第八話 お巫山戯はいつも命とり
増本の作戦はこうだ。村を囲う壁の一辺の中心に戦力を四分割して配置する。中距離から遠距離間では銃で応戦。銃だけでは処理しきれないほどの数が攻めてきた場合と押されて近距離まで持ち込まれた場合は笛を鳴らす。
緊急戦力として使用するために控えさせておいた柳生、二階堂、藤堂を動かす。合流してくれたらセラも控え戦力として使用する。控え戦力の人にはゾンビを蒸発させるのではなく、倒させる。倒れたゾンビを射撃組が頭部を撃ち抜くという作戦だ。
ここで緊急戦力に石井を入れないのは控えさせておいて勝手な行動をとられたら迷惑でしかないからだ。石井にゾンビ討伐をさせておくことで暇を与えず楽しませておけば勝手な行動はとらないだろうという考えだった。
石井の所には主力として中川、越田を配置してある。訓練時の射撃で成績が良かった二人を石井の所へおいた。
同時に、石井のお巫山戯の抑止力として仲の良い寺西と赤座を配置した。戦力としてはほぼ無力に等しいが石井の勝手な行動を抑えれるのは大きい。
ゾンビ処理に関しては躊躇することなく撃て。頭部はすぐに照準を合わせろ。映画でよく見るようなゆっくりとした照準合わせは狙撃手じゃないのだからするな。頭部を外してもすぐに頭部を撃ち抜けば問題ないと伝えてある。
残りは今朝の訓練の成績から戦力を均等に分けて配置した。作戦通りにいけば特に苦なく任務達成できる。
増本の号令と共にゾンビを撃つ音が村中に響く。
増本がいる場所は一番辺が短い北の壁。増本は司令塔としての役割が大半なのでここには射撃成績1位の須賀を入れた。
女子では高身長で力の強そうな本村を配置。増本自身、良い配置だと思った。本村は嫌悪感を示していたが襲撃が始まると処理速度は凄まじかった。須賀は前髪で目が隠れていて今まで声を聞いたことがないくらい喋らない人物でいつも一人でいるような人物だった。須賀は石井に目をつけられていていじめがあった。
とにかく特徴と言えば負の方しかでてこない須賀が射撃の成績一位だったのはクラス中に驚愕を走らせた。増本自身、須賀と話したことはなかったので取り柄のないと偏見を抱いていた自分を酷く醜く感じた。
迫りくるゾンビが呻く暇も与えず頭部が撃ち抜かれる。須賀と本村が口にせずとも意思疎通を図っているかのように見えた。北壁は大丈夫だ。増本がそう確信した瞬間だった。
――笛音。
援護を要請する音が東壁から響いた。石井のいるところだ。
増本は急いで緊急戦力控室に向かい、柳生に行くように指示をした。
「断る。」
柳生は短く拒否の言葉を放った。それで終わった。増本が何を言おうと柳生は口を開かず、目を閉じていた。
計算外だった。柳生が援護を断ることは全く予想していなかった。
増本は藤堂に頼んで石井のいる東壁に向かわせた。藤堂は走って東壁に向かった。増本も後を追う。
北壁に関しては須賀と本村がいる。俺一人いなくなったところで変化ないだろう。
増本はどう動いたら作戦通りの軌道に戻せるかを考えながら走っていた。
到着した。しかし、そこで見た光景は想像とは真反対だった。
ゾンビの大群などいなかった。来るゾンビは数体でそれもすぐに中川と越田によって遠距離範囲で溶けている。石井は笑っていた。笛を持って笑っている。
「どういうことだ?何も起こってないじゃないか」
増本は威圧するように言う。
「え?暇だったから笛鳴らしてみた。面白そうじゃん?」
石井は笑いながらさらりと言う。まるで緊張感のない声だった。
増本の作戦崩壊へのドミノは、倒され始めていた。寺西も赤座も笑っていた。だめだ。抑止力どころか促進させてしまった。計算ミスだ。
増本は急いで思考する。ドミノを止めるには......急いで作戦を立て直す。しかし、思考は唐突に妨害された。
真反対の西壁から笛がなった。ドミノは全て倒れ切った。
ここから反対の西壁まで走って行くにはもう時間がない。藤堂は石井と話し始め中川もゾンビ射撃をやめ、話の輪に加わった。
ゾンビは越田と、その他の人達によって射撃されていた。精度が落ちてゾンビが溶けていく速度は減速する。西村はいかにも不服そうな表情をしながらゾンビを撃っていた。
増本がその場で膝から崩れ落ちる。思考停止。司令塔は機能しなくなった。
笛が鳴り続ける。壁が崩れる音がした。控室にいる人たちはどうしているだろう。西壁の皆は大丈夫かな。そんな答えを導き出そうともしない心配が増本の頭をくるくると回るだけだった。
*
西壁。
西側には相原と蓬莱、若林担任と山本らがいた。
ゾンビを倒すと緑のオーブのようなものが入ってくる。最初はよけていたがそれが経験値だと気づくと無視して受け止めた。自身のレベルが上がっているのがなんとなく感覚で分かった。
山本は蓬莱にいいところを見せようと全力でゾンビを倒していた。石井も藤堂もいない。邪魔ものがいないから今がチャンスだと積極的に蓬莱に話しかけた。
「ねえ、どっちの方が多く倒せるか勝負しよ?」
穏やかな口調で話しかける。
「あなた男なんだから勝つに決まってるでしょ」
蓬莱が落ち着いた口調で言い放つ。とても冷たかった。しかし山本はそんなところが好きだった。
「あ、そっか。そりゃそうだな。じゃあ、俺がお前のこと守るよ」
勇気を振り絞って言った。山本自身、勝ったなと思っていた。しかし、蓬莱は眉一つ動かさず冷静に言った。
「自分のことは自分で守るから。あなたも自分の身は自分で守りなさい。私より先に優先することあるでしょう?」
蓬莱はこちらを見ることなく、ゾンビを討伐していく。経験値が次々と入ってきている。
「あ、うん。......そうだな」
山本のプライドは壊れかけていた。だが、今がチャンスだとまだ思っていた。もし、壁が突破されたら俺が守ればいい。そしたら俺のことを好きになってくれるはずだ。
山本は壁が突破されろと祈りながらあえてゾンビを外して撃っていた。
山本の願いは良くか悪くか現実となった。突如として大群のゾンビが襲撃してきた。その数、百程度。
守るとはいいながらも危機感を感じる量だった。山本は笛を鳴らすことなく、頭部を狙って銃を撃ち続ける。しかし、こういう時に限って外れて体に当たるばかりだった。
ゾンビが近距離範囲に到達する。臭いが尋常じゃなく、痛覚となって鼻腔を突き刺す。
あまりの腐敗臭に気絶する生徒も数名いた。その所為でゾンビの処理速度がさらにさがる。全員壁から距離を取りながら銃を撃ち続ける。
ゾンビの大群が壁に辿り着いた。ゾンビがゾンビを台にして壁を乗り越えてくる。
やがて耐久値が0になった壁が崩壊し、ゾンビが一斉に流れ込んできた。
山本はもう無理だと悟って笛を鳴らした。援護を呼んでくるまで俺が守ろう。そう決めた山本は蓬莱に近寄る。
「来ないで!流れ弾が直撃するかもしれないじゃない!」
蓬莱が叫ぶ。
「大丈夫だ!!ミスったりしない!俺が、俺が守る!!」
山本は銃声に負けないくらいの大声で答える。数体のゾンビが蓬莱の許へ襲ってくる。
「させるか!」
緊急戦力になる予定だった山本は本物の刀を二本渡されていた。
拳銃をホルスターに収納し、刀を鞘から抜いて二刀流の構えをとる。蓬莱を襲うゾンビのもとへ走って行き、頭部を流れるように斬っていった。
酸化して黒くなった返り血を浴びる。山本は吐き気を催しながら蓬莱が安全にはなる程度ゾンビを斬った。経験値が流れ込みレベルが一気に上昇する。
山本は臭いに耐えられずその場に嘔吐した。嘔吐中に一体のゾンビが山本を強く掴んだ。腐った死体とは思えないほどの力で両腕を握る。
「あああっ!!!!」
両腕の骨が軋む音がする。ゾンビの吐息が地獄のような臭いでそれでまた嘔吐した。
「だから言ったでしょ」
呟くように蓬莱が言った。蓬莱は相原の許へ行き、ゾンビを撃ち始める。
山本の首にゾンビの歯が近づく。山本は死を覚悟した。その時だった。
一閃。ゾンビの首が一刀両断され地に落下した。目の前でゾンビが蒸発する。
「朝は俺に負けて、夜は俺に助けられて、屈辱を感じないか?」
柳生総一だった。柳生がにやついた顔で山本に言った。
「ばっか野郎......今はそれどころじゃねえだろ......」
山本は両腕をだらしなく落としたまま掠れた声で言った。
「フッ。まだ戦えるだろ?その二刀流で」
柳生は次々と襲い掛かるゾンビを斬っていき、上手い身のこなしで返り血を浴びないように動いていた。
「うあああ!!!」
山本は柳生に負けじと刀を振ろうとするが、腕の骨が折れていて動いてくれない。
「無理だああ!!」
叫んだ刹那、両腕の痛みが引き、身体の倦怠感、吐き気が一気に引いた。体力も全回復したように感じられた。
「俺のスキルで誰かが俺に使用したスキルの回復効果をお前に"贈与"した。俺に回復を使用した誰かに感謝するんだな。」
またもや柳生に助けられた。山本のプライドはズタズタに引き裂かれていた。なら、討伐数だけでも勝ってやろう。
「なあ柳生、どっちの方が多くゾンビ倒せるか勝負しようぜ」
山本は柳生に心を開いた。もういい、弱った姿を見られたのだから。
「ああ。結果は目に見えているがな」
「よーいスタート!!」
山本の合図とともに柳生と山本は動き始めた。柳生は一刀流、山本は二刀流でゾンビを斬っていく。
「返り血を浴びるな!返り血を浴びて臭いで吐き気を再び催したら意味がない!」
柳生の指示を聞き、山本は返り血を浴びないようにぎこちない動きをしながら立ち回る。
柳生の川のように流れる切っ先でゾンビが蒸発していく。山本の乱暴に振られる二刀流にゾンビは吹き飛びながら蒸発する。
――決着はついた。西壁からゾンビが消滅した。
朝日が地平線から顔を出す。光はゾンビ達を蒸発させた。朝日が二人の目に映る。長い戦いの末、二人は勝ち抜いた。
「気になったんだが、蓬莱達は?」
山本が刀を鞘に納める。二人の浴びた酸化した黒血が日を浴びて蒸発していく。
「逃げた。俺が周囲のゾンビを斬って逃がした。逃げることが本来の目的ではないのにな」
柳生は皮肉をこめて言う。山本は強烈な嫉妬を感じた。
「あ、そうか.......無事だったか?」
「知らん。......なあ壮、何故こんな無駄な仕事をさせると思う?」
小さいが、よく聞こえる声で柳生が言った。
「無駄?なんでだよ、村の人達を守れたんだからいいだろう」
山本は名前呼びされたことに違和感を感じながら率直な意見を述べた。
「どんな思考回路してるんだ。一夜だけ守っても、ゾンビの親玉は潰していない。毎晩村が襲撃にあってるように毎晩ゾンビは現れるんだ。
昨夜のゾンビ襲撃を止めたとしても、今晩も、明日もゾンビは来る筈だ。」
山本は言われて気付いた。そうだ。意味がない。
親玉を潰していないのだからゾンビはまだ来るはずだ。それなのになぜ守らせた?これから毎晩ここで護衛をするなんてことはないはずだ。
「引っ掛かることはないか?四方からこんなにもゾンビが攻めてきているのに、腕の骨など余裕で折るほどの握力を持っているのに、なぜ村の被害が少ないのか。なぜ村の所々が崩れているだけで村民は普通にいるのか。むしろ普通より多い人口が減らないのか。」
柳生が述べていくうちに浮かんでいた疑問が確信に変わった。
「それは――」
柳生の新しいスキルが分かりましたね。柳生と山本の関係はどうなっていくんでしょうか!
次回はゾンビ襲撃黒幕編ですね!
創作意欲向上につながるので評価と感想お願いします。