第8話 打ち合わせ
VR世界から帰還した晴也は、相変わらず破壊されたままの扉を見てため息を吐いた。
あのプリン騒動からもうすぐ一週間だ。
常人ならすぐに直そうと思うはずだが、これで妹が常人ではない事が晴也の中で確定した。
そんな事を考えていると、ちょうど頭にタオルを巻いたパジャマ姿の春香が目の前の廊下を通った。
あげたプリンを美味しそうに食べていることから見ても、今は機嫌が良いらしい。
こういう時に扉を直せと言ってもヒステリーになることは無い……はずだ。
「ねぇ春香。これ、いつ直してくれるの? それだけ教えてくれない?」
「……自分で直せばいいじゃん。私はそこまでお金に余裕無いんで~」
「お金に余裕が無いのは、友達に自慢したいだけでブランド品買い漁ってるからでしょ? 早く直してくれないと落ち着かないんだけど」
「部屋片付けてあげたんだからそれでチャラね!」
「誰も頼んでいない事をしておいて、自分の行ったことをチャラにするのはどうか思うんだけど……」
「うるさいなぁ! 女々しい奴は嫌われるよ!」
そう逆切れすると、春香は自分の部屋へと足早に戻って行った。
こちらから一言言わせてもらうなら「ヒステリックな女はモテないぞ……」
いや、目の前でこんなこと言ったら確実に病院送りにされるから言わないけど。
なんで高校生のくせに部屋の扉が破壊出来るのか、本当に理解出来ない。
しかも、あんな妹でもESCAPEでは一目置かれている存在(自称)らしい。
友達に自慢したいからと価値も分からないブランド品を買い漁っている妹がトッププレイヤーなんて信じられないけど……。
しかも、僕はESCAPEのトッププレイヤーはほとんど顔を知っている。
大会などで見かけた事もあるから、もし本当に春香がトッププレイヤーの1人なら、どこかで顔を合わせている可能性が高い。
まぁ、思い当たる人はいないけども......。
というより、ゲーム内で現実世界のことを持ち出すのは厳禁だ。
まぁ、お互いが承認した場合不問となるケースが多いけど。
それに当てはめるなら、春香が自分からプレイヤーネームを明かして来ない限り、こちらから調べるのはマナー違反なのだ。
いくら家族と言っても、そこら辺は守るべきだ。
ESCAPEの上位プレイヤーは、基本ゲーム専用のSNSアカウントを作っていることが多い。
ネクラに限った話ではないが、そこそこ有名なプレイヤーになると、平気で芸能人よりフォロワーが増える。
分かりやすく例えるなら、最近有名になったマイだ。
彼女のアカウントは、それこそ数人しかフォロワーが居なかったのだが、話題になり始めてからあっという間に100万人に達している。
彼女の場合、その発言内容から間違いなく女性だと察することが出来るので、それもフォロワーを増やした要因かもしれない。
ちなみにESCAPEプレイヤーの中で1番フォロワーが多いのはもちろんネクラだが、そのフォロワー数は1000万人を超えている。
逆に言えば、炎上するとその半数ほどから誹謗中傷を浴びるということだ。彼が怯えるのも無理は無いだろう。
こんなことはどうでも良くて、晴也には他にやることがあるのだ。
そのために、ランクマッチに潜らずログアウトしてきたのだ。
その用事とは、大会と同じルールで対戦してくれる相手探しだ。
大会が初めてなマイさんがいるのだから、これは必ずやっておきたい。
まだ大会までは時間があるけれど、1回か2回他のチームと対戦した後は、チーム内で調整していけばいい。
最初から自分のチームで調整すると変な癖が付く場合があるのだ。
効率的なのは反対(自分のチームで調整後、他のチームと対戦)だけど、こればかりは仕方ない。
(弱いところとしても仕方ないし、それなりに強いところが良いなぁ……)
こればかりは、自分のSNSで呼びかけるわけにはいかない。
理由は、強すぎるところとやっても意味がなく、弱すぎるところとやっても練習にならないからだ。
SNSで呼びかけてしまうと、あらゆるランク帯の人が「自分達と!」と言ってくる。それは面倒なのだ。
こういう時は、ESCAPEの対戦相手募集専用の掲示板に書き込むのが1番だ。
掲示板には自身のESCAPEアカウントからしかログインできず、その書き込みを見られるのは自分が設定したランク帯のプレイヤーのみなのだ。
SNSで探すよりよっぽど効率的で、ちょうどいい強さの相手が見つかる可能性が高いのがこの掲示板だ。
――2日後のネクラギルド内
「明日すると言っていた練習会。その対戦相手が決まりました」
ネクラのそんな一言で、少しザワついていたギルド内が静かになる。
23人に一斉に注目された事で少し吐き気がこみ上げてきた晴也だったが、それをぐっと飲み込んで話を続ける。
「相手は今回の大会、私達と同じく優勝候補と言われているチームです」
「というと、ライがいるチームってこと、ですか……?」
「そうですAliceさん。幸いなことに、あちらにも大会に初めて参加する方が居るとのことで、どちらかが満足するまで対戦しようと持ちかけられました。まだ返事はしていませんが、明日何か予定のある方はいますか?」
晴也がそう呼びかけると、ギルド内の全員が横の人の顔を伺っていた。
どうやら、明日予定がある人はいないようだ。
「じゃあ明日は、マイさんが大会のルールに慣れるまでということでよろしいですか?」
『もちろんです』
全員が頷いてくれた事で、明日の練習会は確定事項になった。
心配だったのは、相手にライがいるということだ。
それで、相手が強すぎると言われてしまえば断るつもりだったのだが……。その心配は杞憂だったらしい。
「あの、ライさんって有名な方、なんですか?」
「マイさんは、大会の情報にはあんまり興味無い感じですか?」
「はい。ネクラさんのSNSで知るくらいで、公式の情報とか、大会の結果とかまでは……」
「なるほど......」
ライと言うのは、どんな大会にも貪欲に参加し、そのあらゆる大会で優勝経験のある人物だ。
まぁ簡単に言えば、ESCAPEの賞金王だ。
実際に大会やランクマッチで当たったことは無いけれど、いつか戦ってみたいと思っていた相手だ。
まぁ、ライも子供陣営なので直接戦うのはマイさん達鬼陣営なんだけど……。
ライの大会中の映像を見たことが1度だけあるけれど、あの人は自分以上に異常だと晴也は密かに思っていた。
ランクマッチであのプレイがどの程度通じるのかは分からないけれど、とにかく仲間を助ける意識が高い人なのだ。
物語にあてはめるなら、仲間関係でトラウマでもあるのかってくらい、仲間に固執している。
仲間の為なら鬼の目の前で気を引き、仲間の為ならどんなに危険な場所でも助けに行くという、見ているこっちがハラハラするようなプレイスタイルなのだ。
それでちゃんと結果を出しているので、晴也はライのことを密かに尊敬していたりする。
「とりあえず明日は、私達の初陣になります。各々がうまいこと協力して……いや違うな。普段のランクマッチだと思って望んでください」
『了解です!』
とりあえず最初なのだ。
変に連携を意識するとミスをする可能性が高くなる。
なので、連携は最低限に留め、まずは仲間がどんなプレイをするのか見るのが先決だ。
幸いにも、カスタムマッチには録画機能がある。
練習会の後に見直して、各々の癖なんかを把握してから連携の指示を出した方が効率的だろう。
連絡アリと連絡ナシでは戦い方が少し違うので、マイさんにはそれに慣れてもらうだけでいい。
「では皆さん。明日はよろしくお願いします」
『は~い!』
20分程の短い打ち合わせを終わらせた晴也は、久しぶりとなるランクマッチでの対戦へと向かった。
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やる気が、出ます( *´ `*)




