俺は怒らせてしまったあの子に謝りたい
東野雪華さんの「光」企画参加作品。
俺、丹波翔太は窮地に立たされていた。涙目の女子が思いきり俺の顔を睨んでいる。
なぜか、俺が彼女の携帯ストラップを踏んでしまったからだ。もちろんわざとではない。
「えっと…その…ごめん」
彼女は話を聞いているのだろうか。目線が俺からストラップに移った。
事の経緯はこうだ。俺が図書室に向かって廊下を歩いていると、反対側から歩いてきた彼女と肩がぶつかり、彼女が右手に持っていたスマホが廊下に落ち、不幸なことにスマホについていたストラップが俺の上履きの下にきてしまったのだ。そしてその足でストラップを…後は察してくれ。
スマホは幸い無事だったがストラップは無残な形になってしまった。復元は絶望的だ。
「それどこで売ってる? 俺が弁償するよ」
「売ってへん」
「え?」
「これ非売品やもん。どこに行っても買われへん」
じゃあどこで手に入れたんだと訊きたい気持ちではあったがそれを必死に抑えた。というか関西の人だったのか。転校生なのかな? 学年もわかんないし…。
「じゃあ、何か代わりになる物を…」
「別にええ。君が悪いわけちゃうから」
俺が言葉を言い切る前に彼女は早足で去っていった。名前を訊く余裕すらなく昼休みが終わるまで俺はただその場に留まっていた。
しかしこの学校に関西の子がいたとは知らなかった。一体あの子は誰なんだ。
その日の放課後、俺は昇降口で彼女が来るのを待つことにした。かなり怪しいが名前だけでも知りたい。
だが待てど待てど彼女が来る気配がない。周りの目線が俺に集まりだしてるし…どうする。
「丹波、お前何やってんだ」
「いや、何も」
後ろから話しかけて来たのはクラスメイトの土居漣、根っからのアニメオタクでジャンル問わず内容を詳しく知っている。その記憶力を勉強に活かせればそこそこ上位に行けると思うんだがどうするかは本人次第だ。
「嘘つけ、ホームルーム終わったら即行で帰る奴が下駄箱の前でうろつくわけないだろ。誰か探してんだろ? 良かったら俺も手伝うぜ」
無駄に勘が鋭いな。まあ、土居とは一年から交流があるから俺の考えを読むのは容易いものだろう。
「別にいい。それより土居、この学校に関西の子っているか?」
「さあな。俺は知らない。もしかしてその子を探してるのか」
俺は返す言葉が見つからず頭を掻いた。仕方ない。今日は諦めよう。もう帰ってる可能性もあるし、いつまでもここにいたらなんて言われるか分からん。帰路に就きながら俺はゆっくりと思考する。
今はあの子に謝りたいというのもあるが、ただ純粋に会いたいという気持ちもある。こんなこと思ったのいつ以来だろう。それにしても最悪な出会い方だったな。
歩いて五、六分経ち駅が見えた。高校入学前は電車通学に対して何も思っていなかったがいざ高校生になると朝の満員電車がまあ辛い。今でこそ慣れたが一年の時は軽く鬱になった。
電車に乗ると座席は空いていたが俺は敢えて座らない。以前は座っていたが強烈な睡魔に襲われるのだ。1/fゆらぎとかいうらしいが、何度か乗り過ごしそうになったのでもう座るのはやめた。
五駅進んだ後、俺は電車を降りて一直線に家へと向かった。
「ただいま」
玄関を開けると家の中にいたのは姉の奈々、俺の一つ年上で同じ学校に通っている。
「遅かったじゃん。いつも先に帰ってくるのに」
「まあ、こっちにも色々あるんだよ」
「帰宅部のあんたが?」
帰宅部なのはそっちもだろ。人のこと言える立場じゃない。
そういえば、姉貴はあの子を知っているのだろうか。正直手がかりが少なすぎて何をどう訊けばいいかが分からない。
「姉貴」
「何?」
「女の子を怒らせた時って、何て謝ればいい?」
…俺は何を訊いてるんだ。謝りたいのは事実だけど。
「え、あんた何したの? わいせつとか?」
それもう捕まるから。怒るとか以前の問題。
「今日の昼休みに女の子の携帯ストラップ踏んじまってさ、どう謝ればいいのか考えてるんだけど…」
「そんなの単刀直入に『ごめんなさい』でしょ。というか人のストラップ踏むとか何考えてんの?」
「わざとじゃない。不可抗力だ」
誤解を解くため俺は昼休みにあったことを詳細に話した。すべて話し終えると姉貴は軽く頷き「なるほどね」と呟いた。
「でも名前も学年も分かんないって…それじゃどうしようもないじゃん」
「分かってるのは関西の子だということだけだな。姉貴は知らないのか?」
「悪いけど知らない。私、クラス以外の子とは話さないから」
やっぱダメか。まあ、同じ学校に通ってるんだからいつか会えるだろ。その時にはもう俺のこと忘れてるだろうけど…。
週が明けた月曜日、俺は早めに学校に来た。下校時と違い朝は人が少ないので長く待っていても周りの目を気にしなくて済む。ただ毎日はキツイから今日ダメだったらもう諦めよう。
ずっと立っている所為か足が痺れ、外の風で体も冷えてきた。
時間を見ると午前七時五十五分、八時を過ぎると登校する生徒がゾロゾロと出てくる。これ以上昇降口に留まるのは厳しいな。
そろそろ教室に行こうと思ったその時、見覚えのある生徒が歩いているのが見えた。
髪は肩まで伸びていてよく通った鼻筋と大きなクリ目が目立つ。背は小さく俺と並んで立ったら拳ニ個分は差が出そうだ。間違いない。あの時の…。
彼女は歩いている途中で俺に気づき目を丸くした。俺のこと覚えてたのか。まあ、まだ三日前だしな。彼女は昇降口に入ると俺から目を逸らし、早足で自分の下駄箱に進んでいく。
「ちょ、ちょっと待って! 急に早くなったけど」
「なんですか一体。私に何か用でも?」
「君に渡したいものがある」
彼女は怪訝な顔で俺を見ると「手短にお願いします」と焦らしてきた。俺は慌てて自分の鞄からあるものを取り出した。
「これを渡したかった」
「猫の…ストラップ」
「昨日、ショッピングモールで買って来た。あれは俺の不注意だったしちゃんと謝りたかったんだ」
「わざわざ買ったんですか? 私のために」
「ああ、それでいいかな。猫…可愛いだろ?」
俺がそう言うと彼女は軽く笑みを浮かべた。笑った姿を見るのは初めてだった。
「はい…これでチャラですね。ありがとうございます」
はぁ、やっと心の靄が消えた。とりあえずよかった…。
「では、私はここで…」
「名前! 名前だけ訊かせてほしい…できれば学年も」
「二年一組四宮明音、これでいいですか?」
「…ああ」
彼女改め、四宮さんは俺に会釈して自分の教室へと向かっていった。あっ、一つだけ訊き忘れてた。
四宮さん…君の出身はどこなの?
「光」がテーマなので女の子の名前に関連性の高い「明」を入れました。
作品の内容的には、女の子のストラップを壊した謝罪ができず、もやもやした気持ちになっていた主人公が女の子に再会してきちんと謝ることができ、今まで抱えていた心のもやもやが消えて晴れやかな気持ちになる描写をイメージしました。説明が稚拙ですがテーマに合った内容にはなってると思います。