地震予知
皆さん如何お過ごしでしょうか。
まずは東北にお住まいの方へ。
地震で被災なさった方々にお見舞い申し上げます。
復興最中での地震には…なんとも申しようがございません。
ですので少々気が引けますが
地震予知連絡会という団体が存在します。
地震予知連絡会とは
地震と地殻変動に関する情報を交換し、地震予知に関する専門的な検討と研究を行う組織として、1969年に測地学審議会の建議により発足した。
事務局である国土地理院から委嘱された学識経験者と関係行政機関の職員30名で構成される。
この組織は、松代群発地震(1965~1969)の際に設置された「北信地域地殻活動情報連絡会」がモデルとなっている。
年4回の定期会議と、必要に応じ随時連絡会を開催する。定例会は公開で行われ、事前登録をすれば別室で傍聴が可能。
名称について
地震予知連絡会は、2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)を予知することができなかった。
2012年11月に、組織の役割や名称について検討する作業部会の設置が決定され、地震予知は困難であるとの観点から、名称の改名も含めて検討されたが、2014年2月17日の会合にて
「名称を変えることより、連絡会の研究の中身を充実させる方にエネルギーを費やすべき」
「現在の地震学の実力を示して今後の地震観測活動を行ってゆく」
という姿勢を示して、現行の『地震予知連絡会』の名称変更を行わないことを決めた。
以上、Wikipediaより引用させていただきました。
私の知る限りですけど、地震予知連絡会(以下、予知連)は予知できていません。
少なくともこの度の地震を的中(少々憚りますが)、あるいは「近々地震が来る」と予知する発表はありませんでした。
あくまでも私の知る限りですけど。
結果として五十年の間、遊んでいたという事です。
週刊誌か何かで目にしましたが
「いつ何時に、何処そこで、地震が発生する、と予知をして外れた時に誰が責任を取るのか?となると、仮に予知をしていても迂闊に発表出来ない。だから発表しない」
みたいな記事を見掛けました。
確かにね。
当てても外しても政治経済その他諸々に影響が及ぶでしょう。
だからまぁ軽々に発表出来ないのは理解できます。
ですが、それなら地震の予知なんて出来ない事を看板にするのは止めるべきかと思います。
実際、出来てませんから。
名称について、ですけど。
「(略)〜 エネルギーを費やすべき」
…ってねぇ。
たかだか名称の変更程度にどれだけのエネルギーが必要なんでしょうかね?
「(前略)〜 実力を示して 〜(後略)」
示してませんから!
示せる実力があるならとっとと示せよ、と。
脳ある鷹は爪を隠すと言いたいのかもしれませんが、果たして本当に爪があるのか疑わしい。
もしかして爪を切り過ぎて深爪でもしたのかな?
いっその事、名称と活動内容を変えてしまうべきかと思います。
「災害低減推進会」とかね。
「予知連」でなければ内容を地震に限定する必要はありません。
例えば
「昔からこういう所は災害が発生し易い傾向にある」
「こんな文字が使われている地域は嘗てはこういった災害が発生している」
とかね。
そういったところから始めれば良いと思います。
昔から「朝焼けは雨」「夕焼けは晴れ」「太陽(あるいは月)が笠を被ったら雨」
みたいな現在でも結構使える言い伝えなんかもあります。
先人の経験則ですね。
小学校の頃に
「明日天気にな〜れ」
なんて歌いながら靴を飛ばして、上を向けば晴れ、逆しになったら雨、横向きになったら曇り、とかやっていました。
誤って靴が田圃に落ちたりして、泣きながら帰宅して母から怒られたり。
ちなみに岡山では「逆さ」を「逆し」と言います。
天気予報も以前は予報と言える程の精度はありませんでした。
本当、昔の天気予報なんてガキの遊びと変わらない程度しか当たらなかったものです。
それを富士山の測候所や気象衛星という手段を取り入れる事で的中率を上げてきました。
地震の予知もこれまで非科学的だと切り捨てていた手段を導入しても良いのではないでしょうか。
これまでは「オカルトだ」「科学的根拠が無い」と、お偉い学者さんや学識経験者さんから無視されていた手段であっても研究してみれば何か分かるかもしれません。
それに、科学的根拠を見つけるのは学者さんのお仕事です。
予知連の看板に胡座をかいているお偉い学者さんや学識経験者さんがこれまでにどれ程の予算を溶かしたかは存じません。
ですが、このままでは学者や学識経験者の頭に「自称」と付ける事になりますよ。
私はテレビや新聞等で見掛ける度に「自称」と付けています。
「自称」学者、「自称」学識経験者の皆さん!
あなた方の「研究と称する行為」は、私には海に食塩を溶かしている様にしか思えませんよ!




