第2話『日常』
「……………………」
モートの介護のおかげで私は自分の部屋のベットで寝込んだ生活をしている。
あのおぞましい体験からもうすぐ三時間、まだ自分に見返りが贈られた自覚はないし、頭で考える事について支障は無くなってきた。
「…………はぁ」
自分が人を殺したという事実は覆せない。ならば私がするべき事は自首する事、だったんだけど…………
「…………何で」
モート曰く魔法少女として人を殺害した場合、いかなる事例も一般人の力では真実に辿り着けない魔力が働くらしい。それは魔女だけでなく一般人に危害を加えた場合も含まれる。
今までその絶対的な力を悪用して嫌いな人間を片っ端から殺害して廻った魔法少女がいたらしく、その時は地域中の魔法少女を招集して退治したらしい。
“明日、学校に行かなきゃ…………”
不運にも明日は学校がある日。きっと全校集会を緊急で開いて昨日の事件について、先生が何か話すに違いない。
体育館に、殺人犯がいる事を知らないで…………
『玲奈〜、学校からなんかメールが来たんだけど知ってる〜?』
部屋の外からお母さんの声がした。だるい体を無理矢理起こして、三時間ぶりに声を出す。
「えっと…… 知らない」
『何かね、学校で事件があったらしくてね。それで色々捜査する為に明日から一週間の臨時休校をとるって書いてあるんだけど……』
ふとここで見返りを思い出す。私なりの考えだと、恐らくモートが上に無理言って一人になる時間を作ってくれたんだ。
『それで、玲奈は夕食食べないの?』
「食べない……」
お母さんの夕食を食べずにベットへ潜り込み、嫌な事をすっきり忘れる様に頭まで潜り込んだ。
そしてそのまま、私はゆっくりと眠くなっていった…………
「おはよう玲奈ッ、ちゃんと宿題やってきたの?」
「うん、まぁね……」
あの日から丁度一週間が経ち、私達にいつもの毎日がまた始まった。そして予想してた通り朝早くから体育館に集められてあの事件について話し始めた。
『えぇ〜皆さんもテレビで観たと思いますが、先週この学校で三年生の不二谷幸さんが遺体で見つかりました。事件は二階と三階の西階段で起きました。遺体が発見されたのは午後五時四八分頃、近くを通りかかった笹野先生が発見しました。遺体は心臓を鋭利な刃物で一突きにされ、その場で失血死していました。犯人は返り血を浴びたまま学校を去ったらしく、未だに捕まっておりません。殺害の原因は不明で犯人像も分かっておらず、大変難航しているそうです。皆さん、今日からしばらく登下校は出来るだけ複数人で行うよう心掛けて下さい。校長からは以上です』
教室に戻った途端、異常なまでに静かだったみんなが突然喋り始めた。それも事件についての感想から考察まで様々な憶測を話しては、みんな怖がったり平気で笑ったりしている。
今まさにここに、みんなが話しているおぞましい殺人事件の犯人が、さも当たり前の様に席に座っているというのに。
『ヤベーってあれ、絶対生徒の仕業だろ』
『殺されたヤツって、確か前に先輩と揉めてなかったっけ? きっとその先輩が犯人だって』
……違う。
『もし俺達が知ってる意外なヤツだったら、俺どうしよ〜‼︎』
『ちょっと、不謹慎にも程があるって〜』
…………。
「……玲奈?」
「うわっ⁉︎ なんだ、かなえちゃんかぁ。ビックリさせないでよ〜……」
いつの間にかなえちゃんが目の前に立っていて、どうやらずっと私の顔を覗き込んでいたらしい。
「ねぇ玲奈、何だか様子が変だよ? もしかして無理して学校来てたりしない?」
「えっ、そ、そんな事ないよ…… ちょっと現場の事を考えちゃったら気持ち悪くなって」
「うん、そうだよね。あんな酷い事が出来る人間がこの街にいるなんて怖いもん…… だから玲奈が気持ち悪くなる気持ち、私には少しだけど分かるよ」
かなえちゃんの一言が、私の良心に深く突き刺さっていく。
「ありがとう、かなえちゃん……」
かなえちゃんは前々から勘が猫みたいに鋭いから、普通の女子達は別の意味で恐れている。だからといって厳しい性格かと言われたら、むしろ優し過ぎると言うべきかな。
私の親友かなえちゃん、この子は勘がかなり鋭い代わりに少し天然なところがあって、しかも押しに弱い一面もあるから普通の女子達は別の意味で恐れている。
「早く犯人が捕まると良いよね。警察も懸命に捜査してくれれば、玲奈はそれで満足だし」
「うん、そうだね」
どうせ未解決で終わる事を知ってる私にとって、この会話には正直無駄にしか感じない。でも私以外の人にとってこの事件は必ず解決すると根拠なく信じている。
酷い言い方になるかもしれないけど、少しは現実を見て欲しい。
「……えっと、そろそろ授業が始まるからまた今度ね。あんまり無理しないでね、玲奈は無理し過ぎる時があるからさ」
「うん、あんまり無理しない様にするよ」
既に無理してるから、かなえちゃんのアドバイスを一秒足らずで破っちゃったのは後で謝るとして、これからについて考える必要がある。
その為にはまず、今日からお兄ちゃんに甘えるのは控えた方が良いかな。
こんな最低で残酷な人間、お兄ちゃんが好きになる訳がないからね。むしろ今まで片想いで接してたのが不幸中の幸い、両想いだったら私は耐えられなかったはずだし一日中泣いてもおかしくない。
もし出来るなら、親しい人全員から嫌われたい。そうすれば私は心置きなく犯罪者としてこれからを生きる事が出来るから。
「……さて、昼休みになったけどお兄ちゃんの所には行かない代わりに、新しくする事を考えなきゃね」
これからは一人で行動していこうかな。ずっとお兄ちゃん以外の人と話した事がほとんどないから、上手く話せるかどうかは自信ない。
だから決めた。これからかなえちゃんとの時間も作って、少しでも人として多少まともな人生を送ろうと思う。
“よしっ、そうと決まれば早速かなえちゃんのところに––––”
『来海さん。昼休み中悪いけど、少し時間頂けるかしら?』
その声を聞いただけで、全身が身震いする。それは教室の外から樹会長が、私に向けて手招きをしていたからだ。
「今から二人きりで話したい事があるの。付いて来てくれるかしら?」
当然私は樹会長の後に付いて行く。終始何も言わずにただ黙って歩くと、生徒会室に辿り着いた。
「し、失礼します…………」
ここに入ったのは初めてだからなのか、より一層の緊張が走る。それに苦手な樹会長と二人きり、何も起きないはずがない。
「あ、あの…… 一体どの様な用件でしょうか?」
恐る恐る聞いてみる。またいつもの様に説教されるオチなのは目に見えているけど、こっちから聞かないと向こうの思うがままだと樹会長との今までの接点でつい思ってしまう。
「はぁ……」
呆れた様子でため息を吐かれる。そのたった一つの行動だけで、今から私に対してとても厳しい一言を浴びせるんだと悟った。
「今日の来海さん、私から見て明らかに様子がおかしいと思ったんだけど…… お兄さんと何かあったの?」
「えっ?」
樹会長が、私の心配を……?
「その、ね? 普段の来海さんと比べると明らかに口数も減ってる、お兄さんと接しなくなった、休み時間中はずっと上の空。かなり変な言い方だけど、私は来海さんの事ずっと見てたわよ」
いつもの頭ごなしで叱る口調ではなく、まるで友達の心配をする親友の様な語り方で接してくる樹会長の言動に、疑いの目が絶えず向いてしまう。
「それ、本心で言ってるんですか……? 玲奈は忘れた訳じゃないですからね、樹会長が今までしてきた説教の事を」
「それは…… 申し訳ないと思ってるわよ。でもね、生徒会に所属するという事は自己による判断がろくに出来なくなるものなの。生徒総会での私達の活動をちゃんと見ているなら、来海さんも分かるでしょ?」
「それは、そうですけど……」
「それに来海さんの今までの行動は、不純異性交遊になってもおかしくない行動だったの。私が生徒会長だったから今まで説教で済んでたけど、もし先生にソレを弱みとして握られたらどうなってたか、来海さんは想像出来る?」
先生に色々突き詰められたら、生徒である私は逆らえない。その先の事は何となく想像出来る。
「今まで来海さんにしてきた説教は、私の本心じゃなくてあくまで生徒会からの注意。本当は来海さんはお兄さんの事が大好きなのは分かってるし、説教しただけじゃ諦めないのは分かってる。でもね、私は生徒会長なの。たとえ親友が悪い事をしてたとしても厳しく注意しなきゃいけない立場なの。みんなから嫌われても良い、私からの説教をキッカケに誰かの将来が明るくなれたら私はそれで良いの……」
段々と樹会長に対するイメージが崩れていく。冷たくて頭の硬い人だと思ってたけど、本当は樹会長だって辛い思いをしながら学校に通ってたんだ…………
「ねぇ来海さん。もし悩みや相談があったとして、それがもし他人に言えるのなら私に言ってほしい。言える範囲で良いから、言ってごらん? 生徒会長として、生徒会員や先生への他言も一切しないと誓うわ」
樹会長が優しい目で私を見る。それは入学して初めての出来事で、こうして樹会長が私の味方になる事自体が夢としか思えない。
でも同時に問題も出来てしまった。モートは魔法少女が起こした事件は決して暴かれないと言っていたから、たとえ樹会長に本当の事を言っても伝わらないのでは?
今ここでモートを呼んで確認をしたいけど、それだと樹会長が驚いて質問攻めをするかもしれない。
私は今、とても大事な選択肢を迫られている。
私は…………
「……あの、樹会長」
思い出す事で始まった心臓の高鳴りを我慢しながら、あの時の事を遠回しに伝える事にした。
「人を殺した後って、大抵の人は周りにバレない様に振る舞うじゃないですか。自分を正当化して」
「そうね、誰も警察に捕まりたくないものね」
「それで、正当化した後は周りの人全員を騙して、犯罪者である事すら隠して日常に溶け込むじゃないですか」
樹会長は、私の話を黙って聞き始めた。
「あの事件の犯人が、もし樹会長がよく知る人だったら…… どうするんですか?」
私の目を見て何か悟ったのか、樹会長の目つきが変わった気がした。そして樹会長はここで一度大きく息を吸ってから、そっと答えた。
「……説教、かな」
「……だと思いました」
ふと自分は笑顔になっていた。すると樹会長もつられて可愛い笑みが溢れた。
「もし出会い方が違ってたら、樹会長とは今よりもう少し仲良くなれましたよね」
「それは同感。もうちょっとあなたとの出会い方が良かったら、お互いに下の名前で呼び合えたかもね」
それからしばらくは楽しく会話をしてから樹会長と別れて、残り二分程を教室で過ごした。これをキッカケにイメージが随分と変わった。あの樹会長は、実はとても面倒見が良くて周りをよく見ていたんだね。生徒会室での一件のおかげで完全にイメージが入れ替わったよ。
よしっ、今日から樹会長の事は心の中で「桃子さん」と呼ぼうかな。
今日の学校が終わり、かなえちゃんと一緒にお出かけしてみた。可愛いお店で軽くスイーツを食べたり、ゲームセンターでホッケーをしたりと、沢山遊んだ。
いつもはお兄ちゃんとしかしてなかった事だから、何だか新鮮な気持ちで遊ぶ事が出来た。
「あっ、ねぇ玲奈。あのぬいぐるみをお兄さんにプレゼントしたらどうかな? 確かもうすぐ誕生日だったよね?」
「良いねぇ、じゃあ早速獲りに行こう‼︎」
でも私はクレーンゲームは正直言って苦手。小さい頃から何度もやってるけど、景品なんて一度も獲れた事がない。
「う〜ん、なかなか獲れないや…… こういうのってホントに獲れるのかなぁ?」
「玲奈、私もやってみて良いかな?」
今度はかなえちゃんが景品獲得に名乗り出た。真剣な目つきでアームを操作して、ゆっくりと微調整していく。
「これで、どうかな……?」
アームはゆっくり下がっていき、そのまま景品をがっしりと掴んだ。そして穴に落ちて景品を手に入れた。
「うわぁ〜スゴイ‼︎ かなえちゃんってこういうの得意なの?」
「ううん、時々獲れるくらいだよ。今回はたまたま獲れただけだって」
それからかなえちゃんと初めてダンスゲームをやってみたけど、やっぱり素人の私達には画面に出てくるマークを何となく踏むので精一杯だった。それだけならまだ良いんだけど、こういうゲームは百円で三曲遊べる事を初めて知ってちょっとした公開処刑になっちゃった。
「はぁ、はぁ…… やっと終わったね……」
「そ、そうだね…… 私ちょっとこういうのは苦手かも……」
足の疲れが取れるまでファストフード店でしばらく一休み。甘いスイーツを頬張りながら軽い恋愛トークをしては盛り上がったり家に帰った後の体重計を怖がったりと、とても普通の日常を思いっきり楽しんだ。それから家への帰り道も一緒に歩き、家に帰るまで一緒に楽しくおしゃべり。今日の私はまさに絵に描いた様な友達同士の仲っぽい事が出来た気がした。
「今日は楽しかったね~。玲奈と最近あんまり遊べなかったから、思いっ切り騒げたよ」
「そうだね、また今度遊べたらかなえちゃんの家で遊べたり出来たら良いな~」
「私の家かぁ…… 今度の土曜日なら行けるから、その日に遊びに来る?」
「うん!! その日になったら遊びに行くよ!!」
私に土曜日が来るのかは分からないけど、普段通りの私を装いながら遊ぶ約束をした。
「それじゃあまたねかなえちゃん‼︎ また明日学校でね!!」
「うん、また今度ね玲奈ちゃん」
かなえちゃんの家の前で別れ、私はしばらく一人で歩く。
さっきまで抱え込んでいた重い物は、いつの間にか無くなっていて軽やかな身体になっている。
「ただいま〜、今帰ったよ〜」
私と家に帰ったけど、どうやらお母さんは買い物に行ってるみたいだね。お父さんは夕食前に帰ってくるし、お兄ちゃんは玄関にいつも履いてる靴があるからもう部屋にいるのかもね。
「お兄ちゃん、玲奈だけど入って良いかな?」
『……あぁ玲奈か、どうした?』
おかしいなぁ。ちゃんとノックしたんだけど、すぐに返事が来なかった。
「お兄ちゃんと少し一緒にいたいんだけど、良いかな?」
『えっと…… 悪いなぁ玲奈、実はテスト勉強の最中で念には念を入れて一夜漬けしたいんだ。明後日くらいならいくらでも一緒にいてやるから、今日は我慢してくれるか?』
「……そうだよね。お兄ちゃんは大事な時期だもん、早めに勉強しないと大変だもんね」
『あぁ、ゴメンな玲奈。また明後日な……』
「うん。約束だよ」
夕食を済ませてお風呂に入っている時の事。シャワーを浴びてる時に濡れてる手を見て、ふとあの時を思い出してしまう。
私が人を殺し、その時流した血が私の手を伝ったあの感覚を。
“……もう玲奈は殺人犯なんだよね。だから後戻りなんて出来る訳がない”
ここでモートが前に話していた事を思い出した。どうやら私よりも前の魔法少女達は、みんな魔女を躊躇なく殺して見返りを貰ってるらしい。
しかしここで疑問がある。そもそも魔女ってどんな存在なのか?
魔女になる条件って、一体何なのか。
魔女になったら、その前兆があるのか。
「もし玲奈が既に魔女になってたとしたら、もう誰かに殺されてもおかしくないんだよね…….」
濡れた身体をタオルで拭いて着替えて部屋に戻り、ベットに腰掛ける。隣の部屋にお兄ちゃんがいるのを思い出しながら囁く様にモートを呼んでみる。
「どうも〜、モートですよ〜」
モートは普段からこんなテンションだから、特に何とも思わなくなってきた。
さてと、今回モートを呼んだのはとても大事な話がある。モートから魔女になるまでの事を教えてくれるといいけど…………
「あのさ、モートって魔女になる条件とかを知ってたりするの? もし知ってるなら玲奈に教えてほしいんだけど」
「あぁ、やっぱりそう来たか…… ソコ突かれるとさ、俺困っちゃうんだよなぁ〜」
もしかして、聞いちゃまずい事だったのかな? 物凄く困った表情をしてるけど、私何かとんでもない事しちゃったかな?
「んっとねぇ〜、魔女になる明確な条件ってのが無いんだよ。魔女に没落するキッカケに個人差があるから説明が難しいんだよ……」
「そっか。もし人一人殺しただけで魔女になったら、そこらじゅう魔女だらけになっちゃうもんね。そして玲奈はあの日から魔女になって皆から狙われる毎日になるもんね……」
でも、私は魔法少女から殺されてない。これは私の考えになるんだけど、魔女に没落した瞬間からモート達に魔女化した情報が入って、その後魔法少女達に連絡してすぐ退治するかを促す。
そしてその魔女を殺すか捕らえるかどっちかの魔法少女に見つかって戦闘を余儀なくされ、負けたら命を落として他人の幸せの栄養になる……
一方で魔女化の条件なんだけど、個人差があって明確な条件がないという事は私達魔法少女の精神力、つまりメンタルが大きく関わってるんじゃないかな。
何か現実逃避したくなくなる様な強いトラウマを受け、それに理性が負けたら精神が崩壊して魔女に没落…………
つまるところ、闇堕ちだね。
「ねぇモート、ここ一週間で魔女化した魔法少女っているのかな?」
「正確な人数は教えられないけど、いるにはいるよ」
「それさえ聞ければ良いよ。ありがとうモート」
魔法少女でいる内に、少しでも魔女が減れば他の魔法少女達の負担も減って魔女化も激減するはずだよね。
だったら私が頑張らなきゃだよね‼︎
「ねぇモート、近くに魔女いないかな⁉︎ 少しでもモートの助けになりたいんだよ‼︎」
「それはとても嬉しいし助かるけど、近くにいる魔女って言われても玲奈ちゃんにとって強い魔女しか今はいないよ」
そっかぁ……
「じゃあ遠出するから、玲奈が何とか倒せそうな魔女を探してくれる? お願い‼︎」
両手を合わせて頼み込む。そしたら私の熱意が伝わったのか喜んで無理を引き受けてくれた。
「そうかぁ〜…… そこまで率先してくれるなら、玲奈ちゃんに頼っちゃおうかな〜」
まだ一人しか倒してない新人魔法少女に、こんなにも協力的な態度を示してくれるなんて……
これなら私、楽しく魔法少女やっていけるかも‼︎ 先週のアレさえ忘れればね‼︎
「……よし、コイツにしよう。さぁ玲奈ちゃん、早速退治に行こうか」
よしっ、待ってましたぁ‼︎
「場所はここから三十分程歩いた所にある公園で、そこには“闇夜の魔女”がよく訪れるんだ。たまに会えない日もあるけど、基本的に会えるから今から会いに行こうか」
「うんっ、それじゃあ早速出発の準備をしてるからモートは外で待っててね‼︎」
私達が目的地である公園に辿り着いたのは、午後五時過ぎ。少し早めにケリをつけないと門限とかで親に心配かけちゃうからね、サクッと倒してお仕事を終わらせないと。
「それじゃあ最初は玲奈一人でやってみるね。ヤバそうになったら頼るから」
「りょーかい。それじゃあ俺はどっか人目のつかないトコで隠れてるからね」
夕焼けの光を浴びた公園で一人、先に魔法少女へ変身した私は周りを見渡して敵襲に備える。
相手の魔女はどんな魔法でどういう攻撃が得意なのか、それも考えないといけないからね。こういう時に漢字力があったら何となく予想がついてるんだろうけど、残念ながら私には普段使ってる言葉の意味があんまり分からないから、どうして“闇夜の魔女”って言われているのかが、全く想像が出来ないなぁ……
「一体、どんな魔女なんだろう……」
周りから発せられる音全てを耳に入れるつもりで集中していると、誰かが公園に歩いてくる足音がしてきた。
「ヤバッ…… 普通の人かな?」
焦って変身を解いたけど、それは間に合わなかった。一応それについて質問された時のごまかし方も考えておく。
「あなた、こんな所で何やってるの?」
この冷たい声はもしかして、八宮さん?
「あの、えっと…… 実は人と待ち合わせしていて。八宮さんはどんな用事でここに?」
「別に。あなたには関係ない事よ」
やっぱり八宮さんは私に自分の事を、一切教えてくれなかった。そして私に何一つ教えてくれないままその場を立ち去ってしまい、また一人ぼっちになった。
「はぁ…… もし八宮さんが一人を好む理由に魔法少女が関わってたら、玲奈に心を開いても良いのになぁ〜。そしたらお互いに隠し事をする必要が無くなるのに」
『へぇ〜、あなた魔法少女なんだね〜』
突如どこかからか声が聞こえてきた。魔女が来たのかと辺りを見回すと、滑り台の上にいつの間にかこの辺りでは見慣れない女の子が立ち上がっていた。
「どうやら私に用があるみたいだけど、あんまり関わらない方が良いと思うよ? だって私は魔法少女じゃなく、魔女だからね」
その子は滑り台のてっぺんから飛び降りると共に魔女へ変身し、私の前で華やかな衣装を披露し始めた。
「どう? コレ結構気に入ってるんだよね。まぁ私の戦い方だとあんまりこの素晴らしい衣装が見られないのが少し残念だけどね〜」
戦いの前だというのにダラダラとお喋りする相手の魔女。このままだと埒があかないから魔法少女に変身して、さっさと終わらせる事にした。
「おっとぉ、危ないわねぇ〜……」
かなり本気で接近攻撃をお見舞いしたはずなんだけど、魔女は意外にも反射神経がよく、私の海老鉈による一撃を難なく避けてしまう。
「なるほどなるほど…… 近接戦タイプの魔法少女なんだね。つまり私みたいなタイプの魔女の敵じゃないって事だね‼︎」
そう言うと、魔女が突然フッと姿を消して夕方の空の下から完全に見えなくなった。
「どっ、どこ⁉︎ どこに隠れたの⁉︎」
『えぇ〜、分かんないの〜? ここなのにねぇ〜……』
すると突然目の前に、かなり細い木の枝が飛んで来た。それをかわす事は出来ず顔面に直撃してしまう。
「じゃ〜ん、私はココだよ〜」
もう一度前に目を向けると、今度は目の前から魔女が走り寄って来る。
“来る……ッ‼︎”
しっかり身構えて相手の目を見ていると、目の前で魔女は下へ落ちたかと思った時にはまた姿が見えなくなっていた。
「また消えた…… 何だかどこかで見た事あるやり方だけど、何だっけ?」
魔女の戦い方で似たような戦法を前にどこかで見た記憶があるけど、それが何なのかまではなかなか思い出せない。
『へぇ〜、君って高校生っぽいのにまだ白のパンツなんだね〜』
その一言で一気に羞恥心がやってきたと同時に、他人にこれ以上見られたくないあまり思わずスカートをおさえて下着を隠して顔を赤らめる。
『まぁ、そういう私も白なんだけどね』
そう言いながら何故か魔女は姿を表した直後、自らスカートをたくし上げて私にわざわざ可愛い下着を見せびらかした。
でもこれで段々と魔女の魔法が分かってきた。それは恐らく影に潜む魔法。忍者の様に姿をくらまして死角から敵を倒す闇討ちを得意としてるんだ。
本当は口にするだけでも恥ずかしいけど、さっき私が履いてる下着の色を言い当てられた…… と言うよりも下から直接見られていたのが、私が敵の戦法を知る決め手になった。
「さてと、バレちゃったのは仕方ないとして。君はどうするの? これから夜になるんだから、あと二時間くらいで陽が沈んでしまったら私は街中の影を動き回れる様になっちゃうのは、流石に分かってるよね?」
確かにそれは言えてる。もう影が沢山伸びて今にも夜が始まるであろう時間であるのは間違いない。
夕方のチャイムが鳴って三十分くらい経ってるし、遠くで子供達の元気な声だって聞こえてきている。
「それじゃあそろそろ、終わりにしよっかな‼︎」
そう言うと同時に魔女はまた私の影に潜んだ。潜むなら他の影に潜めば良いのに、何故わざわざ私の影に……?
“あっ………… もしかして魔女が入る影には、ある程度の大きさが必要なのかも‼︎”
そう考えたら早速、私は魔法少女衣装のポケットからスマホを取り出した。
『どうしたの〜? まだ何もしてないみたいなんだけど〜?』
……やっぱりそうだ。影に潜んでる間は外が何も見えないんだ。だったら外を覗き込む前にトドメを刺すッ‼︎
「これで全て終わりよ、闇夜の魔女‼︎‼︎」
自分以外の影が無い事を確認し、スマホのフラッシュライト機能で自分の足元を照らした。すると私の足元と影が切り離され、私の影は首から上だけになった。
『えっ、何⁉︎ 一体何がどうなってるの⁉︎』
段々と焦る様子が見え見えになってきた魔女が堪らず手を伸ばすが、私の予想通り影の大きさが自身のサイズに反比例して小さい所為で腕しか出せなくなっている。
『ウソ、どうやって影を縮めたの⁉︎ 見えないから方法が全く分からないんだけど〜‼︎』
「どうやってって、簡単だよ。スマホのライトを当てて影を小さくしただけ。きっと冷静さを欠かせる為に煽ってたみたいだけど、残念ね。これは完全に玲奈の作戦勝ちね」
『クッソ〜…… ただで帰れると思うなよぉぉ‼︎‼︎』
暴れ馬の如く手を振り回して攻撃してるらしいけど、そもそも魔女がいる影から私までは距離がある。
それを分かってて無駄に腕を振り回す光景は、あまりにも見てて滑稽だった。
「モート‼︎ 魔女を捕獲したからお願い‼︎」
「は〜い、ただいま〜」
『やめっ、やめろぉぉぉぉぉぉ‼︎‼︎』
……これにてようやく私、来海玲奈は魔法少女になって二戦目。ついに魔女を殺さずにお仕事を完了する事が出来ました‼︎