プロローグ
「クククク……ようやく完成です…これで、私の努力が報われます…!さあ、あとはメールを送るだけ…!」
水色の髪をした若い男がパソコンのモニターを見て不敵な笑みを浮かべた。
部屋には何台ものパソコンと、モニターがあった。部屋はそこまで大きくはない。モニターから発せられる光が部屋を青く照らしていた。
「坂南第一高校2年5組生徒のメールアドレスをすべて入手できた。データを送っておく。あとは勝手にすると良い。」
白衣を着た白い長髪の男が部屋に入ってきて言った。その声は冷淡で感情がなかった。
「流石です、パール様…元政府科学組織に所属していた御方です……去り際に国内全員のデータを抜き取り個人情報を我物にした私の師!」
水色の髪の男は目を爛々とさせて叫んだ。白衣の男――パールと呼ばれた男はその台詞を独り言のように無視し、パソコンの前に座った。
パールは〈個人情報〉と書かれたファイルを開き、坂南第一高校2年5組に属している生徒のデータを開いた。そこには、名前はもちろん、住所、電話番号、家族構成など普通は絶対に入手できない個人情報が記されていた。パールは軽く操作すると、水色の髪の男のパソコンにそのデータが届いた。
「ありがとうございます。因みにですが、死淵の名前は?」
「ない。」
パールが食い気味に答えた。
「やはりそうですか…エリートは足跡を残さない…何も考えずに生きる愚民はエリートによって全てを知られる…この世界はエリートにとって都合のいい世界です……」
水色の男は意味深長な言葉を吐き、キーボードを叩き始めた。
「さあ、見せてください、死淵の血を引く忌々しき一族の末裔よ…私の手の上で、踊りなさい…!!」
水色の髪の男は、〔送信〕と画面上に表示された部分をクリックした。
*
俺は坂南第一高校に通う高校二年生、六道夢幻。成績は良くも悪くもない普通だ。運動神経も良いとは言えないし悪いかと言われればそうでもないと思う。身長は175㎝前後で平均的だと思われる。クラスではピラミッドで表したら俺は下の方だと思う。ただただ、普通の人よりパソコンができるとしか思われてなさそうだ。
そんな俺には、良くか悪くか、幼馴染に学年トップと言われる美人がいる。名は相原夢。
共通の話題で盛り上がる夢と俺に気にくわないのか、クラスの上位の人間に突っかかられることが少なからずある。
名は藤堂大輔。休み時間にトイレに呼び出されてなんやらかんやら難癖付けられるのは日常茶飯事だ。
藤堂は「相原と話すな」や、「調子に乗るなよ?」などと夢と俺が絡むことに対して悪態をつくだけだからまだ良いのだが......
問題は2年5組のリーダーとも言える石井陸斗という男だ。彼が俺に変に突っかかってくるようになったのは学年に起きたある事件がきっかけだ。
簡単に説明すると、クラスのSNSグループに謎の人物が現れたというものだ。その人物は、手当たり次第にクラスメイトを追加していき、よくわからないことを言って回っていた。
誰が発端か、学年のSNSグループで「六道が犯人だ。」というデマが広がってしまった。
数とは恐ろしいものだ。グループで一度犯人の推測が付いてしまえば――それが濡れ衣でも――その人物を完璧に黒塗りする。
俺がどれだけ違うと訴えようがそいつらは俺を疑うことを止めなかった。
時間が経てばその事件も風化し、誰も口にすることは無くなった。
しかし、石井は違った。現れた謎の人物が名乗る名で俺を呼んできたのだ。しつこく。
それだけじゃあない。
石井は放課後に俺を呼び出し、一方的に質問や、攻撃を続け、口論にならない争いを仕掛けてきたのだ。
最初の方は精神的ダメージが大きかったのだが、時間が経つにつれ慣れてきた。俺が慣れたことを石井が知ると、次は手を出してきた。
これ以上は、長くなりすぎるから一旦ここまでにしよう。
そんなこんなで、色々厄介な事に絡まれながらも楽しく学校生活を送っていた。
そんな人生が、俺にとっては平和だったのかもしれない。
皮肉なことに平和はいつだって長続きするもんじゃない。欲しい物は手に入れれば一つ減るし、総理大臣だっていつまでも同じ人ではない。
いつも通り変わらない平和は、理不尽な一件のメールによって崩された。
* * *
「なんだこれ?」
2限と3限の間の休み時間に不審なメールが届いた。いつもは迷惑メールと思って無視するのだが、今回はなぜか開いてしまった。
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差出人:Unknown
件名:招待の御報せ
宛先:2-5の皆さん
本文:本日、正午より、異世界デルガルドへご招待致します。詳しくは、後ほど通達します。あと数時間、こちらの世界で楽しんで下さい。悔いの無いように。
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「ん?何このメール。気持ち悪ッ」
変に髪型をツーブロックにして決めているクラスのリーダー、石井陸斗がメールを読んで吐き捨てた。それと同時に、藤堂もメールを見て、賛同の声を上げた。
どうやらこのメールはクラス全員に届いているらしい。
「むむ…これは悪質な悪戯です!誰です?こんな変なメールを送ったのは」
学級委員の増本が黒縁眼鏡をクイっと上げてクラスを見渡した。
それにつられるように石井もクラスを見渡した。クラスのほとんどが例のメールを見て汚れたものを見るかのような目をしていた。
俺は直感でまずいと感じた。先ほど話した事件があったからだ。それもあり、送り主じゃないのに変な汗が背中を伝った。
「ねね、お前やったよな、六道?」
来た。石井だ。覚悟していたとはいえ、名指しされるとやはりビビるものだ。鼓動が速くなり、耳が赤くなる。
「お、俺じゃないよ。」
声が詰まったが、辛うじて否定の声を上げることができた。
しかし、石井にクラスの意見は傾いていた。
何でもすぐに拡散するあまり好かない女子の西村が「絶対六道だよ」と、一部のグループに夢幻に聞こえる声で言う。
その言葉を契機に女子の冷たい視線が俺に注がれる。
ヤバイ、何言っても無駄だ。
こういう時は、日頃まじめにしていようがなんだろうがそんなものは紙くず同然の無価値になり、残酷な疑惑が突きつけられる。
教室に沈黙が流れる。陰湿で、重い空気だった。沈黙を破るように教室の扉が開いた。担任の若林が入ってきた。
「ん?どうしたお前ら。こんな静かに」
若林は教室を見渡し、不思議そうに言った。
「六道がクラスのみんなに変なメールを送ったんですよ、それなのにこいつ送ってないって嘘ついてるんです」
石井が答えた。若林は教師1年目の若手で教師としての経験がない。そのため、クラスの優位な人物の意見に自分の意見を傾け、嫌われないようにしていた。
「…これか。このメール、六道が送ったんだな?」
若林は俺の方を向いて言った。それと同時に、クラスメイトからの視線が注がれた。そのせいで即答で否定できなかった。緊張で全身に汗が出る。喉に言葉が引っ掛かってうまく口にできない。指先が震える。
「ちち、ち、違います…」
震える声で時間差で否定した。これは逆効果だった。まるで自分がしたと認めたかのような返答の間だった。
「はあ……六道、今後こういうことは辞めろ。前もあったよな?スマホ没収だ。昼休み、職員室に来い」
若林は短く夢幻に告げた。そして夢幻の元へ歩いてきた。手を差し出す。
「いや、僕じゃないです…」
無意味だ。若林は何も言わずに手を差し出し続ける。授業を始めるチャイムが鳴った。
しかし、若林は授業を始めようとせず、同じ状態を続けていた。
時間でどうにかなるもんじゃない…
諦めかけた時だった。
「先生、まだ六道君がしたって決まったわけじゃないじゃないですか、証拠もないですし。」
夢がクラスの重い空気を壊した。その発言は意外だったらしく、若林は「そ、そうだな…」と手のひらを返したように返事し、教卓へ向かった。
「守られたからってお前の疑いが晴れたわけじゃねえぞ?」
藤堂が近づき、俺に耳打ちした。ひとまず助かった。
それからは何事もなかったかのように授業は始まった。しかし、首筋にナイフを突きつけられているような感覚がし、全く落ち着くことができず、授業内容がなんにも入ってこなかった。
メール記載の時間が迫ってきた。11時58分。石井が授業中にも関わらず大声で話し始めた。
「ねえ六道、もう少しでデルガルド行くね~どこですか~?教えてよ~~」
石井は煽るように言った。それに便乗するように石井の取り巻きが嘲笑する。
その時、通知音が教室中で鳴った。メールだ。
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差出人:unknown
件名:招待完了
本文:2-5の皆さんへの招待手続きが終了しました。本日12:00丁度よりデルガルドへ招待します。
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「お前ふざけんなよ。」
石井がメールを読み、冷徹に言った。続けて「一回守られたからって調子乗んなよてめえしばくぞ」
と、言った。
「だから俺じゃないって!!」
そう訴えることもできず、12:00を向かえた。
何も起きない。
最悪だ。
予想はしていた。そんな転移なんて、現実で起きるわけがないと。
石井が立ち上がり夢幻に迫ってきた。石井の拳に力が入る。太い血管が浮き出てきた。拳を振りかざした。
その瞬間だった。
白い光が教室を包んだ。
光に包まれると、視覚、聴覚、平衡感覚が奪われた。