第4話『非日常』
『RRRR……』
私の朝はいつも隣の部屋で寝ている、祐一お兄ちゃんの目覚まし時計の音で目が覚める。私がお兄ちゃんの部屋に入る頃には眠そうな目つきで起きてるから、私が優しく起こしにいく。
「お兄ちゃん、おっはよ〜」
「…………」
けど、今日は何だか目覚めがよくないみたい。まだ気持ち良さそうに眠っているよ。
「お兄ちゃん、起きてよ〜」
お兄ちゃんは他人から寝起き途中で揺らされるのが苦手だから、耳元でそっと囁いてみる。
「……あぁ、おはよう玲奈。今日も朝から、元気、だなぁ〜」
「お兄ちゃんがお眠なだけだよ。さっ、朝の支度して一緒に学校に行こうよ」
学校までの道のりをお兄ちゃんと一緒に歩くのが、私の幸せな時間の一部。大好きな人と腕を組んで学校に通えるって、とても素敵な事。
本当はこのままお兄ちゃんと結婚したいんだけど、お互いの将来を考えた結果それは叶わぬ夢として諦め、だから今この瞬間を大切に過ごす様に心掛けている。
「おはよう玲奈〜、今日も頑張ろうな‼︎」
「玲奈〜、おはよ〜」
クラスメイト何人かから挨拶を交わし、お兄ちゃんとは一旦別れて教室に入って席に着く。
「おはよう玲奈、今日からここに転校生が来るって噂が立ってるらしいよ」
「えっ、まだ五月なのに転校生が?」
席に座ってすぐに後ろの席に座ってる私の親友、かなえちゃんが転校生の話をしてきた。そのまま二人でその人について深く話している内に始業のチャイムが鳴り、慌てて前を向くと教室に先生と転校生らしき女の子が入って来た。
「おはようございます。さて今日は授業の前に転校生の紹介があります。さぁ、まずは自己紹介をお願いね」
「……はい」
凛とした顔立ちの女の子は律儀に返事をしてから黒板に名前を大きく書き始める。名前が書かれていく間にも、生徒達のヒソヒソ声が辺りを飛び交い始める。
『なんか、可愛いなぁ……』
『どこから来たのかな……?』
『ちょっと不思議な子……』
色々言われてるのに全く気にも留めずに名前を書き終え、私達の方を見る。
「……八宮由衣です、これから二年程よろしくお願いします」
お辞儀はしなかったけど、礼儀正しそうな雰囲気のある転校生の八宮さんは私の席から三つ程前へ離れた席に座った。
「それじゃあ授業に入りますので、教科書を開いて下さい」
私は八宮さんを好奇心の目で見つめる。クールで凛々しい表情、そして私達とは何処か違う雰囲気を感じて仕方がない。
何だか私、八宮さんの事がすごく気になってきた……
昼休みになるとすぐに八宮さんの周りに人だかりが出来て、なかなか近寄れないくらいに賑やかになってしまった。しかも教室の外から何人かの男子が八宮さん目当てで寄って来るから、一部の女子達はそれに対して「気持ち悪い」と煙たがっている。
「み、見えない……」
完全に出遅れた所為で八宮さんの頭しか見えないし、声も聞き取れない。
このままじゃ、何も聞けないよ……
『あの、私あそこの人と話したいので…… どいてくれますか?』
そんな声が聞こえたかと思うと、周りの人が突然避けて私と八宮さんで目が合った。
「あっ、え、えっと……」
いきなり過ぎる展開にパニクっていると、八宮さんが歩み寄ってきた。
「アナタ、私に何か質問したがってたでしょ? 少し二人きりにならない?」
「は、はい…………」
そして言われるがままに八宮さんと二人きりになったけど、何だかこれはこれで緊張する空気が流れ始めた。
「えっと〜…… 八宮、さん?」
「何かしら?」
少し冷たい声に聞こえるが、そこはあえて突っかからずに八宮さんについて気になる事をいくつか質問してみる。
「八宮さんはどこ生まれなのかな……?」
「さぁね。小さい頃から転校を繰り返してたから、何処で生まれたかなんて覚えてないわ」
そ、そうなんだ……
「じゃあ、家はアパートって事?」
「えぇ。安い部屋を借りて一人で住んでるわ。荷物も必要最低限しか置いてないから、テレビや音楽はあまり詳しくないわ」
「じゃあ、八宮さんはあの事件も知らないの? 八王子爆発事件」
「爆発……?」
事件に興味が沸いたのか、突然八宮さんの目つきが変わり、さっきよりもクールなイメージが強くなった。
「それで? その事件ってどんなの?」
「えっ、えっとね…… 玲奈もよく知らないんだけど、八王子の街で夜になったら突然爆発音が響き渡った事件なんだけどね、警察の調べで分かったのは近くにはあちこちに色の付いた粉が散乱してたんだって。それで不思議なのがその粉、火薬とかじゃないんだって」
「へぇ…………」
真剣に私の話を聞いている八宮さん。この事件について変に思わないのか、口を挟まずに最後まで黙って私の話を聞き終えた。
「一つ質問だけど、それって夜だけ爆発音が鳴り響くの?」
「うん、爆発音は夜だけ鳴り響くんだって。でも発生場所はバラバラだから犯人の居所がなかなか掴めないんだって」
「そう…………」
すると八宮さんは探偵みたいに、一人で静かに考え始めた。その後しばらく考えて、八宮さんはこの事件についての考察を話した。
「それって、魔女の仕業なんじゃないの……?」
「魔女……?」
予想外に八宮さんの口から、オカルトめいた言葉が出てきた。
「爆発音が何度も聞こえているのに音の正体を暴けない、それはつまり人間じゃないって事なんじゃないの? きっと魔女がこの街に潜んでて、誰かしらに危害を加えて人生を狂わせてるはずよ……」
「待って待って、いきなり魔女の仕業って言われても…… 玲奈はそうとは思えないんだけど‼︎」
「そうかしら? アナタはまだ魔女が視えないだけ。きっと特別な力を持てばきっと、アナタにも魔女が見えるはずよ…………」
とても強い視線を私に向ける。八宮さんの目力に圧倒されている私は、ただ頷く事しか出来なかった。
「……ごめんなさい、アナタには少し難しい話だったようね。さっきのは忘れても構わないから」
「あ、あの…… 八宮さん‼︎」
思わず呼び止めてしまった。
「何?」
えっと何か、何か言わないと……
「いつか玲奈にも、魔女が見えるかな?」
「…………それはアナタの行動次第よ」
そして八宮さんは教室へ戻っていった。私は八宮さんの事が前よりも分からなくなっていった気がした。
「八宮さんって、一体何者なんだろう…………」
気が付けば、いつの間にか私は八宮さんの事をもっと知りたいと思っていた。
学校が終わって今日もお兄ちゃんと一緒に帰ろうと教室に向かうと、いつもお兄ちゃんに突っ掛かる生徒会長の樹桃子さんが机を挟んで揉めていた。あんまり見てて気分が良くないからコッソリ逃げようとしたけど、どうやら一足遅かった。
「あら、丁度良いところに来海さんがいたわね」
早歩きで私の許に歩み寄り、いつもの口調で聞き飽きた警告をまた繰り返す。
「来海さん、あまり学校で異性にくっつかない方が良いわよ。見てて不快に思う人だっているし妬む人だっているのよ? もう少し距離を置いて接しなさい、それなら私達は目撃しても目を瞑るから」
最後まで冷たい態度で私とお兄ちゃんの関係を否定し続け、そのまま自分の教室へ立ち去っていった。教室には少しだけ嫌な雰囲気が漂い、何人かが私とお兄ちゃんを哀れむ様に見ていた。
「…………」
でもこんな事で反抗していたらそれこそ生徒会の思うツボ、冷静になって何事も無かったかの様に振る舞ってみせる。
“まぁあの人達は校則に乗っ取ってるだけ、どうせ玲奈の事なんてこれっぽっちも考えてないんだからね”
生徒会の人達はそうやって行動しているんだと信じて、お兄ちゃんには何も言わずに教室を後にして一人で帰る事にした。一人で帰るのは今まで何度かあったけど、やっぱり一人で帰るのは寂しいなぁ……
「どうして自分のお兄ちゃんを好きになっちゃいけないのかなぁ? 大好きな気持ちは本物なのに、誰も認めてくれないなんておかしいよ……」
きっと私以外にもいるはず。自分のお兄ちゃんが好きで堪らない女の子が。学校で会う男の子とは全然違う魅力があって、恋愛感情が湧くくらいにカッコいいと思いながらお兄ちゃんと過ごす女の子が。
それなのに結婚が認められず、嫌々ながら他の男と結婚するもお兄ちゃんと似ているかお兄ちゃん以上の男に辿り着けない所為で満足のいかない夫婦生活を続けて、挙句の果てには不倫に走って破滅。
正直言って今の結婚制度は、不倫を過激または泥沼化させる昭和の発想にしか感じられない。私もお兄ちゃんも一人の人間で男と女、異性の関係なのに結ばれる事が出来ないなんて非情過ぎるよ。
出来ればお兄ちゃんと結婚するだけじゃなく子供だって作りたい。そして子供と一緒に色んな所へ旅行に行ってみたかった。そんな想いを抱いていたけど、なんだか最近とても冷静に物事を考えられる私がいる。お兄ちゃんとの結婚が無理だと自覚しているからなのか、今を大切に過ごそうと頑張る私がいる。樹会長からは「距離が近い」って怒られるけど、腕を絡ませるより先の事は学校で一度もしてないからまだ指導は受けてない。
でもここ最近、学校であんな事をするのが段々恥ずかしくなってきた気がする。きっと大人になってきたんだと勝手に思ってるけど、もし本当に大人になってたらとっても嬉しいなぁ……
「ただいま〜」
部屋に入って着替えずにベットへ倒れ込む。今日は良い事と悪い事が同時にあったからとても疲れちゃった……
「はぁ…………」
何だかもう、明日がどうでもよくなってしまいそうなこの感覚、何とかならないかなぁ?
『非現実的な刺激、君は欲しくない?』
「あるなら誰も苦労しないよ……」
……えっ、今の声は誰?
「初めまして〜、俺はモートって言うんだ。よろしくね〜」
「ど、どうも……」
何だかとてもチャラそうな喋り方で私に馴れ馴れしく話しかける。本当は不法侵入である事について怒りたいんだけど、今の疲れ切った私には怒る気力なんてない。
「最近さ、君は退屈で理不尽な毎日に飽き飽きしてない? もしそうならさ、俺が刺激的な一日を提供してやっても良いんだよ?」
「刺激的って、たとえばどんなの……」
どうせ夢なんだからと結論付けて、ベットに倒れたままモートに質問する。そしたらやっぱり夢なんだと確信出来る内容が返ってきた。
「魔法少女になってみない? 俺は上からの命令で街に蔓延る魔女の魂を鎮める仕事をしてるんだけどね、どうも数が多くて回収が追い付かないんだよ。だからこうして手伝ってくれる人を探してるんだよ、女の子限定だけどね」
「へぇ〜………… それは随分と現実離れした刺激だね。それなら玲奈も少しは楽しめそうかも」
「それなら契約するかい? 手を握れば契約、心残りがあるなら握らなければ良いだけ。さぁどうする?」
「そっか…… じゃあ玲奈も……」
モートの手を握ろうとした時、ふと我に返って辺りを見回した。さっきから景色が私の部屋だった事や、モートの声が夢とかでありがちな夢見心地な声じゃない事にさっきから違和感があった。
もしかしてこれ、夢じゃなくて現実?
「そっかぁ、まだ心残りがあるんだね」
「……今みたいに、そうやって他人の魂を奪ったりしてない? 玲奈は騙されないからね」
「おぉ怖い怖い、そんな睨まないでよ〜。俺を死神か何かと思ってんの? 魔法少女にさせてるのはホントだし、もし魔法少女として戦って勝てば見返りだってあるんだよ? まぁ、見返りの大きさは魔女の強さに比例した歩合制だけど」
さっきから聞いててモートから嘘を言ってる様子がないし、もしこれが本当だとしたら、魔法少女と高校生の来海玲奈として生活するという非現実的な刺激が出来る。
でも、まだまだ冷静にならないと。甘い罠の可能性だってあるから先に魔法少女になった人の活動を覗いてみないと、まだ分からないよね。
「ねぇ、そんなに玲奈にこだわるならさ…… 先に魔法少女になった人の活動を見せてよ。その人から色々聞いてから魔法少女になるかどうか決めさせて貰うから」
するとモートは少し困った表情になったけど、すぐに私の提案を受け入れてくれた。
「分かった。本当はこういうサービスはしてないけど、これが嘘なんかじゃないって事を証明するには仕方がないからね。さぁ玲奈ちゃん、俺にすっかり付いて来て」
モートの後ろを黙って付いて行き辿り着いたのは、いつも私が通ってる八王子の高校だった。どうせ何かしらの悪ふざけなんだと思いながら学校に入って行くと、何処からともなく激しい足音が聞こえてきた。
「ねぇモート、この音は一体何の音なの?」
「魔法少女と魔女が戦う音だよ。きっと魔女が劣勢だねコレは」
迷う事なく三階へ上がっていくと、音が段々と強くハッキリと聞こえていき何の音なのかも分かる様になってきた。
「足音……?」
階段を上がった先に私を待ち受けていた光景は、まさに非現実に相応しい光景だった。
可愛い衣装を纏った女の子が、醜い衣装を纏った女の子を一方的に追い詰めて仁王立ちをしている光景。
すると魔法少女はモートの存在に気付くと、首をクイッと動かして合図らしき何かを行った。
「ハイハーイ、ただ今〜」
『イヤッ、ぃやだ、止めて‼︎‼︎』
モートが自分へ近付く事に対して泣き喚く魔女の目の前に立ち、しゃがみ込んで何かしたかと思えば、さっきまで泣き喚いていた魔女が突然静かになってその場に倒れ込んだ。
「お疲れ様、見返りは小さいけど大丈夫だよね?」
「えぇ、構わないわ」
モートが魔法少女と挨拶代わりに会話を挟んでいる時、魔法少女が私と目を合わせてきた。
何処かで見た事のある綺麗でクールな顔のはずなんだけど、誰だったかをどうしても思い出せない……
「それじゃあ私はこれで。これから人と会う約束があるから」
「あっ、ちょっと待って下さい…………」
呼び止める前に窓から飛び降りて去っていってしまった。あまりにも人付き合いの悪さに、これにはモートもやれやれと諦めていた。
「運が悪かったね。彼女はかなり人付き合いが悪いから仕方ないよ。それに近くにいる魔法少女は彼女ともう一人なんだけど……」
「じゃあそのもう一人の魔法少女に会わせてよ。その人は何処にいるの?」
何だか言いづらそうな雰囲気になるから、少し深入りし過ぎたかと心配したらそのまさかだった。
「その、なんて言うか彼女は、魔法少女の中でも特異点なんだよ。魔法少女と魔女のハーフを実現させた稀有な存在なんだ」
「だからいつも魔法少女から狙われてて、他人に会う余裕がないとか?」
「いや、そういうのじゃないんだ。彼女は魔法少女から狙われてはいないし、この世にちゃんと存在するんだ。ただ……」
「ただ……?」
「彼女は成人していて、しかも自立していて人間側の仕事で忙しいんだ。だから玲奈ちゃんが簡単に会える訳じゃないんだよ」
「そっか…………」
うん、それなら仕方ないね。またさっきの人に会えたらお話を聞いて、それから魔法少女になろうかな。
「それじゃあ俺はこれで。魔法少女になりたくなったら俺を呼んでね〜」
そう言うとモートは、いつの間にか私の前から居なくなっていた。しかも私は制服姿のまま学校に来ちゃったから、近くをたまたま通りかかった先生に心配をかけちゃった。
魔法少女という存在を知ってから次の日、私は昼休みの時間に昨日の場所に訪れた。ここでモートが何かしたはずなんだけど、その痕跡が見つからない。
「おっかしいなぁ〜、確かに見たんだけどなぁ……」
『何やってるの?』
突然後ろから話しかけられた。先生に不審がられたかと思ったら、話しかけてきたのは八宮さんだった。
「そこで何やってたの? こんな場所で消しゴムでも落としたの?」
「い、いや。何でもないよ…… それじゃあ」
何だか色々と恥ずかしくなって、一目散にその場を離れた。離れる途中で一瞬だけ八宮さんを見たら、八宮さんは私をジッと見つめていた。
とりあえず図書室に入って人気の無さそうな隅っこでモートを呼ぶ事にした。
「モート、聞きたい事があるんだけど…… 昨日のアレって、何をしたの?」
「あれはね、魔女の魂を直接回収したんだよ。側から見れば人が突然倒れた様にに見えるのは、生きてる人から無理矢理に魂を抜き取って死人にした事が理解出来ない所為なんだ。慣れればうるさい魔女が静かになって、ちょっとしたストレス解消にはなると思うよ」
「玲奈はそんなにひどい人間じゃないけどね…… あぁいう戦い方は、血が苦手な人の為に用意したの?」
「そうだよ。だから玲奈ちゃんが、もし理不尽仕様に感じた事があったらとりあえず報告してくれると嬉しいな。不満次第では改善されるからさ」
「……分かった。じゃあ最後に一つ良いかな?」
私はそっとモートに、自分の手を差し伸べる。
「玲奈も魔法少女になっても、良いかな?」
「もちろんだとも。ガイド付きで初心者サポートは任せてよ」
モートと私はかたく握手して、魔法少女の契約をついに結んだ。
「それじゃあこれで玲奈ちゃんは晴れて魔法少女になったってワケだけど、魔法少女としての活動は明日から。今日は他の魔法少女から『邪魔するな』って釘刺されちゃってるからね〜」
人の助けがいらない子なのかと、少し良くないイメージが出てくるけど、人に手柄を横取りされるよりかはマシかと考えると個人で活動するのも納得だね。
「それじゃあ玲奈ちゃん、家に帰って準備が出来たら俺を呼んでね。そしたら魔法少女のイロハを教えに来るからさ、じゃまたね〜」
モートは軽いテンションで帰って行くと、しばらく一人だけの時間が生まれた。途中でお兄ちゃんの所に行って様子を見に行こうかと考えたけど、今日はやっぱり一人にさせる事にした。
「よしっ。魔法少女の事を知るのも大切だけど、それよりも勉強だよね‼︎」
気持ちをサッと切り替えて図書室を出て、小走りで自分の教室へと向かって行った。
「さてと、じゃあ早速玲奈ちゃんには魔法少女のイロハを軽く教えよう。他人に見られたらマズいから手短に教えるよ」
「はいっ、よろしくお願いしますモート先生‼︎」
何だか変な雰囲気だけど、これはモートによる演出の一環で、私は小学生みたいなテンションで学ぶ生徒を演じている。ちなみにモートは新人教師の役を演じている。
「魔法少女はね、俺達の仕事のサポートという立場にあるんだ。だから一応雇用契約が結ばれているから、魔女を倒せばそれなりの見返りがある。とは言ってもお金の類は見返りとして贈られる事は無いから、そこだけは期待しないでね。それと戦闘についてだけども、魔女はほとんどが人間に害をなし続けてきたから魔法少女相手には容赦が無い。だから魔法以外でもその辺にある物を使って攻撃してきたりする事だってあり得る。それともし戦闘で身体に傷が出来た場合、戦闘が終わっても回復しないから注意してね。何か聞きたい事はあるかな?」
「じゃあさ、魔女は必ず倒す必要があるのかな?」
「いや、魔女が降参した時や戦意喪失した場合もあるから、そういう時は俺を呼んで魂を回収すれば玲奈ちゃんのお仕事は完了だ。もしかして玲奈ちゃんは血とか苦手?」
「うん…… あんまり残酷な事とかしたくないからね、人殺しになっちゃうし」
魔女を本当に倒す必要がないなら、私でも暇つぶし程度に魔法少女やっていけそうだね。
「よし、そろそろ玲奈ちゃんの母親が呼びに来そうだから今日はここまでにしよう。因みに明日玲奈ちゃんが相手にする魔女は“闇夜の魔女”だからね、覚えておいてね〜」
慌てる様に帰ってすぐに部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。あっ、お母さんが美味しい夕食を作ったからわざわざ私の所まで呼びに来たんだね。
そしてお母さんの夕食を家族みんなで囲みながら、私は明日訪れる秘密の時間を楽しみにしながら家族団欒を過ごした。
次の日の学校で私が気付いた、あるちょっとした変化があった。それは八宮さんについての変化なんだけど……
八宮さんが昨日と比べて少し綺麗になった気がする。勿論校則の関係で化粧なんてしたらいけないし、メイクだってしてはいけないはず。
それなのに八宮の肌が少し綺麗になって、おまけにほんのりと色気も出てきた気がする。その所為なのか体育の時間中、ずっと何人かの男子が八宮さんの体育着姿を見つめていた。もちろん私達女子からしたら不快な光景なのは言うまでもない。
“もう…… 少しは他の女子達も見てほしいのになぁ……”
時々クラスで男女のカップルっぽい二人を見かけたりしてるけど、その何人かが八宮さんに釘付けだから彼女としては八宮さんに嫉妬しかねないよね。八宮さんは性格に少し難があるけど、こうして実際に男子を釘付けにする美人である事が確かだから、なかなか女子達から八宮さんに対する恨み言が絶えなかった。
こうやって男子は浮気をしていくんだと痛感させられると、やっぱり私のお兄ちゃんが心配になってくる。お兄ちゃんは浮気性だったりしたら、実はお人好しだったりしたら、他の女の頼みを断れずに色々とやらかす可能性だってありえるもん。そうなったら私の心がどうなるかなんて想像出来ないし、したくもない。
とりあえず、八宮さんは私の話を聞いてくれるくらいに心を開いてくれたから早速聞いてみないとね。
「あの、八宮さん……?」
「何?」
「八宮さんが一日で綺麗になったと言うか、男子からの視線が熱いと言うか……」
この後の台詞を考えてなかったから、言葉に詰まってしまう。でも八宮さんは私に言われて自覚してるのか、自分の肌を確認する素振りを見せている。
「…………ッ」
でも、あんまり良い気分じゃなさそうだった。むしろ人よりも美肌なのを、かなり気にしてる様子でもあった。
「……忘れて、この事は」
「えっ、でも美肌ってみんな羨むけど––––」
「見なかった事にして。分かった?」
「う、うん…………」
美肌が嫌だなんて、ますます私の中の八宮さんが不思議な人になっていくなぁ……
“どうして八宮さん、自分の肌を気にしてるんだろうなぁ……”
またスポーツで活躍する八宮さんをジッと見つめる。しばらく見てると八宮さんの一つ一つの仕草や動きに謎の色気を感じる。もちろん顔や体つきが良いのもあるけど、不思議と見惚れてしまう魅力を感じた。
これが女性の魅力って事なのかな?
“……やっぱり男子達は八宮さんばかり見てる”
それからしばらくして、八宮さんに対する男子の視線が増えたのは言うまでもない。
「最近八宮さんの人気が物凄い気がするんだけど、玲奈も気付いてる?」
「うん、やっぱりかなえちゃんも気付いてた?」
「まぁあれだけ男子達の視線が集まってたら、流石に私も気付くよ。でも変だよね…… 一日であそこまで肌が綺麗になるなんて。あまりにもおかしいと思わない?」
「それは玲奈も思ってた‼︎ 化粧とかしたんなら分かるけど、そんな痕跡はなかったし、整形とかじゃなさそうだし……」
「う〜ん、もしかしてだけど八宮さんって実は裏で何かとんでもない事とかしてるんじゃないかな? 例えばさ、オカルトに手を出してるとか……」
「オカルト……」
そこで八宮さんの口から出てきた「魔女」の話を思い出した。そして同時に魔法少女の契約も思い出した。
もし私の予想が正しければ、きっと八宮さんは…………
「あっ、ごめんかなえちゃん、学校に忘れ物しちゃったから先に帰ってて‼︎」
かなえちゃんに嘘を吐き走って学校に戻って教室に戻る。そこには当然八宮さんの姿はなく、荷物も見当たらない。
「モート‼︎ 近くにいるの⁉︎」
いくら呼んでも返事がない。つまり誰かと一緒にいるという事になるね。
「モート、何処〜?」
ある程度歩いた所で、何かの喚き声が聞こえてきた。それは女の子の罵声で誰かを一方的に怒鳴り散らしている様子に聞こえてくる。
『……………………‼︎』
少しずつ声がハッキリと聞こえて、台詞もハッキリと聞き取れる様になってきた。
『……んであ…………さっ……えん……お……せいこ………………』
三階の階段のそばにまで二階から近付くと、黒い派手な衣装をまとった女の子が同じく派手な衣装をまとった綺麗な女の子に、一方的に怒りをぶつけている。
「アンタさぁ、自分の将来が欲しくないワケ⁉︎ 誰かと過ごす時間がどれだけ大切なのか、私には少なくとも分かるわッ、これでも元リア充だったからね…… それなのにアンタは気色悪いったらありゃしない‼︎‼︎ 小汚いおっさんの何処が良いワケよ⁉︎ 付き合うなら同世代の男だろーがッ、頭イカれてんじゃないのかテメェ⁉︎」
「……言いたい事はそれだけ?」
「アッ、アンタやっぱネジがかなり外れてんわ。アンタと話なんか通じると思ってた私がバカだったわ、しかもこんな奴が魔法少女とか信じらんない…………」
「恋に狂った貴女からも、言われる筋合いはないけどね」
「…………ッ‼︎」
何やら喧嘩してる様子だけど、大丈夫かな?
「うるせぇッ、テメェみたいなニセモンの魔法少女がいるから清純が減る一方なんだよぉ‼︎‼︎」
紙の束を振り回して魔法少女に突進していく黒い女の子に対して、魔法少女は一歩も動かない。むしろ刺さったら痛そうな三叉槍を、静かに低めに構え始める。
「…………無駄よ」
すると派手な衣装の女の子は槍を目にも止まらぬ速さで一直線に突き刺し、黒い衣装の女の子の身体を貫通した。
「えっ、あっ、あぁ…………」
黒い衣装の女の子が相手から刺された事に気付くと、痛みによるショックと恐怖で叫び始める。
「ああぁあああぁぁぁあぁあぁああ‼︎‼︎ あぁああぁあああぁぁぁ‼︎‼︎ ぅぁあぁあ‼︎‼︎ ああぁ……」
耳をつんざく悲鳴に耳を押さえていると、派手な衣装の女の子は表情一つ変えずに槍を抜き取った。当然だけど穂先には生々しい赤色の血がベッタリと付いていた。
「あっ、あぁ……‼︎」
痛みに耐えながらも立ち上がる黒い衣装の女の子。そして派手な衣装の女の子に向かって足を動かしていく。
「くそぉ…… テメェは生きるべきじゃない、生きてて良いワケが––––」
手を伸ばして首を絞めようとしてた子に対して派手な衣装の女の子がとった行動は、もう一度槍を突き刺して、痛みに苦しみだすと同時に階段から蹴り飛ばした。
「…………ッ‼︎」
転がっていった先に私がいて、足元でゴロンと酷たらしい姿をした女の子が恐ろしい形相でコッチを見る。私の目の前で無惨に殺された人が階段を転がり込んで生き絶える一部始終を前に、思わず声が出てしまった。
「誰かいるの?」
冷たく、そして威圧感のある声。
「あ、あぁ……」
そして私は、魔女みたいな人と目が合った。魔女の目つきはあまりにも怖く、殺す気に満ち溢れた狂気の目だった。
「…………今回も駄目みたいね」
そう言い残して魔女は私に対して立ち去って行った。目撃者である私に対して見逃してくれた事に安堵したのか、気付けばその場で座り込んでいた。
「ごめんごめん、待たせちゃったね…………」
「……ねぇモート」
「うん、何だい?」
「魔法少女…… 玲奈やりたくない」
目の前にある血塗れの死体の隣で、私は今の現実とかけ離れ過ぎな現実から逃げたい気持ちでいっぱいだった。