プロローグ
西暦2058年。とあるVRMMOが発売された。
単純なゲーム性、そして今の時代腐るほどあるVRゲームという点において、発売当初そのゲームは、あまり評判の良い物ではなかった。
しかし、海外の有名なインフルエンサーがそのゲームのプレイ動画をネット上に公開し、動画を見た視聴者の多くが興味を持つ事となった。いわゆるバズったと言われる現象が起きたのだ。
そのプレイ動画はあっという間に世界中で拡散され、そのゲームは世界的な注目を集めることになった。
そのゲームの名は『ESCAPE』日本語に訳すなら、『逃げろ』という意味である。
発売当初はあまり人気が無く、そのゲーム性に疑問を持つ者などいなかった。しかし、あまりに急速に広がったことで、テレビやネットのニュースでそのゲーム性が物議を呼んだ。
「VRとはいえ、人を殺すようなゲームはいかがなものか。このゲームが蔓延すると、凶悪犯罪の発生率が上昇するのでは」
これは、とある犯罪学者の言葉である。
確かにこのゲーム『ESCAPE』は、誰でも子供のころ遊んだであろう鬼ごっこをベースに作られている。
プレイヤーは鬼と子供陣営に分かれ、指定された時間、広すぎるフィールドを逃げ回るのだ。
鬼と子供、数多あるキャラの中から1人を選択し、戦う。いわば、小学生が考えそうな理想の鬼ごっこをそのまま形にしたようなものだ。
しかし残念ながら、このゲームはその残虐性により、15歳以下の人間はプレイできないと定められている。
それはなぜか。答えは簡単だ。鬼が子供を捕まえる際、子供を真っ二つに斬る演出が出されるからだ。派手に血が飛び出し、まるで本当に人を殺しているような感覚に陥ると研究者は語っている。
もっとも、そんなことを気にしているのはゲームをプレイしたことが無いコメンテーターやお偉い教授、犯罪に関わる仕事をしている人間だけだ。
そんなことを問題視しない人間、主に10代後半から30代前半の若者を中心に、このゲームは異様なまでの広がりを作り出している。
加えてそのゲームは、流行り出したことに目を付けた世界的な企業が運営会社を買収し、新たな政策を始めたことにより、瞬く間に全世界で知らぬ者はいないほどのビックタイトルに成長した。
その政策とは、ゲーム内で得たポイントを、そのまま現実世界の通貨として運用することが出来るというものだった。
このゲームは、元々累計獲得ポイントでランキングが付けられており、”鬼”と”子供”どちらの陣営でも勝利するとポイントが加算される仕組みになっている。
このポイント、今までは自らのアバターを装飾するしか使い道がなかったのだが、それが現実世界で使える現金に変換できるとあっては人気が出るのも当然だろう。
そもそも、なんのデメリットも無しにお金が稼げるなど、若者にとっては天国以外の何物でもないのだ。
会社などで働かなくとも、家に引き篭ってゲームをしていれば生活費くらいなら余裕で稼げるようになったのだ。
もっと言えば、ランキングの上位に位置している者達は1ヶ月で数百万を稼いでいる。
どれだけこのゲームが若者にとって素晴らしいものなのか、理解出来るだろう。
小、中、高生のなりたい職業ランキング10年連続1位を獲得しているプロゲーマー。
その称号が簡単に手に入るとあっては、国の決まりを無視して15歳以下の子供たちがプレイするのも無理は無いだろう。
世の心配性な大人達でさえ、時代の流れについて行けず、思わず生放送で被っていたカツラを投げつけるほどの激昂ぶりだったという。
その後、その教授のコラ画像やMAD動画などが大量に作成され、ネットの玩具にされてしまった。なんて話もあるが、そんなどうでもいい話はこれくらいにしておこう。
『ESCAPE』が世界的なゲームへと昇格して1年が過ぎた時、その業界に突如として激震が走った。
それは、1人のプレイヤーが発信した、己のランクマッチでの勝率が発端だった。
このゲーム、鬼陣営のプレイヤーは、4人で20人いる子供陣営のプレイヤーを2時間以内に1人にすれば勝ちとなる。
反対に子供陣営は、ゲーム中に下される試練をクリアし、ゲーム終了時に2人以上残っていれば勝ちとなる訳だ。
子供陣営にだけ試練が下されるのは、そうしなければ子供陣営が圧倒的に有利だからだ。
さらに、ゲームは2時間と記載されているが、『ESCAPE』のゲーム内は時間加速が施されているため、ゲーム中の2時間は現実世界の30分程度なのだ。
そのため、「疲れが来ない限り永遠に逃げるor追いかけることが出来る」という迷言まで出てきている。
試練はゲーム中、30分おきに3度発令され、プレイヤーは必ず1つはクリアしなければならない。
もし生き残った子供陣営のプレイヤーが試練をクリア出来ていなかった場合、ゲーム終了時に子供陣営が2以上残っていたとしても負けとなってしまうのだ。
ゲーム勝利時、子供陣営が勝った場合には勝利ポイント+試練の難易度、クリアした個数分のポイントが加算される仕組みである。
鬼陣営も同様に、勝利ポイント+捕まえた子供の人数がポイントとして加算される。
話が逸れたが、このゲームにはフリーマッチとランクマッチ、カスタムマッチの3つが存在する。
フリーマッチとは、腕前関係なく全てのプレイヤーと対戦することが出来るシステムだ。
何か練習したいキャラなどがいる場合、大抵はこちらが選択され、初心者のプレイヤーはランクマッチではなくこちらのフリーマッチから始めるのが一般的だ。
カスタムマッチとは、任意の相手(フレンド等)で好きなようにルールやステージを選択し、楽しむことが出来るシステムだ。
主に大会や身内感でのプレイの際に使われるシステムだ。
しかし、カスタムマッチではポイントを稼ぐことが出来ない為、お金目的でゲームをプレイしているプレイヤーは大会以外ではあまり使わない。
問題のランクマッチとは、腕前が近い者同士で対戦し、勝てば腕前が上がり、負ければ下がる、そんなシステムだ。
さて、問題はここからだ。
このランクマッチ、勝率は7割あればかなり上手い方で、8割や9割を維持しているプレイヤーなど1%にも満たない程少数なのだ。
その理由は、どちらの陣営もチーム戦であり、自分1人が強かろうが味方が弱ければ意味がないからだ。
元々鬼ごっこというゲーム性なので仕方がないのだが、ある男が投下した勝率画面。そこには、輝かしい金色の文字が3つ表示されていたのだ。
それは、ゲームをプレイしてから一度もランクマッチで負けたことがない事の証明だった。
それも、子供陣営の最高ランク(赫龍)だったために、この画像はたちまち拡散された。
この時代、勝率の偽造は簡単だ。しかし、ゲーム業界と言うのは偽造やチートに関しては特に厳しい。
不正な行為(チートや改竄)を行えば社会的制裁が下され、酷い時には住所や名前、顔写真を晒される。
もちろん、一緒に暮らしている家族がいた場合はその家族も道ずれにされる。そんな、非情で無慈悲な時代なのだ。
自分がありえないと思う画像はシステムエンジニア、その他ITに強い数名が解析し、間違いなく本物だと証明されて、初めて脚光を浴びるのだ。
その人物が投下した画像も、例外に漏れず……というか、普段より多くの有志達の手により解析された。
普段解析すると言い出す人間が5人程度だとするならば、その人物が投下した画像は100人以上の手により解析されたのだ。
そしてその結果、プレイヤー『ネクラ』は、『ESCAPE』をプレイする人間から崇められ、恐れられるようになった。
マッチングした子供陣営のプレイヤーは勝ったと震え、鬼陣営は負けたと絶望する者、絶対に勝つと奮起する者が現れることとなった。
どちらにせよ、この男の出現により『ESCAPE』はさらなる盛り上がりを見せることとなった。
――ネクラ登場から数ヵ月後
相変わらず勝率100%を維持しているネクラは、VR機器を取り外し、ゲームからログアウトしたところだった。
眠そうにあくびをした後、やれやれと呟きながらベッドから立ち上がる。
数年前に話題になったアニメのキャラが印刷されたシャツ、そしてダボダボの短パン。
枕元に置いていた眼鏡をかけ、整っていない己の前髪を鬱陶しそうにいじる。
これが、ESCAPEトッププレイヤー『ネクラ』本名「源 晴也」本来の姿である。
彼は引きこもりの高校生であり、今年17歳になったばかりであった。
プレイヤー名はその名の通り、昔言われた悪口から取ったものである。
元はいじめられっ子で、家にひきこもっていた時、たまたまESCAPEというゲームを見つけたのだ。
逃げるようにバーチャルの世界に逃げた彼だったが、今やESCAPEというゲームは生きがいと呼べるものになっていた。
家にいるだけで両親よりもはるかに多くの金を稼ぎ、家族には何も迷惑をかけていない。
穏やかな性格で、家族との衝突も少なく、ほとんど部屋から出てこない。
色んな意味で多くの人が想像するプロゲーマーを体現したような人物だ。
これは、元はいじめられっ子で自殺まで考えた1人の少年が、ゲームによって絶望で溢れていた人生を変える物語だ。
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