第一話 異世界デルガルド
風が通り抜ける音が聞こえる。草が擦れ合う音が聞こえる。
視界に色が飛び込んでくる。赤、青、黄、緑…見たことのない色。形容しがたい暗い感情を混ぜ込んだような色。
自分が立っていることに気が付く。聴覚、視覚、平衡感覚が取り戻った。
頭がくらくらする。感情を卵を溶くように混ぜられた感覚だ。吐き気がする。眩暈はない。
意識が完全に明瞭になったときには、周囲は闇に包まれていた。上も下も右も左も黒。真っ黒。自分の手すら視認が難しかった。
そうこうしていると、一筋の光が目の前を照らした。上空からゆっくり薄い金の長髪の男が降りてきた。
金を基調とした着物のようなものを着ており、顔には幾つもの皺が刻まれていた。身長は低い。
特段強そうなオーラも威厳もあまり感じ取れない。
「だ、誰だ!」
夢幻は腰が抜けて尻餅をつく。
「いやいや、儂は冴えない隠居爺じゃよ。そう驚くでない」
男は重みのない軽い声音で言った。右手に持った濃い茶色の杖を軽く振ると夢幻の周りも光に照らされた。
「か、神か?」
夢幻は恐る恐る尋ねてみた。
「呵々!儂が神に見えるか!儂は破壊神じゃよ。そこらの神より偉いんじゃないかな?呵々!」
破壊神と自称する男は一人で大声でゲラゲラ笑っている。
「な、破壊神?」
夢幻はすぐに立ち上がり、構える。
「破壊神だからって悪い奴だと思われたやだね。創造と破壊でこの世界の均衡は保たれてんだよ。儂は今でも創造神と飲み行くほど仲いいからね。」
破壊神は小さな歩幅で夢幻に歩み寄る。そしてつづけて耳打ちした。「あんた、ステータス滅茶苦茶低いよ。その代わり素質があるよ。」
「は?」
夢幻が間の抜けた声を出す。
「ステータス、オープン!!」
破壊神は笑顔で叫ぶと、杖を掲げた。
夢幻の目の前に映像としてステータスが表示される。
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体力 12
攻撃 3
防御 4
俊敏 3
魔防 2
マナ 4
スキル:なし
ランク D
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「これ、あんたのステータス。やばいじゃろう??」
破壊神はニヤニヤしながらステータス一つ一つを杖で指した。
「お前さんと同時期に転生したきた奴のステータス見せてやるわ!ステータス、オープン!!」
先ほどと同じような行動をとると夢幻のステータスにかぶさるようにして表示された。
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石井陸斗ステータス
体力 300
攻撃 100
防御 25
俊敏 60
魔防 10
マナ 16
スキル:なし
ランク C
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「どうじゃ、差が激しいじゃろ」
破壊神はニヤニヤをやめずに言う。「悔しいか悔しいか~??」
「なんでだ!なんでこんなにステータスが低いんだよ!くそっ…これじゃ結局、前と同じじゃないか…」
夢幻は地面に座り込んだ。
「はぁ~意気地なし!ほんっとう嫌だね、呆れちゃうよ。だから儂はね、あんたにステータスを上げようと――」
「おっちゃん俺のステータス上げてよ!!」
夢幻が食い気味に言って破壊神の着物にしがみついた。
「触るなぁ~!!」
破壊神が杖を振る。得体のしれない光が夢幻を吹き飛ばした。
「儂は神じゃ!無礼者!ったく。ステータスは上げてやるわ!!お前は儂のお気に入り。あんた、コロコロと変わるこの状況についていけてないね。本来聞くべき儂の名前も{ここはどこ?}なんていう言葉も何もないよ。」
破壊神はセンスのないジェスチャーをつけて言った。「あんたに神の託宣付くよ。スキル。」
破壊神が低い声で耳打ちすると杖を地面に突き刺した。
「神の託宣?それってどういう――」
「ドロン!!」
破壊神は煙と共に消えた。破壊神がいた所に一枚の紙が落ちていた。
「はあ…意味が分からないよ…」
夢幻がぼそぼそと呟きながら紙を拾う。
そこには
『儂の名前はレバート・フェルナンデス・レイト・モルデンバーン・ゼット・ケルト・シー・マンジェル・エルゲート・パパラ・メルダートじゃ!メルダートと呼びたまえ☆』
と、書かれていた。それとともに、メルダートのウインク顔写真も落ちていた。
「あのおっちゃん、何者なんだ…?」
*
「何ここどこ?」
石井が真っ先に立ち上がり言った。少し黄色くなった白い壁に四方を囲まれた部屋は中央に祭壇のようなものが置かれており、天井には龍の絵が描かれていた。
ほかのクラスメイトも次々と目を醒ます。
「やっと目を醒ましたのね。」
祭壇の中央から14歳くらいの女の子が降りてきた。
「え、誰お前」
石井が質問を投げかける。それに便乗して
「ここはどこなんだ?」「元の世界には帰れるの?」「何があったんだ?」「どういう状況ですか?」
などと矢継ぎ早に質問が浴びせられた。
「一斉に質問浴びせないで。答えれない。」
瞳の大きい、濃い桃色の髪をした少女は冷淡な声で告げた。
「じゃあ、先生が質問しますね。みんなは落ち着いて」
担任教師の若林が挙手した。
「君、ここはどこ?」
若林が少女の目線に高さを合わせて質問した。
「何様のつもり?あなた、私より位が低い癖に。私の名前はセラ。執事、全員のステータスを展開して。」
セラと名乗る少女が執事を呼ぶ。するとその声に合わせて部屋の奥の扉が開き、そこから長身痩躯の黒髪の容姿端麗な男が来た。黒い正装に身を包み、スマートな足取りでセラのもとへ歩み寄る。
「私、セラ様の執事の二階堂と申します。以後お見知りおきを。」
二階堂が無駄のない動きで一礼する。その甘いマスクと声はクラスの女子たちを一瞬でトリコにした。
二階堂が指を鳴らした。その音を合図にクラスの面々の目の前に映像としてステータスが表示された。
クラスの面々は小さく驚きの声を上げる。
「な、なんだこれ」
藤堂がステータスが表示された映像をみて呟く。
「ねえ意味がわかんないんだけど」
西村が高圧的な態度でセラに詰め寄る。
「あなたたちにはこれからこの世界で七体の悪魔と、四体の大魔王を倒してもらうわ。」
セラは西村を無視して全員に告げた。
「ねえ無視しないで!」
西村がセラの肩を掴んで顔を向かせる。
「あなたのステータス、なかなか優秀ね。回復役として使えそう。」
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西村里奈ステータス
体力 250
攻撃 10
防御 30
俊敏 45
魔防 15
マナ 120
スキル:回復/1
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「え?何この回復って。」
「説明してあげる。あなたまたは仲間の体力が20%以下になると100%まで体力を回復することができるスキルよ。そこに書いてあるマナっていうポイントみたいなのを消費することで無条件で体力を全回復することもできるわ。」
セラは西村の目を見ることなく淡々と話した。
「あ、あの…マナとかスキルとか…一体何の話してるんです?」
学級委員長の増本が黒縁眼鏡を触りながら恐る恐る誰にともなく問いかける。
「マナは各々が持つポイント、のようなものになります。スキルは鍛錬すれば習得できる戦闘を有利に運ぶアクティブスキル、生まれつきや素質によって所持できる滅多に獲得できないレアスキルがあります。また、パーティーというチームを組む場合、リーダーの種族などによりステータスが変化するリーダースキルがございます。そのスキルを使用する際に消費される対価がマナとなります。」
執事二階堂が増本に向けて丁寧に説明した。
「は、はあ……戦闘とかどうとか…僕たち、戦わないといけないんですか?」
増本はだいぶ前に説明されていたことをまた質問した。
「はい、そうです。転移された皆様には7体の悪魔と、四大魔王を討伐していただきます。ここデルガルドは5年前より四大魔王を中心とした四つの地方がございまして、各地方が魔族によって占領されております。かつて栄えた都市も四大魔王の一人の物となり、人々は村や町などでひっそりと暮らすしかなくなってしまっております。魔王と戦える戦士も少なくなっていますので皆さまに頼みたいのです。」
二階堂は深々とお辞儀をした。礼ではっきりとは視認できなかったが、二階堂の拳は血管が浮き出、小刻みに震えていた。
「は?そんなのするわけねえだろ!家に帰せよ」
石井が二階堂の胸倉をつかむ。二階堂は憐れむように石井を見つめる。180㎝ある石井も、190㎝程ある二階堂には敵わなかったのか、突き飛ばすようにして胸倉を離した。
「あなたのステータスは、十分に良い。これからどんどん成長していくでしょう。あなたは立派な戦士となれます。」
二階堂は服装を整えながら淡々と話した。胸倉をつかまれたことをまるで忘れたようだった。
「ステータスを見てみてください。」
二階堂に言われるままに石井はステータスを見た。
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石井陸斗
体力 300
攻撃 50
防御 25
俊敏 60
魔防 10
マナ 16
スキル:打撃/1 体術/1
ランク C
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「スキルが追加されている?このスキルはなんだよ」
石井の口調が落ち着く。
「打撃は稀に攻撃のダメージが上がります。その1というのはスキルレベルです。レベルを上げればダメージ増加の確率が上がります。マナを使えば攻撃ダメージを上げることもできます。体術は身のこなしがスムーズになります。運動神経が強化されます。」
二階堂は嫌な顔一つせず淡々と答えた。
「ねえ、セラ。私たちがその悪魔とか倒したら、どうなるの?」
西村がセラに言った。
「元の世界へ帰すわ。いま、あなたたちの世界ではあなたたちの存在は全ての人間から忘れられている。元の世界へ戻ったとき、記憶は全て元通りになって、あなたたちがこっちにいた空白の時間もすべて埋まるわ。帰ったとき、生き残った人達に多額の報酬金を渡すわ。一生遊んで暮らせるくらいのね。だから、お願い。」
セラが西村の方を振り返ってつづけた。
「私たちを、助けて」
セラの目には、涙が浮かんでいた。
「俺たちで、やるしかねえな」
不意にみせたセラの涙に感化されたのか、藤堂が立ち上がって強くいった。
「なら、やるか」
石井もそれに賛同するように言う。それに倣って石井の取り巻きが賛同する。
やがて、六道夢幻を除いた2年5組全員が戦う覚悟を決めていた。……否、覚悟はできていなくとも、戦うことは強制されてしまったのかもしれない。
その瞬間、祭壇に人影が現れた。