たった一つの方法
イルジオが目を覚ますとあたりは夜の闇に包まれ、森の中心に差し込む光は日差しから月明かりへと変化していた。
上体を起こしてあたりを見回すとニクとシュトナの二人はイルジオに寄り添うように横たわり、すやすやと寝息を立てていた。
ところどころ途切れている木々の合間から見える、星の輝きと月の光条が作り出す幻想的な景色をイルジオがぼんやりと眺めていると、隣の二人が起きだしたようでその物音が森の静けさに混じってイルジオの耳に届いた。
「ん、ぅうん」
「ふわぁ。あれ、もう夜?」
「そうみたいだな。二人とも体の調子はどうだ?」
「イルジオ、起きてたのね。私はもう大丈夫そうよ」
「……ん。すこし眠いけど、だいじょうぶ」
目覚めた二人の様子を見て、イルジオはそろそろ帰りのしたくを始めようと立ち上がった。といっても、荷物は背負うだけでいい状態なので彼がやらなければいけないことは一つしかないのだが。
立ち上がったイルジオが向かったのは倒れ伏した黒騎士の下––––正確には、魔剣の下であった。
「問題はこの魔宝刃だが……持ち主すら蝕む、というのはどういうことなのやら」
「私が視るわ。戦闘中はそこまで深く見れなかったから、今度はその呪いの秘密も視れないか試してみる」
呪いと黒騎士の秘密を視るため、シュトナはできる限り魔剣に近づいてその深奥に意識を潜り込ませるように深く、深くと覗いていった。
段々と意識が虚ろになっていく中、シュトナは感応の力だけは途切らせないようにして、魔眼が視せるその景色へと落ちていった。
*
「––––––この戦いを終わらせるためには敵の根本を叩く必要があるのは皆もわかっているでしょう?」
「……それが、できるのか? お前たちには?」
「ん。この魔封刃なら……」
霊視の魔眼が視せたのはある話し合いのようだった。
話し合いをしている人物達の顔は不自然な影で見えないが、敵地に乗り込もうとする二人とそれ以外の者達という構図のようである。
二人に相対して話している男はそれ以外の者達の中のリーダー格なのだろう、まわりの反応は男を信頼しているようで男の前の二人もそれは同様だった。
「でもね、一つだけ問題があるわ」
「私達が敵地に乗り込んでいる間、敵の侵攻が防げない……」
「ああ、そうだな。敵の侵攻に波があるとはいえ、その波の合間にお前達が敵の核を倒しきるのは不可能だろう」
男は覚悟を決めた目つきで二人を見つめ、たった一つの、誰もがわかっていて、しかし言葉にしなかった作戦を告げる。
「俺が単独で敵を食い止める。あの魔封刃を使って……」
「それは……!」
「だめよ! あれは精霊ではなく鬼を封じたものでしょ。長時間使ったらあなたでも……」
「わかっているさ。だが、誰かがやらねばならない。そして最も適任なのは俺だ。この戦いに終止符を打てるのなら、ためらう理由など俺には無い」
「でも––––」
「––––わかった」
「ルゼっ!」
「ん。彼が魔封刃に呑まれる前に戻ればいい」
その問答に意味はない。
誰もがわかっているのだ。男が提示した方法以外に道はないことを。
だからこそ彼女は躊躇い、そして彼女は宣言した。全てを救う道を。
それが、到底実現できることではなかったとしても。
場面が切り替わる。
話し合いの場から、敵のひしめく戦場へと。
巨大な裂け目。しかしそれは地面にではなく宙にできたもので、そこからは黒が溢れ出ていた。
溢れ出る黒は、よく見れば魔物が群れをなして空間の裂け目から這い出ているものだった。
溢れ出た魔物はすぐにでも地上を埋め尽くしてしまうかのように思われたが、魔物達は地上に降りたってすぐ、あるいはそれ以前にその命を散らしていっていた。
魔物を屠っているのはたったー人の騎士であった。
彼の斬撃は空間、地面、傷の斬痕を浸蝕して一振りで数十、数百の魔物を殺した。
彼の手にする剣からは魔物達の持つ悪性を何倍にも凝縮したようなものが滲み出し、それは徐々に騎士の鎧を黒く染めていった。
それからどれだけの時間が過ぎ去っただろう。
騎士は完全に黒く染まりきり、今や剣を振るうその姿からは理性のかけらも感じられない。
しかし、それでも騎士は魔物を屠り続ける。
体も、理性も、心さえも蝕まれた。
だが、魔物を止める。彼女達が戻ってくるその時まで。
その信念だけは置いていったのか未だに魔物達は空間の裂け目周辺から侵攻を進めることはできていなかった。
––––やがて、裂け目から二つの影が出てくる。
その影のうち片方は、その純白の剣で自分達にも振るわれた斬撃を受け止め、もう一人はその漆黒の剣で魔物を一掃する。
裂け目は二人を吐き出した後ゆっくりと閉じていき、はじめから何もなかったかのように綺麗さっぱりと無くなった。
それでも止まらず剣を振るう黒騎士に向け、純白の剣が振るわれた。
すると黒騎士の足元から樹木が生え出し、それはあっという間に巨大な森を形成した。
森はいくらか残っていた魔物ごと黒騎士を覆い、その森に向けて一つの魔法が放たれる。
「ルゼ……」
「ごめんなさい、リム。私には彼を殺せない。理性を失ったまま生かすのが残酷なことだというのはわかってるけど……」
「……森にかけた魔法は?」
「結界の一種でアイツらの性質を持つものはこの森から出られない。せめて、彼に人だけは……」
「そう……」
宙に立つ二人はしばらく森を見つめる。木々の切り倒されていくその場所を。
最後に森から立ち去る二人の背中を視せ、魔眼はシュトナを現実へと戻した。




