第1話『魔法少女』
『はぁ、はぁ……』
向こうの魔女は校内を走り回り続けていた所為で、やっと息を切らしてくれた。おかげで私はこの魔女を殺す事が出来る。
『ア、アンタ…… どうしてアタシの逃げ場が分かってんのさ。どうしてここが分かった?』
大分焦ってる。ここまで恐怖を与えれば、冷静な判断なんて無理ね。まぁ最もこの魔女にはそんな事が出来ない性格だから、いちいち答える必要は無い。
『あ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"あ"あ"‼︎‼︎』
慣れた手つきで三叉槍を振り上げ、魔女の両目を突き刺す。穂先がそれぞれ綺麗に目の奥へ届き、槍を通じて骨に当たる感触が伝わってくる。そして真ん中の穂先は両目の間、鼻の付け根を粉々に粉砕して頭を分断出来そうなくらいに突き刺さっていく。
『があ"ぁ"あ"あ"あ"ぁ"‼︎‼︎』
しかし魔女はまだ死ぬ事はなく、とっくに前が見えないと分かって槍を引き抜こうと手を伸ばして槍を掴む。
『ふっ、くぅぅ……‼︎‼︎』
精一杯力を込めて引き抜こうとしてるが、その槍は軽く三〇キロはある。普通の暮らしをしてるこの魔女には引き抜く事は出来ても扱う事が出来ない。
それに引き抜いたら引き抜いたで、出血を酷くするだけ。死期を早めるだけの行為に等しい。
『うぐぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"‼︎‼︎』
そして無意味にも槍は引き抜かれていき、引き抜かれたと同時に血が噴き出し続けている目元の形が綺麗になって、数秒で突き刺す前の目元に戻っていった。
『はぁ"、はぁ"、はぁ"…………』
少しの間だけ魔女からの反撃を考えたが、どうやらもう動く力は無く、出血が多過ぎてまともに立てなくなっている。魔女を殺すなら、今がチャンスだ。
『うぐぅッ……‼︎‼︎』
魔女の首を器用に切り離し、再生が追い付かなくなる様に何度も胴体を踏み続ける。念には念を入れて魔女の髪を鷲掴みして自分の身体が壊れていく姿を見せつける事で精神の崩壊を誘う。
『あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"』
首と身体は切り離すと神経が切断され、いくら身体を惨たらしく傷付けても首には一切の痛覚が伝わらない。だけど元々は一つの肉体だった以上は自分が傷付けられる痛みを無意識のうちに想像してしまい、見えない痛みと傷を蓄積させていく。
それを繰り返すとどうなるか、それは私には分からない。
『……………………』
しばらく踏み続けて、やっと魔女の息が止まって死んだ。これで私が通う学校に平和が訪れるはず。
『〜〜…………』
どうやらこのやり方は失敗ね。なかなか上手くは行かないみたい。
「……………………」
三叉槍を持ち直して、今度は自分の首元に当てる。何をするかと聞かれたら勿論自殺する為だ。この槍で死んでもう一度手順を変えてここまで巻き戻す。
世界をやり直す為に、私は三叉槍をまた首に突き刺す。
魔法少女として、自分なりの幸せを掴む為に。
♢
好きな人の為なら、私は何でもしてあげたい。恋する女の子ならきっと誰でも抱くはずであろうこの想いは、もちろん私にだってある。
お父さんとお母さんが私の知らない時間を静かに過ごしているように、私だって二人きりの時間がほしい。
ちなみに私が今一番愛している相手の名前は、来海祐一お兄ちゃん。
私の、自慢のお兄さんだよ‼︎
『RRRR……』
隣の部屋から聞こえてくるお兄ちゃんの目覚まし時計の音を合図に、私は心地よい目覚めを迎える。
「おはようお兄ちゃん、今日も学校頑張ろうね‼︎」
「あぁ…… おはよう玲奈。いつもの事だが朝から元気だよなぁ、バカみたいに」
「も〜ぅお兄ちゃん…… 玲奈はバカなんかじゃないよ、人より朝に強いだけなんだから。逆にお兄ちゃんが朝に弱過ぎるだけじゃないの?」
でも、お兄ちゃんのそんなところも私は大好きなんだけどね。けどまだ一度も想いを伝えられていないのは、ちょっとだけ恥ずかしいね……
「行ってきまーす‼︎」
大好きな人の腕に抱き付きながらの登校が、今の私の最高の一時。もしお兄ちゃんに告白とか出来たらキスとかデートしたりで、もっと楽しい時間が増えるんだろうなぁ……
そう言えばお兄ちゃんって、実は私の他に好きな人っているのかなぁ……?
「ん……? どうした玲奈?」
「うっ、ううん……‼︎ 別に何でもないよ‼︎」
目が合っただけで視線を逸らしてごまかしちゃうのも、そろそろ治さないとね。自分に正直にならないと告白なんて先の先、誰かに先を越されたら後悔ばかりの毎日になっちゃうからね‼︎
「おはよう玲奈‼︎ 今日もお熱いねぇ〜」
「も〜ぅ、いい加減からかうのやめてよぉ〜」
お兄ちゃんとは学校が同じだから、毎日この定番のくだりをやらされているのは慣れたんだけど、そろそろ本当にやめてもらいたいな……
「それじゃあまたね、お兄ちゃん」
「おぉ。玲奈も学校頑張れよな」
「う、うん……」
お兄ちゃんは学年が一つ上で、私は高校二年生。教室に入って席に着くとすぐに後ろに座っている親友かなえちゃんが挨拶してくる。
「おはよう玲奈、今日の朝の会なんだけど先生からの話があるみたいだよ」
「えっ、また先生の長話をひたすら聞かなきゃいけないの?」
「う〜ん、そうなんだけど…… 私がさっき職員室を通った時に知らない子がいたから、きっと転校生が来たんじゃないかな?」
「転校生…………?」
その時チャイムが鳴って先生が教室に入ってきたと同時に、見知らぬ顔の女の子が私達二年B組に入って来た。
「皆さんおはようございます。突然ですがこのクラスに今日から入る事になった転校生を紹介致します。では自己紹介を」
先生に言われた女の子は、無言で黒板に文字を書き込んでいく。
『可愛いなぁ…… クールな感じが特に良いなぁ』
『なにあの子、ちょっと変じゃない?』
いろんな席から聞こえてくる不思議がった発言には聞く耳を持たずにチョークで名前が書かれていく。
チョーク文字は大きく描かれず、自分が読めれば良い様にも見えるサイズに感じるが女の子は周りの文句を無視して描き続ける。
「えっと、その…… 出来ればもう少し大きく描いて––––」
先生のアドバイスも無視して名前を描き上げた女の子は、振り向いて私達の方をジッと見る。その時何故か私と目が合った気がしたけど、その子は表情一つ変えずに視線を戻して口を開いた。
「…………八宮由衣です。よろしくお願いします」
淡々と、冷たい声で一言済ませて自己紹介を終えた転校生は、先生の指示で窓際の席に座った。ちなみに私とは席が三つほど離れていて、背中しか見えない場所に座っている。
「それじゃあ皆さん、八宮さんはこれからこのクラスの仲間ですので、喧嘩とかせずに仲良くして下さいね」
昼休みになったから早速八宮さんの席に近付いてみる。今は気になるお兄ちゃんは後回しで八宮さんの席の前に立ってみたけど、肝心の八宮さんは読書にふけって「私に近寄るな」オーラを放っている。あれじゃ初日で友達なんて出来るわけがないよ……
せめて私だけでも友達になれたら……
「さっきから私を見てるのは誰?」
「えっ、そ、それって玲奈の事……?」
うぅ、八宮さんが人を不快だからと睨む様に私を見てくる……
「目障りだから失せてくれる? 読書の邪魔だし、群れるのは好きじゃない」
なっ…… 初対面の人に向かって、その言い方はないんじゃない⁉︎
「それとも、私を虐めのターゲットにでも考えてるつもり?」
「そこまで言わなくても、いいんじゃないかな……」
あまりの人間嫌いっぷりにタジタジになってしまう。でもこんな事で諦めたりなんてしないもんっ‼︎
「はっ、八宮さんってさ…… 私とこうして会話してて本当は嫌だって言いたいの?」
「嫌よ。それも圧倒的に」
冷たい。その一言で八宮さんの全てを語れそうな気がした。
「そ、そう……」
ダメだ、これ以上話したって無駄だよ。今日は諦めてお兄ちゃんの所に行こうっと……
「お兄ちゃ––––」
お兄ちゃんのクラスに行ってすぐ私の目の前に入ってきたのは、皆から恐れられている生徒会長の樹桃子さんが、お兄ちゃんに強い口調で注意する光景だった。
話してる内容は聞かなくても大体の察しがつく。きっと私の事で話しているんだ。兄妹での恋愛について強く叱っているに違いない。
「あっ、丁度いい所に来海さんがいたわね」
樹会長がコツコツと威圧しながらやって来る。
「あなた、自分の兄を愛して将来何になるの? 結婚は血縁者以外と法律で定められてるでしょう? あんまりくっつくと、今度の生徒総会で話題に挙げますからね」
そう言い残して樹会長はお兄ちゃんの教室を後にした。そしてしばらくは樹会長の所為でどんよりした空気が流れる中、私は茫然と立ち尽くす事しか出来ない程に頭が真っ白になってしまう。
“どうして…… お兄ちゃんを好きになっちゃいけないの?”
そんな疑問が頭の中をグルグルと巡っては、答えの無い道をうろつくだけ。考えるだけ無駄に等しい時間だった。
「……………………」
昼休みの一件以来、私は樹会長の目を恐れるがあまり下校をここに入学してから初めて一人でしてしまう。隣にお兄ちゃんがいない悲しみもあるけど、今は樹会長の執拗な監視を逃れる方法ばかり考えてしまう。
「こんなのってないよ。一体どうすれば良いの……?」
家に帰っても気分は晴れないし、宿題に取り組んでも全然捗らない。ここまでしてようやく今、自分がどれだけショックなのかが今更理解出来た。
“好きになった気持ちは本物なのに、どうしてこんなに気持ち悪がられるの……? 玲奈はただ、好きな想いに真っ直ぐなだけなのに……”
『その願い、俺が何とかしてやるぞ』
真後ろで聞き慣れない声がした。お兄ちゃんが喉をいじって喋ったのかと思って振り向いたけど違った。
「やぁ。こうして会うのは初めてだね、カワイ子ちゃん」
少しチャラそうな口調の変な人が、いつの間にか私の部屋に入り込んで変な事を言い出した。あまりにも突然の事に、驚きながら座っていた椅子から転げ落ちちゃう。
「あ、アナタは誰⁉︎ それとどうやって部屋に入ったの⁉︎」
「まぁまぁ細かい事は置いといて。俺はモートって言うんだ〜、よろしくね〜。それよりも…… 来海玲奈、君に頼みたい事があるけど話だけでも聞いてくれる?」
自分の名前を的確に言い当てられた事について聞き出したいのもあるけど、見知らぬ相手を変に刺激したくないからせめて話くらいならと聞くだけ聞いてあげる事にした。
「俺はね、上からの命令でこの街に蔓延る魔女の魂を回収する仕事をしてるんだよ。魔女っていうのは一般人に危害を加える程にヤバイ悪役のことで、そいつらはちょっと数が多くてなかなか捕まらなくてさぁ〜…… そこでだよ、君たちみたいにキラキラしてて夢のある女の子達に協力してもらって魔女の魂回収に協力してほしいんだよ」
「それってつまり、掃除屋さんになれって事?」
「まぁそんなトコだね、玲奈ちゃん。あぁそうそう、君の事を“玲奈ちゃん”って呼んで良いかな?」
「うん、良いけど人前ではあんまりちゃん付けで言わないでね……」
「りょーかい、っと」
魔女なんて、そんなオカルトじみた存在がまだこの世界にいるんだ……
もうとっくにいないかと思ってたけど、まだいるもんなんだね。
「そこで、だよ。玲奈ちゃんには魔法少女になれる資格があるけど、魔法少女になりたいかい?」
えぇ〜、魔法少女?
「そ、それってテレビとかでよく見る…… 変身して悪と戦う的な?」
「そうそうソレだよ。まぁ人によっては派手な魔法は使えないけど、玲奈ちゃんなら魔法少女に少なくともなれるよ。俺と契約さえすればね」
ちょっと待って私。ここでもう一度よく考えて…………
確かに魔法少女になれば魔女もいなくなるし、お兄ちゃんに魔女の手が伸びる事もないはず……
「そういえば、倒した時の見返りとかってないの? さっきのあなたの発言からして、魔女討伐の手伝いをする仕事なんでしょ?」
「まぁ見返りはそれなりにあるね、うん。ほんの些細な願いなら聞いてやらないでもないよ?」
「じゃ、じゃあ好きな人と両想いになれたり……」
そしたら、お兄ちゃんのいろんな“初めて”を私が全部……
「いや〜それはどうだろねぇ〜。っていうか玲奈ちゃんって人の人生を変えてまで、自分の幸せを手にしたいんだね〜」
「えっ、それってどういう意味……?」
まさか、まさか?
「いるんだよ。玲奈ちゃんのお兄さんには好きな人がね」
「そんな…………」
嘘だ、お兄ちゃんに好きな人がいるだなんて。今までそんな話を一度も聞いた事ないはず。それにお兄ちゃんは嘘を吐くのが下手なんだもん、何かごまかす時だって私でも分かるくらいに下手な嘘の吐き方をしてたんだし。
だからお兄ちゃんに好きな人がいる訳ない。イヤいてもいいけど、私だってお兄ちゃんの事を誰だか知らないその人よりも大好きなんだもん‼︎
「まぁまぁ、俺の話は終わってないからもう少し聞いてくれよ。俺達の仕事を手伝う事になる魔法少女達はね、全員が歩合制で戦ってるんだよ。だからとてつもなく強い魔女を玲奈ちゃんが倒せば、見返りはどうなると思う?」
「強い魔女を倒した時の見返り、って事は……」
それはつまりとても大きな願いを叶えるビッグチャンスでもある、という事。その強大な魔女さえ倒せれば私がお兄ちゃんを確実に独り占め出来る‼︎
「……やるよ。私も魔法少女になる‼︎」
「ぃよし、契約するって事でオケ?」
「うん。あなたと契約するから、早く玲奈を魔法少女にしてくれる?」
するとモートが不敵な笑みを浮かべながら、スッと手を差し伸べる。
「じゃあ俺と握手だ。握ったら契約成立、まだ心残りがあるなら握らなきゃいいだけ。さぁどうする玲奈ちゃん?」
心残りなんてある訳がない。もちろん私は何の迷いもなくモートの手を握った。
「…………ご協力ありがとう。それじゃあ分からない事も沢山あるだろうから、これから一ヶ月ほど玲奈ちゃんのガイドをさせてもらうよ。好きなタイミングで名前を呼べばすぐ出てくるからね。ちなみに人前で名前を呼ぶのが恥ずかしい時は囁くだけでもオケだから」
そう言い残してモートは律儀に部屋の扉を開けて出て行った。その後しばらくして冷静になった私を襲った感情は、意外にも興奮と歓喜だった。
“これがもし本当に夢じゃないとしたら、悪い人を退治したい時にも魔法少女の力で倒せるって事だよね⁉︎ お兄ちゃんが不良に絡まれた時や、学校にいる最低なセクハラ教師だってこの力があれば学校から追い出せるし……”
様々な時と場合を想像して、魔法少女の力を妄想してみる。私の魔法は何なのか、どんな戦いが出来るのかを。
“テレビみたいに念じれば、すぐになれるかな?”
思い立ったが吉日、すぐに実行してみる。魔法少女になった自分の姿という強いイメージを自分に振りかける……
「…………うわぁ」
いつの間にか自分が派手な衣装をしてる事に気付いた。アニメのコスプレと比べたら少し地味な印象になっちゃうけど、むしろ私にとっては好みドストライクの衣装ですぐ好きになった。
「あっ、そうだ。ねぇモート」
「はいはい〜、モートが来ましたよ〜」
さっき言ってた通り、いきなりモートがやって来たけど…… それよりもどうやって来たのかな?
「あのさ、変身出来たけど武器とかって出し方も一緒なのかな?」
「あぁそうだよ。試しに武器を出してみてよ」
魔法少女と言ったら杖のイメージが強いけど、とりあえず私が振り回せる程度に持ちやすそうな強い武器をイメージしてみる。
“武器、武器…………”
そして私が手にしたのは、人間が持つと絶対にヤバそうなオーラ抜群の海老鉈だった。刃先は鋭く伸びてて、人の心臓を一突き出来そうな程に禍々しいデザインになっている。
「ちょっと待って‼︎ こんな危ないの持ってたら物騒過ぎるよ‼︎ 刺さったら血がいっぱい出ちゃうし、死んじゃうよ‼︎」
もっと優しい武器をイメージしてみたけど、その後は指一本分の長さの鉄の棒や猫の手っぽい爪などの暗器ばっかり出てきた。
「……もうコッチで良いよ」
結局私は最初に出てきた海老鉈をメインの武器に選んだ。はぁ〜、なんか頭で思い描いてた魔法少女とは随分かけ離れちゃったなぁ…………
「それじゃあ早速行こうか、玲奈ちゃんの記念すべき初陣へ」
本当はもうちょっと心の準備とかしたかったんだけど向こうが随分とノリノリだったから、そのままモートのテンションに引っ張られるように私の魔法少女としての最初の仕事が始まったのだった。
魔法少女がいるらしい場所までは箒や瞬間移動は使わず、徒歩で向かうらしい。どうやらモートの話によれば自転車や原付で向かう先輩魔法少女もいるらしいから、こうしてすれ違った人の中に実は魔法少女がいたりして。
「ところでだけど、玲奈ちゃんは血が苦手だったりする?」
「どっちかってと言うと、苦手寄りだね…… だから暴力的な番組とかはあまり好きじゃないかな」
「そっかぁ、じゃあ血が平気な魔法少女とパートナーを組むのはどうかな? 玲奈ちゃんは指示に徹してパートナーに攻撃を任せる。そうやって活動する魔法少女もたくさんいるから、先人を見習って気の合う仲間探しから始めるのも手だと思うよ」
う〜ん。パートナーと言われても正直、今魔法少女になったばかりの私には周りに信頼出来る人がいないんだよねぇ……
そもそもクラスに一人でも魔法少女がいれば、仲間として接する事が出来るんだけど……
正直言って自分から「あなたって魔法少女?」と聞く勇気がないから、しばらくは個人で活動しようかな。
「そう言えば、モートはさっき街に潜む魔女の魂を回収するって言ってたけどさ…… この街で一番凶悪な魔女って誰なの?」
魔法少女として活動する以上、これだけは前もって知っておいた方が良いよね。もし知らずに対峙しちゃった時に何も出来ずに襲われたら大変だから、名前くらいは覚えておく必要があるね。
「この街で一番凶悪な魔女は…… 近付く者全てを恐怖のどん底に突き落とす事を快楽とする“孤独の魔女”と呼ばれる存在。俺の知る限りだと、恐らく玲奈ちゃんよりも年下だよ」
“孤独の魔女”。聞くだけじゃ全く想像付かないけど、きっと恐ろしい見た目なのは間違いないね。
「その魔女って、本当にこの街の何処かにいるんだね……」
「そう、その魔女を倒せばきっと見返りは大きいよ。その魔女さえ倒せれば、もしかしたら両想いになれるかも……」
モートのたった一言で、ふと頭の中でお兄ちゃんが出てきた。放課後の学校の教室で、二人きりでキスを交わす妄想まで出てきてしまい、思わず赤面してしまった。
「着いたよ、玲奈ちゃん。ここに魔女が潜んでるはずだよ」
「えっ、ここって…………」
モートが指さす先にあったのは、私が毎日通っている八王子の高校だった。
「さぁ、魔女に出くわす前に戦いの基本を教えるから付いて来て。安全な場所で教えないと不意打ちを喰らうからね」
学校の教室に入り、まるで授業を受ける様にモートの話を聞く私。黒板に次々文字とシンプルな絵が描かれていく。
「戦い方は至ってシンプル、基本的に相手をあらゆる手段を用いて倒せば終わり。殺す必要は全くないから、玲奈ちゃんみたいに血を見たくない人は魔女が戦う力を無くせばオケだからね〜」
若いお兄さんみたいに話が進んでいくけど、あんまり聞き捨てならない単語が耳に入ってきた。
「殺す必要はない」、つまりこの発言は魔女を殺す魔法少女が少なからずいる事を示唆している。
「ちなみに魔女を倒した後に俺を呼べば戦いはそこで無事終了、玲奈ちゃんは見返りを貰ってお仕事完了ってワケ。何か聞きたい事はあるかな?」
「じゃあさ、あんまり聞きたくないけど…… もし魔女が死んだらどうなるの?」
心の中で気持ち悪い場面を想像しつつも、いつか訪れる事態に備えて覚悟を決める。
「魔女が死んだら俺の許に魔女の魂が引っ張られ自動的に回収される。いちいち俺を呼ぶのが面倒な魔法少女はね、皆やってるんだよ? 未成年のくせに友達を躊躇なく殺して、見返りで自分の幸せを貪るんだよ。あぁいう魔法少女はね、幸せに溺れるがあまり、いつしか魔女に没落して皮肉にも魔法少女に殺されてお終い。玲奈ちゃんはそういう魔法少女にならないよう、毎日気を付けてね」
モートの目が、一瞬だけ恐ろしいモノに見えた気がした。モートの説得力が私をそうさせているのかもしれないし、モートが人間じゃないのも十分にあり得る。
「さて、長話はこのくらいにして玲奈ちゃんの初陣を始めますか。変身しといた方が良いよ、不意打ちに対応出来なかったらそこで玲奈ちゃんの人生オワタだからね〜」
「ちょっと、怖い事言わないでよ〜」
と言いつつも、モートに言われた通り魔法少女に変身して海老鉈をいつでも出せる様に構えて辺りを見回す。
今の学校は放課後の時間だけど、まだ部活動で残ってる生徒が沢山いる。だから不用意に通りかかった人に襲い掛かって魔女じゃなかったら、それこそ殺人の罪で私はお終い。
“集中、集中しないと…………”
周りの友達がよく口にしてる“全集中”で、全身に神経を研ぎ澄ませる。
「あ、あそこの教室に誰か……」
見つからない様に隠れて覗くと、この学校の制服を着た女の子が机に向かってひたすら何かを書いている。パッと見ただけだと勉強熱心な女の子に見えるけど明らかに様子がおかしい。
“何を書いてるんだろう…… 手紙?”
その時、夕方五時のチャイムが街中に響き渡った。それと同時に女の子が廊下に視線を向けた所為で目が合ってしまった。
「誰だッ、私の手紙を破こうとしてるのは‼︎」
こっちを睨む様に私だけを見つめてくる。しかも女の子はこっちに歩み寄りながら、耳をつんざく声量で怒鳴り散らしてくる。
「こっちは必死で手紙を書いてるのに、アンタは何さッ‼︎ 笑いに来たのか、それともけなしに来たのか‼︎」
「い、いや…… 玲奈はそんなつもりじゃ––––」
「いいやそうだ、絶対にそうだ。そうやって私の手紙を破いて捨てて話のネタにするんだろ、そうだろッ‼︎」
……そろそろ聞いててイライラしてきたよ。もう魔法少女になってこの人をやっつけたいくらいに。
「あぁそうだ、丁度良いからアンタを私の幸せの糧にさせてもらおうかな。ここなら誰も見てないから…… 遠慮なく殺れるし、ね」
すると突如女の子の周りから黒いオーラが溢れ出て、服装がガラリと変わった。その姿からあの子こそが想像するにこれが私がこれから相手にする、“魔女”なんだと悟った。
「……ッ」
私もモートの仕事の助けになれるよう、出来る限りの事をしようと気合を入れて魔法少女に変身した。すると向こうの魔女は自分が狩られると察したのか、ただ喚きながら椅子をでたらめに投げ始めた。
「危ない、危ないって‼︎ 魔女なのに物投げるとか聞いてないんだけど⁉︎」
『そりゃそうだよ。魔女だって元々は普通の少女、派手な魔法が使えない子がほとんどなんだから』
モートが私の見えない所から話をしてくれるけど、魔女の攻撃を避けながらだとなかなか聞き取れない。
「それで、あの魔女は一体どんなヤツなの?」
『アイツは“不幸の魔女”、一昔前に流行った不幸の手紙をばらまいて不幸を届けるだけの魔女だよ。自分がかつて手にしていた幸せを他人に奪われて以来、相当人間を恨んでるみたいだね。手紙さえ受け取らなきゃ玲奈ちゃんに不幸は訪れないけど、警戒は忘れずにね』
教室にあった椅子をほとんど投げ終えた魔女は、自分勝手な怒りをまだ私にぶつけてくる。
「どうせアンタもリア充なんだよねぇ。人の恋を踏みにじってまで結ばれたいだなんて、狂ってんだよ。そんなにテメェらは自分に自信がある様だけどさぁ…… 実際に告ったのはその内の何割なんだろうねぇ⁉︎ まぁアンタには聞いてないけどね、どうせリア充は私みたいな非リアをゴミ同然の様にしか見てないだろうしさぁ……」
ジリジリと近寄って来る不幸の魔女。私は相手に隙を見せない様に武器を隠しながら後退りしていくけど、私の考えてる事がバレたのか魔女は一気に走り出した。
「不意打ちしようたって、そうはいかないぞぉ‼︎ 待てやコラァ‼︎」
あまりの迫力に押され、思わず背を向けて逃げる。むしろそうした方が正しい判断だったかもしれないけど、今はそういう余裕のある思考にまで至れない。
「ハハハハハハ‼︎‼︎」
後ろから無数の手紙が投げ飛ばされる。しかも厄介な事に壁や床に刺さる事はなくそのまま勢いが無くなって床に散らばっていく。
一応落ちた手紙を足で踏まない様に逃げているけど、このままだと一方的な戦いが延々と続くだけになっちゃう。早めにケリをつけないと……
“とりあえず、階段を降りて…………”
「させない、よッ‼︎」
背中にとてつもなく硬い何かがぶつかる感触と同時に、目の前に階段が近付いていきそのまま生々しい衝撃音と共に視界が暗くなった。
「くっ、うぅ……」
……痛い。顔面を思いっ切り打って、鼻血が今にも出そう。
「ハハッ、とうとう追い詰めた。私をバカにするからこうなるんだよ…… リア充はね、滅ぶしかないんだよ‼︎‼︎」
魔女が上の階から階段を跳び、そのまま私に飛び付こうとしている。
「死ねェェェェ‼︎‼︎」
マズイ、このままだと初戦で死んじゃう……
何か無いか、何か無いか……
“…………あっ‼︎”
そうだ…… 私には、この武器があったんだった‼︎
「ウブゥッ…………‼︎」
とっさに手にした海老鉈を盾に、不幸の魔女が着地する場所に刃先を支える様に構えた。すると海老鉈は魔女の胸元に深く刺さり、魔女は恐怖に顔を染めながら刺された箇所を触り始めた。
「…………な、何よコレぇ。痛いんだ、げど」
魔女がのしかかって身動きがとれないから、段々と海老鉈を触ってる私の手に血が滴り落ちていく。
「あ、あぁ…………っ」
私の目の前で、人が死んでいく。
私が、人を殺したの……?
夢なんかじゃ、ないよね……?
「ハハハ…… そうか、そういう事か…… 誰も“不幸の手紙”を貰わなかったから、全部私に戻って来たってワケ、か………… あぁ〜あ、なんなきゃ良かったなぁ…… 魔ホウ、しょウじョに……………………」
私の目の前で、目の前の女の子が泣きながら息を引き取った。涙を拭っていた手がダラリと垂れ落ちて人が死ぬ瞬間を目の当たりにした瞬間、私の思考の何もかもが真っ白になる。
「殺した…… 玲奈が…… 人を殺した……」
少しずつ不幸の魔女の身体が冷えていく感覚に、自分が犯した大罪を嫌でも自覚させられる。それから段々と頭が冷静になってきたから、やっとの思いでこの動かない身体をどかしてその場から見下ろしてみる。
“全然動かない…… 本当に、コレを玲奈がやったんだ”
目の前にある非現実から目を背けたい一心で近くにある窓から外の景色を眺めるも、罪悪感を和らげられる訳がなかった。むしろ人を殺してしまった確かな感覚が色濃く残るだけだった。
「お疲れ〜玲奈ちゃん、魔女の魂は無事に俺の手元に回収出来たよ」
「……………………」
頭で考える事は出来るが、言葉が出てこない。目で伝わる事をひたすら祈りながらモートを見つめる。
「あぁ、えっと…… 色々とショッキングだったよね。初戦がコレじゃあ無理もないし辛いし」
モートが私の体を優しく支え、私のペースで歩いて学校の玄関まで連れて来てくれた。
「あぁそうだ。言い忘れてた事があるんだ、魔法少女活動後のルールについてなんだけど…… 魔法少女は活動を終えたら三時間以内に見返りが贈られる仕組みになってて、次の仕事の通達は俺が直々にしに行くから」
「……………………」
「という事で玲奈ちゃん、今日はもう休んだ方が良い。しばらく一人きりになってしっかりと心を休ませてね」
廃人になりかけている私を介護する様に、モートは私をおんぶして人殺しである私が生み出した殺害現場を後にした。