁ」
こんな格好で明日講習会開くのかぁ。なんて思っていた時、部屋の隅の方から小さな咳ばらいが聞こえて来る。
慌ててそちらを振り向くと、チャイナ服を着た小さな女の子と見覚えのあるアバターが立っていた。
「あれ? ソマリさんですよね? どうしました?」
「あっ、覚えててくださったんですね。いえ、あの……ギルド長の付き添いでして」
「あ~なるほど……」
そう言えば、昨日ハイネスさんから言われたな。
多分、相手のギルドには僕の顔見知りがいるって。
もしその人と会うことがあれば言っておいてくださいって言われたセリフがあったよな……。
「ハイネスさんとライが、あの時戦ったソマリさんによろしくと言ってましたよ」
「え? あ、はい。こちらも、日本予選で当たった際はぜひ!」
妙に畏まっているけれど、ソマリさんは前からこんな感じだったのであまり気にしないで良い。
ミナモンさんには……ちょっとキツめだったと記憶してるけど。
2人には事前にギルドに入ってもらっていたので、さっきの姿も見られたかもしれない。あぁ、終わった。
「申し遅れました。私がギルド長のサリアです。明日はよろしくお願いします」
「あ、これはどうも……。ネクラと申します。えっと、とりあえずここではなんですので、隣の応接室にでも……」
「ありがとうございます」
流石に3人の話し合いでこの会議室を使うのは場違いだ。
隣の応接室には嫌な思い出しか無いけれど、今回ばかりはあの時みたいな事は起きないだろう。
大体あの名前から察するに、相手は僕のファンクラブに入ってる人だろうし、ここで好きですとか言われてもファンとしてってことだろうから、たじろぐ事は……無いと思う。
入り口側に僕が座り、奥の方に2人が着席した所で早速話し合いを始める。
話し合いと言っても、僕が講習会なんてした事が無いのでその段取りを確認するだけだけど。
「えっと、その前に。あんなに高額な賞金を提示してくださったのに、断ってしまい申し訳ありませんでした。皆、どうしてもネクラさんに会いたいと聞かないものでして……」
「ああ、いえいえ。現実で会うとか以外なら、あまり問題ありませんので大丈夫ですよ」
「......やっぱり、現実で会うのは少し厳しいんでしょうか? ファンの1人としては、握手会やサイン会を開いてほしいと思ったりもするのですが……」
握手会? サイン会? この人は何を言ってるんだ?
僕はアイドルでも俳優でも、まして芸能人でも無い。単なるゲームプレイヤーだ。
そんな人が握手会だのサイン会などを開く訳がないじゃないか。
……いや、開いてるプレイヤーもいるとは聞いたことあるけども。
そんな、微妙そうな顔をしている僕を見て苦笑を洩らしたサリアさんは「忘れてください」と苦笑気味に言った。
「たとえばですけど、このギルドに抽選で何人か集めて、握手会とかしたらどうかって思うんです! それか、ネクラさんのサイン入り公式グッズを抽選で配るとか!」
「ソマリさん……。あぁ、そう言えば僕のファンって言ってくれてましたね。……このギルドはチームメンバーも利用するので難しいですけど、サイン入り公式グッズを配るという案は、少し検討してみますよ。まぁ、欲しい人がいるかは――」
「います! わたし、何十個でも欲しいです! というか、うちのギルドメンバー全員欲しいと思います!」
机から身を乗り出してそう言ってくるソマリさんに若干ビクッとなりつつ、サリアさんが同意とばかりに頷く姿を見てへぇ~と思う。
流石にそれは言いすぎだろうけど、ハイネスさんやマイさんは欲しがってくれるかもしれない。
グッズを作ってくれているのはあくまでマイさんなのでそこら辺は相談しないといけないけど、僕の事を好きだと言ってくれている人が望んでいるなら考慮するべきかもしれない。
「じゃあ、今度SNSで皆さんに聞いてみますね。その結果で判断します」
苦笑気味にそう言うと、2人は小さく握りこぶしを作って「よっしゃ」と呟いていた。
いや、そんなこと言っても僕のサイン入りグッズを欲しがる人なんてフォロワーの1割いれば良い方なんじゃないの?
それでも100万人だし、絶対もう少し少なくなるでしょ。2割とか行けばもう意味が分からない領域に突入しますけど……。
「じゃあ、早速本題に。講習って、僕は何をすれば良いんですかね?」
「あ、はい! うちのギルドはここと違って少々狭いので、一番広い部屋にネクラさんをお通しして、私達からの質問に答えていただければと! もちろん、無理な物は無理と言っていただいて構いませんので!」
「……はい? ん~、はい」
「後、その様子を録画やスクショ撮っても良いですか?」
「録画はちょっと……。スクショくらいなら問題無いですけど……」
何かの間違いでその録画が漏出すれば、優勝商品とした意味が無くなってしまう。それが原因で炎上するのは勘弁願いたい。
その点、講習の内容が晒される心配が無いスクショであれば問題は無い。
強いて言えばこの黒歴史の塊のようなアバターが無数に出回る可能性があるけれど、それはもう手遅れなので割り切る事にする。
「了解です。後、講習会の最後に皆で記念撮影をしたいって声があったんですけど、問題無いですか?」
「記念撮影、ですか?」
「はい! せっかくネクラさんがうちのギルドに来てくださったので、記念に写真をと!」
「まぁ、良いです、けど……」
実を言うと、写真はあまり得意な方では無い。
でもまぁ、断ったとして、相手方が納得できるような理由を提示出来ないので受けるしかない。
「とりあえず、特筆すべき事項はこれくらい……」
「サリアさん、あの件も言わないとですよ」
「あ、そうでしたそうでした! ネクラさん!」
「はい、なんでしょう?」
なんか、もの凄く嫌な予感がするけれど、きっと気のせいだ。
なんか、もの凄くこの後叫びだしたくなるような気がするけれど、きっと気のせいだ。
いや、気のせいでなければ困る。
「もう御承知かも知れませんが、うちのギルドメンバーは全員女の子達です! なので、私もうちの子達が暴走しないように努めますが、もしもの時はごめんなさいと、先に謝っておきますね!」
「……はい?」
「じゃあ、明日? 今日かな? よろしくお願いしますね!」
可愛らしくウインクしながらソマリさんとサリアさんは示し合わせたように現実世界へと帰って行った。
残された僕は、今言われた言葉を口の中で繰り返し、同時にこの部屋を使用禁止にした方が良いかもしれないという現実逃避を始めていた。
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やる気が、出ます( *´ `*)




