第7話『恋の始まり』
好きな人の為なら、私は何でもしてあげたい。恋する女の子なら誰でも抱くこの純粋な想いは、もちろん私にもある。
同級生、後輩または先輩、はたまた先生……
彼氏彼女の関係が始まれば、毎日が幸せ溢れて最高な一時を送れるし、もしかしたら相手から告白されて、そしてやがてはその人と結婚してみんなから祝福されるかもしれない。
そんな人生を妄想しながら、私は今日も大好きな人の使う目覚まし時計の音で目が覚める。
『RRRR……』
パジャマ姿のまま彼の部屋に入り、優しく声をかける。
「起きてお兄ちゃん、目覚まし時計が鳴ってるよ?」
「……あぁ、おはよう玲奈。早く起きないとな〜」
「えへへっ、早く起きないと…… 玲奈がイタズラしちゃうよ?」
私の名前は来海玲奈。お兄ちゃんの事が大好きな高校二年生。そして私が好きな人は来海祐一お兄ちゃん。つまり私の、絶対叶わぬ片想い相手なの…………
「おはよー玲奈、今日も大好きな兄と登校かぁ〜。ホント羨ましいねぇ〜」
「ちょっともう〜、あんまりからかわないでよ〜」
友達に私の腑抜けっぷりをいじられながら今日もお兄ちゃんと一緒に登校をして、玄関前にある階段で一旦別れる。二年生の教室に入って席に着いたらすぐに後ろの席に座っている親友の楠木かなえちゃんから声を掛けられる。
「おはよう玲奈、先週の土日で風邪は治った?」
「おはようかなえちゃん。もうしっかり熱が引いたから、玲奈は大丈夫だよ」
「良かった〜。あっ、そういえばなんだけどね…… 今日からこのクラスに転校生が来るかも知れないんだよ。私がたまたま職員室に来たら、見た事がない女の子が先生と話してるとこを見たんだよ」
「転校生って…… もうすぐ七月なのに?」
「もしかしたら、親の都合って事なんじゃないかな? 大事な時期に転校なんて、ありえない訳じゃないからさ……」
「まぁ、確かに……」
かなえちゃんと話し込んでいると、始業のチャイムが鳴って先生が教室に入って来た。私達が静かになったのを確認してから先生はいつもより真剣な顔つきで大事な事を話し始めた。
「皆さんおはようございます。いつもなら授業を始める時間ですけど、その前にこの教室に新しく入る転校生を紹介しなければいけません」
転校生の話題を知った直後、クラスメイトのほぼ全員がザワザワと騒ぎ出して男子か女子かと期待の込められた声色で話す男子もやっぱり現れた。
「さぁ、入って下さい」
そして先生の合図で入って来た転校生の女の子は、とても綺麗で腰まで届いた黒髪をなびかせながら歩いてきた。
『おぉ…………』
ボソボソと転校生に一目惚れする中、転校生が前を向いて深く礼をする。
私から見て転校生の女の子は、とても整った顔立ちでモデルさんでもやってそうに見えた。でも本当にそうだとしたら既に雑誌か何かで見てる可能性だってあるから、そう考えると絶世の美人はホントの本当にいるんだと、とても思い知らされた。
「今日からこの子はここの教室の生徒として、一年半程を共にするからな。それじゃあ自己紹介をお願いね」
「はい」
転校生が振り向いた時の仕草が、男子達の下心をそれなりに刺激し、女子達は転校生の綺麗過ぎる外見に少し嫉妬していそうな雰囲気を醸し出していた。
そんな何処かおかしい雰囲気を気にもせず、転校生は名前を書き上げていき……
もう一度私達の方を振り向いた。
「…………八宮由衣です。これから一年半、よろしくお願いします」
何人かが返事をする中、八宮さんと私が目が合った気がした。
“えっ…………?”
その時の表情が、どこか険しい顔つきにも見えたのは私の気のせいだろうか?
『八宮さん、前の学校って何処だったのかな?』
『八宮さんって凄く綺麗だけどさ、もしかして両親がすごい有名人だったりするの?』
私の少し向こうに座っている八宮さんを囲って、複数の男子達が質問攻めを繰り返していく。当の本人は少し困ってそうな雰囲気があったけど、それでも嫌な顔をせずに一つずつ答えている。
「八宮さん、すごい人気だね…… 私達なんて間に入り込めないんだもん」
「うん、本当に転校生ってすごい人を集めるよね……」
あの群れに入らなかった私とかなえちゃんで傍観していると、八宮さんが突然コッチに目を向けてきた。その時の表情は、睨む訳でもなく憎む訳でもなく、とても私には読めない表情をしていた。
「ねぇ玲奈、八宮さんはどうして玲奈を気にしてるんだろうね……? 小さい頃に一度会った事があったりしないの?」
「う〜ん…… そんな記憶は絶対無いはずなんだけどなぁ〜」
八宮さんが私を気にする理由について頭を抱えていると、突然男子の声が教室に響いた。
「なぁ玲奈、お前も何か質問して良いんだぞ‼︎ 何か話したそうだったしさ……」
「えっ…… 玲奈は良いよ……」
と言いつつも、渋々八宮さんの許に歩み寄る私。そうしてすぐ近くまで立って間近で見た八宮の顔が、あまりにも綺麗過ぎて……
「綺麗…………」
気が付いたら、口にしていた。
「……………………」
さっきまで私を見てたはずなのに、八宮さんは私が近付いた途端、無視をしだした。当然何を質問しても返事すらせずに無視を決め込まれ、結局私は諦めて自分の席に戻った。
「どうだった?」
「全然相手にしてくれなかったよ…… やっぱりかなえちゃんの言う通り、大事な事を忘れた玲奈が悪いのかな?」
「そうとは限らないと思うなぁ…… もしかしたら二人きりになれば話してくれるかもしれないよ?」
「う〜ん、そうかなぁ…… とてもそんな子には見えないんだけどなぁ……」
それから昼休みになって八宮さんが一人になる瞬間をさがして後をつけたけど、常に転校生という興味本位で近寄る人達で溢れ返っていて私が話しかける余裕は全く訪れなかった。
そしてとうとう放課後になり、私は次第に八宮さんに嫌われてるのではと考え始める様になってきた。
「ねぇかなえちゃん、八宮さんが全く玲奈の話を聞いてくれないし、目も合わせてくれないよ〜…… こういう時って、どうしたら良いのかなぁ……」
「こういう時は、八宮さんと下校するのはどうかな? これならシンプルな手段だし、玲奈でも出来るんじゃないかな?」
「そうか、玉砕覚悟って事だね…… ありがとうかなえちゃん、早速八宮さんの後をつけて来る‼︎」
カバンを持って勢いよく教室を飛び出し、玄関に行くとお兄ちゃんが私の下校を待っていた。
「玲奈、なんか今日はやけに遅かったな。何かあったのか?」
「ごめんねお兄ちゃん、玲奈ちょっと用事があるから先に帰ってるね‼︎」
「えっ、ちょっと玲奈⁉︎」
お兄ちゃんには目にもくれずに靴を履き替えて玄関を飛び出していく。そして校門を出て八宮さんが近くを歩いてないか、慎重に見回していると一人で歩く八宮さんの後ろ姿を見つけた。
「……よし、勇気を振り絞って話しかけよう‼︎」
駆け足で八宮さんに近付き、いよいよ隣に立った。
「は、八宮さん……‼︎」
「……………………」
何となく予想は付いてた無視を、八宮さんはまだ続けていた。
「どうして玲奈を無視するの……? もしかして、前に何か酷い事をしたとか?」
八宮さんは一切喋らず、ただ私の話を聞くだけの姿勢で歩き続ける。
「そんなのひどいよ…… 挨拶の時は目を向けてたのに、突然無視を決め込まれて…… 訳も分からず無視される玲奈の気持ちにもなってよ」
「……………………」
半泣きで必死に訴えても、八宮さんは黙ったままだった。やっぱり私だけを徹底的に無視をしているからなんだ。
「…………魔女が、見てたから」
「え……?」
突然八宮さんが、私に対して口を開いた。そのあまりの唐突な反応に思わず呆然としてしまう。
「あの時魔女があなたを見張ってたから、出来るだけ私と接しない様に無視をしてたの。あそこでもし私と会話を交わせば恐らく、あなたの人生が狂うから」
“魔女”だの“人生が狂う”などの不可解な単語を並べだしていき、次第に私の頭がパニックになりだした。
「ちょっ、ちょっと待ってよ八宮さん‼︎ いきなり口を聞いてくれたかと思いきや、魔女とか人生が狂うとか…… 全然意味が分かんないよ‼︎」
「……そうね、まずは自己紹介を改めてしておくべきよね」
そう呟いたと思いきや、八宮さんは突然不思議なポーズをとってコスプレみたいな服装に一瞬で着替えた。
「改めて私の名前は八宮由衣。八王子を拠点に活動する魔法少女よ」
「魔法、少女……」
自分を魔法少女と名乗った八宮さんは、秋葉原で見かける様なコスプレイヤーとは少し違う雰囲気があり、服装にはちゃちな作りとは違う本物らしさがあった。
「もしかして、魔法少女ってテレビで見る様な?」
「えぇ、ソレの本物よ」
本物の魔法少女が、私の目の前に立っている。それだけですごく奇跡みたいな出来事だし、何よりも本物に出会えた事が凄く嬉しかった。
「うわぁ…… 本物だ〜」
八宮さんの魔法少女コスチュームをあちこち触って、本物を堪能する。小道具や衣装の肌触り、そしてミニスカのひらひら具合も確かめた。
「……何やってるの?」
「あっ、ごめんつい……」
ふと我に返ってすぐに八宮さんの魔法少女衣装の堪能をやめた。あれだけ興味津々に衣装を触られたのに、八宮さんは顔を赤くした様子もなく落ち着いている。
「話を戻すわよ。あの学校には何人もの魔女が潜んでいるの。そいつらの魂を回収して平和を守るのが、私達魔法少女の役目。あなたにこうして説明をしてるのは決してあなたに素質がある訳でもなく、あまりにもしつこいから諦めて自分から話しただけ」
今、私を“しつこい”って言ったね。本音っぽいから少し傷付いたかも。
「えぇ〜、じゃあ玲奈には魔法少女の素質がないから変身出来ないって事?」
「それは違うわ。魔法少女になるには私達魔法少女を指揮する人に会って、契約する必要があるわ。ソイツに会って話すれば、あなたも私と同じ魔法少女の仲間入りって訳」
魔法少女になれる。それだけを知れた事で小さい頃の憧れを思い出す。
幼稚園の頃、テレビに出ていた可愛い女の子達が変身して悪い敵をやっつける番組を観て、自分もあぁなりたいと願い続けていた自分を……
「じゃあ玲奈にもその人と会わせて‼︎ 玲奈ね、小さい頃から魔法少女になりたかったんだよ‼︎」
そう言った直後、八宮さんの表情はとても険しくなった。その顔つきで生半可な覚悟じゃ魔法少女になれないんだと一瞬で悟った。
「…………言っとくけど、魔法少女はあなたが思い描いてる様なメルヘンチックなものじゃない。魔法を使うだけでなく、武器を駆使して敵を確実に仕留めなきゃいけないの。つまり人を殺すって意味よ。あなたには街の平和の為なら、人を殺す覚悟はあるの?」
「ひ、人を殺す覚悟…………」
人を殺せるのかと言われ、私の決意は少しだけ揺らいだ。そもそもだけど人を殺すのは悪い事だと自覚している人じゃないと、この場面で揺らがないはずがない。だからこの場面で揺らがないのはよほど決意が固いか、そもそも良心が欠けてるかのどちらかだと思うが、私はもちろん前者の立場。
「こっ、殺す覚悟は…… 今は無いけど……」
意地を張ろうかと一瞬考えたけど、やっぱり嘘は良くないと考えて正直に答えた。その返事を予想してたのかは分からないけど、八宮さんは少しだけ微笑んでいた。
「……そう。魔法少女になる覚悟だけはある様ね。じゃあ人目の付かない場所に行きましょう、見られると色々まずいから」
そう言われて手を引っ張られていき、路地裏に連れて来られた。
「…………ここなら安全そうね」
「ねぇ八宮さん、契約って具体的に何をしたら……?」
「それは、こうやるのよ」
すると八宮さんは小声でボソボソと呟き、誰かと話し始めた。すると八宮さんの背後から突然見知らぬ少年が立っていて、私をジッと見つめていた。
「初めまして、俺はモートって言うんだ〜。よろしくね〜」
モートは私よりも少しだけ背が低く、上目遣いで不気味に微笑んでいる。そんなモートの手がニュッと伸び、私の手を求めている。
「おっと、俺はもう魔法少女の契約を求めてるんだ。君が俺と握手したら、その時点で魔法少女になる。もちろん握手しなければ君は普通の女子高生としての日常が続く。さぁどうする? 由衣ちゃんから既に聞いてるけどもう一回言ってね。君は魔法少女になるかい?」
私は迷わずモートと握手を交わし、魔法少女の契約を結んだ。
「契約成立だ。それじゃあこれからしばらくは俺の指導で––––」
「あなたは他の魔法少女の世話をしてなさい。この子は私が世話するから」
モートと私のお世話について軽く揉めた後、なんとモートが折れてその場から立ち去った。
「八宮さん……? 八宮さんって魔法少女として立場がかなり上なんですか?」
「えぇまぁね。モートはまだ新人だし、私は魔法少女を十年以上やってるから。だからモートに任せるより、実戦経験がある私を頼って貰うわよ。それじゃあまずは……」
少しだけ考えた後、八宮さんは指をどこかへの方向へ差した。
「まずは私の家に行くわよ」
八宮さんの後に付いて行き辿り着いた家は、一軒家ではなくアパートだった。二階のとある部屋の表札には“八宮”と書いていて、そこへ二人で入った。
「そういえば、名前を聞いてなかったわね。名前は何て言うの?」
「来海、玲奈です……」
「じゃあ玲奈、本当の意味で何も無い部屋だけどここで魔法少女について今は軽く説明するから。質問はそれからよ」
それから八宮さんとのマンツーマンで魔法少女のいろはを教わり、大まかな役割を覚えた。そして次に教わるのは戦闘について。
「ところで玲奈は血が苦手?」
「はい…… アニメみたいに沢山飛び出るのはちょっと」
「そう…… でもある程度慣れなきゃ魔法少女はやっていけないわ。今すぐにでも切り傷程度の出血には慣れてもらうから。それじゃあ玲奈、まずは魔法少女に変身して」
「えっ、あ、ハイ……」
八宮さんに言われるがまま、私は魔法少女に変身した。これが私の初めての変身だけど、体感でほぼ一瞬だから裸を見られる心配はなさそうだね。
「まずは武器を出してみて」
「はい、こうですか?」
イメージしてから出た武器は、刃先が鋭い鉈だった。どうやら魔法少女だからといって杖や弓が武器になるとは限らない様だ。
「海老鉈ね…… 殺傷力はそれなりにあるし、扱い勝手も良いから練習を繰り返せばすぐ手に馴染むわよ」
そう八宮さんは淡々と口にするけど、都会育ちの私としてはあまり馴染みのない道具だから練習するにも時間とかが心配になる。
もし部屋で素振りしてる時に誰かに見られたら色んな意味で心配されるし、最悪の場合は精神科行きになってしまうかもしれない。
「八宮さん、これで魔女を傷付けるんですか……?」
「えぇ、でもまずはソレで他人を傷付ける事から始めないと駄目みたいね。早速始めるから武器を構えてて」
言われた通りに海老鉈をしっかりと構える。すると八宮さんは突如として腕まくりをして私に向けてグイッと差し出した。
「さぁ、まずは私の腕をその海老鉈で傷付けてみなさい。遠慮はいらないから」
「え……?」
八宮さんは怖がる様子もなく、さっきの会話と同じトーンで自らの腕を差し出した。
「で、でもそんな事したら八宮さん……」
「死なないわよ。私には傷を完全回復する魔法があるから」
「そ、そう言われても……」
でも魔法少女として活動する以上、悪人を傷付ける覚悟をしないといけない。魔女は人を平気で傷付けては幸せになる極悪非道な連中ばかり。そんな罪人達の魂を回収して何するのかは分からないけど、とりあえず武器を落ち着いて振り回せる様にならないといけない。
「では、いきますね……」
武器を一度しまい、大きく深呼吸してから両手で両頬を思いっ切り叩く。
“…………よしっ、負けるな来海玲奈‼︎”
再び武器を構えて海老鉈の刃先が八宮さんの腕に刺さる様に狙いを定める。
「無理して刃先に当てる事にこだわる必要は無いわ。私の腕を斬れたらそれで良いんだから」
八宮さんからアドバイスを貰い、外さない様に焦りや焦燥などをグッと堪える。
「……や、やぁぁぁぁ‼︎」
なるべく目を閉じずに海老鉈を振り上げ、八宮さんの腕を目掛けて振り下ろした。腕に当たったと自覚した途端に一瞬だけ柔らかい感触の後、少しだけ反発して斬られた部分同士が海老鉈をしっかりと咥える様な感触が続いたかと思ってすぐ、八宮さんの腕からジワジワと赤黒い血が滲み出てきた。
「うぅっ……」
やっぱり見てて気持ち悪い。
「初めての割には狙い通りに攻撃出来たわね。もう一度してみましょうか」
血が出続けてるはずなのに八宮さんはケロッとした表情で私の指導を続けている。魔法少女を続けると痛みが平気になるのかと思ったけど、よく見たら八宮さんはもう片方の腕で握り拳を作っていた。
“思いっ切り、何度も思いっ切り”
今後の活動を想像しつつも、魔女が私を本気で殺しに来る事をイメージしながら八宮さんの腕を何度も切りつけていった。
海老鉈の刃が何度も八宮さんの腕に刺さる度に出血が酷くなり、その内痛みに耐えられなくなってきたのか八宮さんの顔が苦痛に耐えられない様子になりだした。
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
腕が疲れてこれ以上はもう海老鉈を振れなくなった。改めて八宮さんの腕を見ると、腕のあちこちからダラダラと血が垂れ流れていて気持ち悪いの一言では片付けられない位に酷い有り様に見える。
「す、少しは慣れたと、思います…… でも八宮さん、その傷はどうやって治すんですか?」
「それはもちろん、魔法で治すのよ」
そう言いながら荒い息遣いのまま目を閉じ、何かしらの魔法を発動した。私は惨たらしい状態の腕をまじまじと見つめて治る様子を見守っていると、さっきまで流血していた傷口がみるみると塞がっていき、最後には止血もされて何事も無かったの様な綺麗過ぎる肌になった。
「……まぁ、ざっとこんな感じね」
「見た感じ、とても凄い魔法なんですね。今のって一体どうやったら玲奈も出来ますか?」
「少しだけ教えるけど、決して安易に真似しない方が良いわ。今の魔法は玲奈の想像以上に代償が大き過ぎるし、尋常じゃない程に身と心が持たないんだから…………」
そう語る八宮さんの発言には、とても強い説得力を感じた。
「私を見て何ともなさそうと思ってるのなら、その先入観は捨ててほしい。私はこの魔法を数え切れない程使って慣れたから、こうして平然といられるだけ。この魔法だけで私自身をかなり使い古したんだから…………」
意味深な言葉を残し、そして気持ちを切り替えて私の耳元に口を近付けてきた。
「今の魔法は、私ともう一人の協力が必至な魔法。ただ傷を治す為だけの魔法じゃない事を忘れないで」
意味深な言葉の次は難解な言葉で魔法の説明を受け、そのまま八宮さんの家を出る事になってしまった。
「さて、最後は一緒に魔女退治にでも行きましょう。今ならきっと学校にいるはずだし、部活とかで簡単に玄関から入れるはずよ」
八宮さんに着いて行く間は、特に何も喋らずに学校に辿り着いた。お互いに上靴に履き替えた後は迷う事なく三階の三年生教室の前に立った。
「今あそこにいる奴、玲奈にはどう見える?」
八宮さんが指差す先に、一人で机に向かい必死な様子で文字を書き込む姿が目に入った。
「えっと…… 居残り勉強してる様に見えますけど?」
「そうね、普通ならそう見えてもおかしくないわね。でも私達魔法少女から見ればアレは魔法の準備にしか見えないのよ。玲奈はまだ未熟だから魔女特有の魔力に気付いてないから、よく覚えておいて」
たった一人で何かをする魔女を目を凝らしながら見ていると、何か変なオーラを感じた気がした。きっとこの変な感じが“魔女特有の魔力”なんだろう。
「アイツは“不幸の魔女”。友達の裏切りに遭って恋人を失った事がキッカケで没落した、あまりにも惨めな魔女よ。二十年以上前に流行ったオカルト“不幸の手紙”をばら撒いて無差別に不運を届ける、典型的な人間の屑よ」
「そんな酷い魔女を、一体どうやって倒すんですか?」
「それはね、こうするのよ」
八宮さんは不敵な笑みを浮かべたかと思うと、穂先が三つに分かれた痛そうな槍を手にして攻撃の構えをとった。
“槍投げ……?”
八宮さんがしている攻撃の構えは、スポーツでよく見る槍投げの構え。ただ一点だけを見据えて周りの音に一切気付かない程の集中で“不幸の魔女”目掛け、目にも止まらぬ速さでその槍を放った。
『ぅああぁあぁぁあああ‼︎‼︎』
教室の扉の窓を突き破り、そのまま“不幸の魔女”の脳天へ会心の一撃を浴びせた。突然の出来事に混乱と激痛がやって来た“不幸の魔女”は、高校生の背丈ほどある槍を頭に刺したまま椅子から転げ落ち悶え続ける。
「ああぁあぁぁぁあ‼︎‼︎ あぁああああ‼︎‼︎ あぁぁ‼︎‼︎ ぁぁぁああぁあぁぁぁぁああああ‼︎‼︎」
“不幸の魔女”は何とか頭に刺さりっぱなしの槍を自力で引き抜いた直後、新しい激痛と共に目の前に立つ私と八宮さんの目を見て、真の絶望に満ちた嗚咽の声を漏らす。
「あっ、あぁ…………」
“不幸の魔女”の頭から血がドクドクと垂れ流れていく。その一部始終をずっと見ていて流石に気持ち悪くなってきて、見続けるのが耐えられなくなったから視線を逸らす。それに気付いた八宮さんは静かに“不幸の魔女”の許に歩み寄って口を手で塞ぎ、手元に落ちている槍でトドメを刺した。
「…………っ」
見てはいないけど、やっぱり音を聞いただけで想像出来てしまう。そんな私を気遣ってくれてはいるんだろうけど軽く無視して、八宮さんは“不幸の魔女”を容赦なく殺した。
「これで魔法少女の活動は完了よ。後は魔女を退治した魔法少女だけが見返りを貰って一日が終わりで、次の活動は本人の生活習慣次第よ」
「えっと、見返りってどれくらいのものなんですか……?」
出来るだけ遺体を見ない様に八宮さんに質問をする。八宮さんは私の視界に遺体が写らない様、被さる様に立ってから答えた。
「そうね…… 例えるなら『ささやかな幸せ』かしら。殺した魔女の強さに比例して見返りも大きくなるから、魔法少女活動は実質歩合制と言ったところね」
そして私の目の前にまで近付き、そっと優しく肩に手を置いた。
「アレはそのまま放っておいても大丈夫よ。後でモートが跡形も無く片付けるから、余計な心配をかけなくても平気よ。私達魔法少女活動の妨げになる恐れのある者に隠蔽魔法をかけて、自分の正体がバレたり、魔法少女として人を殺害した場合の捜査は未解決か完全犯罪として片付けられる。これら全ては過去に活動していた魔法少女達の要望で出来た活動環境だから、玲奈も何か不満があったら遠慮なくモートに言いなさい。さて、そろそろ帰るけど…… 玲奈は一人で帰れる?」
「はい、何とか……」
「そう。じゃあ今日はここでお別れね、それじゃあ明日学校で会いましょう」
「はい、また明日……」
三年生の教室を後にして廊下に足を踏み入れた瞬間、八宮さんが何か思い出したのか突然私を呼び止めた。
「言い忘れてた事があるの。これは玲奈にとって最大限に警戒すべき連絡事項よ」
真剣なトーンで私をジッと見つめる八宮さん。時間の関係で日が沈みかけ、顔がほとんど見えないけど心配しているのは確かだった。
そして八宮さんは、静かに口を開いた。
「––––とてつもなく強大な力を持つ魔女が、私と玲奈を殺そうとしている」
それは、予言ともとれる八宮さんからの警告だった。