帰還と出発と
夜が明けて朝になったので、イルジオ達は村の人を引き連れて歩き始めた。
村の人達は身体的には疲れているようだったが、村へ帰れる喜びからか歩くのも辛くなさそうに見える。
その村への道中、イルジオとニクは村についた後のことについて話し合っていた。
「ニク。村に着いてからどれくらいあれば帝都へ出発できる?」
「帝都に行くまでの食料と飲み水を用意するだけだから、準備にはそれほど時間はかからない。帝都まで歩きで三日と言ったけど私はいつも村から帝都へ向かう行商人にお金を払って馬車に乗せていってもらってるから、二日分も用意すれば足りる。
行商人は一週間に二回くらい通るからあまり待たずに出発できると思う」
「わかった。食料はまだ大丈夫なんだが俺の分の飲み水の補給も村でできるか? 金はある程度山を下りるときに師匠から貰ったんだが」
「お金はいらない。イルジオは私達の恩人だから、村の人もみんな歓迎してくれると思う。食べ物も飲み水も私の方で用意する」
「そんなに気ぃ使わないでいいんだが……
まあ断ったら断ったで失礼か。じゃ、ご厚意に甘えるとするよ。ありがとな。ニク」
そう微笑むイルジオを見て気恥ずかしそうに顔をそらしたニクの頬は、薄っすらと赤く染まっていた。
二度も助けてもらいそれも二度目は文字通り命の危機を救ってもらったのと、一日中接して色々な話をしていたためニクは完全にイルジオに心を許していた。
昔から本や魔法にしか興味が無く、心を許せるような異性が父親以外にいなかったため、ニクはイルジオにどう接すればいいのかわからなくなっていたのだ。
それでもイルジオと話すのは楽しくてやめたくなかったニクは、なんとか平静を装うため話題を変えて話しかけた。
「……ん。どういたしまして……そういえばイルジオの師匠ってどんな人?
イルジオの剣さばきは凄かった。それを鍛えたのはどんなひとなんだろう……」
「どんなひと、か。正直俺もそこまで詳しくは知らない。
昔ジオゼリア王国にいた事とそこで剣聖と呼ばれていた事ぐらいしか知らないな。なんで山に引っ込んだのかも魔法刃を持ってた理由も。
ただ言えることは滅茶苦茶強かった、てことだな。まあ歳のせいか最後には俺が上回ることもあったりしたが。本気で殺し合いをしたら勝てないだろうな。なんせ経験が違うし」
イルジオの言葉にわかったようなわからないような顔をしたニクだったが、なんとなくイルジオの自信の源が何なのかだけはわかった。
「お、見えてきたな」
やがて村も近くなりそれにいち早く気づいたのはイルジオだったが、やがて他の人々にも村が見えてきて歓声が上がった。
ようやくイルジオ達は村へと帰還できたのであった。
*
村に着いたその日イルジオは村人全員から歓迎された。
家族がオークに連れられた人はその恩人に感謝し、そうでない人もオークという脅威が去ったことに喜んでいたのだ。
そうしてその夜は小さいながらも村人達でイルジオを歓迎する宴を催した。
集団のオーク達はあの後村へ向けて出発する前にニクに焼き払ってもらったが、最初にニクを助ける時に倒したオークは解体した後葉に包んで持てる分だけ持ってきていたので、イルジオはそれを宴の料理用に村の母親達に渡した。
オークはしっかり火を通すことで食べることもできるのだ。味は普通であるためそのためにオークを狩ろうとする人はあまりいないみたいであるが。
そうして歓迎会は進んでいき主にイルジオがニクや村の人達を助けた時の話になったが、時折村人達の愚痴のようなものも聞こえてきた。
「今回はなんとかイルジオさんが間に合ったから良かったけど彼がいなきゃもしかしたら騎士様達も間に合わなかったんじゃないか?」
「まあそう言ってくれるなよ。なんでも最近魔物達が活発で騎士様達も大変みたいだぜ」
「そうは言ってもなあ。帝都に近いこの村でもこうならもっと離れたところはどうなっているのやら」
それを聞いてイルジオはなるほど、と思った。騎士達の手がそんなに開かないほど魔物の動きが活発なのか、と。
これは俺の旅も結構大変になるかもしれないなあ。
そうひとりごちたイルジオであったが、あまり深く考えずに宴を楽しみ、夜も更けていったのであった。
*
「よし、準備できたな。
––––それじゃ、出発するか」
あれから二日経ちちょうど帝都へ向かう行商が村を訪れたため、準備も整ったイルジオとニクの二人は村を出ることにした。
「……ん」
イルジオはニクの家に泊めさせてもらっていたため二人は一緒に家を出発し、馬車の待つ村の入り口へと歩いていった。
「イルジオさん本当にありがとう!」
「また来て下さいね!」
「ニクを頼んだぞ!」
村の入り口の前では沢山の人が二人を見送るために待っていて、イルジオとニクは驚きながらも笑顔でそれに応えた。
「それじゃあ、また!」
「行ってきます」
そうして二人は帝都へ向けて村を発っていったのであった。