私にとっての尾崎豊
私は尾崎豊より二歳程歳下ですが、同じ時代を生きた
同じ世代ということで尾崎とさせていただきました。
他意はございません。
先日、歌について語ってみましたけど、その折に名前だけ
書いた尾崎豊(以後、尾崎とさせていただきます)について。
信じてもらえなくても構いませんけど、私は尾崎が若くして
亡くなるのではないかと思っていました。もちろん私が
殺害したとか、そんなんじゃじゃありませんよ。俳優の
ジェームス・ディーン(以後、ジェームス)が若くして亡くなって
いるのはご存じかと思いますが、尾崎の生き方が何となく
ジェームスと似ているような気がしていました。あくまでも
何となくですけど、なんだか全力で崖に向かって走り続けている、
そんな感じを尾崎とジェームスから感じました。
尾崎の曲との出会いは当時発売されていた「FMレコパル」という
雑誌です。もう三十五年ほど前ですので、当然ですけど音楽の
配信なんてあり得ない。音楽はレコードかテレビかラジオしか
無かった…と思います。CDはまだ発売されていなかった頃。
CDの登場はもう数年後です。
FM放送をエアチェック(カセットテープに録音)して楽しむのが
一般的でした。高校生にはレコードは高価でしたから。
あるいはレンタルレコードを借りてきてカセットテープに
録音するか。
脱線し過ぎましたね(汗)。
その雑誌に尾崎の「卒業」に関してのインタビューがありました。
歌詞の一部が載っていて是非聴いてみたいと思ったのが始まりです。
その後、尾崎に関する書籍を書店で見かけて、その頃には既に
働いていたので躊躇わず購入しました。詳しい内容は忘れました。
社会から認められないことに対する苛立ちを綴ってあったような。
今なら「高校生が何を言ってるんだ」で終わりです。「思い通りに
ならない?そんなの当たり前だ」「大人だって思い通りにならない
世の中で生きているんだ」と思いますが、当時は心から共感した
ものでした。
もしも今、尾崎が生きていたら「当時の自分の曲をどう感じるか」を
聞いてみたいなと思っています。おそらくは「それが当時の等身大の
自分だった」みたいな答えになるのかな、なんて思ったり。それとも
全然違う答えが返ってくるのか?
同じ時代を生きた同世代の一人として興味は尽きません。
エアチェックもレンタルレコードも見事に死語ですね。
私にとっての尾崎豊とは「会話はもちろん会った事も
ないけれど親しみを感じる先輩」みたいな位置付けです。




