第8話『秘密の時間』
「––––とてつもなく強大な力を持つ魔女が、私と玲奈を殺そうとしている」
「え…………?」
あまりにも突然過ぎる予言に、私は呆然としてしまう。でも八宮さんは多分決して悪ふざけで言ったのではなく、とても確かな情報を元にして断言しているはず。
何故かはよく分からないけど、私にはそう感じる。
「この学校には複数の魔女が潜んでいる。私が知ってる限り要注意の魔女は三人いるわ。一人目は“怪談の魔女”、二人目は“色香の魔女”、そして三人目は“孤独の魔女”。三人目の彼女こそが全国に散らばる魔女の中で最も恐れられている最強最悪の害悪よ。アイツには殺す事はおろか近付く事すら出来ない程に外道な奴よ」
「孤独の、魔女……」
姿を想像出来ない魔女達に身震いをしていると、八宮さんは少しだけ笑った気がした。
「ごめんなさい、別に怖がらせようとした訳じゃないのよ。でもこの学校に確かに存在して周りに溶け込んでるから、玲奈に注意したかっただけ。警告は以上よ、早く帰って親にそれなりの理由を付けてごまかしなさい」
「そ、それじゃあ今度こそさよなら……」
軽くお辞儀してから、私は改めて三年生の教室を後にしたのだった。
そして迎えた次の日の朝、私は昨日の遺体についてクラスの担任から朝の会を使って話を聞いた。話を聞いてる限り確かに隠蔽魔法が発動していて、頭に強い損傷がある事以外は一切語られなかった。
「あと連絡事項だが、明日の三から四時限目だった体育は急遽担当の先生が保健に変更するとの事だ。あとは前半を男女別々で授業して後半はテストをするらしいから、復習を忘れずにと言っていたぞ。先生からの話は以上だ」
それから私は真面目に授業を受けて迎えた昼食の時間。いつもの様にかなえちゃんと一緒に食べようと席を囲んでいると、八宮さんがお弁当箱を片手にやって来た。
「楠木さん、相席しても良いかしら?」
「うん、全然構わないよ。玲奈も大丈夫だよね?」
「まぁ別に構わないけど……」
昨日の初対面での態度を思い出し、思わず視線を逸らしてしまう。
「ところで八宮さん、玲奈とは仲良くなれたんですか? 最初は無視してて険悪な雰囲気だったので、見てて少し不安でしたよ……」
「それについてはもう解決してるわ。今ではもうすっかり打ち解けて仲良くやってるから」
「そう、ですか……」
「ところで楠木さん。あなたは最近人と会話してて変に思った事はない? 例えば会話がある日から少しぎこちなくなったとか……」
「えっと…………」
突然八宮さんがあまりにも突拍子な話題を始めて戸惑ったかなえちゃんだったけど、すぐに流れに乗って話をしていく。私はどうも急に話題を振られる会話は苦手だから弁当の中身を口にしながら聞くだけになってしまった。
「––––ありがとう楠木さん、参考になったわ」
気が付けば既に食べ終わっていた八宮さんは、綺麗に片付けて自分の席に戻った。話終わったかなえちゃんにさっきの話について聞いてみる。
「ねぇ、さっきの会話ってどういう意味だったの? 何かの合図?」
「ん〜なんかね、八宮さん曰く『男子達と一緒にいて違和感が無かったか』って聞かれてね。それで特に何も無いって伝えただけだったよ。あんまり深い意味は無いみたいだったけど、話しかけるタイミングに少し違和感があるよね。私は特に何もされてないからなおさらだし……」
“何もされてない、かぁ…………”
かなえちゃんがされた話の意味を知ろうと深く考えてみたけど、出てきた答えは一切浮かび上がらず時間を無駄にしただけだった。
「玲奈、お弁当食べ終わったら一緒に更衣室に行こうよ。午後からやる体育のマット運動の準備とかあるしね」
「うん、先にマットを出しておかないと授業遅れちゃうしね」
お弁当箱を片付けて二人で体育館に行くと、既に何人の男子が先にマットを出していた。私達が後から手伝ってマットを出し終えていると、ぞろぞろとクラスの皆が体育館に集まってきた。
「マット運動なんて久しぶりだよね〜、私どうしても倒立前転が点でダメでさ……」
「あぁ分かる‼︎ 玲奈が倒立前転したらそのまま転がって背中を打つんだよ〜。たまたま出来たとしても足がふらつくからテストとかで必ず丸が取れないんだよね〜」
それから授業が始まって、一斉にマットの上で私達は必死に前転や後転を繰り返した。転がる自信がない人は壁際で自主練をし、慣れてくるまでひたすら壁と仲良くなっていく。
私とかなえちゃんは人前で大きく転がれる様な腕前がまだ無いから、壁に向かって念入りに倒立の練習をしている。
「うんしょ…… 壁があるから何とか出来るけど、いざ壁から離れると全然出来なくなっちゃうよね」
「クラスで一番出来る人のを見て勉強しても、凄過ぎてどこを参考したら良いのか分からないしね…… だから私達に出来る事は、ひたすら壁に向かって倒立するしかなくなっちゃうんだよ」
かなえちゃんは勢いを付けて一気に壁へ身体を起こして倒立をした。くっつくのは簡単だけど、いざ壁から離れた途端バランスを崩して俯向きで倒れ込んでしまう。
「あはは…… やっぱり倒れちゃったね。まだまだ練習が足りないみたい」
「あんまり無理しないでね。部活に入ってなくても、ケガしたら大変なんだからさ」
「ありがとう玲奈、でも私の事は心配しなくても良いんだよ。玲奈は玲奈で練習してても大丈夫だから」
かなえちゃんはまた何度も練習を繰り返して、少し出来たけどすぐに倒れてしまった。そんな姿を見て私も勇気を出して壁に向かって倒立をする。
「くっ…………‼︎」
既に何度も繰り返してたから腕の支える力が限界に近付いてきていた。それでも何とか耐えて倒立を続けたけど、やがて限界が訪れて受け身を取れないまま倒れ込んでしまった。
「だっ、大丈夫なの玲奈⁉︎ すごい倒れ方してたけど……」
「あんまり大丈夫じゃない、かも……」
それから授業が終わって放課後の帰り道、かなえちゃんは私が八宮さんと会った途端に気を利かせて一人で帰りだした。そして私と八宮さんで帰る事になってしばらくは無言の時間が流れ続けた。
「……………………」
あんまりこういう雰囲気の時って、話しかけて良いのかなと不安になってしまう。相手が何か考え込んでる時だったとしたら私は考えの邪魔した事になってしまう。
「あ、あの〜……」
怒られるのが怖いから、弱々しい声で話しかけてみる。
「……何?」
“あっ、返事してくれた”
思ってたよりもあっさりと返事してくれたから、考え過ぎたんだと安心して話しかけていく。
「かなえちゃんにしていた、人との会話とかがどうとかって一体……」
「あの質問は“色香の魔女”に狙われてないか、それを確認したのよ」
人付き合いの変化で魔女に狙われてるのかどうかが分かるなんて、それはありえないと最初は考えたけどすぐに考え直した。
「もしかしてあの質問の意味って、“色香の魔女”が催眠術とかのような魔法を持ってるからなんですか?」
「いいえ、かなり違うわ。“色香の魔女”は他人の性欲を刺激させる魔法を持っているの。もし魔法少女の私達が狙われたら、それ以降に会う男全員に注意する必要がある」
「男の人全員にってどういう…………」
何故なのかを聞こうとした瞬間、“色香の魔女”のやり方におおよその察しがついた。
「どうやら察しがついたみたいね。あの魔女はそうやって罪を人に擦り付けて自分は安全な場所で一部始終を傍観する極めて悪趣味な魔女よ」
「でもどうしてそんな事をする様になったんでしょう…… 男の人に裏切られたとかですか?」
「さぁね。そこまで知ってる訳じゃないけど、あの魔女が扱う魔法を参考にすれば大体の予想は付くわ。きっと愛人か赤の他人にエイズでも感染されたのよ。保健をしっかり勉強してたら一度は耳にしてるはずよ」
エイズの感染。確か性病の一つで治療しないと長い時間をかけて様々な症状を引き起こす、とても悪い病気だったはず。
確かに好きな人から性病を感染されたら私だってショックだし、もしかしたら引きこもりにまで落ち込むかもしれない。もしそうだとしたら、少しだけ“色香の魔女”が可哀想な気がした。
「あの魔女を可哀想だと思う気持ちは分かるけど、これからする事は決して許されない行為。それを阻止出来るのは私と玲奈の二人だけ…… 魔法少女にしか出来ない事よ」
「でも保健は受けなきゃいけないんですよ? 席だって離れてるし、どうやって“色香の魔女”に決定打を……」
「決定打を与えるチャンスなら一回だけあるわ。それなりのリスクはあるけど、確実なタイミングが存在する」
八宮さんは自信満々に答えた。まるで未来が分かってるかの様に自信に満ちた表情で断言した。
「まず玲奈は時間前に教室に行って授業を受けてて。私はあえて遅れて教室に向かって、あの魔女の意識を私に向けておく。その直後に玲奈は周りの視線を気にせず魔法少女になって“色香の魔女”を確実に殺すのよ。失敗したら…… この先は言わなくても分かるわよね?」
失敗したら、男子達の前で何かされる。私は何も語らず目で答えた。
「魔法少女になった瞬間【隠蔽魔法】が働き、魔法少女以外の人間が真実に辿り着けなくなる。『先生を殺した犯人がたとえ目の前にいても』玲奈が疑われる事なんて、魔法少女でない限り絶対に有り得ないわ」
「分かりました…… 玲奈、頑張りますね」
「その意気よ、気を強く持ってね」
八宮さんは微笑みながら自分の家へと向かい、私は自分の家へと帰った。
明日の保健、その時間と共に凶悪な魔女の一人である“色香の魔女”の魂を回収する。失敗したら私は男子達の前で…………
“……ううん。男子達がそんな事するはずない”
そう言い聞かせて、私は家の玄関前の扉を開けて自分の部屋へ入っていった。
「それじゃあ皆さん、次の授業は視聴覚室でするけど…… やっぱり前半から男女共同で授業を受けてもらうからね〜、ごめんねみんな〜」
比較的若い印象を男女問わず与える新人の高校教師、横山先生がこれから授業を受けようと道具を持って行こうとした瞬間に内容の変更を行い、かなり戸惑うクラス。
それは当然念入りに予定を組んでいた私と八宮さんも同じだった。しかし八宮さんの場合は少し違い、『直前の変更』ではなく『前半から男女で授業をする』事に驚いていた。
「あの、八宮さん…… 作戦は決行しますか?」
「…………そうね、決行するわよ」
視聴覚室の席に座って、周りを見渡す。授業内容が内容なだけにほとんどの男子は喜びながら会話をしている。一方で女子達は男子達を少し嫌な物を見る様な視線を送ってる人が何人かいるが、当の本人は気付いていない。
“そろそろ始まる…… 玲奈がこの手で“色香の魔女”を‼︎”
「––––ねぇ玲奈?」
突然隣に座ってたかなえちゃんが心配そうな目で話しかけてきた。
「なんか、目が怖いよ……? 大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。かなえちゃんが気にする事じゃないから」
「…………そう? さっき教室で八宮さんと話してた様子だったから、何かするのかなぁ〜って」
「別に何もしないって‼︎ 八宮さんが保健室に行ってから授業に来るって聞いただけで、後は何も思ってないから‼︎」
それでも、かなえちゃんは私をじっと見つめている。その後しばらくしてから始業のチャイムが始まった。
「ごめんねみんな、何度も授業の変更しちゃって。それじゃあ保健を始めるけど…… あれっ、八宮さんは欠席かな?」
八宮さんの事を心配する横山先生に、私が手を挙げる。
「あのっ、八宮さんは保健室に行ってから来るって言ってました」
「そう? なら先に始めてようかしら……」
そう言いながらスクリーンの電源を付けていると、突然横山先生が首だけをグリンと振り向かせてきた。
「今回の授業だけど、将来的に必ず役に立つ内容だからみんな覚えておいてね。特に最近の若者は遅れてるからね」
スクリーンに画面が投影され、そこに映されたのはエッチな映像だった。
「えっ…………⁉︎」
「な、なんなの⁉︎」
ほとんどの女子達がその映像を見て固まったり、口を覆ったり、目を背けたりしている。なのに男子達は何故か誰一人も反応していなかった。
「本来女性の結婚は一六歳、男性は一八歳から出来るのに実際は二十歳を過ぎてからがほとんど。その理由の一部は『親からの反対』や『性知識の欠落』によるもの………… そこで今回は悪ふざけ無し、いたって真面目な性教育を行う事にします。男女一緒に同じ教室で教育を受けて、ネットや裏番組で得た嘘を正し、本物の性知識を持って実践してもらいますからね」
横山先生の口から、信じられない事ばかりが出てくる。
“なに、これ…… どういう事⁉︎”
「さてと、まずは男子も女子も恥ずかしがらずにね。誰も逃げないから」
横山先生の一言で、私は我に返った。そして“色香の魔女”の正体が横山先生だと理解し、魔法少女に変身して一気に駆け寄った。
「そんな事っ、玲奈がさせない……‼︎」
海老鉈を高く振り上げて横山先生および“色香の魔女”へ振り下ろす。
……はずだった。
「––––ッ‼︎」
近くで座っていた男子の腕が私の腕をしっかりと掴み、海老鉈は“色香の魔女”に刺さる事は無かった。
「あらあら、あなたも魔法少女だったの? 八宮さんだけだと思ってたら、これは意外で収穫ね」
「どういう、事……」
すると“色香の魔女”は魔女へ変身し両手を上げて高らかに宣言した。
「さぁ思春期の男子達ッ‼︎ ここに本物の魔法少女がいるわよ‼︎ 生かすのも良し、犯すのも良し。それともここにいる女子全員を、好きなだけ犯す……?」
その一言を聞いた瞬間、ほんの一瞬で寒気が走った。“色香の魔女”がそう言い放った瞬間に男子達が立ち上がり、ゾンビみたいに本能の赴くままに女子達の前に立ち塞がった。
「み、みんな逃げてッ‼︎ 早くッ‼︎」
私の叫びで女子達が一斉に叫びながら視聴覚室の扉に手をかける。
『あれっ⁉︎ 開かない⁉︎』
『ちょっと‼︎ 開けてよ‼︎‼︎』
「な、なんで……? なんで開かないの?」
「外に人がいるからだよ、魔法少女玲奈ちゃん」
“色香の魔女”が男子に何か囁いたと思いきや、男子はいきなり私を押し倒して制服越しに胸を触ってきた。
「八宮さんと手を組んで私を殺そうとしてたらしいけど、きっと向こう側でとっくに殺されてるかもよ? まぁあの子はすごく強いから、もしかしたら私の作戦その一が失敗してるかもしれないけど」
「そ、それってどういう…… あぁッ‼︎」
ついに男子にスカートをめくられ、ついに私の下着が全然好きでもない人に見られてしまった。
「みんな、みんなは…………」
周りを見たら、そこは地獄だった。
『痛い…… 叩かないで……』
『やぁ、やだっ……』
『うぅっ……』
「あ、あぁっ…………」
あんまり話しかけない女子も、私の友達も、クラスのアイドル的女子も、みんな男子に酷いと思うくらいに乱暴されていた。
「れ、玲奈………… 助けて…………」
そしてかなえちゃんも、当然同じ事をされていた。
「こんなの絶対に間違ってる‼︎ 人を無理矢理従わせるなんて、最低だよッ‼︎」
「無理矢理? それは違うよ」
「何が違うの……」
「魔法少女玲奈ちゃんにとってこの状況はあまりにも異常に見えるだろうから、分かりやすく教えてあげるわね。先生だけに。クラスの女子にがっついてる男子はね、ある共通点があるんだけど分かるかな?」
「共通点……?」
周りを見渡してみたけど、特に気付いた点は見当たらなかった。
「自分が好きな女の子に抱き付いてるんだよ。つまり片想いの相手を襲ってるって訳だね。うんうんっ、青春の一ページだよね」
「ウソ…………」
“色香の魔女”が言ってる事が本当なら、今目の前で私の身体にくっついてる男子は私の事が好きという事になる。
「嘘なんかじゃないよ。好きな人が深く愛し合ってこそ子供が出来るし、夫婦生活が永遠に続く。片想いで人生の一ページを全部使い切るなんて勿体ないとは思わない? そこで私は保健の授業を使って好きな人に告白するチャンスを与えたって訳なの。言わば私は思春期男子達の恋のキューピッドって所かな」
『玲奈………… 好きだ』
男子が私に告白をしてきた。
「え、え…………?」
周りの声や映像から流れる音声、そして自分がされてる事に対して理解が追い付かないこの状況に、ただただ目の前を見つめる事しか出来なかった。
“玲奈は、玲奈は…………”
その続きを考えようとした途端、私の意識はプツリと途絶えた。
……どのくらいの時間が経ったのか。それすらも分からないまま目が覚めた。うろ覚えの記憶を必死に思い出しながら起き上がると、地獄絵図がそこにあった。
『……………………』
男子と“色香の魔女”は姿を消して、どこかへと去っていた。そこにいたのはピクリとも動かない女子達だけ。
「起きて、ねぇ起きて……」
何人もいる女子全員を起こし、自分がちゃんと生きてる事を確認した後にみんながとった行動は、絶望して泣くことだった。
『あぁぁぁああぁあ‼︎』
すすり泣く声、思いっきり泣く声、中には泣かずに冷静な子もいた。
『そうだ…… 警察に連絡しないと、連絡しないと』
ドアノブに手をかけても、まだビクともしなかった。私達は何故かまだ視聴覚室に閉じ込められていた。
『早く出して…… お願いだから出してよ……』
フラフラと歩き出す子達の一人があらゆる所を調べていく内に、ある場所の鍵が開いた。
『あ………… ここなら出られる』
「えっ、そこって………… 待ってそこは‼︎‼︎」
だけどその子は私の叫びを無視して、三階の窓から身を投げた。それから二秒程してからドンッという単純な音が聞こえた。
『わ、わたしも……』
『早く出たいよ……』
クラスの数人が早く出たいあまり、次々と窓から飛び降りていく。そんな地獄絵図を目の当たりにした他の女子達は絶望して泣き崩れる。
「なんで、なんでこんな事に…………」
八宮さんと連絡が取れないし、そもそも生きてるのかも知らない私も、周りの泣き声を聞き続けていく内に絶望が襲ってきた。
「…………そうだ、玲奈もここから飛び降りようかな」
窓から見える景色を虚ろな目で見つめながら、足を乗せて落ちる準備をした。
「学校もメチャクチャ、生徒もメチャクチャ………… このまま魔法少女をやってても、どうせ何も守れない…………」
下を覗くとそこには全身を強打して動けず、その場にうずくまる女子達と死ぬ事が出来ずに絶望し、近くの車道で車に撥ねてもらおうと歩きだす人の姿があった。
「八宮さん、ごめんなさい………… 作戦、失敗しちゃいました…………」
目を閉じて、死ぬ準備をしていると、いきなり誰かが私を呼ぶ声が耳に無理矢理入ってきた。
『…………な。れな‼︎‼︎』
聞いた事がある声だと思いながら下を見ると、フラフラしながら立ち尽くす八宮さんの姿があった。
「…………八宮、さん?」
私を見つめながら両手を広げる制服と比べて派手な衣装、彼女は間違いなく八宮さんだった。
『話は後、早くそこから飛び降りて‼︎ そこに“孤独の魔女”が向かっているから早く‼︎』
それらしき音は全く聞こえてこないけど、何か嫌な気配がコッチに向かって来る感じはある。今の私に戦う力は残ってないし、戦う意思も無い。
だから私は迷わず、窓から飛び降りた。
「いったぁ…………」
八宮さんが必死に受け止めて下敷きになってくれたおかげで私は膝を擦りむいた位で済んだ。でも八宮さんの身体はここに来る前に魔女との戦いで受けたのか、あちこちでアザが出来ていて痛々しい様子だった。
「八宮さんッ、大丈夫ですか⁉︎」
「私の事は気にしないで。それよりも玲奈、お願いがあるけど聞いてくれる?」
「はい、何でも聞いて下さい」
一度深呼吸を挟んで、口が開いた。
「私を、あなたの手で殺してほしい」
「え……? 本気で言ってるんですか?」
一瞬だけ耳を疑ったけど、八宮さんは確かに「自分を殺して」と言っていた。それも「私の手で」殺してほしいと。
「どうして、そんな事言うんですか…… 八宮さんならこの状況を打破出来るんじゃ……」
「いいえ、それはさっき出来なくなってしまったわ。校内の男子を全員始末してる最中に不覚にも男子から三叉槍を取られ、さらには部活持ちの男子達から殴られた結果、全身がアザと内出血だらけ。今の私には奪われた三叉槍を取り戻す事はおろか走る事すら出来ない…… 全ては私の責任よ」
「八宮さん…………」
「だからお願い。私を殺してほしいの。決して恨みの類などではなく、本来歩むべき道へ辿り着く為の殺害………… 何もかもやり直す為の一手なの‼︎」
「ちょっと待ってください‼︎ あの時の傷が完璧に治る魔法はどうして使わないんですか⁉︎ あれを使ってまた学校に潜れば、武器だって取り戻せるんじゃ……」
すると八宮さんは俯いて、沈んだ表情で答えた。
「……アレは毎日使える訳じゃない。私の場合あと三週間くらい待たなきゃ使えないのよ」
「そんな…………」
そんな事も知らず、私は八宮さんのとっておきを使わせてしまった。こうなったのも全て私の所為で私が悪い。
私が未熟だったから、こんな事になってしまったんだ。
「ごめんなさい八宮さん。玲奈が未熟なばかりに……」
「謝らなくて良いのよ。この結果の原因は私の予想が外れたから、それに従ってただけの玲奈に何の非も無いわ」
「ありがとうございます八宮さん。それじゃあそろそろ…… 良いですか?」
「えぇ。思いっ切り殺すのよ」
八宮さんは両手をコンクリートの路面に思いっ切り広げ、無防備な姿を晒す。私は海老鉈を構えて思いっ切り振りかぶる。
「八宮さん。殺す前に一つ聞いてほしい事があるんですけど…………」
「何かしら?」
「えっと…… 八宮さんを殺した後、玲奈も死んで良いですか?」
「それは構わないわ。私は向こうでずっと待ってるから、心の準備が出来たらいつでも来なさい」
「……はい、八宮さん」
高鳴る自分の心臓の鼓動を感じながら、私はついに海老鉈を八宮さんの心臓目掛けて振り下ろした。
「んっ…………‼︎‼︎」
そして海老鉈が八宮さんの心臓に深く刺さると同時に血がドクドクと滲み出て、その間八宮さんは一言も喋らずに私を見つめ続け、そしてついに息絶えた。
“……………………”
八宮さんに馬乗りしたまま呆然とする。もしかしたらこんな未来は本来あり得ないんじゃないかと錯覚してしまう位に現実味のない現実に、どこか違和感を感じている。
もし私の人生の何処かがある場面で別の言動をとっていたら、もしかしたらこんな未来にならなかったのではと思っている。
でもそのヒントが何処にあるのか。だとしてもどう答えるべきだったのかまでは分からない。八宮さんはそれら複数の未来を知ってるから、時々予言じみた事を言うのではと考えている。八宮さんの言う事が正しければ、この学校に潜む凶悪な魔女達を全員殺して、何事も無く卒業していたのかもしれない。
「卒業、したかったな…………」
自分の首元に海老鉈を当てる。
「八宮さん、玲奈も今から行きますね」
セリフを言い切る前に海老鉈の刃で首元をスライスして、頸動脈の辺りを思いっ切り引き裂いた。
「いた、い…………」
しばらく出血を見守っていたけど、その内意識が朦朧として八宮さんに覆い被さるように倒れ込んだ。全身の力が抜けていく感覚を覚えながら、来世での幸せを、わずかながらに願いながら…………
目に見えない涙を流した。