第6話『安楽死』
家族と夕食を済ませ、お風呂に入って身だしなみを整えてから八宮さんとの待ち合わせ場所である小さな公園に集合した。
私が来た頃には既に八宮さんは魔法少女に変身していて、静かに直立していた。
「八宮さんっ、たった今着きました」
私の声に反応して八宮さんが動き出し、私の方を見て今回の戦いについての作戦会議を始めた。
「それじゃあ早速今回の相手を説明するわ。今夜の相手は“仮面の魔女”、あらゆる人間に変身して嘘やゴシップで他人の関係を壊す事を得意とする極めて悪質な魔女よ。しかも変身した相手と本人との違いは殆どなく、よほど本人との絆が強くないと見極められないから、一度魔女を見逃したらそれ以降に会う人全員を疑わなきゃいけないから絶対に見逃さないこと。何か分からない事はある?」
「さっきの話を聞いて思ったんだけど、その“仮面の魔女”が他人に変身したとしても玲奈達みたいな赤の他人を見事に演じるのって出来るのかなぁ〜って」
「それが出来るのよ。“仮面の魔女”の変身魔法は変身した相手の記憶や身体機能などを完コピして、本人の隣に立てば充分に相手を惑わす事が出来るわ。まぁ簡単に言ってしまえばヤツの魔法は人間味の強いバイロケーションに近いかしら」
聞いた事のない言葉に頭を悩ませていたけど、そうこうしている間に八宮さんが突然辺りを見回し始めた。それはつまり戦いの始まりを合図している。
「八宮さん……」
「大丈夫よ、私からはぐれなければ」
するとしばらくして誰かがこっちに近付いて来た。目の前をよく凝らして見てみるとそこに怪盗の様な可愛い格好をした、魔女とは言い難い魔女が堂々と姿を現した。
「……もしかして、あの弱気そうな女の子が“仮面の魔女”なんですか?」
「そのはずよ。でも初めから正体を現すのはおかしいわね…… 様子だっておかしいし」
八宮さんと向こうを見ながら話し合っていると、突然向こうから話しかけられた。
「あ、あのさ…… 投降するから殺さないでくれるかな?」
弱気ながらも、自分は戦う気が無いという意思を伝えてきた。それは多分“仮面の魔女”の魔法による演技の可能性もある。さっきの八宮さんが言ってた事を思い出して分かったけど、変身した相手のあらゆる情報もコピー出来るとしたら、もし八宮さんに変身されたら誰も“仮面の魔女”を止められなくなるかもしれない。
「ど、どうしましょう……」
チラッと八宮さんを見てみる。すると八宮さんは特に迷う事なく、すぐに決断を下した。
「……分かったわ。じゃあこっちにおいで、来たらすぐにアナタの魂を頂くから」
すると“仮面の魔女”はオドオドしながらもゆっくりと私達の方へ歩み寄ってきた。何かに怯える様子があるけど、もしかして八宮さんに威圧されて怯えてるかもしれない。
「……よく来たわね。それじゃあ、これから死ぬという覚悟を決めなさい」
「う、うん…………」
“仮面の魔女”をよく見ても武器を隠し持ってる様子も無いし、不意打ち出来る様な子には全く見えなかった。
少し苦戦するとばかり思ってたけど、あまりにも案外拍子抜けな勝敗に私は胸を撫で下ろした。
「––––でもまず死ぬのは、あなたです」
突如そう呟いたかと思うと、八宮さんが前に倒れだした。よく見ると八宮さんの背中に包丁が突き刺さっていて、そこにはもう一人の“仮面の魔女”とは違う女の子が立っていた。
「は、八宮さん……‼︎‼︎」
怪我の手当てをしようと考えたけど、八宮さんから言われた事を思い出してすぐに海老鉈を構えて“仮面の魔女”にその刃先を向ける。
「ひいっ…… いや、こないでよ」
“仮面の魔女”は今にも泣きそうだけど、それでも情けや同情を捨ててジリジリと歩を進める。
こうして人を追い詰めるなんて本当はしたくないし、心が痛む。でもほったらかしたら魔女達は私達普通の人間に被害を及ぼすと考えたら、不思議とひどい事を平気で出来る様な気がした。
「……ッ‼︎」
すると突然“仮面の魔女”は背を向けて逃げ出した。八宮さんから言われた通り見失わない様、必死に追いかけて行く。
「はぁ、はぁ、はぁっ……‼︎」
いつもの学校内での戦闘とは違い、今回はあまり慣れない屋外での戦闘。だから一度見逃せば次はいつ会えるのかすら予想が付かなくなってしまう。そんな最悪な状況にしたくない一心で、私は必死に後を追っていく。
「…………ッ‼︎」
そして運はどうやら私に味方してくれた様だ。“仮面の魔女”が逃げた先に待っていたのは行き止まりで、しかも簡単によじ登れそうにない高さの塀。
「追いかけっこはもう終わり?」
「…………フッ」
観念して覚悟を決めた表情を見せたのかと思いきや、突如両手を広げて降参の仕草を私に見せた。
「良いよ。わたしの魂を回収しても」
それは、あまりにも諦めが良過ぎてむしろ疑いに満ちた行為にしか見えなかった。清々しすぎているし、あまりにも悟り過ぎている。
何かとてつもない裏があるのは、明白だった。
「ほら、早くわたしの事を回収しないの? 魔法少女の役割って、ただ戦って倒すだけじゃないんでしょ? 追い詰めて魂を回収するのも魔法少女の務めなんじゃないんだっけ?」
「そっ、それはそうだけど…… 今のあなたの行動を見ちゃった以上、玲奈には何が正しい判断なのか分からないよ……」
そう、あそこまで敵が負けを認めると何故が自分の行動に自信と確信が持てなくなる。それは一部の人達がよく体感する事例として考えているけど、果たして今回の場合は何が正しいのか。それを私はほんの数分で見極めなきゃいけない。
私は今、とても大事な選択肢を迫られている。
私は………………
「あらら〜、そんなんじゃ魔法少女としては新人ってところかしら? 敵ながら言っとくけどね、わたしは魔法少女になったのは二年前で、魔女になったのは一ヶ月前なの。だからあなたから見たらわたしは先輩魔法少女であり、先輩敵でもあるの。しかも“仮面の魔女”になった以上、わたしには変身しか能が無いただの女優志望の魔女。親に女優の道を理不尽に潰されなければこんな事にはならなかったし、魔法少女から魔女にはならなかった…… でもね、わたしはもう“仮面の魔女”であって魔法少女じゃない。でもね、かつては魔法少女だったからあなたにこれだけは言える。敵に情けや同情をしないで。もちろんわたしにも情けはかけず早めにトドメを刺してほしい。わたしだって生半可な気持ちで魔法少女になった訳じゃないんだよ。あなただって覚悟を持って魔法少女になったんだよね? だったらその覚悟を持って魔法少女をやってほしいの」
すると突然私の目の前で寝そべって、無防備に手足を広げだした。
「さぁ、わたしを殺して。あなたがやるのよ」
「で、でも……」
「何やってるの、早くしなさい。あなたのパートナー…… だったかな? あの子の相手は影武者だから殺しても見返りは全く無いのよ。今ここで本物と出会ってるあなたがわたしを殺せば、それなりに良い見返りが貰えるはずよ」
「でも、でも……」
あそこまで「自分を殺せ」とせがまれると、自分の良心が「あの子を殺すな」と強く説得してくる。まさにこれは天使と悪魔が言い争っている状況に近い。
「はぁ………… あなたの名前は?」
「えっと…… 来海玲奈だけど」
「来海玲奈ッ、あなたの役目は何さ? 言ってみなさい‼︎」
“仮面の魔女”の叱責で、私はやるべき事をやっと思い出した。
「玲奈の役目は………… 魔女の魂を、回収する事‼︎‼︎」
とても情けなかった私は相手に感情を焚き付けられながら、海老鉈を“仮面の魔女”に向けて一気に振り下ろした。海老鉈はとても鋭利な刃物だから刺した瞬間に綺麗な音がしたけど、そこから真っ赤な血がドクドクと気持ち悪く滲み出てきた。
「そうだ、そうだよ…… 魔法少女なんだから、思い切って殺らないと……」
敵に無惨にも殺されたっていうのに、何故か“仮面の魔女”はとても清々しい笑顔を私に見せた。その純粋な笑顔が、私の良心に深く傷を付けていく。
「さぁ来海玲奈、パートナーの所へ行って戦果の報告をしてきな。わたしは変身しか能がない以上、苦し紛れすら出来ない無能な魔女…… あとはただ死ぬのを待つだけだから」
「あんまり喋らないでよ、玲奈は魔法少女なんかじゃないんだもん…… ただの女の子なんだから」
「いや、そこだけはきちんと胸を張るんだ。ただの女の子が魔法少女になれるんだ。そして悪い人を誰にも邪魔されずに殺せるのも魔法少女だけ。そういう点で来海玲奈は、凄い女の子だよ」
「もう良いよ喋らなくて。玲奈はもう行くから」
咳き込みながらも話を続けるから、私は“仮面の魔女”のもとを去ろうとした。でもその時私のスカートの裾を掴んだ“仮面の魔女”が、何か言いたそうな目で見つめてきた。
「ねぇ、来海玲奈……」
「遺言でも、言いたいの?」
“仮面の魔女”は、静かにコクリと頷く。
「…………ごめんね」
涙を流しながらか細い声で謝った直後、スカートの裾を掴んでた手が離れ落ちて“仮面の魔女”が絶命した。これで私は“仮面の魔女”の、魂回収のお仕事が完了したのだった。
「どうやら、無事に仕留めた様ね」
八宮さんのそばには既に遺体として倒れている、“仮面の魔女”と手を組んでいたであろう一般人が血塗れで死んでいた。
「八宮さん、まさか一般人を……?」
「いえ、この遺体の正体は“仮面の魔女”だったわ。どうやら既に“仮面の魔女”は一般人を巻き込んで私達の前に複数人で現れてたみたいね」
「えっ…… じゃあ玲奈が追いかけた相手ってまさか、魔女じゃなくて一般人?」
「……いや、そう決めつけるのはまだ早いわ。魔女は自身の魔法を他人に貸与出来る事が出来るの。ただしその瞬間からその人も魔女として魔法少女から狙われるから、自殺願望のある人を魔女が捜してそっち側に誘うのよ。こういうのを私は“魔女感染”って呼んでるわ」
となると、いくら魔法少女が魔女を減らしても魔女は増える一方になるという事になる。そして魔法少女よりも魔女の数が圧倒的に多い以上、もはや私達には終わりが無いのかもしれない。
「そうなんだ……」
「とりあえず、お互いに何かしらの見返りだってあるし家の事だってあるから早めに帰りましょう。玲奈には門限があるはずよ」
「そっ、そうだね…… それじゃあ八宮さん、また明日学校で……」
私達にはもうここには用事も何もないから、さっさと解散して部屋に戻った。部屋に戻ってしばらくしてからお兄ちゃんが私の部屋の前で話しかけてきた。
『なぁ玲奈、さっきも俺呼んでたんだけど寝てたのか?』
「えぇ〜っと、うん、寝てたの。気付かなくてごめんねお兄ちゃん」
『いや、それなら良いんだよ。じゃあおやすみ玲奈、明日から学校だから一緒に行こうな』
「うん、おやすみお兄ちゃん……」
明日から女子高生としてお兄ちゃんと手を繋いで学校に行ける事にかつてない期待をしながら、私はゆっくりと目を閉じた。
「玲奈、大丈夫か? 気分は悪くないか?」
「うん…… 何とか歩けるから大丈夫だよ」
突然の高熱で学校を休む事になってしまい、私は今お兄ちゃんに看取られている。既に学校へ欠席の連絡も入れていて、あとは完治するまで布団で休むだけ。
少しの間は魔法少女活動が出来ない事に対する辛さを抑えながら布団にこもってしばらく経った頃に、インターホンが鳴る音が聞こえた気がした。
「うぅ〜ん…… 誰だろう?」
ふらつく身体に鞭打ちながら階段を下りて玄関の扉を開けると、そこに立っていたのは八宮さんだった。
「玲奈、風邪は大丈夫なの? さっきあなたの兄に会って話を聞いたんだけど…… 熱の方は大丈夫なの?」
「だ、大丈夫とは言えないけど…… トイレも行けるしお風呂も入れるから、玲奈は大丈夫だよ」
「そう…… 一日でも早く治ると良いわね。それじゃあ私は学校に行ってるから、何かあったらココの番号に連絡してね。それじゃあ」
八宮さんは私に自分の連絡先を書いた紙を手渡して家を出て、学校へ歩いて行った。熱が酷くてまともに立てないから、窓から見送りも出来ないまま私はベットで横たわる。
「はぁ…………」
ボーッとする頭をゆっくり枕に沈めて、ゆっくりと目を閉じる。家に誰もいないから自分の呼吸音と外で車が走る音が私の耳にハッキリと聞こえてくる。体感温度がそこそこあるから立つのが辛いし、ちょくちょく水分を摂らないとすぐに熱中症で倒れてしまう。そんな危険な身体だから、私はトイレや食事に入浴以外は極力ベットから出ない様にしている。
緊急時の事も考えて枕元にスマホを置いたし、八宮さんから貰った連絡先も登録した。これで今の私に出来る事は風邪を治すだけだから、しっかり休まないと。
「………………」
家族がいない家に今一人でいるけど、こんなに静かだなんて知らなかった。いつも私が普段から家にいる時間は親がキッチンで料理をしてたり、お兄ちゃんが部屋にいる音が聞こえてきたりした。
でも今は家には誰もいないし、私が本来家にいる時間じゃない。色々と不安もあるけど静かに寝るには最高の環境だった。
“よし、そうと決まれば早く寝て元気な姿を見せなきゃ。お兄ちゃん達に風邪を感染す訳にはいかないしね……”
目を閉じて意識をゆっくりと沈めていく。夢の世界へゆっくりと行こうとして、心地よいところへと向かっていく。
『…………ガチャ』
“…………あれ?”
今、玄関の方から音がした。もしかしたら両親が帰って来たのかとスマホを起動したけど、まだ両親が仕事にいる昼前の時間帯だった。
“だ、誰……?”
階段を下りて確かめたいけど、高熱の所為で身体を起こすのが精一杯の今じゃどうする事も出来ない。
今の私に出来る事は、大人しく静かに寝てるしか出来なかった。
『………………』
しばらくして階段を上がる音が聞こえてきた。もしかしたら私の部屋に向かってるのではと考えるが、魔法少女には変身しない事にした。
それはもちろん相手が顔見知りだった場合の事もあるけど、何より魔法少女活動が出来ない状態で無理して戦う方が無理な話なんだから、ここは何もせずに相手がコッチに来るのをただ待つ事にした。
『ガチャ…………』
“…………ッ”
そしてついに、私の部屋のドアが開けられた。
「はじめまして〜、アンタはアタシの事知ってるかしら?」
「え〜っと、知らない…………」
「そっかぁ〜、じゃあここらで自己紹介でもしようかしらね。アタシは満里奈って言うの、今後からよろしくね」
謎めいた女の子満里奈ちゃんは、とても優しい笑顔で私の手をそっと握る。本来なら知らない人が不法侵入してる時点で事の重大さに気付いてスマホを手に取るべきなんだろうけど、今の私にそんな事は出来るわけもなく無防備に彼女を受け入れてしまった。
「……って言うかさ、アンタ顔色悪過ぎない? アタシと話してて大丈夫なの?」
「す、少しなら平気だから…………」
「あっそ。じゃあ大丈夫か……」
そう言いながら満里奈ちゃんは突如動き出して私の部屋を出て行った。最初は何も言わずに出て行ったのかと思ったけど、それは違った。
「冷却シート、使う? それともおかゆでも食べる?」
満里奈ちゃんの手元には、おでこに当てる冷却シートと温かいおかゆが用意されている。私はお礼を言いながらおかゆを手に取って、重い身体を起こしてから口にした。
「美味しい………… でも、本当に食べても良いの?」
「いやいや、遠慮なく食べて良いんだって。アンタに毒なんか入れる訳ないでしょ……」
おかゆを一口ずつ口にして、ゆっくりと噛み締める。
「ん〜…………」
おかゆを噛みながら、満里奈ちゃんを見る。満里奈ちゃんは笑顔を絶やさずにコッチをじっと見つめている。満面の笑顔でずっと見られているから、何だか食べづらい。
……いや、そもそも根本的なところに疑問があるはず。それを満里奈ちゃんにハッキリ言わないと。
「ねぇ満里奈ちゃん、一体何しに玲奈の家に来たの……?」
「あぁ、由衣ちゃんに頼まれたんだよ。『玲奈の看病をお願い』ってね」
「由衣ちゃん…… もしかして、八宮さんの事?」
「うんそう。アンタの事を任されたってワケ。アタシは夕方くらいまで家にいるから、トイレとか行きたかったら遠慮なく言ってね」
「う、うん……」
そう言われて少し満里奈ちゃんとの空間に慣れてきて数分が経った頃、満里奈ちゃんが一度部屋に出て、しばらく経って戻って来た。それからコッチに背を向けながら鼻歌交じりに何かをしている。
「えっと…… 満里奈ちゃん、なにしてるの?」
「別に気にしなくて良いよ。小腹が空いたからおにぎりを食べただけよ」
おにぎりをほぼ無表情で頬張る満里奈ちゃんと目が合った。今度は満里奈ちゃんが立ったまま目が合ったから、本当の意味で上から目線になっている。
「うぅ…… なんか他人に寝顔を見られるのって…… けっこう恥ずかしいなぁ〜」
「そう? すぐ慣れるわよ?」
「そ、そうかな……」
そう言いながら満里奈ちゃんを見た途端、彼女の目つきから今まで見た事の無いどす黒い殺意を感じた。
「…………ッ‼︎」
でも、高熱で身体をまともに動かせない私には防御する方法なんて一つもなく、ただ満里奈ちゃんの殺意を身体で受け止める事しか出来ないんだと、本能で察した。
「アンタはさっき自分の事を玲奈って言った…… そうか、アンタがあの来海玲奈か……」
憎悪に似た声色で話しかけながらベットにのしかかり、私に馬乗りでもするかの様な構えで私だけを見つめてくる。
「アイツが一番頼りにしてる魔法少女…… アタシが早めに殺しておかないと」
「えっ……?」
そう言われた直後、満里奈ちゃんは両手を伸ばして私の首を強く絞め潰してきた。
「……っ、…………っ‼︎」
息が、全く出来ない。苦しいし辛い。満里奈ちゃんの手を振り解きたいけど、高熱の所為で頭もボーッとするし身体も満足に動かせない。
「早く殺さないと…… 早く殺さないと……」
「……っぁ、っ」
意識が朦朧とする中、私は必死にスマホに手を伸ばす。満里奈ちゃんの両手は私の首を絞めているから妨害は出来ないと踏み、必死で手を伸ばす。
“…………ッ‼︎”
スマホを手にし、モヤモヤした視界の中必死で八宮さんの電話にかけた。
「おいッ、何してんだッ‼︎」
怒り狂った声を荒らげながら私のスマホを持った手をはたき、その反動でスマホは八宮さんへ電話をかけた状態のまま床に弾き飛ばされてしまった。
「かけるんじゃないよ…… アイツに見つかったらアタシは今度こそ殺される……」
「こ、ころ…………?」
満里奈ちゃんの手の力が緩んだおかげで、辛うじて声が出せた。けど結果は一言喋るのがやっとで、質問すら出来ないくらいに酷い酸欠状態になっている。
「勝手に喋ってんじゃないよ…… アンタは今すぐ死ぬんだからさ……」
「っぁ…………‼︎」
喋った事が裏目に出て、また私の首は締め潰されていく。そしてやがて視界も音も、何もかもが不明瞭に感じていき…………
…………私は、一瞬の不思議な感覚を覚えながら死を自覚した。
「……………………」
アタシの目の前には、アイツが一番信頼している魔法少女の無様な姿が映っている。何故アタシは魔法少女を窒息死させたのかというと、一番簡単かつ証拠がほとんど残らない殺し方が窒息死だと知っているからだ。
「……………………」
でも油断は出来ない。もしアタシの握力不足で数時間後に目覚めたりしたら、きっとアタシは魔法少女の力を前に殺され返されるだろう。しかもこの魔法少女にはアイツの後ろ盾もあるから、知られたら最後、確実にアタシは殺される。そう断言出来る。
「……さて、念には念を入れないと」
アタシは魔法少女が目を覚ますという万が一を考えて一階に下り、キッチンを漁る事にした。
「黙って死んでた方が天国だった事を、アイツに思い知らせてやらないと…………」
戸棚や冷蔵庫を漁って、ある一つの物が目に入る。ソレは魔法少女に対して殺傷能力は無いけど、致命傷なら与える事は出来るはずだ。
ソレを持ったまま魔法少女の部屋に行き、魔法少女のスマホで着信履歴が無いかどうか確認して、後は裏でコッソリと息をしてないかを確認する。
「……息はしていない」
息をしていない事を確認したアタシは、早速下から持ってきた物のフタを開けて魔法少女の口元に当てる。
「永遠におやすみなさい、魔法少女………… 良い夢見なさいよ?」
そしてアタシは、ソレを魔法少女の口の中へ一気に流し込んだ。
多分みんなはきっとおおよその察しがついてるだろうけど、優しいアタシからあえて答えを教えてあげようかしら。さっきアタシが魔法少女の口に流し込んだ物の正体は、酒。
しかもアルコール度数が五割以上の、最高に危ないウイスキーなの。
『ドゥドゥドゥドゥドゥドゥ…………』
少しずつ、そして確実に魔法少女の体内にウイスキーが入り込んでいく。魔法少女が何も知らずに未成年飲酒させられているんだと思うと、アタシは心の底から興奮してきた。
「さぁ、全部飲んだわね」
ビンに元々入ってたウイスキー、およそ容器の半分が全て魔法少女の胃の中に入った。これで魔法少女は寝ても地獄、覚めても地獄の日々が始まる。
「ホントはアタシの魔法で殺したかったけど、確実に殺せないからなぁ〜…… だから空き巣に殺されたという想定で殺してみたけど、実際に空き巣に襲われた事の無いアタシとしては実感が湧かないなぁ〜……」
さて、長話してたらアイツが早退してまでここに来て鉢合わせしちゃうからね。ここらでひとまず退却しなきゃ。
「それじゃさよなら、魔法少女」
アニメでよくありそうな捨て台詞を吐きながら、アタシは魔法少女の家から余裕を持って出て行った。
……こうしてアタシは、自分の幸せと平穏の為に数え切れない殺人を犯し、束の間の幸せを手にしたのだった。
めでたし、めでたし。