第十三話 求死
ブラックホールに吸い込まれる夢幻は精いっぱい手を伸ばす。まるで何かを引き寄せているようだった。
夢幻がブラックホールに頭部が吸い込まれる瞬間、夢幻の手に何か黒い鋭利な物体が持たれた。
「間に合った!魔剣ハーレー!!」
夢幻は魔剣ハーレーを持っていた。ハーレーをブラックホールに斬りつける。どういう原理なのかブラックホールとハーレーは衝突し、金属音を立てて夢幻が吸い込まれるのを防いだ。
「なっ......何だそれ!卑怯だろ!」
アスタロトはそう叫ぶばかりで追撃はしなかった。その光景を見て、迦楼羅が瞬時に理解した。
アスタロトはブラックホールを展開している間は動くことができないのか。なら、動かしてしまえば!!
「"怪・世界"!!」
迦楼羅が重力に耐えながら両手をアスタロトに向ける。直後、アスタロトが頭を抱え、叫び声を上げた。
「うあああ!!やめろ、やめろぉお!!またかよぉ!!」
アスタロトは叫びながら身体を大きく反り、そのまま倒れた。
ブラックホールが消える。夢幻が体勢を整え、ハーレーをアスタロトに向ける。
「視界はどうだ。苦しいか」
迦楼羅が尋ねる。
「ああ......歪んでやがるぜ......気分が悪ぃ......嘔気と頭痛と眩暈が激しいねえ......」
アスタロトは金髪の頭を掻きまわしながら立ち上がる。
「そうか。これはどうだ?"悪夢"」
迦楼羅の口角がニヤリと上がる。アスタロトが目を見開いた。アスタロトが周囲を見回し叫び始める。
「やめろ、やめろ、やめろ!!俺を期待するな!やめるんだ!!うああああああ!!!!!」
アスタロトが叫び散らす。アスタロトは、悪夢を見ていた。今までの人生の、最悪の過去を。幻覚を。
「お前が殺してきた者達の恐怖を、苦しみを味わえ!」
夢幻が吼える。夢幻がハーレー片手にアスタロトの許へ駆ける。アスタロトが夢幻を視認する。
「俺を殺してくれ!!若魔王!!」
アスタロトが目に涙を浮かべ、両手を広げて言った。
「そうか。」
夢幻は表情を変えることなく言うと、ハーレーを首目掛け真一文字に振った。首を斬り切らず途中で止めた。刃が首に食い込み鮮血が流れ出る。"悪夢"が解除される。
「はあ...はあ...はあ......フフッ。なんだ、幻覚かよ。俺はまだ、ここで死ねねえよ!」
アスタロトが笑顔で叫ぶ。
「カリスマ魔王の終わりが、自ら死を求めるなんて、屈辱的だな。」
夢幻が挑発するように言う。アスタロトが睨む。視線が火花を散らしているかのように鋭く交錯する。
「これ、やめろよ」
アスタロトが首に刺さった剣を指差す。手で刺さった魔剣を抜いた。
「お前にはできる限り苦しんで死んでもらおう。迦楼羅!!」
「"悪夢"!!」
「"赤色の巨星"!!!」
アスタロトの視界に最悪の過去が映る。二度と見たくなかった人物の顔を見る。目の前の夢幻の両脇にいる。その人物はアスタロトに毒を吐き続ける。
「やめろおおお!!!」
アスタロトがペテルギウスをその人物に向けて放つ。その直後、体中に激痛が走った。
「乱れ連続斬り!」
夢幻が魔剣ハーレーを不規則に、高速に、アスタロトに振っていた。アスタロトは動揺で全く気付かなかった。
「ぐわあっ!!」
ペテルギウスは壁に当たり消滅した。アスタロトの全身から流血する。
「痛みを知れ!」
夢幻がアスタロトの首を撥ねる。アスタロトの首は勢いよく空中に投げ飛ばされ、高く舞って落下した。
アスタロトの生首は、顔をしかめた。
「いだああああああああああああああい!!」
アスタロトが悲鳴を上げた。アスタロトの切断部位を中心に激痛が全身を駆け巡る。流血がない。意識がはっきりとしている。
「お前が激痛を感じる理由は、無意識に生を求めていたからだ。お前は死を求めていない。故にお前の魔力が再生を試みているんだ。だから血も流れないし意識も朦朧としない。魔剣は魔族にしっかり刺さってくれる。どうだ、その痛みが、お前が今まで与えた痛みだ。」
夢幻ははっきりとした口調で言った。アスタロトがニヤリと笑う。
「一発で仕留めておけばよかったものを!!」
アスタロトがそういうと、アスタロトの首の切断面と、胴体の切断面に闇が発生した。その闇は互いに結び付き、胴体に頭部を引き付けた。その様子を夢幻は壁に付いた染みでも見るような眼で見ていた。そして、結び付いた闇を斬った。浮いていた頭部は再び地面へ落下した。
「アッハッハ!そんなことしても無駄だよ!!」
アスタロトは勝ち誇ったような表情をしながら再び闇を放つ。先刻よりも強い闇だった。再び結び付いた闇も、夢幻は斬った。斬り続けた。
「糞野郎......しつこいんだよ手前はよぉ!!」
アスタロトが叫ぶ。夢幻は魔剣を下ろした。頭部と胴体が結合し、アスタロトが本来の姿に戻った。
「お前は一度死んだも同然だ。お前には二回死んでもらう。」
夢幻は低く言いながら魔剣を鞘に納める。そして、強く拳を握る。
「へっ、今更後悔しても遅いぜ?!このカリスマ魔王を、一撃で仕留めなかったことをなあ!!」
アスタロトが攻撃へ僅かに動作した刹那、アスタロトは宙を舞った。
「"合技・闇破落"」
夢幻の掌がアスタロトの顔面を掴む。アスタロトは頭部を中心に身体が宙に舞い、空中で仰向けの姿勢になる。
夢幻がアスタロトの顔面を地面に叩き付けた。その瞬間、地面には幾つもの太い亀裂が走り、大きく凹んだ。
ゴッ、という頭蓋骨が割れるような鈍い音が響く。アスタロトは、顔面に亀裂を走らせていた。醜悪に歪められた顔にはアスタロトの面影を見入ることは出来なかった。
「これが、恐怖と痛みだ。」
夢幻が息絶えたアスタロトに吐き捨てるように言う。アスタロトは、死に際恐怖を感じていたのかもしれない。
「もう、限界だ......」
夢幻は弱々しく言うと、全身から力が抜けたようにして倒れた。
「魔王様......!!」
迦楼羅が駆け寄る。
「なあ、迦楼羅。アスタロトが見た悪夢は何だったんだ?」
夢幻が小さな声で言う。死にかけてはいないことを迦楼羅は感じ取り、安堵の息を吐いた。そしてつづけた。
「苦悩と、恐怖と、重圧に塗れた過去でした。死ぬ間際に、同じ恐怖を感じたのではないでしょうか。」
迦楼羅はそう言ってアスタロトを見た。
「はは......だと思ったよ......」
夢幻はそういうと、静かに瞼を閉じた。




