リトル・パラディン外伝 ~シャルマエ・ジャパエ【肘川編】~
「FOOOOO!!!! 銭湯FOOOOO!!!!」
「茉央ちゃん、銭湯で泳いじゃダメだよ! いくらお客さんは私達しかいないからって」
「えへへ、ゴメンゴメン美穂」
ここは千葉県肘川市にある老舗の銭湯、【肘の湯】。
この近所にある肘川北高校の生徒である茉央と美穂は、学校帰りにたまに肘の湯に寄るのが習慣なのだ。
今日も二人は誰もいない大きな湯舟を占拠して、日頃の疲れを癒していた。
――が、その時。
「ぶはあッ!」
「ぷはッ!」
「「っ!!?」」
突如誰もいないはずの湯船の中から、二人の裸の女性が飛び出してきた。
ニャッポリート!?!?
「あ、あれ!? どこだここ!?」
「お風呂……みたいですけど、随分内装が特徴的ですね……」
「「……」」
あまりの出来事に唖然とする茉央と美穂。
だが困惑しているのはあちらも同様らしい。
湯の中から現れた女性は二人共西洋風の顔立ちをしており、一人はまだ幼さの残る容姿の中学生くらいの少女。
もう一人はいかにもおしとやかな淑女然とした大人の女性である。
「あ、あの~、あなた達はいったい……」
「うえっ!? な、何だあんたら!? 随分平たい顔してんな!?」
「あ、あははは……。ねえ美穂、あれかな? これって所謂異世界転移ってやつかな?」
茉央がそっと耳打ちしてきた一言に、「多分ね……」と返す美穂であった。
「なるほどなー、つまりここはアタシ達がいた世界とは別の世界ってことか」
「お風呂に入っていたら突然お湯の中に引きずり込まれて、気が付いたらここに……」
「うんうん、よくわかりますよ。そういうお話、私達の世界じゃよく聞くんで」
「よくある話なのか!?」
「フィクションの中ではですけどね」
普段から諸々の事情でトラブルには慣れている茉央は、手慣れた様子で異世界からやってきた二人に状況を説明した。
二人にとってはともにわかには信じ難い内容だったが、事実目の前で起きていることなので納得せざるを得ない。
「でもどうしましょう。どうやったら元の世界に帰れるのか……」
「うーん、定番なのは、こっちの世界の文化を何か一つ学ぶっていうパターンですね」
「文化?」
「ええ、そうすると何故か帰れるんです」
「……へぇ」
これまた意味不明だが、有識者がそう言っているのだから今は信じるしかない。
「という訳で、早速『エチュード』をやってみましょう!」
「「エチュード??」」
「茉央ちゃん、いきなりエチュードはハードル高いんじゃないかな!?」
「大丈夫大丈夫美穂。私達だって初挑戦でそれなりに出来たじゃん」
「う、う~ん、そうだけど……」
エチュードというのは、所謂アドリブ劇のことだ。
事前にテーマだけを決めておき、台本も役柄もまったく用意されていない状態で、アドリブのみで芝居を進めていくという、演劇の練習法の一つ。
最近茉央達がハマっている遊びがエチュードなのである。
茉央はエチュードのルールをざっと二人に説明した。
「おおー! 面白そうじゃん! やろうぜやろうぜ!」
ロリ体型の子の方が俄然色めき立った。
「そうですね、それしか方法がないのであれば、私もやぶさかではありません」
大人のおねえさんも異論はないようだ。
「よっし! じゃあいっちょやりますか! あ、自己紹介が遅れました。私は茉央っていいます」
「わ、私は美穂です」
「オウ、よろしくな! アタシはシャルロット! 一応クルセイダー第二師団『ヴァース・アンセム』の団長をやってんだぜ」
「えー、凄いねその歳で団長なんて!」
「私は副団長のクーリィです。シャルちゃんの保護者的な立場でもあります」
「なるほどなるほど……」
顎に手を当てながら深く頷く茉央を見て、美穂は察した。
幼い子の方が団長で、おねえさんが副団長という関係性に茉央が内心ギャン萌えしていることを――。
何故なら茉央は百合が大好物だからだ……!(因みに美穂はゴリゴリの腐女子なので、百合は守備範囲外だ)
「では湯舟の中央が舞台ってことで。早い者勝ちで好きなタイミングで舞台に上がってください。テーマはそのまんま『お風呂』にしましょう」
「オッケー! アタシの名演技見せてやるぜ!」
今四人は並んで、湯舟の隅の方に立っている。
イメージ的には、舞台袖で待機しているような状態だ。
「それじゃあ、よーい、始め!」
こうしてここに、異世界の住人を交えた、裸の女四人によるエチュードの幕が上がったのである――。
「ふー、今日も疲れたなあ。課長のやつ、私にばっか仕事振るんだから」
「「「――!」」」
そんな中、最初に舞台に上がったのは茉央であった。
どうやら茉央は、仕事帰りに銭湯に寄ったOLという設定らしい。
「ふむふむ、あんな感じでやればいいのか。――よーし」
それを受けて、意気揚々とシャルロットも舞台に上がった。
「よう、こんなとこで会うなんて奇遇だな」
シャルロットは茉央の知り合いという設定だ。
――が、
「きゃああああッ!!! 何でこんなところにヘアリージャッグがッ!!!?」
「……え?」
早々にエチュードの洗礼を受けるシャルロット――。
これがエチュードの怖いところなのだ。
自分が設定した役柄を、相手も尊重してくれるとは限らない。
むしろ茉央からヘアリージャッグと認識されてしまった以上は、ヘアリージャッグ役を演じざるを得ないのである。
因みにヘアリージャッグとは、『リトルパラディン ~田舎娘だけど、聖剣に選ばれたので巨大ロボットに乗って騎士団長をやります!~』に登場する、狼のような容姿をした魔獣だ。
詳しくはリトパラを読んでくれ!(ダイマ)
「……そ、そうだ、アタシはヘアリージャッグだジャッグ。お前のことを喰ってやるジャッグ」
「ひいいいいぃ」
咄嗟の機転でヘアリージャッグ役を演じたシャルロットだが、実際のヘアリージャッグは人語を話したりはしないし、仮に話せたとしても語尾に『ジャッグ』などとは絶対つけないと思われるが、如何せんシャルロットも茉央の無茶ブリでテンパっているので大目に見てやってほしい。
――が、そんなシャルロットを目の当たりにして、保護者的な立場でもあるクーリィは使命感に燃えていた。
――私がシャルちゃんをサポートしなくては!
一人では大変なヘアリージャッグ役も、二人なら負担も少なくなるはず。
だからここは、自分もヘアリージャッグ役として舞台に上がるべきだ――。
クーリィはフウッと一つ深呼吸をしてから、舞台に躍り出た。
「やあやあこれは美味そうな人間だジャッグ。私もお前を――」
「あ、課長! 何で課長がこんなところに!?」
「……え?」
またしてもエチュードの洗礼が炸裂する――!
今度は茉央は、クーリィを課長役にしてしまったのだ。
当然クーリィもこれには従うほかない。
「あ、ああ、それが、あなたの書いた書類、何箇所かミスがあったから、注意をしにきたのよ」
「でも今はヘアリージャッグに襲われてる最中なんです! それどころじゃないでしょう!?」
「あ、うん……、それはそうね」
茉央の方から振ってきたというのに。
イマイチ釈然としないクーリィ。
「ガオー! 獲物が増えて嬉しいジャッグ。お前らまとめて喰ってやるジャッグ」
「……シャルちゃん」
上司であり、且つ妹的な存在でもあるシャルロットの必死の演技に、いろんな意味で涙が出そうになるクーリィ。
「ああー、どうしよう! このまあじゃ二人共食べられちゃう! こんな時……正義の味方がいてくれたらなあ! 正義の味方が……いてくれたらなあッ!」
「……!」
茉央からのチラチラとした視線に背筋が凍る美穂。
正義の味方……!?
まさかのヒーロー役を、自分にやらせようというのだろうか?
それは大分荷が重いな……。
でも確かに、演者はもう自分しか残っていない。
異世界の住人二人も頑張っているんだ。
ここで意地を見せずして、いつ見せるというのか――!
美穂は、覚悟を決めて舞台へと降り立った。
「もう安心ですよお嬢さん方! この私が来たからには――」
「ああ! あなたは最近この近所で噂の正義の味方、『貧乳仮面』!」
「ひ、ひん……!?」
親友からのあまりの命名に、絶句する美穂。
確かに美穂はどこに出しても恥ずかしくないくらいのド貧乳ではあるが、言うに事欠いて貧乳仮面とは……。
だがエチュードのルールは絶対。
貧乳仮面と呼ばれたからには、貧乳仮面を演じるしかないのだ――!
「そ、そう、私は正義と貧乳の味方、貧乳仮面! このヘアリージャッグは、私に任せてください」
「ありがとうございます、貧乳仮面!」
「助かります、貧乳仮面!」
「……っ!」
貧乳仮面と呼ばれるたびに、心の中の大事なものが削られていく気がする美穂。
だが今は前を見るしかない――!
――が、その時だった。
「お、おお……、貧乳仮面……」
「……え?」
シャルロットがよたよたと美穂に近付き、美穂の手を強く握ったのである。
ニャッポリート!?!?
「わかる! わかるジャッグよ貧乳仮面、お前の気持ちッ!」
「――!」
そうなのだ。
将来性はあるとはいえ、現時点のシャルロットもこれまた貧乳なのは揺るぎない事実。
普段ナイスバディのクーリィに対してコンプレックスを抱いているシャルロットには、美穂の気持ちが痛い程わかったのである。
「あ、ああ……、ありがとうヘアリージャッグちゃん!!」
そんなシャルロットの手を強く握り返す美穂。
――こうして貧乳同士、固い絆が結ばれたのである。
――世界は平和になった。
「ハァーイオッケェ!! 二人共、とても初めてとは思えないくらいの名演技でしたよ!」
「そ、そうか? えへへ、まあ、アタシが本気を出せばこんなもんよ!」
「ふふ、なかなか勉強になりました。面白いですね、エチュードって」
「……」
盛り上がっているところ申し訳ないが、まだ貧乳仮面が消化しきれていない美穂。
「あ、あれ?」
「あら!?」
「「――!!」」
その時だった。
シャルロットとクーリィの身体が、光りながら薄くなっていった。
「はは、どうやらお別れみたいだな。ありがとな、茉央、美穂。エチュード楽しかったぜ」
「うん! 私も楽しかったよ、シャルちゃん!」
「ありがとうございました茉央さん、美穂さん。またいつかお会いしましょう」
「ええ、お風呂に入っていれば、またお会い出来るかもしれませんね」
――さよなら。と最後に聞こえた気がしたが、もうそこには二人の姿はなかった。
「……行っちゃったね」
「……うん、そうだね」
一緒にいたのはほんの数分だったにもかかわらず、茉央と美穂には二人が十年来の親友のようにさえ感じられていた。
茉央と美穂はもう誰も存在していない水面を、いつまでもいつまでも見つめていた。
――この後、クルセイダー第二師団『ヴァース・アンセム』の中でエチュードがブームになるのだが、それはまた、別の話。